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2007年08月30日

一向一揆 佐羅城の場所特定

金沢市の日本城郭史学会会員、高井勝巳さんは、加賀一向一揆と織田信長の軍勢による鳥越城での合戦と同時期に攻防が繰り広げられたとされる佐羅城の場所が、白山市佐良の佐羅早松神社周辺であることを突き止めた。

城は古文書に存在が記されているだけで、その場所は特定されていなかった。佐良の住民への聞き取り調査などでもほとんど手掛かりを得られなかったが、これまでの研究と経験から所在を推定し、現地を歩き回って土塁の跡などを見つけた。

城跡は佐羅早松神社から約700メートル離れた丘陵で確認した。東側には曲輪が二個所あり、堅固な防御機能を果たしていたことをうかがわせるとし、籠城を想定して築いたと推測している。(北國新聞2007年8月30日付記事)

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2007年08月29日

知的財産権入門セミナー

知的財産権入門セミナー

特許庁が無料で開催する「知的財産権の入門セミナー」に参加してきました。特許庁に管轄する産業財産権といわれる「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」の4つについて、概要を知りたかったのですが、たかだか3時間半のセミナー。ほんのさわりだけでした。

自分に関係あるとすれば、「実用新案権」と「商標権」なのですが、解説は「特許権」が1時間半を占め、残りはさわりでした。それでも知的財産権の勉強の一歩を踏み出せたのは良かった。

もらった入門テキストは結構分厚くて読み応えあります。

投稿者 Tadashi : 21:15 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月28日

「ヤフーの日」でヤフーオークション

8月20日が「ヤフーの日」ということで無料出品した結果が出ました。

今回は時間が余りなく、売れ残り品中心だったので、出品243点で、落札32点でした。1割3分と落札率も落ちましたが、1割切らなかったのでやはり出荷作業は楽ではなかった。落札額の合計は2万円超。

今後も売れ残り品中心ですが、もう少し新規が残っているので、年末までに無料出品期間を待って処分することにしましょう。

8月7日にヤフーオークションは落札基準が変わったので、無料出品はしばらくないものと思っていましたが、無料出品期間による出品数の増加はぜんぜん違うのでしょうね。私のチェックしている分類は、無料出品期間でないと興味あるものがほとんどなくなりました。

最後に、うちに住みついた守護神(虫退治してね!)の写真でお別れです・・・

守護神の子イモリ

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2007年08月27日

金沢城太鼓塀 保存修理現地説明会

金沢城太鼓塀 保存修理現地説明会

金沢城太鼓塀 保存修理現地説明会

8月25日土曜日に現在修理中の金沢城太鼓塀の保存修理現地説明会が開催されました。

太鼓塀は金沢城の象徴である石川門の南北に残っています。北陸新幹線開通までに痛みのひどい漆喰を修復するとともに、控柱を本来の形式に復元するのが目的です。現在の控柱は陸軍が駐屯しているときにコンクリート製の味気ないものになりましたが、今回の解体で塀の貫穴と地中の柱穴が確認できたので、今回の一般向け現地説明会となりました。

当日は謙信公祭のため上越市に行っていたため、家族に資料をもらいに参加してもらいました。大勢の市民が参加していたようです。

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2007年08月26日

辰巳用水と並行の謎の水路

金沢市埋蔵文化財センターは24日までに、金沢市上辰巳町で、辰巳用水の隧道(トンネル)と並行して走る水路の一部を発見した。これまで絵図や文献では存在が分からなかった「謎の水路」で、専門家からは、辰巳用水の隧道が崩れた際に緊急的に水を通した「バイパス」の可能性があるとの見方も出ているが、現時点でははっきりしない。辰巳用水の知られざる歴史を示す発見の可能性もあり、市埋蔵文化財センターは全容解明を急ぐ。

辰巳用水は犀川上流で取水し、小立野台地を通過して分水しながら兼六園など城下町を潤す全長10キロの用水。寛永大火をきっかけに三代藩主前田利家が、小松の町人板屋兵四郎に命じて築城したとされる。(北國新聞2007年8月25日付記事)

投稿者 Tadashi : 12:47 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月25日

ガクト見参! 上越謙信公祭

今年はNHK大河の影響もありますが、春に甲府市で信玄公祭を見て、本日は上越市で謙信公祭を見に行きました。甲府市は朝出発して、というわけにはいきませんでしたが、上越市は朝5時に出発しました。高速の途中で雲の合間から朝日が迎えてくれました。

