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2007年09月30日
辰巳用水の見学 きくざくら学習会
本日、あいにくの悪天候のなか、金沢城兼六園研究会のきくざくら学習会およびお城研究サークルの行事として、辰巳用水の見学会が行われました。
辰巳用水は、箱根用水と多摩川用水と並ぶ日本三大用水ですが、建設当時の寛永期のトンネルが今でも使われている唯一の用水です。
まずは、金沢市の福祉バス「マナビー」に乗って、犀川上流の辰巳用水の取水口である「東岩取水口」に向かいました。

大雨で足場が悪かったですが、増水した犀川のカーブに設けられた取水口には水がどんどんと吸い込まれていきます。貴重な場所ですが、今年11月から犀川ダムの建設のため、当分の間見学できなくなるようです。

次に、少し下流に移動し、清浄ヶ滝排水門を見学しました。この少し下流で辰巳用水建設に伴い唯一のトンネル崩落による死亡事故があったとのことでした。


次に、水路トンネルの内部を見学するため横穴のある場所に移動しました。写真では少し見にくいですが、中央右側から水が流れてきて、上方向に流れています。水位は20~30メートルぐらいですが、トンネルの高さも低いのでかなり圧迫感はあります。入口は非常に滑り易く、気をつけていたのですが結局滑ってしまいました。

最後に、犀川浄水場に移動し、入口付近にある兼六園専用取水口を見学しました。

辰巳用水は総延長11キロメートルで45メートルの高低さしかない。緩やかな場所は10メートルで4.5センチの勾配しかなく、水が流れるギリギリの勾配らしい。200年以上も前にこれだけの土木技術を持っていたことは本当に驚きである。
今日は雨模様で露出が低く、写真もピンボケが多くなってしまいました。柵の内部に入れたことは非常に貴重な体験でしたが、10月中の天候の良い日を選んで、もう一度コースを辿ってみたい。
投稿者 Tadashi : 21:27 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月29日
彦根城下町検定 試験結果来る
彦根城下町検定の結果が送られてきました。得点は自己採点どおりであり、不合格でしたが、合格率が意外に高くて驚いた。
平均点 77.5点
合格者数 77名(受験者に対して55.8%)
受験者数 138名(申込者 169名に対して81.6%)
おそらく地元の方が9割を占めると思われるので、この合格率はさすがである。受験者数が意外に低かったようだ。メイン会場に入っていないのでここまで欠席が多かったとは思わなかった。
次回こそは!!
投稿者 Tadashi : 22:18 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月28日
金沢城探訪会 鶴丸倉庫
「100年後の国宝を作ろう」というキャンペーンの一環で開催された金沢城探訪会の抽選に当たったので、本日悪天候ながら参加してきました。
初めに、旧第六旅団司令部跡(どこかと思っていたら金沢城兼六園事務局の斜め前の建物でした。)で、金沢城調査研究所所長の北垣聰一郎氏によって、「穴太の系譜 -金沢城と熊本城-」というテーマで講演がありました。40名の抽選だったはずなのに、最初から椅子が40名分用意されていないという狭い会場の中、時折大雨で聞こえにくい状況でした。

北垣氏の講演は、所長になって初めてです。穴太の歴史や伝承文献について話がありましたが、伝承文献の残る金沢と熊本で石垣の勾配の計算方法について異なる考え方をしていながら、実は結果は全く同じになるという不思議な一致が見られることがわかり、このことは後日調査結果として何かまとめられると思われます。
講演会の後の見学会は鶴丸倉庫です。鶴丸倉庫は海鼠壁でないため、最近まで軍隊が建築したものと考えられてきましたが、前田育徳会で保存している文献で江戸末期の絵図に描かれているなどの発見により一躍脚光を浴び、重要文化財指定に向けて動いている最中です。
初めて中に入りましたが、今でも倉庫代わりに利用されているようです。

江戸末期の建築とはいえ、軍隊の駐屯により一部改造の跡が残っています。1階東側と2階東側には1箇所ずつ壁に非常口が開けられています。


さらに、2階への階段開口部には通常3方をめぐるはずの高欄がなぜか2方しかなく、

2階の一部には荷物の昇降に使われたと思われる穴があります。

いろいろと不思議な点が残る鶴丸倉庫ですが、さらに解明を進めて金沢城の見どころの1つになればいいと思います。
投稿者 Tadashi : 22:13 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月27日
平成19年度金沢城大学 開校式
今日から平成19年度の金沢城大学が始まりました。開校式では今回も定員の倍以上の申込みがあったことが告げられましたが、初日から欠席される方もいたようです。
私は昨年に引き続きの受講ということになりますが、今年の内容は今までと趣向が変わり、前年と講義が重複しないようなのでこれまた楽しみです。今までは兼六園を楽しむ会からの流れで、「金沢城大学」という名称であっても、兼六園に関する講義も数講あった訳ですが、今年は城郭に関する講義のみとなり、県外から講師の招聘が初めてあります。

