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2007年07月28日

城下町金沢の惣構堀と町並みを巡る かなざわまち博2007

本日より8年目となる「かなざわまち博」が石川県金沢市で始まりました。初めて参加したのは、金沢散歩学の講座「城下町金沢の惣構堀と町並みを巡る」です。参加者はほぼ定員の30名弱でした。

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金沢21世紀美術館入口前に集合して、金沢市役所裏の金沢城外惣構堀に沿って説明を受けながら歩いてきました。柿木畠、香林坊地下道、109裏、足軽資料館、村井邸跡(現 中央小学校前)と進んで、高岡町中藪ノ内の旧侍屋敷一帯を元土居の内側の道を香林坊方面へ戻ってきました。

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時間の関係で、尾山神社前の内惣構堀へは行けませんでしたが、金沢市にはよく言われているとおり城下町の遺構が結構残っているものだと再認識しました。参加できて勉強になりました。

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今年はもう1つ講座の申込みをしてありますが、二週間前にならないと参加できるかどうか通知が来ないのでわかりません。平日開催の講座もあるのでサラリーマンの方には参加が難しいところもありますが、長く続いてほしいものです。地道な活動が金沢城下町の世界遺産登録に向けた啓蒙にもなると期待しています。

かなざわまち博ホームページ
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投稿者 Tadashi : 22:18 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月27日

ヤフーオークション無料出品

7月3回目になろうか。ヤフーオークションの無料出品を済ませた。

予想では月末2日で、30日(月)正午から31日(火)19時までとして準備を進めていたのだが、急に水曜日に明日26日からという告知で無料出品が始まったのである。

前回の売れ残り130数点に今回は、年間購読中の「週刊ダイヤモンド」を約2年分大量に出品し、引続きアニメ関係を中心に新規出品した。総出品数は過去最大の300点となった。切りがよいのは偶然である。

結果は来週2日から、今回はどういう結果になるか。8月7日からは5000円以上の入札に条件がつくため、自由な入札前の無料出品は最後になるかもしれない。

投稿者 Tadashi : 20:52 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月24日

七尾城にも能登沖地震の痕が

梅雨の合間の晴天となった本日、七尾方面に用事があったのでついでに七尾城を見てきました。雲のない景色を期待していたのですが、東は期待通りでしたが、北と西は雲なしとはいきませんでした。一度すっきりとした七尾湾と能登半島を見てみたいのですが・・・

七尾城

七尾城

本丸駐車場から本丸へ向かう途中で崩落した石垣を発見しました(上の写真の下段右側の石垣)。3月末の能登沖地震による傷痕ですが、石垣はただ積めばよいというものではなく、作業までには時間がかかるでしょう。ブルーシートが痛々しい風景でした。他の場所も一部崩落しかかっている石垣もあり、それほど高く積んでいるわけではない七尾城でこうなのだから、昔地震のときに平城で石垣が崩落したという現場は想像を超えますね。

七尾城

日本100名城スタンプラリーの絵柄にもなっている場所ですから、早い復興を望みます。

投稿者 Tadashi : 21:40 | コメント (0) | トラックバック

日本100名城スタンプラリー 七尾城

スタンプラリー5個目は石川県七尾市の「七尾城」です。麓の七尾城史資料館でスタンプが押せますが、カウンターの奥に隠してあるので頼んで出してもらいましょう。

七尾城史資料館

デザインは調度丸から本丸に向かう階段を本丸方向とは逆側に見たアングルのようです。一番下の石垣は現在3月末の能登沖地震で崩れてしまいました。

七尾城スタンプ

資料館隣には懐古館として190年前の茅葺きの大地主の家、飯田家がありましたが、こちらも能登沖地震で蔵の壁と入口の戸が倒壊して立入禁止になっていました。

投稿者 Tadashi : 21:17 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月23日

天下の覇城 シークレット豊臣大坂城をついに入手!