上越インターから降りてリージョンセンター駐車場に停めました。ここからどうしようかと思いましたが、バスもないようなので、結局歩くことにしました。春日山駅を通り、ガクトの行列が通る山ろく線を横切ると、まだ朝の8時前だというのに、すでに待っている人が・・・・ご苦労なことです。

朝のイベントが行なわれる春日山神社へは8時過ぎに着きましたが、通る道をミスして、最初のイベントのみこし巡行には会えませんでした。それでも、9時に行なわれる本丸の狼煙上げの火を、春日山神社でもらうところを間近で見ることができました。

狼煙上げの火をもらう様子

火をもらう瞬間を見ていたのは関係者(謙信流陣太鼓の方々)と私だけという寂しい状況でしたが、ここから本丸まで火をもって走っていきました。一緒に走ってもいいですよ、と関係者に勧められましたが、このあとのこともあり、ちょっと早起きで気分が悪かったこともあり、ついていくのはやめました。

狼煙上げの火をもって春日山神社を走り去る様子

しばらくすると、本丸から狼煙が上がりました。天候も良く見やすいかと思っていたのですが、風がほとんどなかったこともあり、煙が大きくならなくて肉眼では上がっていることは分かりましたが、写真では煙なのか雲なのかよくわかりません。

春日山城本丸からあがる狼煙

10時になると春日山神社の境内で謙信流陣太鼓が4曲披露されました。朝から居た私は特等席で見ることができ、迫力ある演奏を堪能しました。狼煙上げで走った女性3名もいましたが、このあと、14時半の林泉寺の出陣報告、18時に春日山城史跡広場での演技と暑い中ご苦労様でした。

謙信流陣太鼓の演奏

謙信流陣太鼓の演奏

謙信流陣太鼓の演奏

11時からは同じ境内で地元一義会による武禘式が行なわれました。武禘式とは、川中島に出陣する際に上杉謙信軍が行なった出陣儀式です。

武禘式

昼に昼食を食べようと思いましたが、お食事処は一杯であきらめました。コンビニでおにぎり買っておけば良かった・・・。そこで上越埋蔵物文化センターで開催中のイベントを見て、林泉寺に向かいました。ここでは14時半から行列に先駆けて出陣報告の儀式が行なわれます。

山門入口で待っていると自衛隊のトラックが・・・何かと思っていたら行列の参加者が乗っていました。

林泉寺 出陣報告

謙信流陣太鼓に迎えられて、行列は山門より住職を先頭に本堂へ向かいます。

林泉寺 出陣報告

林泉寺 出陣報告

林泉寺 出陣報告

出陣報告をそこそこにまた春日山神社に戻り、米沢藩稲富流砲術隊の砲術演舞と戦勝祈願の「謙信公」の塩献上の儀式を見ました。儀式の途中でさすがに空腹で気分が悪くなったので遅い昼食を食べました。

昼食後、出陣行列の出発を待っていると、先程林泉寺で出陣報告をしていた武者が下から登ってきました。最後の坂は送ってもらえなかったようですが、暑い中甲冑のまま歩いてきて、ご苦労様です。

出陣行列開始前

16時ちょうどに警備に先導され、出陣行列が始まりました。上杉軍、武田軍の順で進み、最後に先程砲術演舞をした米沢藩稲富流砲術隊がテンポのよい太鼓を鳴らしながら行進します。中には、休憩でお世話になったお食事処のおばさんに手を振りながら進む隊もいます。

春日山神社 出陣行列

春日山神社 出陣行列

春日山神社 出陣行列

行列がすべて通り過ぎたら、今度は後ろから順に抜いてガクトが行進する山ろく線まで急ぎました。山ろく線に着くと沿道はガクトを待つ人で埋め尽くされています。地元の人は「こんな人だかり見たことない」とあっけにとられていました。

ガクト出陣行列

時間になってもなかなか始まらなかったのでやはりガクト待ちが発生したようですが、ガクトが登場すると沿道の声援も最高潮に達しました。ガクトは途中で演技などを交えながら、自らの新曲をバックミュージックに行進しました。さすがにカッコよかったですが、時代行列にポップミュージックが流れるというアンマッチは賛否両論を呼びそうです。

