別れは突然に・・・、そして

本日18時20分、ちょうど夕食をとる準備をしていた時でした。

朝から少し調査が悪そうにしていた「うさ」ですが、どこか息苦しそうにしていました。

暑いのかなと思い、冷房で温度を少し下げてみたら動くようになりましたが、相変わらず息苦しそうも鼻をヒクヒクしています。

家に入り、そこから顔を出していましたが、突然跳びだしてきてバタリと横になってしまいました。

失神したようになり、そのまま息をひきとりました。あっという間の出来事で何できませんでした。

うさ

先々月に4歳の誕生日を迎えたばかり。まだまだ青年期真っ只中のはずだったのに。

思い出すのは愛くるしいうさの表情だけです。昨日まではあんなに元気に走り回っていたのに・・・、もう散歩させてなでてあげることもできません。

ポッカリとあいた心の穴。初めて抱いたうさはまだ温かく、初めてうさの重さを感じました。

唯一の幸いは自分が自宅にいる時で、その最後を看取ることができたことです。

亡骸は、うさの好きな干草のベッドを作って、大好きなえさを一緒に手厚く葬りました。




そして、




このブログ「うさぎと一緒の毎日」も、この日記を最後に今日で終了することにします。

うさ、今日までありがとう、そして、さようなら・・・

コメント (2) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月13日(木) 23:47

加賀藩十村役 多川家

先日帰りの寄り道で見つけた気になる場所に行ってきました。

加賀藩十村役 多川家

そこは白山市の郊外、普段なかなか通ることのないような場所にあります。加賀藩の十村役であった多川家です。

加賀藩十村役 多川家

塀で囲まれたその宅地は1200坪!ちょっと寄るような人はなかなかいないようで、入口の立派な長屋門のところでインターホンを押して入るというところは、のどかなものです。

見学料は500円。長屋門のとなりに新築したという大きな土蔵の中に展示室、そして母屋の中を見学できます。今日は偶々出てきたご当主に入っていくように誘われ、そのままいろいろとご付き合いいただきました。

加賀藩十村役 多川家

長屋門の横には藩主が来たときに通る御成門が堂々と立っています。藩主は天井のある門は通らないそうです。

加賀藩十村役 多川家

展示室のなかはさすがに400年続く名家だけあって、県立の博物館にもないような絵図、古文書、などの文物が所狭しと並んでいます。ご当主によると、6月と10月は団体客で賑わうようですが8月は暇ということで、今日など盆休み前の昼などは誰も来ないようです。

展示物には、前田家江戸上屋敷の御殿絵図や、役目で赴任していた頃の魚津城絵図、親知関所絵図、高山城絵図、さらに加賀藩主より拝領したという書状や甲冑、御殿の織り上げ格天井の一部などなど、ただただすごいの一言です。

加賀藩十村役 多川家

母屋のほうもさすがに豪農であった頃の威光が残っています。管理が大変そうですが・・・

自分は今日までこんなにすごいところだとは思っていませんでした。白山市も松任市であった頃から多川家を観光スポットとして宣伝に力を入れていたとは言えませんし、交通の便がいいとは言えないので、バスや電車ではいけないところですが、地元の方にもたくさん見て欲しい場所ですね。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月13日(木) 17:48

宮保館跡 再訪

すでにお盆休みの方もいるでしょうが、私はまだ仕事です。今日はシフト勤務となり、午後からの出社であったので、少し早めにでて、先日来た宮保館跡発掘調査現場にやってきました。

宮保B遺跡

まずは隣りの宮保B遺跡を見学します。今日はブルーシートが外されており、遺跡がよく見えますが、昨日の雨により水溜りができています。

宮保B遺跡

溝跡の様子もよく見えます。

宮保B遺跡

遺跡中央部には石列と思われるものも見えます。

宮保館跡

線路を挟んだ宮保館跡を見てみましょう。看板から右斜め方向に溝跡が見えます。

宮保館跡

こちらは大勢の方が発掘調査の作業中でした。

宮保館跡

石敷きのような遺構が見えます。

宮保館跡

堀跡やその先の柱跡もよく見えそうですが、作業中邪魔してはいけないので、今日はここまでにしました。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月12日(水) 11:58

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

本日は昼から1箇所のみゆっくりと行ってきました。外は雨模様です。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

湯涌の手前、北陸大学下に石川県立自然史資料館があり、今回初めて行きました。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

目的は、企画展「人とトンボ展」を見ることです。市内各所で配布されているチラシの中央には兜、これを見たかったのです。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

夏休みということもあるのでしょうか?館内には子供達の声が響いています。といっても、企画展の展示室には誰もいませんでした。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

ゆっくりと見学できました。トンボが描かれた最も古い展示品はこの銅鐸です。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

十字にようになっているのがトンボだそうです。言われないとわかりません・・・

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

こちらがトンボの前立てのついた兜です。直江兼続のものもありますが、輸送費など折り合いがつかず出展できなかったそうです。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

トンボは季節の風物詩として日本では非常に愛されている虫ですが、西洋では不吉なシンボルとなっているそうです。意外ではありますが、私のまわりでも子供の頃は群れるように飛んでいましたが、最近はたまに見る程度です。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

展示室を後にして、本日開催されていたイベントに参加してきました。親子連れでいっぱいの部屋に大人一人は自分だけでしたが、これも楽しみにしていたので参加します。

白、黄、青、緑、赤の5色の粘土消しゴムが渡され、サンプルや図鑑を見ながらトンボを作成します。

石川県立自然史資料館 企画展「人とトンボ展」

こちらが完成品です。始めにシオカラトンボを作りましたが、粘土が余りましたので、それで赤トンボをつくりました。なかなかうまくできたと思いますが、後で考えると口を作り忘れました。久しぶりの粘土遊びはとても新鮮で楽しかったです。