天下の覇城 豊臣大坂城

天下の覇城 シークレット

昨年末、ラナより発売されました「天下の覇城 其の壱」のシークレットであった「豊臣大坂城」をオークションで入手しました。発売当時はオークションでも8000円を超える高値をつけていたこともありますが、現在は3000円前後で入手できるようになりました。今回は全7種類セットでの入手です。

実際の豊臣大坂城は他のものと並べてみると二まわりも小さく見えます。中国製でもともと造形があまりよくないこのシリーズのなかでは良いほうでしょうか。並べてみると、このシリーズは縮尺度に統一感がないのも欠点ですね。

500円というもう少しでプラモデルが入手できるような値段とこの造形のため、あまり売れなかったのでしょうか、「其の壱」といいながら「其の弐」はまだ発売されていません。同じ頃始まった童友社の「日本の名城」はすでに「第三章」まで発売されたのですが。

投稿者 Tadashi : 13:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月21日

鳥越一向一揆館友の会ツアー

本日は、鳥越一向一揆館の友の会ツアーに参加してきました。今年は若狭地方を中心とした旅です。一向一揆が起こる室町時代後期以前の鎌倉時代から平安時代の建物や仏像をみてきました。時折、小雨の降る天候でしたが、梅雨真っ只中としては恵まれた天候でした。

最初は、明通寺です。ここは本堂まで100段以上の階段があり、お年寄りは大変そうでしたが、国宝となっている本堂と三重塔のほか、重要文化財の仏像たちについて説明を聞きました。当寺のある小浜市は大陸文化の出入口として栄えた地であり、130以上の寺社が密集して現在も存在し、檀家数は数十件という特別な場所であるそうです。

明通寺

続いて、若狭彦神社上社を見学してのち、

若狭彦神社

神宮寺で説明を聞きました。「神宮」(神様)と「寺」(仏様)という寺名が示すとおり、ここは廃仏毀釈以前の神仏習合の形式を保っているところです。第44代天正天皇勅願寺として創建されたため、現在でも檀家はゼロということです。本堂の入口にしめ縄があり、中でも仏像と神棚を並べて祀るという日本古来の形式を見ることができます。また、ここは奈良二月堂へ「お水送り」をする寺としても有名です。

若狭神宮寺

拝観の最後は妙楽寺です。小浜市では最古の鎌倉時代の本堂が残る当寺は、本堂こそは仏像のみ祀る形式ですが、本堂は宮造りの面影を残し、すぐ隣に六宮神社として熊野神社や白山神社など6つの宮を集合して祀る宮が立てられていました。

妙楽寺

最後に、若狭から琵琶湖への道中にある「熊川宿」で地元の語り部に説明を聞きました。日本で最初に復元された関所や伝統的建造物群を見学しました。ここは蓮如上人が吉崎御坊を去る途中で立ち寄った場所とされ、宿所とされる建物の後ろには近世の熊川城跡があるということで、もう一度立ち寄ってみたい場所となりました。

熊川関所

熊川宿

早朝から出かけて夜半までの旅でしたが、最近少なくなった団体旅行のメリットは個人旅行では得られない説明を聞けたり、普段公開していないものを見たり、普段入れない場所を案内されたりということではないでしょうか。旧鳥越村と旧鶴来町を中心とした会員の方々は高齢化しており、もっと若い方が増えて、長くツアーが開催されると望んでいます。

投稿者 Tadashi : 23:10 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月20日

「Wordを国は購入せず」は誤り

日経コンピュータ2007年7月23日号によると、7月1日にNHKが報じたニュースに総務省とマイクロソフトが間違いだと反論したとのこと。

問題のニュースはこうだ。「総務省が主管して7月1日から運用を開始した『情報システムに係る政府調達の基本方針』を取り上げ、政府は今後、国際標準規格・日本工業規格などのオープンな標準に基づくソフトを優先するという点を指摘して、『WordやExcelは、現段階ではこうした規格に沿っていないため、業務に支障がある場合などを除き原則として今後購入できなくなる』」と報じた。