上杉軍、武田軍の順だったので、上杉軍の最後に位置したガクトが過ぎるとともに沿道の人も半数は移動を開始、武田軍が通るころにはいつもの?様子でした。武田軍や砲術隊には沿道から温かい拍手が送られました。

ガクト出陣行列

行列が終わると人だかりは春日山城史跡広場で移動を始めます。最後にここで第4回川中島合戦の様子が再現されます。

しかしながら、ここでもガクト待ちがありました。砲術演舞の後、何が始まるでもない時間が過ぎましたが、ガクトの曲が流れ、白馬に乗ってガクトが登場すると客席は最高潮に、何度も前を馬で疾走し、最後はセリフをカッコよくきめて走り去りました。

春日山城史跡広場

ガクトの退場とともに、ガクト目当ての女性たちは退場。会場を埋め尽くした客の半分はここで帰りました。ガクト恐るべし!!来年の観客は約半分ということか?ガクト待ちで遅れた中、川中島決戦の再現が行なわれました。遅くなったので、通常の観客のなかにも帰る人がちらほらと・・・

春に山梨県の笛吹市で行なわれた川中島合戦絵巻を見ましたが、昼に行なわれたそちらと比べると、夜に行なわれるこちらは雰囲気も違います。武田軍と上杉軍から見た視点の違いもありますが、演技のシナリオは笛吹市のほうが史実に近いようです。上越市のものは、女武者や忍者のチャンバラシーンがあり見ていて楽しい部分や、夜を活かして武田別働隊の登場は火による演出を伴うなどチャンバラ劇としては愉快な演出が目白押しです。謙信と信玄の一騎打ちシーンなどは互いに馬に乗って謙信が追っかけていました。川中島合戦だと思ってみていると不思議な感じです。

川中島合戦再現

合戦再現は2時間近くありましたので、終わったのは9時過ぎでした。帰りはリージョンプラザまでバスで帰り、近くで夜食をとって帰途に着きました。総延長で10キロ以上歩いたので疲れましたが、それより川中島合戦再現のときに座っていた椅子が小さかったのでおしりが痛いです。

当日の人出は・・・

地元新聞によれば18万人。過去最高は平成13年の8万3千人というから、NHK大河とガクトの効果で10万人も増えた計算になる。恐るべし・・・

投稿者 Tadashi : 23:52 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月24日

透明な電子回路でガラスが変わる

「窓ガラスが太陽電池や壁照明に」

一見すると普通のオフィスの窓ガラス。ところが紫外線で発電する太陽電池や赤外線反射機能、そして発光機能などを備えている。昼は太陽電池で発電しながら赤外線を反射、ただし冬は赤外線を透過して省エネルギーを図る。夜は液晶シャッターで外に明かりが漏れないようにした壁照明、と状況に応じた使い分けができる。

「自動車のフロント・ガラスに情報を表示」

フロント・ガラスに各種運転支援情報を表示するいわゆる「ヘッドアップ・ディスプレイ」。半透明のシートにプロジェクターで文字などを投影する技術は既にあるが、透明回路を使えば自然光で、見やすい表示が可能になる。

「眼鏡のレンズがそのままディスプレイに」

身近な眼鏡も、普段は透明なレンズが必要な時にディスプレイになる。プレゼンテーションをするときのプロンプター(スピーチやニュース放送などで使用される原稿表示装置)などに使えるようになるかもしれない。

これらの例は、日経エレクトロニクス2007年8月27日号で紹介されている「透明回路」の利用例です。世の中にはすごい技術を開発する人がいるものです。この技術はあと数年で実用化が開始される見込みという。生活はますます便利になるでしょうが、災害対応能力は落ちる一方ですね。

投稿者 Tadashi : 12:02 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月23日

北陸の一向一揆城郭 -絵図を中心として-

鳥越一向一揆歴史館

石川県白山市の鳥越一向一揆歴史館の夏季企画展「北陸の一向一揆城郭 -絵図を中心として-」を見てきました。今回は城郭絵図を中心に展示していたので長く見入ってしまいました。

穴水城、末森城、津幡鳥越城、松根城、朝日山城、富樫館、松任城、安吉城、鷹巣城、鞍ヶ岳城、今江城、大聖寺城、剱城と多くの城絵図が展示されていましたが、多くは石川県立歴史博物館森田文庫、金沢市玉川図書館加越能文庫からの出典でした。能登国・加賀国絵図もあり、現在の地名と照らし合わせながら見ていました。