当館は展示室もイベントも無料です。子供たちも楽しそうでしたので、夏休みの思い出にも良いのではないでしょうか?粘土消しゴムのイベントは8月の日曜日、あと3回開催されますよ。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月09日(日) 20:32

金沢博物館まわり

今日は金沢市内をまわります。

始めに徳田秋声記念館に行きました。今年は島田清次郎生誕110年だそうです。

徳田秋声記念館 「生誕110年記念 島田清次郎展」

そこで今回の企画展は「島田清次郎展」です。大正のベストセラー「地上」は読んだことありませんが、展示では清次郎の栄光と挫折の軌跡を知ることができました。

徳田秋声記念館 「生誕110年記念 島田清次郎展」

さて、次の訪れたのは泉鏡花記念館です。

泉鏡花記念館 企画展「下新町物語」

同館では現在企画展「下新町物語」です。今年11月1日に同館のある旧下新町が町名復活することを記念する企画展で、鏡花の小説に登場する下新町の様子や昔の写真などを見る事ができます。

以前地元新聞にも掲載されていた、本企画展開催を契機に預かった、明治の大火「味噌蔵焼け」当時の様子など珍しい写真も展示されています。

泉鏡花記念館 企画展「下新町物語」

新町から城内に向かってまっすぐに道が整備されており、大手門に続いています。

金沢城大手門へ

さて金沢城を見学し、本多の森へ。始めに、石川県立美術館に寄りました。

石川県立美術館 尊経閣文庫分館「平安時代の儀式書」

同館の尊経閣文庫分館では、現在企画展「平安時代の儀式書」を開催中です。

先々週同館で開催された講演会に関連した宮中行事の儀式書である三書を中心に展示されています。国重文「西宮記」、国宝「北山抄」、そして「江次第」ですが、講演会でも聞きましたとおり、そのまま見ていても何が書かれているのか?またどこか重要なのか?はさっぱりわかりませんね。

それでも、先日の講演会のおかげで少し楽しめましたよ。数年に一度と言われるとても貴重な史料の展示ですので、これを見逃すと次はいつか分りませんよ。興味ある方はこの機会にどうぞ。

石川県立美術館 尊経閣文庫分館「平安時代の儀式書」

美術館を出て、石川県立歴史博物館へ向かいます。同館では現在夏季特別展「春日懐紙・春日本万葉集とふるさとの文芸」が開催中です。

石川県立歴史博物館 夏季特別展「春日懐紙・春日本万葉集とふるさとの文芸」

先月国重文に指定された「春日懐紙」17点を記念した特別展ですが、今日はその記念講演会もありました。いつもながらに大勢の方が来ています。万葉集というテーマもあってか珍しく若い女性もいました。(いつもは年配の方ばかりなので・・・珍しい)

「懐紙に隠れた万葉集 -春日懐紙・春日本万葉集 変転の歴史-」とテーマで、文部科学省教科書調査官である田中大士氏による講演でした。田中氏は春日懐紙の研究の第一人者であり、今回の重文指定においてもその影響力著しい方だそうですが、春日懐紙の「どこ」が「どう」すごいのかを楽しそうに話していました。

おかげでその後の展示観覧が少し楽しめました。

石川県立歴史博物館 夏季特別展「春日懐紙・春日本万葉集とふるさとの文芸」

博物館を後にして、隣の藩老本多蔵品館に行きました。特別展「天地人と本多家 関ヶ原から大坂の陣へ」が始まり、テーマはNHK大河ドラマの盛り上がりに期待すること大ですが、特別展の展示スペースは相変わらず少ないです。

藩老本多蔵品館 特別展「天地人と本多家 関ヶ原から大坂の陣へ」

実際の展示も写真パネルが多く物足りないのですが、本多家に関係する青地家(のちに加賀騒動に関係する)が近江青地城の城主の家であり、本能寺の変により没落して浪人となったという事実を始めて知りました。青地城址は数年前に行ったことがあったので、意外なところでつながるものだと思いました。

藩老本多蔵品館 特別展「天地人と本多家 関ヶ原から大坂の陣へ」

まだまだ陽も高かったので、初めて石川県立伝統産業工芸館に行ってきました。同館では企画展「六〇〇年の伝統の技 美しき加賀繍の世界」を開催中です。

石川県立伝統産業工芸館 企画展「六〇〇年の伝統の技 美しき加賀繍の世界」

金沢には他県がうらやましがるほど多くの伝統工芸がありますが、ここではその展示と販売を同時に行っているようです。今回の企画展の展示物のなかにも販売されているものがありましたが、自分にはとても手にできる様な値段ではありません。しかし、いずれは他の工芸品も含めて何点かは欲しいですね。

石川県立伝統産業工芸館 企画展「六〇〇年の伝統の技 美しき加賀繍の世界」

同館は兼六園の小立野口に隣接しているのですが、ここにあることをすっかり忘れていました。

石川県立伝統産業工芸館

帰りがけに廊下に展示された松平定信筆の「兼六園」の扁額が飾られていました(複製かな?本物は金大にあったような気が・・・)。思った以上に大きな扁額です。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月08日(土) 16:25

金沢城鯉喉櫓台石垣工事進む

河北門、玉泉院丸跡に引き続き、いもり堀鯉喉櫓の状況をみてきました。

金沢城鯉喉櫓台

ショベルカーの背後にあった石垣用戸室石は随分と数が少なくなっています。

金沢城鯉喉櫓台

石垣を囲む足場も東側は組み替えられ広げられていました。

金沢城鯉喉櫓台

裏込石がたっぷりと入れられた櫓台は、北側に盛られた高さに近いくらいに詰められていました。

金沢城鯉喉櫓台

南側の石垣も数段進み、隅石に限っては三段ほど積まれたでしょうか?