総務省は翌2日、「オープンな標準はISOやJIS以外の公的規格や業界団体による規格も含まれる。ISOやJISに該当していない製品がただちに排除されるという理解は誤り」と発表した。

マイクロソフトも3日、「あたかも調達から排除するかのような印象を与え、中央官庁、地方公共自治体を含むユーザーやパートナー企業に混乱を与えるような誤った報道がなされたことは大変遺憾」と発表した。

NHKは「『業務に支障がある場合などを除き』としており、マイクロソフト製品を一切購入できなくなるとしたわけではない」と日経コンピュータ編集部に説明したようだが、私もこの報道を見てそういう誤解をした一人である。日本語は難しい。

投稿者 Tadashi : 12:43 | コメント (0) | トラックバック

Office 2003搭載パソコンはもう買えない

日経コンピュータ2007年7月23日号によると、マイクロソフトが6月末でOffice2003の出荷を終了したようだ。これにより、プリインストール版とパッケージ版は在庫限りとなった。

Office2007の一般発売から半年という短期間による出荷終了は、マイクロソフトによるOffice2007販売促進策のようにも考えられるが、マイクロソフトはその理由を「Officeの技術に関する訴訟に敗訴したため」としている。これに対し、国内パソコンメーカーはOffice2003の在庫確保に動いたようだ。NECは、「当面の在庫を確保した」としているので秋モデル分ぐらいは確保したのだろうか。にしても、来年には店頭からOffice2003が消えるのは確実なようだ。

これでまったくOffice2003が入手できないのかというと、企業ユーザーには道が残されている。「ボリューム・ライセンス」を購入し、「ダウングレード権」を使ってOffice2003を利用するという道である。しかし、個人ユーザーにはその選択肢すらない。

しかし、実際そうなるのか?今までもマイクロソフトは世界第2位の市場である日本のユーザーを無視できなかった経緯がある。Windows98・ME、Windows2000、WindowsXPのOSサポート期間延長である。この決断が普及層となる個人ユーザーの買替需要を冷やすことだけはないように願いたい。

投稿者 Tadashi : 12:16 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月17日

ヤフーオークション 5回目結果

先週月曜日・火曜日の無料出品期間に出したオークションのすべての結果が出ました。

今回は、出品数は前回ほどではなかったのですが、158点中、落札が21点でした。13%の落札率なのでまだ1割ありますが、2割を超えていた前回に比べると出荷作業が楽です。

当然金額も落ちましたが、高額商品をようやくさばくことができましたので、そこそこの結果でした。すでに高額なものはなくなったので次回以降は落ち着くことでしょう。

すでに5回出品してくると傾向が分かってきました。
・カテゴリーや商品名は大事であること。1回はダメでも次回商品名を変えると落札されることもある。
・現在の市販品は安さで勝負。競争になれば落札額アップを望めること。結果として希望額に届く場合もある。
・入手の難しいレアものはやはり売れること。収集家のいるキャラクターものは特に。
・収集している人が多いカテゴリーは売れること(アニメ、鉄道、キャラクターなど)
・売れないのは市販品で中古市場が充実しているもの。音楽・映画はとくに難しい。

8月7日以降は5000円以上の入札がプレミアム会員に限定されるようになります。この規制が幸と出るか出ないか、それは8月7日以降の入札の盛り上がりを見ればわかるでしょう。

投稿者 Tadashi : 19:26 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月15日

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

太平洋側は台風直撃で大変ですが、日本海側はそうでもなかったです。今日は福井県立恐竜博物館に夏の特別展を見に来ました。「クジラが陸を歩いていた頃」というテーマで恐竜絶滅後の海に戻った哺乳類を集めたものです。「戻った」という表現は生命は海から生まれたということを意味します。

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

今日は、第3日曜日と重なり、「家庭の日」ということで常設展は無料でしたので、親子連れで一杯でした。特別展は有料だったのでそうでもなかったですが・・・

常設展も以前行ったときと陳列が少し変わっていました。そして、最も変わったのは写真撮影の扱いです。以前は定位置からの撮影しか許されていませんでしたが、フラッシュと三脚は禁止されているだけで撮影自体はできるようになっていました。そこで、地元産の「フクイラプトル」を含めて何枚か写真に収めてきました。