投稿者 Tadashi : 23:52 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月22日

マイクロソフト WindowsXPの提供中止へ

マイクロソフトは8月22日、Windows XPのパソコン・メーカーへの出荷を、2008年1月31日に終了すると発表した。メーカーのWindows XPプリインストール・パソコンの生産も同日で終了する。08年2月1日以降、Windows XPをプリインストールしたパソコンを買えるかどうかはメーカーの在庫次第になる。

今回の出荷終了は、マイクロソフトが定めている「製品ライフサイクルガイドライン」に沿ったもの。最新版であるWindows Vistaの一般向け発売が始まったのが2007年1月30日。同ガイドラインに沿って、ここから1年が経過した2008年1月31日に、前バージョンであるWindows XPのパソコン・メーカー向けライセンス(正規OEMライセンス)の出荷を終了する。

08年2月以降、企業がWindows XPを確実に購入する方法は、Windows Vistaのライセンスを購入して、旧バージョンを使用する権利である「ダウングレード権」を行使することだ。具体的には、2通りの方法がある。 1つは企業向けの一括購入形態である「ボリュームライセンス」で、Windows Vista Business/同 Enterpriseを購入すること。もう1つは、Vista Business/Ultimateをプリインストールしたパソコンを購入することだ。いずれの場合も、Windows XP Professionalなど、複数の旧バージョンを利用できる。

ライセンス提供終了後もマイクロソフトは、Windows XP全エディションに対して、2009年4月までメインストリームサポート、2014年4月まで延長サポートを、それぞれ提供する。

Office2003に続き、WindowsXPの提供終了で、店頭のみならずBTOでも、WindowsXP&Office2007の組み合わせしか購入できなくなる。その日まで半年を切った。それでもビジネス用途でVista切り替えが進むかどうか、現在のアプリケーションや周辺機器のVista対応が遅れているなかでは、マイクロソフトの対応に不満が大きくなる可能性も否めまい。

投稿者 Tadashi : 22:50 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月19日

うさ元気です!!

うさぎのうさ

うさの最近のお気に入りの散歩コース(といっても室内)のひとつがこの椅子の上での方向転換と休憩。右左、右左と方向転換を楽しんでから、疲れた頃に我が物顔で中央にうずくまる。

椅子は床と同じでひんやりしているけど、床みたいに滑らない。肉球のないうさぎにはこっちのほうが狭いけど快適なのか?

うさぎのうさ

投稿者 Tadashi : 10:36 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月17日

金沢城 いもり堀解明へ 南側で発掘調査

金沢城公園の宮守(いもり)堀の水堀化に向け、石川県は27日から、金沢市中央消防署広坂出張所跡地で埋蔵文化財調査に着手する。出張所跡地は堀の南側にあたる。南側は昨年度の調査で部分的に位置を確認した程度で、石川県は今回の調査で堀の全体像解明を目指す。

宮守堀はこれまでの調査で北側の位置や形状、規模などが判明しているが、南側は不明な点が多い。

昨年度の調査では、市道広坂長町線の県庁跡地側の歩道周辺を2カ所掘削し、堀の幅が約40メートルだったことを確認している。今回の調査は、7月に広坂出張所が移転したことを受け、出張所跡地を幅約4メートル、延長約12メートルの範囲で約3メートル掘り下げ、遺構の有無を見極める。

宮守堀は今年度から実施設計に取り掛かる。埋蔵文化財調査は1ヶ月程度を予定しており、県は堀の遺構を確認した上で、11月に開く予定の河北門等復元整備専門委員会で水堀化に向けた工法や整備範囲の検討に入る。(北國新聞2007年8月17日付記事)

投稿者 Tadashi : 11:09 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月14日

Movable Type 4.0にアップグレードするが・・・

蒸し暑い日が続く中、多少無理が祟ったのか、今朝は夏風邪にやられて無性にだるい。お盆ということで近所の医院は休みなので、少し大きな病院に行き、薬をもらってきた。

夕方には薬のおかげでなんとか平常を保てる体調になったので、Movable Typeのアップグレードをやってみた。念のため、バックアップしてアップグレードを開始するが、すんなりと終了する。