金沢城鯉喉櫓台

前から見ると、足場が邪魔で見づらいですが、下の位置からは1メートルほど積まれ、予想以上に工事は進んでいるようです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月08日(土) 12:49

金沢城玉泉院丸跡に行ってみたが・・・

今週新聞報道で泉水庭園の石垣が発見されたということで、遠目にでも見えるかなと期待して行ってみた。

金沢城玉泉院丸跡

が・・・・前日の雨により、発掘調査現場にはブルーシートが被されていました。先日の手前の穴も本格的に発掘が始まっていました。

金沢城玉泉院丸跡

また後日の楽しみですね。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月08日(土) 12:37

金沢城河北門復元のいま

金沢城河北門復元

河北門一の門は海鼠塀がいつの間にか完成しており、柱に被されていたシートも外されていました。真新しい木が見えています。

金沢城河北門復元

本日から金沢城三の丸では「金沢城オペラ祭」が開催されており、いつも以上に賑やかです。

金沢城河北門復元

二の門の見学に行くと、やはり外見は替わり映えしませんが、よく見ると、隅柱には鉄板が巻かれています。黒々としていて全容が楽しみです。

金沢城河北門復元

今は屋根に鉛板を巻く作業が中心のようです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月08日(土) 12:24

金沢城玉泉院丸跡 泉水の石垣出土

金沢城玉泉院丸跡の整備計画に伴う石川県の埋蔵文化財調査で6日までに、庭園跡地から石垣の一部が見つかった。泉水(大きな池)の護岸部分とみられ、遺構の状況が江戸後期に作られた複数の金沢城絵図と一致した。金沢城調査研究所は「庭園や泉水の規模などを知る調査の貴重な一歩」としている。

玉泉院丸跡地で庭園の遺構が確認されたのは初めて。石垣が見つかったのは、庭園があったとされる旧県体育館の敷地の一角。地表から3.5メートル掘り下げたところに、60~70センチ角で奥行き1メートルぐらいの戸室石が延長約4.5メートルにわたって積まれているのを確認した。(北國新聞2009年8月7日付記事から)

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月07日(金) 23:22

都内23区の城館 渋谷城

渋谷警察署の裏通り、表通りの喧騒が嘘のような静かな場所に金王八幡宮があります。

渋谷城

この神社は澁谷氏の祖である河崎基家の創建と言われる。基家が後三年の役での活躍により、源義家からこのあたりの土地を与えられ、ここに居館を構えたときの鎮守社として祀られたようである。

渋谷城

境内は回りを住宅用地に削られて広いとはいえないが、それは社殿の奥に高層ビルが立ち並ぶ光景も影響しているのかもしれない。

渋谷城

現在の社殿は春日局が日光東照宮を模して造営したというだけあって絢爛豪華である。

渋谷城

その社殿の前に、渋谷城の城石として一つの石が置かれている。渋谷城は砦跡というよりも居館跡というほうが正確かもしれない。この石も居館の石積みに使われていたものであろうか?

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月06日(木) 00:16

都内23区の城館 西久保城

オークラホテルやテレビ東京などの高層ビルが立ち並ぶ、この一帯が西久保城です。

西久保城

この城は熊谷直実による築城と伝わるが、史料はなく伝説の域をでないという。

西久保城

現在はこの辺りが「城山」と呼ばれていることと、智美術館のある建物が「西久保ビル」と呼ばれていること以外は痕跡が全くない。

西久保城

この辺りもやはり高台になっているので、砦があったとしても不思議はない。案内板も何もないのが残念。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月05日(水) 23:52

都内23区の城館 今井城

完成な住宅地の一角に氷川神社がある。近くにはアメリカ大使館などがある。

今井城

この辺りに平安時代末期に今井兼平が建てたといわれる城があった。兼平は源義仲の家臣、巴御前の兄であった人物であるが、今井城が兼平であるという説には根拠がないらしい。

今井城

階段を上り境内に入るとそこは鬱蒼とした樹木に覆われている。

今井城

どれも幹回りは大きいので、数百年経っていると思われるが、唯一このアングルが境内の広さを実感できるであろうか。

今井城

神社の社殿は外装の塗りなおし中であった。

今井城

帰りはもうひとつの出入り口から出てきたが、ここからだと社殿までは一直線である。鳥居の前の道は坂道(下り坂)になっている。やはり高台にある砦跡というところだろうか。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月05日(水) 23:38

東京23区の城館 本郷城

今日は文京区にある本郷城を紹介しましょう。

城巡礼

この城も「城巡礼 東京48ヵ所めぐり」(東京地図出版)に載っていますよ。

本郷城

赤門です。いわずと知れた東大のシンボルですが、加賀藩上屋敷にあった溶姫を迎え入れるための婚礼準備として建てられた御守殿門です。

本郷城

東大にはいろいろな門がありますが、敷地内にあったと伝わる謎の城郭が本郷城です。

本郷城

文政8年(1825)、「南総里見八犬伝」の著者として名高い滝沢馬琴が毎月一回中間を集めて、奇妙な話をする集会を開いていたとのこと、その年の10月、そのなかの一人が奇妙な話をした。