フクイラプトル

特別展と常設展を見終わってから、今日の目的である講演会「イルカとクジラがたどってきた道」というテーマで、ニュージーランド オタゴ大学のユワン・フォーダイス教授を聞いてきました。

クジラが陸を歩いていた頃 福井県立恐竜博物館

着いたときは晴れていた空も、帰るときはどんよりと曇っていました。雨も降ってきましたが台風の影響は少ないようです。

投稿者 Tadashi : 18:25 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月11日

日本の名城第三章 ひこにゃんバージョン

日本の名城第三章 ひこにゃんバージョン

先月、童友社から「日本の名城 第三章」が発売されました。手頃な値段なのでよく売れるのか、意外に順調にラインナップが増えていきますね。今回は待望の安土城が入っています。

・安土城(夏)
・安土城(秋)
・松本城(秋)
・松本城(冬)
・和歌山城
・彦根城

シークレットは彦根城のひこにゃんバージョンです。今年は彦根築城四百年祭が行われており、イメージキャラクタである「ひこにゃん」がシークレットです。今回も第二章に続き大人買いしたのですが、残念ながらシークレットを入手できなかったため、オークションでようやく手に入れました。それでも、第一章の名古屋城鯱鉾や第二章の熊本城400年記念バージョンに比べて高額でした。恐るべし「ひこにゃん」人気・・・

さて、ますます楽しみな第四章ですが、第二章から記念行事の行われている城が、江戸城、熊本城、彦根城とフューチャーされているので、次回は松江城か、弘前城か、国宝では残るは二条城と犬山城、しかし第三章までは天守のない城はないので、現存12天守が優先でしょうか。ここは意表をついて、ひとつ山城はいかがでしょう!人気ないだろうけど

投稿者 Tadashi : 01:51 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月10日

二条城本丸 公開中止へ

京都市中京区の二条城で国の重要文化財に指定されている本丸御殿4棟のうち2棟が、震度6強以上の地震で倒壊する恐れがあることが市の調査でわかった。市は春と秋に実施している特別公開を今秋から中止し、本格的な調査に入る。再開には5年以上かかる見込み。本丸御殿以外は通常通り見学できる。

調査は国の補助事業で、市が京都工芸繊維大に委託して昨夏から今春まで実施。本丸御殿の玄関(重文)と御書院(同)のほか、二の丸御殿大広間(国宝)と東大手門(重文)の計4棟を調べた。

この結果、本丸御殿玄関の瓦屋根の重量が1平方メートル当たり約120キロと推定され、耐震性が不足していることが判明。御書院も同様に瓦屋根が重過ぎることがわかった。いずれも江戸末期に建てられ、明治初期に改修、移築された。

また、震度6強以上で二の丸御殿大広間は損傷する危険性があるとされ、東大手門は土塀倒壊の恐れがあるとされた。

投稿者 Tadashi : 17:24 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月08日

平成21年NHK大河は直江兼続の「天地人」

今年で82回目となる新潟県上越市の「謙信公祭り」が8月25日に行われます。今年は風林火山により大変盛り上がっているのか、謙信公には大河でも謙信を演じているGacktが扮する模様!!こんな人気のある人をゲストに迎えて大丈夫なのか?

祭りを調べていて上越市のホームページを見ると別の興味ある情報が・・・

8月29日からは上越市埋蔵文化財センターで「上杉謙信公企画展」が開催されるとこと。展示物も充実していそうだが、山梨県の武田検定に負けまいとしてか、こちらは上杉謙信公検定を同時に行うようです。でも楽しそう。

そしてもう一つ、平成21年のNHK大河は上杉謙信の寵臣、直江兼続を主人公にした「天地人」に決定したという情報が。1年置いてまたまた地元には暑い1年になりそうですね。

上越市観光ホームページ

ところで来年の大河は何だったろうと思ったら、「篤姫」でしたね。徳川幕府13代家定の奥方で薩摩藩島津家より嫁いだ、後の天璋院です。ということは来年の大河景気は鹿児島なのか?東京なのか?