管理画面は大きく変わっているが、表示はスタイルシートはそのままなので変わりがないように見える。管理画面をいろいろと眺めていると、便利になったところも多い。

このままいけるかなと、記事を書いてみたが、一箇所動作がおかしい。それは、新規ブログ記事を書くところで、画像をアップロードする際に、自動的に縮小画像を作るというもの。サムネイルを作成する設定が、以前は幅と高さがあったのが、幅しかない。これは仕様かもしれないが、そもそもチェックできない。システム設定を見ると、ここに使用するImageMagicというプログラムはインストールされていると認識されている。

Windowsサーバーということもあるだろうが、ここは使用できないと不便だ。折角のアップグレードだが、バージョンアップするまで待つとして元に戻すことにした。

投稿者 Tadashi : 23:31 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月12日

日本100名城スタンプラリー 安土城

安土城考古博物館の記念シンポジウムに参加するついでに、信長の館にて安土城のスタンプをゲットしました。何度見ても安土城のレプリカはまばゆいです。天守に住んでいたといわれる信長ですが、こんな装飾で落ち着いていられたものでしょうか。

信長の館

安土城のスタンプの図柄は背景に大手門から続く大手道を配し、左前に安土城址の石碑を描いています。知らない人ならこんな場所があるのかと思うでしょうが、2箇所を合体させた図柄であり、ちょっと混乱させる危険がありますね。確かに大手道だけなら味気なかったのでしょうが・・・

スタンプ 安土城

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シンポジウム「城と城下町」

滋賀県の安土城考古博物館では現在「城と城下町」というテーマで特別展が行なわれています。関ヶ原合戦後の対豊臣包囲網の要衝として築かれた彦根城と膳所城について調査された結果が展示されているのですが、本日は記念シンポジウム「城と城下町」が開催されました。お盆前という日程ながら会場には大勢の方は集まっていました。

帰省ラッシュとは逆方向の北陸自動車道でしたが、早朝敦賀付近でトレーラーが横転する事故があり、渋滞にはまってしまい、予定より1時間遅れて現地に到着したため、企画展示を見る時間がなくなったため、シンポジウムは講演を聴いて、最後のディスカッションはパスして企画展示を見てきました。

後日、関連した講演をすべてまとめた書籍が発刊されることが決まっているので、そちらで確認しようと思います。

シンポジウム「城と城下町」

シンポジウム「城と城下町」

企画展示を足早に見学した後、隣接する信長の館を見てきました。以前一度訪れたことがありますが、今回は8月4日に入場者100万人を突破したことを記念して、クリアファイルをもらうことができました。

信長の館

帰りに整備の終わった安土城の入口を見てきました。以前訪れたときは、まだ大手入口付近を整備している最中でしたが、今はきれいに石垣を積んで整備され、入口には有料になったため門が作られていました。

安土城 大手入口

投稿者 Tadashi : 22:55 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月10日

市民フォーラム「歴史に学ぶ松任城」

市民フォーラム「歴史に学ぶ松任城」

市民フォーラム「歴史に学ぶ松任城」というテーマで、郷土史研究家の蒔田達雄氏の講演会が白山市松任学習センターで開催されました。

会場は主催した白山市都市公園課の予想をはるかに上回る100名以上の大入りで、いすが足りないほどでした。

内容は松任城近郊の起こりから現在までの歴史についてですが、以前あさがおテレビ(旧松任市のケーブルテレビ)で全12時間で放送されたものを1時間半に凝縮して話していただきました。

最初のパネルでも長享から天正頃の松任城の鳥瞰図がわかりやすいイラストで映し出されていましたが、想像を超える大きな立派な城だったようです。城域も現在の高岡城に匹敵するのではないでしょうか。

背景には、現在の「おかりや公園」と名称について「松任城址公園」と改名するかどうかという論争がありますが、おかりや公園という名の由来は若宮八幡宮の御仮屋(神輿などご神体を保管する小屋)があったからというものですが、実際の場所は少し場所が違うようです。おかりや公園の場所はまさに松任城の本丸跡になるのですが、松任城は廃城後の経緯から城址としての面影が全くなく、城址公園としてどう整備できるのか課題が残っていると思われます。

蒔田氏の話はテンポもよく、自説はいささか市民の意識に関する反論もありましたが、とても楽しいひとときでした。惜しいのは市民以外には開催の告知がなかったことでしょうか。私は以前新聞で読んだ記事を憶えていて、直接電話で聞きましたが・・・