「加賀前田家の上屋敷(東大本郷キャンパス)で工事をしたところ、地中から石垣を見つけた。その石の数は3万を越え、長く続いていたそうだ。」

話を聞いた馬琴は豊島氏の城だろうと語ったそうであるが、本郷あたりは太田康資の所領という史料もあり、いずれも確証を欠いている。

本郷城

とはいえ、本郷通りとは反対側の暗がり坂へまわると、敷地は一段高い位置にあることがわかる。案内板などは全くないが、興味をかき立てられる城跡である。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月04日(火) 23:52

都内の江戸遺産 赤門と黒門

もう一度登場しましたのは、赤門です。

赤門

「赤門」は加賀前田藩が将軍家から溶姫を迎えるために建てた御守殿門です。輿入れ行列がここから屋敷内に入りました。

赤門

門の部分写真が多いため、周囲の塀も赤いような誤解を生んでいるように感じますが、実際に赤いのは門部分のみで、周囲に巡る塀は加賀藩の特徴的な海鼠塀です。

黒門

本郷から上野公園を渡ると、その先に東京国立博物館があります。ここにもうひとつの江戸遺産があることを昨年まで全く知りませんでした。何度も来ているにもかかわらず・・・。ようやく見てくることができました。

黒門

それは「旧因州池田家屋敷表門」、通称「黒門」です。

立派な漆黒の門であり、因幡(現在の鳥取県)藩の大名、池田家の江戸屋敷の表門でした。

黒門

細部を見ても、30万石を越える大藩の風格が漂っています。

黒門

黒門は丸の内三丁目にあったものを、一時期東宮御所や高松宮家で利用され、昭和29年にここに移築されました。そのため、修理された時期から、瓦にも菊紋が入っているものが見られます。

黒門

内部は曜日により公開されているようですが、今回は外から見て満足することにします。都内には藩政期から残る大名屋敷の門は「赤門」と「黒門」の2つのみであるにもかかわらず、「黒門」の知名度は「赤門」の足元にも及びません。もっと注目されるだけの価値はあると思います!

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月04日(火) 22:16

都内23区の城館 牛込城

週末はセミナー参加のため上京していたのですが、もちろんそれだけでは勿体無いですので、足が痛くなるまで歩き回って城跡を見てきました。今週はそれを紹介することにします。

城巡礼

都内の城巡りをするに当たって参考にしたのは、「城巡礼 東京48ヵ所めぐり」(東京地図出版)と「江戸城を歩く ヴィジュアル版」(祥伝社)の2冊です。ともにアクセス地図が充実しており、今回大変に重宝しましたよ。

さて、今回紹介するのは牛込城です。

牛込城

神楽坂通りを下から上方向に上ります。

牛込城

神楽坂上交差点手前で左折し、地蔵坂を上ります。この坂の由来は坂の上に子安地蔵がある光照寺があるのでそう呼ばれているそうです。

牛込城

そして、右手がその光照寺となり、左手には日本出版クラブ会館があります。この一帯が牛込城跡となります。

牛込城

光照寺の入口には「牛込城跡」の看板が立てられています。

牛込城

中に入ると境内は車が10台は入れるような広いものでした。都心にしては寺領がかなり残っているほうではないでしょうか?

牛込城

光照寺の前の日本出版クラブ会館では、以前発掘調査が行われ、牛込城の時代のものと思われる陶磁器などが出土しました。

牛込城

会館の前にはこのあたりの歴史が書かれた看板が立てられています。

牛込城

今は城跡の面影は全くないですが、ここまで上り坂でしたから、高台に城跡があったことは間違いなく、昔は見晴らしが利いた場所であったことが想像されます。それにしても都内は思いの外、起伏が激しいです。

続く・・・

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月03日(月) 22:36

都内23区の城館 筑土城

今日はもう一城紹介します。新宿区にある筑土城跡です。

城巡礼

この城も「城巡礼 東京48ヵ所めぐり」(東京地図出版)に載っていますよ。

筑土城

牛込城より徒歩10分ほどで筑土八幡神社に到着します。おっ白いハトがいる!

筑土城

階段の続く境内までは高低差がかなりありますので、砦跡と言われるのも納得できます。

筑土城

階段の途中に筑土八幡神社の由来の案内がありますが、筑土城については何も触れられていません。

筑土城

階段中ほどの石造鳥居は新宿区の登録有形文化財となっており、江戸享保期のものらしいです。

筑土城

境内はやはりかなりの広さがありますが、木々などで見通しは利きません。江戸時代後期に出版された地誌「江戸名所図会」によると、この神社のある場所は管領上杉時氏の塁があったと記されており、小規模な砦跡であったと言われていますが、ここに至っては案内板も、それらしい遺構も全くなく、本を持っていなければタダの神社見学のようです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月03日(月) 22:06

全国城郭研究者セミナー IN 東京 2日目

全国城郭研究者セミナー IN 東京

本日、全国城郭研究者セミナー2日目です。午前中に報告3本、午後は壇上に5名の方が上がって、会場を交えてシンポジウムでした。

天気がよければ午後は城跡を見に行く予定でしたが、雨模様でしたのであきらめてみっちりと城漬けのシンポジウムの1日でした。楽しかったです。

来年はどこかわかりませんが、8月1日が日曜日なので、7月31日・8月1日または8月7日・8月8日だそうです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月02日(日) 16:38

ガンダム狂想曲2日目

今日も夜はお台場にガンダムを見に行きました。東京にいるんだから楽しみますよ!

お台場ガンダム

今日は土曜日のため、昨日にも増して多くの人が来ています。

お台場ガンダム

正面は歩くのもやっとの程の人で埋め尽くされています。

お台場ガンダム

今日は移動するのはやめて、自分が一番好きなアングルで楽しみます。

昨日とはどこか違うのですが、わかりますか?