平成19年謙信公祭り

投稿者 Tadashi : 16:15 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月07日

兼六園の庭づくり技法について 金沢城・兼六園研究会例会

本日は金沢城・兼六園研究会の例会でした。場所は広坂休憩室で60名ほどが参加して行われました。本日の講師は森永寿久氏です。森永氏は昨年度まで金沢城・兼六園管理事務局の事務局長でしたが、今年度から石川県公園緑地課にお勤めです。大学の専攻が庭園学科ということもあって、庭園の作り方に関する解説はとても参考になりました。

地元に住んでいて兼六園に何度行こうとも、兼六園の良さがなかなかわからなかった私には、兼六園を楽しむ一歩を踏み出せたように思います。兼六園の解説というと、兼六園の歴史や庭園技術などに偏る感がありますが、もともと兼六園は前田家のプライベートガーデンなわけですから、有名な松一つ一つをとっても意味があるわけです。「双幹の松」の意味や、「乙葉の松」のある場所、「根上がりの松」の象徴するものなどについて、庭園の見方を知れば楽しめるというものです。

金沢城・兼六園研究会例会

終了後、青空が広がってきたので金沢城をぐるりと見てきました。

金沢城

何度も来た金沢城ですが、今回初めて二の丸休憩所に寄りました。私は今まで金沢城ではグッズの販売はないものと思っていましたが、ここに数点ですが、絵図2点とうちわ、絵葉書が販売されていました。

金沢城河北門

河北門の発掘調査はまだ進んでいませんでした。本日の森永氏が偶然にここの担当課だったのですが、今秋から本格的に始まるようです。その際は、足場が組まれて復元現場の見学ができるようになるとのことなので、始まればぜひ見に行こうと思います。

投稿者 Tadashi : 18:52 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月05日

日本100名城スタンプラリー 小谷城

小谷城にやってきました。小谷城のスタンプは小谷城の麓の湖北町児童館です。平日に行かないと閉まっているかもという情報と、平日に行けば小谷城の展示を見ることができるかもしれないという情報を元に平日に行きました。

が・・・見るからにひと気がないと思ったら、やはり改修中らしく閉まっていました。ドアの前には100名城のスタンプの押されたシールが置いてありました。

湖北町児童館

しかし、ここは本当のスタンプを押すべきだろうと、案内にかかれた湖北町役場のほうへ行って押してきました。入口で担当課を訪ねたら、奥からスタンプが出てきました。ということは結局のところ平日にしかスタンプ押せないようです。

日本100名城 小谷城スタンプ

小谷城には建物が残っていないので、スタンプのデザインは最初何か分からなかったのですが、どうも本丸の郭を正面に見て、郭の側面中央に石垣の帯と郭の上に木々が描かれているようです。

投稿者 Tadashi : 22:50 | コメント (0) | トラックバック

企画展 戦国大名浅井氏と姉川合戦

先週に続き、梅雨の晴れ間を狙って今日は長浜市へやってきました。

長浜城歴史博物館では現在「企画展 戦国大名浅井氏と姉川合戦」(2007年7月17日まで)を開催しています。湖北の歴史のなかでも大きな位置を占める姉川合戦を題材に、最近では史跡保存・整備を行う目的で「姉川の合戦再見実行委員会」も設立されるなかで、その運動と連動して姉川合戦に関する資料や武具を集めた展覧会です。

長浜城

遺物や武具が中心となりがちな展示が多い中で、今回は城絵図や屏風などが多くとても楽しめました。図録が欲しいと思ったのですが、残念ながら今回は作成していないとのこと。後日でも運動の成果として報告書にしてほしいです。この展示が2階で、3階では別の企画展「彦根藩誕生前夜」が開催中でしたが、こちらも佐和山城に関する資料を中心に思いがけず嬉しい展示でした。