投稿者 Tadashi : 17:01 | コメント (0) | トラックバック

金沢城の東内惣構堀 初の見学所

金沢市は9月下旬、金沢城の東内惣構堀で初めてとなる見学所の整備に着手する。11月末に完成する予定である。金沢城を中心に城下町に張り巡らされた惣構堀の歴史を伝える空間として、市民や観光客に開放する。将来の史跡指定も視野に惣構堀の保存、継承に取り組み、「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」の世界遺産登録運動に弾みをつける。

見学所が整備されるのは、金沢市尾張町2丁目の橋場交差点付近の東内惣構堀で、昨年度に発掘調査が進められた。市は文化庁などと協議し、復元整備の概要をこのほど決定した。

投稿者 Tadashi : 11:46 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月07日

金沢城オペラ祭

金沢城三の丸では本日から「金沢城オペラ祭2007」が始まります。今日は太鼓のようでちょうど準備をしていました。

金沢城オペラ祭

横では、金沢城の復元が着々と進められていました。先日新聞にも載った土塀です。現在は三の丸北側で進められていますが、中央の門部分から西側を解体して修理しているようです。

金沢城土塀

金沢城土塀

河北門の復元現場は暑い中ようやく作業が再開されていました。まだ石垣を積む前の発掘調査を進めている段階でした。

金沢城河北門

投稿者 Tadashi : 20:51 | コメント (0) | トラックバック

金沢城の石垣 きくざくら学習会

今日は金沢城・兼六園研究会の「きくざくら学習会」でした。会員の的場氏による「金沢城の石垣」というテーマで本丸南面石垣から薪の丸石垣、玉泉院石垣、鼠多門橋跡石垣というコースで見学しました。

金沢城・兼六園研究会

石川県では現在、本丸南側の宮守(いもり)堀の復元を計画していますが、軍隊が被服庫を建設するために大きく姿をかえてしまいました。明治40年(1907)、ちょうど100年前ですが、本丸南面石垣が崩れて今の三段方式になりました。現在見ると辰巳櫓下石垣は4段あります。先の話と食い違いますが、4段目は軍隊が宮守堀を埋めるために土を崩したためにできた崖を土留めするために作ったものです。

宮守堀という名前も石垣秘伝書で有名な後藤彦三郎が勝手に命名したもののようです。

今日は、石垣の部分名称に関する勉強もしました。その中で「縁が切れる」というのがあるそうです。今でも日常会話で使用されるそれと同じです。

どういう部分を指すのかというと、石垣を2つの違う積み方を徐々にではなく、くっきり並べてしまう部分のことです。この状態は石垣の積み方としては邪道だということのようです。下の写真は薪の丸の石垣ですが、隅石が「切り込みハギ」で、すぐ横に「打ち込みハギ」がきています。「縁が切れる」例です。

薪の丸石垣

次の写真も同じ薪の丸の石垣ですが、こちらは「切り込みハギ」から「打ち込みハギ」へ徐々に変化していくように積まれているのがわかるでしょう。

薪の丸石垣

最後に、もう1つ縁が切れる例です。金沢城に来ると誰もが通る石川門の内側の石垣です。右手に「切り込みハギ」、左手に「打ち込みハギ」と違う積み方を見れる石垣名所の1つですが、ここも角でいきなり積み方が変わるので「縁が切れる」と言えるでしょう。

石川門石垣

投稿者 Tadashi : 20:26 | コメント (0) | トラックバック

2007年08月06日

金沢城石川門 平成の大修理

平成18年度から「平成の大修理」に入った国重要文化財、金沢城石川門で、左右に延びる太鼓塀を補強する控柱が、平成20年度から江戸中期の形状そのままに復元される。石川県教育委員会の金沢城調査研究所は、これまでの解体・発掘調査で藩政期に控柱を立てた跡、横の柱の貫を通す上下二カ所の貫穴を確認した。現状の控柱はつっかえ棒のように斜めに渡した"無粋"な鉄筋コンクリート製だが、県教育委員会は柱跡などから本来の木造構造の確証を得たとして、来月、文化庁に形状変更を申請する。