お台場ガンダム

そうです、肩のマークが「東京オリンピック招致」に変わっているのですよ。

お台場ガンダム

さて、昨日は正面でしたショーもこのアングルで楽しみます。ガンダムのモノアイが怪しく光って、今起動しました。

お台場ガンダム

最後は上を見上げて終了です。

お台場ガンダム

今日はガンダムに触るために並びました。間近に見上げるとやはり大きさを実感できます。

お台場ガンダム

この部分は金属パーツではありません。見た目はすべて金属パーツなのですが。

お台場ガンダム

最後に月をバックにガンダムのバックショットです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月01日(土) 21:55

全国城郭研究者セミナー IN 東京

全国城郭研究者セミナーが今年は東京渋谷区の国学院大学で開催されています。

全国城郭研究者セミナー IN 東京

自分は昨年に続き2回目の参加になります。今年のテーマは「大名系城郭を問う」です。

全国城郭研究者セミナー IN 東京

テーマに沿ったシンポジウムは明日であり、今日は5本の報告がありました。講演会室だと思いますが、とても良い施設です。各座席がゆったりとしており、前の座席後ろからテーブルを引き出すこともできます。

今日はほぼ満席と聞いていましたが、最後までゆったりとしていました。直前で都合がつかなかった方が多いようですね。

全国城郭研究者セミナー IN 東京

今日の報告はいずれも興味深い報告でした。深い内容の報告もあったので、すべて理解する、というわけにはいきませんが、いずれは経験がものをいうと信じています。

全国城郭研究者セミナー IN 東京

昼食時や休憩時間には恒例の書籍交換会(書籍販売)が行われました。昨年に比べると少ないですね。(去年が多かったのかな?)ここにも不景気の波?

全国城郭研究者セミナー IN 東京

明日はシンポジウムです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年08月01日(土) 17:01

ガンダム狂想曲

ガンダム誕生30周年記念のイベントとして、お台場(大地)に立った1分の1ガンダムを見に行きました。

お台場ガンダム

ゆりかもめで台場駅をわざと通り過ぎ、写真撮影に挑みましたが、やはりぶれました。到着した船の科学館駅から見たガンダムです。森の中から身一つ飛び出した大きさに今からワクワクします。

お台場ガンダム

会場に到着すると、大勢の人が集まってきています。夏休みに入っているとはいえ、平日でこの人数だとすると、週末は・・・想像したくもないですね。

お台場ガンダム

前にまわると、18メートル、その大きさに感動します。その大きさに会場のあちこちから感嘆が漏れ聞こえてきます。

お台場ガンダム

自分が好きなアングルはここです。正面右側からビームサーベルが1本見えるところです。んーーーー日本人の技術力は伊達じゃない!!

お台場ガンダム

近づいてみると、パーツのそこかしこに書き込みがしてあります。芸が細かいです。

お台場ガンダム

お台場ガンダム

7月10日の公開から一月経っていないのに、売り切れの公式グッズがすでにたくさん。恐るべしガンダム!ガンダムの建設費用を上回ってしまうのではいでしょうか?自分も30分待ちでグッズ売り場に入りました。

お台場ガンダム

グッズ購入後、ようやく暗くなってきました。ぐるりと会場をまわって、正面からのアングル。ゴミ箱までカッコいいですね。

お台場ガンダム

30分に1回の点滅ショーが始まりました。光り輝き、白煙(ドライアイスだろうけど)を噴き出します。頭部が左と上に動きます。

お台場ガンダム

ショーが終わると、全身ライトアップされました。

お台場ガンダム

やはりこのアングルです。ライトアップされたところもカッコいいですよ。

お台場ガンダム

帰りは台場駅から帰ります。ホームに着いたらまずはガンダムのチェックです。おーーここは横からのアングルが楽しめますよ。

お台場ガンダム

購入したのは公式ガイドブックと絵ハガキ2枚。公開翌日の読売新聞はおみあげです。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月31日(金) 20:05

日本100名城スタンプラリー 江戸城

明日の城郭研究会に参加するために久しぶりの江戸行きです。そして、これまた久しぶりの日本100名城スタンプです。33個目になりました。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

東京駅に昼前に着き、そのまま江戸城に向かいました。和田倉門から入ります。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

スタンプラリーのスタンプは3か所で提供されていますが、和田倉休憩所で押すことにしました。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

図柄は有名な二重橋越しに見る伏見櫓ですね。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

実際にはこのアングルです。平日にもかかわらず多くの人がいるなあと思っていたら、海外からの旅行客のようでした。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

手前に巽櫓、奥に桔梗門です。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

こちらは坂下門です。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

こちらは西の丸大手門、別名は皇居正門です。以前訪れたときは正面までは来ることができませんでしたが、今日は観光客が大勢門をバックに写真を撮っていました。

今回は予定にはなかったのですが、思わぬ散策を楽しんでしまいました。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月31日(金) 12:24

宮保館跡

今日は定刻に仕事が終わりましたので、先日別の用事があって行けなかった発掘調査現場を探しに寄り道してきました。

その発掘現場は北陸新幹線工事に伴う事前調査場所ですが、現在のJR北陸線の線路を挟んで、北側に「宮保B遺跡」、南側を「宮保館跡」と呼んでいます。

宮保B遺跡

まずは宮保B遺跡から

宮保B遺跡

こちらからは掘立柱建物の柱跡が見つかっていると思いますが、このところの悪天候がすっぽりとブルーシートが被されており、

宮保B遺跡

被っていない発掘場所の境付近に溝跡?と思われるような跡が見えるだけでした。ちなみに、今日はカメラを持っていっていないので、携帯カメラで撮影しましたので少し変則的サイズです。

宮保館跡

結構頻繁に電車の通る踏切を渡ります。

宮保館跡

こちらの宮保館跡のほうが調査範囲が広いようです。

宮保館跡

堀跡でしょうか?石交じりの壁状の土盛りを残して掘られています。

宮保館跡

宮保館跡

こちらの堀跡はちょうどカーブする部分のようです。

宮保館跡

今日はちょっと寄っただけなので、もう少し進んでからまた見に来ることにします。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月29日(水) 20:39

チロルチョコ 三色ソフト

チロルチョコ 三色ソフト

スーパーで見つけた久しぶりの新作「三色ソフト」です。自分はイチゴソフトが一番のおすすめ!