そのあと、浅井氏の本城である小谷城を登りました。時折陽も差す良い天候の中で大手(追手)道から登りはじめます。昨日までの雨でところどころぬかるんでいましたが、概ね良い状態でした。

小谷城

小谷城

まだまだ登り始めの展望台からは、左手に織田軍の小谷城攻めの拠点「虎御前山城」、その右手の低い丘が朝倉援軍の陣城「丁野山城」「中島城」、右手奥が山本山城、中央の琵琶湖に浮かぶのが竹生島です。

小谷城

本丸正面には石垣が少し残っていました。さらに奥に進むと、山王丸には立派な大石垣が残っていました。野面積みの粗雑な石垣にかなり感動します。

小谷城

その後もどんどん奥に(上に)進みましたが、最高点の大嶽城と清水谷の分岐点まで来て、思った以上に時間がかかってしまったので清水谷から降りてきました。それでも2時間半ほどかかっていたので、小谷城はやはり1日がかりですね。

すでに5時をまわる時間だったので、虎御前山城もあきらめ、最後に朝倉氏の援軍の陣城となった岡山へ向かい、連なった両尾根を利用した丁野山城と中島城を見てきました。

また機会を見て小谷城周辺は再挑戦ですね。そういえば小谷城では今年の4月に熊が出たそうです。のぼり途中にはカモシカとかスズメバチとかの注意看板も・・・。今日は熊鈴を用意していたので、幸いにも熊には遭いませんでしたが、1mくらいのヘビ2匹に遭遇しました。夏場の山はクモの巣も大敵です。やはり夏は山城めぐりのオフシーズンでしょうか?

投稿者 Tadashi : 20:56 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月04日

ヤフーオークション 4回目結果

4回目終わりました。出品を始めて早1ヵ月経ったのですね。早いものです。

今回は174点という大量の出品でしたが、落札も驚きの37点に及びました。再出品が半分近くあったのですが、落札率19.5%という状況でした。

が、喜びの反面、一人で37点もの落札物件の連絡・梱包・入金確認・出荷を行うのは並大抵の仕事量ではありません。ここ数日疲れました。高額商品の出品もいつくか落札されたので今回は8万円近くになりました。

今のところの次回の無料出品期間のアナウンスはありません。実はまだまだ出品予備品があるのですが、短期間に大量の出品をするのも問題ありますね。

投稿者 Tadashi : 01:56 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月03日

きくざくら学習会 玉泉園の見学

きくざくら学習会とは、金沢城・研究会研究会の初心者講座です。平日開催の金沢城大学の講座修了者のみ加入できることもあり、お年寄りの中に若者一人です。慣れてますが・・・

今日は兼六園隣の玉泉園の見学です。玉泉園のいう名は二代利長の室であり、織田信長の娘であった「玉泉院」に由来します。といっても玉泉院とは直接関係ないようです。

ここは加賀藩の大小将頭の脇田直賢(わきたなおかた)の敷地であり、直賢は10歳頃まで芳春院(利家の室)に養育されていたようです。今回、会員のお一人が芳春院の日常の出来事を書いた「東路記」(あずまぢのき)のなかに、静岡県興津にある臨済宗の寺清見寺に一泊した折に、『ノウゼンカツラの種がほしい』という記載を見つけ、偶然にも脇田の作庭した玉泉院にもノウゼンカツラが咲いているということで今日の見学となりました。

写真の花がノウゼンカツラです。漢字では「凌霄花」と書きます。濃い桃色の大きな花です。これは入口近くの屋根の上に咲く、株分けの若いツタのようです。

ノウゼンカツラ

親は奥庭の二股の松の木に巻きついて、ツタも太く立派なものでした。かなりの古株らしいので、こちらの花は7月下旬にならないと咲かないようです。兼六園下の坂道からも見えるようなのでぜひ一度見てみて下さい。

玉泉院

玉泉院

玉泉院

投稿者 Tadashi : 18:17 | コメント (0) | トラックバック