控柱は、旧陸軍が管理していた明治後期から昭和初期に改造された。今回の調査で、木の板で囲んだコンクリート製の控柱の両端は上部の貫穴、江戸期の控柱の跡の位置とほぼ重なっていたことも判明した。塀内部の軸組には、古い部材と新しい部材が混在しており、1959年の改修で部材の一部が取り替えられていたことも裏付けられた。県教育委員会によると、能登半島地震の際、今回明らかになった藩政期の控柱の構造と同じ造りの塀や門では、倒壊を免れた例が多かった。接続部分の多い組み方が揺れの衝撃を分散させるとの見方ができ、太鼓塀は文化財の耐震研究でも貴重な史料に位置づけられそうだ。(北國新聞 2007年8月5日付記事)

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2007年08月05日

19年度県民考古学講座 第3回 富山城の石垣調査から

富山県埋蔵文化財センターで開催された「19年度県民考古学講座」に参加してきました。今回は年6回の第3回ですが、「富山城の石垣調査から」というテーマで富山市埋蔵文化財センターの古川氏の講演でした。もともと県民対象の考古学講座で申込みが必要ですが、富山県埋蔵文化財センターの友の会会員になっているのであらかじめ申込みしていました。

本講座の主催は富山県ですが、講師は富山市です。石川県には県名と市名が同じところがないので、非常にややこしいのですが、以前友の会に入会するために行ったときも、始め間違えて富山市埋蔵文化財センターに行ってしまったこともあります。

さて、内容ですが、2005年度から進められている富山城の石垣整備事業の過程で分かってきたことをまとめていました。今年1月に金沢市で開催された「第4回全国城跡等石垣シンポジウム」の発表内容や発掘調査現地説明会の内容を含みます。

富山城は加賀藩前田家の分藩であったことで城郭の規模も小さく、富山市としても整備や調査に本腰を入れてきたとは言えず、今までは富山藩の政治や経済を中心に調査されてきました。現状を考えれば史実に忠実に復元するわけにはいかないでしょうが、昨年郷土博物館もリニューアルされて展示も豪華になり、大手となる鉄門石垣の修復も今年春終了し、今年度は払い下げられていた千歳御門が富山城に戻ってきます。千歳御門は元の位置がすでに開発されているため違う位置に復元されるようですが、鉄門と同形式の門ということで富山城唯一の現存建造物として目玉の一つとなりそうです。

次回の県民考古学講座は来月ですが、高岡市の前田利長墓地に関する講演です。楽しみです。

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2007年08月04日

ヤフーオークション

発送作業はまだまだ終わらないけれど、無料出品が終了しました。

今回300点の出品に対し、落札は66点となり、2割を超える落札率となりました。過去最大の出品に随分慣れて来ているとは言え、今日はクタクタです。

というのも、梱包や発送処理だけでなく、台風によるフェーン現象で猛暑です。昨晩に続き今日も熱帯夜です。冷房もさすがに昨日からつけるようになり、涼しいのは良いですが、部屋を出て梱包作業、部屋に入って発送処理と、温度差に体についていけないようです。夜には、フラフラとして物を足の上に落として、親指が内出血してしまいました。今もジンジンと痛み、眠れそうにありません。

落札商品も、今回で出し切ったプラモデルとアニメグッズがどんどんと落札されて、過去2番目の高額落札合計額となりました。今まででかなり部屋が片付いてきましたが、まだまだ残っていて、すべて終わるのは年内かかりそうです。

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2007年08月02日

地方にもネットオークション代行が

Yahooオークションは今日夕方から今回の落札結果が決まります。

自分でやってみると気軽に始められるオークションですが、今日の朝、地元津幡町でやっているオークション代行サービスのチラシがポストインされました。ついに、地方でもこんな商売が成り立つ世の中になったのかという感ですが、物を集めるためかチラシやホームページには高額落札の事例ばかりが載っています。

代行ということで、出品代行基本料 500円、落札手数料 落札額の15%から35%、集荷料 500円など実際はかなり高額で落札されないと確かに元は取れないようです。リサイクルショップを例にとって高額なのをアピールしていますが、対象商品は限られますね。

気軽とは言え、出品から落札連絡、入金確認、梱包、発送まで作業は多く、支払方法も複数用意しないと入札は多く集まらないという現状から、忙しいサラリーマンやお年寄りにはまだまだハードルが高いのかもしれません。

投稿者 Tadashi : 14:13 | コメント (0) | トラックバック