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月29日(水) 20:28

本与板城 IN 天地人

土曜日は最後に、本与板城とその城下を訪れました。ちょうど2組の老夫婦が後ろからやってきました。

本与板城

臨時駐車場からしばらく舗装された車道を歩き、看板の場所から実城を目指します。

本与板城

階段を登ると、道は整備されているものの、両脇に土塁が囲む山城らしい道を行きます。

本与板城

南郭が途中にありますが、老夫婦たちは通り過ぎました。なんにもないところですから、城好きでもなければ立ち止まることも写真を撮ることもないですね。

本与板城

3つの郭がある本与板城ですが、道から最も近い郭が一の郭になります。二の郭との間には深い堀切(空堀)があります。

本与板城

そのまま一の郭に登れますが、奥に進むと井戸跡がありました。草が茂っていて場所が特定できませんが、案内の左下辺りでしょうか?それにしても道がぬかるんでいます。

本与板城

一の郭に登ると、まず横の本与板城がありました。

本与板城

奥に進むと、本与板城跡の石碑があります。石碑の奥に見えるのが、一の郭に残る土塁です。

本与板城

一の郭にも与板城にあったと同じ直江兼続の軍旗があります。老夫婦たちはここからの眺めを楽しみ、石碑の前で写真を撮って満足して帰っていきました。

本与板城

ここからの時間は自分が独り占めですよ。

本与板城

天候が悪くなってきましたが、奥の二の郭に向かいます。二の郭と三の郭はともに間の堀切から登れるようです。

本与板城

一の郭は与板城と同じくらいの広さでしたが、二の郭はこちらのほうが狭いようです。

本与板城

三の郭にも奥に少し土塁が残っています。

本与板城

三の郭の二の郭とは反対側の堀切は狭く深いものでしたが、誰も来ないのでしょうか?倒木もそのままでした。

本与板城

登った階段まで戻ってくると、対面に城下へ下りる道がありました。来たときは全く気付きませんでした。

本与板城

昨日までの雨で道はかなりぬかるんでいました。完全に足が沈んでしまうので、両側の壁に足をついてトレーニングのように進み、ようやく城山・城下・白山社の三又に辿りつきました。

本与板城

けもの道のような道を草をかき分けかき分け進むと、山頂に白山神社の社がありました。ここは本与板城の先端部にあたり、冬場に使用することを想定した冬城であったと言われています。

本与板城

三又まで戻り、城下へ進むと直江屋敷跡に出ました。現在は駐車場として整備され、敷地には天地人の作者火坂氏による「お船の方生誕御館跡」と書かれた石碑が立てられています。

本与板城

城下をしばし散策しながら観光スポットを巡りましたが、ここが一番の撮影ポイントですね。「御代官屋敷跡」と呼ばれる代官が住んだ館のあった場所ですが、背後の山の右側中腹、白いものが見えるでしょうか?

本与板城

拡大してみると、そこには一の郭に立てられていた軍旗です。ここを訪れた人もほとんどは気付かないでしょうね。何も案内板はありませんから。

本与板城

雨もポツリポツリと降り始め、歩き疲れてきたことですから帰路に着くことにします。

夕日

帰りの高速からは厚い雨雲と地平線の間に沈む夕日がなんともきれいでした。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月28日(火) 23:11

与板城 IN 天地人

土曜日のレポートを続けます。兼続お船ミュージアムの後、与板城跡へ行きました。天候はますます怪しくなってきて、涼しいというよりも蒸し暑かったです。

与板城

臨時に設けられた駐車場の一角は、「直江兼続公館跡」となっています。どこまでがその範囲なのかわかりませんが、駐車場となっている部分でしょうか?

与板城

与板城跡には八幡神社から登ります。大手口は別方角にあるようですが、観光客はここから案内されます。本丸までの道のりは舗装された道が続きます。

与板城

その途中、おせん清水の案内板がありますが、実際は上からのぞくだけで近づけません。

与板城

前日の雨により少し水は流れていましたが、普段は水も流れていないような場所ではないでしょうか?

与板城

少し進むと門跡がありました。左側には土盛りが残っていますが、右側は全く残っていません。

与板城

本丸下段に仮設トイレが設置されていましたが、見晴らしが良さそうだったので奥に進みます。

与板城

案の定見晴台の役目もあったと思われる郭跡ですが、あいにくの天候で霞がかっていました。残念・・・

与板城

本丸には神社があります。

与板城

本丸には兼続の旗印が立ててありますが、今はどこの名所にもこの旗が立っています。

与板城

社の裏手には土塁がかなり良好に残っています。もともとは本丸の周囲をぐるりと巡っていたことでしょう。

与板城

さて、普通の観光客はここで引き返すのですが、自分は当然先に進みます。

与板城

前日までの雨で道はかなりぬかるんでおり、特に階段は滑りそうなあぶない状態です。

与板城

与板城の特徴のひとつは、郭の間の深い堀切です。本丸と二の丸の間にも堀切があります。

与板城

二の丸を通って、三の丸へ至る間にも堀切があります。

与板城

尾根を平らにした本丸、二の丸、三の丸ともに、それなりの広さがありますが、ここは山城ですから、丸というよりは、一の郭(実城)、二の郭、三の郭といったほうが適切ですね。

与板城

途中一人がやっと通れるような細い道もあり、滑って落ちないように気を使いました。手すりなどがない分、山城の雰囲気を十分に味わえますが、危険と隣り合わせですね。

与板城

一の郭からもっとも奥にある郭が千人溜です。

与板城

三の郭から千人溜に入る部分は右側を崖で大きくえぐられ、左側は高い土塁があり、みごとなつくりです。

与板城

さて、与板城の案内絵図などはここまでが描かれているのですが、実際千人溜まで来ると、「のろし台まで20分」の案内板があります。

与板城

折角なのでそのまま先を進みます。千人溜を抜けると、整備された林道に出ました。

与板城

道端に咲く百合の花がきれいです。

与板城

しばらく行くと、急な階段とともに、奥に道が続いています。ここはさらにけもの道に近い道になっています。

与板城

しばらく進むと右側に大きな盛り上がりを確認できます。そこがのこし台です。

与板城

のろし台には石造りの小さな社がひとつあるだけで、他にはなにもありません。草刈はしているようですが、観光客はほとんど来た形跡がありません。この場所は地元の方に後で聞いたところ、与板城ののろし台になるそうです。

のろし台から帰る頃には雨がまばらに降り出していました。一の郭までの帰り道、誰一人と会いませんでした。本格的な山城を感じずに帰る方が多いのは残念ですが、荒らされないで済むと考えて、城好きな人たちの楽しみとしましょう!

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月27日(月) 23:24

前田土佐守家資料館

今日の昼頃は金沢はバケツをひっくり返したような大雨でした。カメラは持っていったものの、メモリカードを差し忘れていたので今日は写真はありません。あしからず

加賀藩上級武士の日記

午前中は先週から始まった企画展「加賀藩上級武士の日記」の解説講座に参加するため、前田土佐守家資料館に行きました。今回はいつもにも増して大勢の人が参加していました。

日記は当時の様子や生活を知るためには非常に貴重な史料ですが、元々は業務日誌的な要素が強く、公家や武官によって書かれ、宮中儀礼の有職故実の元になったそうです。

加賀藩では藩主や上級武士だけではなく、お抱え学者や町人による日記も残っています。日記が並ぶ展示ケースはなかなか壮観です。

香道具名品展 後期展

その後、中村記念美術館に「香道具名品展」の後期展を見てきました。

午後は石川県立美術館に加賀百万石文化講座の第二回、北陸大学の長谷川教授による「有職故実と日本文化」の講演会に参加しました。長谷川教授は一般向けに有職故実の話をするのは初めてだったそうですが、私もこのテーマは初めてだった。

長谷川さんの話はとても興味深く、所々聴衆を笑わせるような小話も挟みながらのあっという間の1時間半でした。今回の講演会は現在同美術館で開催中の前田育徳会分館の企画展と連動したものですが、有職故実に関する知識なしに見ても、さっぱりだそうです。国宝「北山抄」もあるそうですが、今回の講演会を聞いた後でも理解率は20パーセント程だとか。講演会のあとは大勢の人が行って、ゆっくり鑑賞できそうにはありませんでしたので、展示はまた後日。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月26日(日) 18:12

天地人を巡る旅 in 長岡

2つの展覧会を見るため、今日長岡に行ってきました。雨の金沢を7時前に出発し、2時間半長岡に着く頃には天候も良くなっていました。

予定どおりに到着したので、最初に長岡市立科学博物館に行きました。長岡市役所柳原分所の2階と3階が博物館です。自然史分野が中心ですが、考古分野の1テーマとして今回の企画展「発掘された長岡城」が開催されています。

企画展 発掘された長岡城

同博物館は無料です。先日訪れた魚津の歴史博物館とともに、なかなかの太っ腹です。しかし、ここは早朝ということもあってか、見学者がほとんどいませんでした。

企画展 発掘された長岡城

展示室には長岡城で過去数回行われた発掘調査で発見された遺物が展示されていました。長岡城のほかにも高田城と村上城の遺物が展示されていました。

企画展 発掘された長岡城

次に、初日を迎えた企画展「天地人 直江兼続とその時代」を見るために、新潟県立歴史博物館に行きました。11時からのギャラリートークに合わせて入館しましたが、天候も良かったので、地元の方を中心に大勢の方が入っていました。

天地人 直江兼続とその時代

この展覧会は巡回展として、春に東京で開催されていましたが東京はかなり混在していたようで、新潟のほうがゆったりと鑑賞できますね。展示は盆明けに展示替えが予定されているので、すべての実物を見る事ができませんでした。

コーナーは直江兼続に関係する部分と豊臣秀吉に関係する部分、そして桃山文化の美術品を並べた部分に分かれていました。直江兼続に関する部分には、鮫ヶ尾城や御館の発掘遺物として鉄砲玉などが展示されており、豊臣秀吉に関する部分には、大坂城や聚楽第、伏見城の金箔瓦などが展示されていました。すべての展示もみることができなかったので、会場限定の図録を購入してきました。

天地人 直江兼続とその時代

展示室の前には、例によりNHK大河のパネル展が開催中で、複製された愛の兜が展示されていました。

天地人 直江兼続とその時代

昼までは非常に天候が良く、夏らしい暑さでしたが、ここから与板地域に向かうなかで曇ってきてしまいました。

兼続お船ミュージアム

最初に「兼続お船ミュージアム」として今春リニューアルオープンした与板歴史民俗資料館を訪れました。同館の前では兼続の銅像が迎えてくれます。なかなかりりしいですね!

兼続お船ミュージアム

与板城やお船の生まれた本与板城に関する展示を見てきました。

与板城大手門

ミュージアムに隣接する本願寺新潟別院の入口には、藩政期の与板藩時代の大手門が移築されています。かなり傷んでいる部分もありますが、時代を感じることができる貴重な門です。

徳昌寺

城下には直江家が開基となっている徳昌寺があります。ここの境内までの階段はとても雰囲気がありますが、大河ドラマでも数回放映されている場所だそうです。

徳昌寺

撮影可能なのは山門までで、本堂は撮影禁止です。車で行くにはちょっと行きづらい場所ですね。まちの駅に停めるとよいでしょう。

恩行寺

与板藩時代の遺物はもうひとつ残っています。与板のアーケード街にある恩行寺。

与板城切手門

ここの正門は与板城の切手門です。観光地図にほとんど載っていない貴重な門です。与板を訪れた際はお見逃しなく。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月25日(土) 20:49

金沢城 西外惣構升形 堀の深さ3メートル

金沢城の西外惣構と旧宮腰(金石)往還が交わる軍事・交通の要衝に設けられた防御施設「升形」の同市の発掘調査で22日までに、築城時の惣構堀の深さが約3メートルだったことが判明した。内外二重に築かれた城下の惣構で堀の深さが特定されたのは今回が初めて。

さらに今回の調査では、升形周辺の惣構堀が江戸時代に4段階で埋め立てられ、堀幅が狭められたことも判明した。石垣の遺構から確認され、堀幅は当初の推定11メートルから、江戸末期には6メートル前後となっていた。埋め立てが行われたのは「17世紀初め~17世紀後半」「17世紀末~18世紀初め」「18世紀前半~18世紀後半」「18世紀末~19世紀中ごろ」の4回と推定される。(北國新聞2009年7月23日付記事より)

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月23日(木) 21:40

Vistaメモリ換装

一週間前に大変な目にあったVistaパソコンのメモリ換装作業を行いました。

結果、2GBから4GBへの完全換装は断念し、3GBへ1枚換装して起動することができました。

Vista

Vistaでメモリが3GB認識されています。1GB増えたので、仮想環境に2GB割り当てることが可能になりました。

XP

そこで、現在使用中のXPのバックアップを「Virtual PC」でリストアします。

しかし・・・・・・・、起動しません。セーフモードでもダメです。

諦めかけた時、「VM Ware Player」でVirtual PCのイメージが使えることを思い出しました。諦め半分で起動してみると、10分後めでたく起動しました。デバイスドライバが2つ認識していませんが、問題はありません。

仮想化したXPのメモリ認識は2GB。随分早くなったかと期待しましたが、期待ほどではないようです。しかし、パソコンの数は減らしたいので、しばらく試用することにしましょう!

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月20日(月) 19:26

加賀百万石講座 幕末の前田家

雨模様の中、連休の金沢市内へ出かけました。

最初に室生犀星記念館に行きました。同館では企画展「装幀の美 恩地孝四郎と犀星の饗宴」を開催中です。

室生犀星記念館

犀星は意外にも自装幀が多いそうですが、それに次ぐ装幀を任されたのが恩地孝四郎だそうです。

室生犀星記念館

次に金沢くらしの博物館に行きました。企画展「夏の思い出・遊園地」を開催中の同館では、写真で賑やかな頃の「金沢ヘルスセンター」「金石海岸」「ルネスかなざわ」を紹介しています。

金沢くらしの博物館

ルネスかなざわは最近までありましたので記憶に新しいですが、子供の頃よく行った金沢ヘルスセンターやその後のサニーランドなどは、写真を見ても記憶にないものが多かったですね。サニーランド閉館後は辰口に移動して「いしかわ動物園」となりましたが、久しく動物園には行っていません。

連休中ということで県外車も多く走っていますので、1時過ぎに今日の第一目的であった石川県立美術館へ向かいました。が、すでに行列が出来始めており、入館まで10分ほどかかったこともあり、残念ながら実際の講演会場は満員で入れませんでした。

石川県立美術館

隣りの部屋に入り、ライブで映像を見ましたが、音声がマイクの音を直接拾っておらず、会場の雑音を拾って聞き取りづらく、半分も内容が聞き取れず不満が残りました。

本日は、加賀百万石講座の第一回目で、前田家18代当主による「幕末の前田家」という講演だったのですが、大きな目玉として連休にセットしたのでしょうが、新展示の初日にも当たっており、県外車も入り混じって駐車場も全く足りていませんでした。予測が甘いとしか言いようがありません。

金沢能楽美術館

講演後、金沢能楽美術館で開催されている企画展「尾山神社の能面Ⅱ」を見に行きました。前後期に分かれた本展示では、前田家より尾山神社に奉納された能面24面を半分ずつ展示しています。

金沢能楽美術館

中でも門外不出とされている「悪尉 淡吹の面」は、光る海で網に引っ掛かった曰く付きの面で、持つ者に災いをもたらし、長く前田家でも秘宝とされてきました。外に持ち出すと、天俄かに掻き曇り荒天となる、との言い伝えがあり、まさに今日もそのような1日でした。面の祟り?

「悪尉 淡吹の面」は前期展で8月30日まで公開中です。9月からは後期展が始まるので残り半分の能面を見に行きますよ。

コメント (0) / トラックバック (0) / (著) Tadashi : 2009年07月19日(日) 18:49