開校式の後、第1回の講義となりましたが、今回と第3回から第6回の5日間は、金沢城研究調査室編集の「よみがえる金沢城」をテキストにして話が進められます。今日は金沢御堂と創建時の話でしたが、テキストに出ている古文書の読み方から意味を講義するなど、なかなか面白いものでした。
この「歴史・文化コース」次回と、「城と庭の魅力コース」3回は公開講座として誰でも受講することができます。平成19年度の金沢城大学の講義予定は以下の通りです。
歴史・文化コース
第1回 よみがえる金沢城1
第2回 金沢城と伝統技術 <公開講座:石川県文教会館ホール> 10月6日(土)
第3回 よみがえる金沢城2
第4回 よみがえる金沢城3
第5回 よみがえる金沢城4
第6回 よみがえる金沢城5
第7回 豊臣秀吉の大坂城と城下町
第8回 鳥取城からみた金沢城
第9回 安土城と城下町
第10回 石垣普請と石切丁場
城と庭の魅力コース <公開講座>
第1回 兼六園の石造物 <広坂休憩館> 10月4日(木)
第2回 未定 11月下旬
第3回 未定 1月下旬
投稿者 Tadashi : 21:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月25日
ふるさと切手 近畿の城と風景
先日の「ふるさと切手 熊本城築城400年祭」に続き、今年6月に発売された「ふるさと切手 近畿の城と風景」を入手しました。近くの郵便局では品切れだったので、オークションでちらし付で入手しました。が、近畿にはまだ残っているようです。先日、彦根城へ行ったときも売店にまだありました。掲載されている城にはまだ残っているところもあるかもしれません。

今回のものもシール切手ではなく、従来の切手なので絵柄はくっきりといい感じです。2枚ずつ5種類の城が印刷され、50円切手10枚で500円という手頃さがよいでしょう。
奈良県から郡山城追手向櫓
滋賀県から彦根城天守
兵庫県から姫路城天守
大阪府から大坂城天守
和歌山県から和歌山城天守
となっており、5種ということで京都府がありません。元の写真の角度は彦根城がいまいちですね。ホームページの解説では相変わらず、「天守」ではなく「天守閣」となっていますが、切手に印字されていないのが救いですね。誰か指摘したほうがようのでは。

ふるさと切手「近畿の城と風景」の発行
全国 80万シート、近畿36万シート
投稿者 Tadashi : 11:47 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月24日
日本100名城スタンプラリー 観音寺城
記念すべきスタンプラリー10個目は滋賀県の観音寺城です。以前は安土城側(裏街道?)から上りましたが、今回(昨日23日)は表街道から観音正寺に向かいます。
表街道入口にある石寺楽市にスタンプが置いてあります。観音正寺のスタンプは本堂のようでしたが、実際押したわけではないのでよく分かりませんでした。本道は朱印状をもらう人で行列なので、ここは石寺楽市で押したほうがようでしょう。
絵柄は本丸入口のようです。これだけ見せられてどこの城と言われてもわかりませんが、天守のない城は仕方ないでしょうか。

少し迷いましたが、麓の石寺楽市に車を停めて上り始めます。最初から安土城の大手道を思わせる石段。さすがに日本初の石垣の城と呼ばれるだけはあります。石段8合目と9合目の間に駐車場があります。ここは林道入口からの有料道路(500円)を通ってくることができます。
寝不足だったため体力の消耗が激しいです。何度も小休憩しながら観音正寺に到着しました。本堂横の石積みは傍で見ると圧巻です。本堂は意外なほどの拝観者がいて、というより皆朱印状目当てかな?



境内から300メートルで本丸へ行けるようでしたが、時間が来ていたので後ろ髪ひかれながら下山しました。

折角来たので、本堂で魔除け札を購入しました。

投稿者 Tadashi : 14:52 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月23日
ひこにゃんも応援!! 第3回彦根城下町検定
3年目となる彦根城下町検定が彦根市商工会議所で行われました。本会場であった4階大会議室には入りきらず、自分は3階小会議室に通されました。

4階受付ではひこにゃんも「彦根城下町検定公式ガイドブック」を握り締めながら応援してくれました。彦根城会場では大人気のにこにゃんも、さずがに試験に向かう方々には素通りされて少し寂しそうでした。やっと全身ショットを撮れました!!

100問1時間というかなりハードな試験でしたが、受検申込み169人。(地元金沢検定と比べれば知名度はまだまだですね)
空席も少しあったので9割ほどの受検率でしょうか?今年からは合格者にはピンバッチがプレゼントされるということで気合入ります。
8割以上の正解で合格というかなり厳しい水準でしたが、当日のうちに正答がホームページで発表されました。

残念!!・・・・・・・もう少し勉強を進めなければいけないようです。74点。一歩及ばず。
次回またがんばりましょうか。次は武田検定か?金沢検定か?
さて、彦根城築城400年祭に合わせて、マスコットキャラクターひこにゃんのグッズがたくさん出ています。ぬいぐるみ1つにしてもかわいいものも、イマイチなものも。
駅前のアルプラザにグッズコーナーがありました。ここで販売されていたぬいぐるみはかわいかったので小サイズを購入。あわせて、窓に張るジェルシールとハロウキティの400年祭記念バージョンキーホルダーを買いました。ひこにゃんキーホルダーはどれも出来がイマイチです。キティバージョンは定番ながらいいデザインです(ひこにゃんと同じ兜をかぶり、ポーズは招き猫)。


投稿者 Tadashi : 23:50 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月22日
金沢城探訪会に参加します
石川県金沢市では「百年後の国宝を作ろうキャンペーン」と称して地元企業が金沢城の復元事業をバックアップしています。地元新聞である北國新聞に時々記事が掲載され、またキャンペーンの一環として旅行や講演会が開かれています。今までは日程が合わず参加できませんでしたが、今回日程があったので参加申込みをしたら、参加できることになりました。

今回は、金沢城研究調査室から金沢城調査研究所へ格上げになって初めての講演会で、初代所長となった北垣聰一郎氏の講演会と、今年に入り江戸時代の建造物と判明した鶴丸倉庫の見学会が各1時間ずつ開催される予定です。
この企画は後日の新聞記事となるはずなのでもしかしたら新聞に出るかもしれません。でも楽しみです。
投稿者 Tadashi : 23:25 | コメント (0) | トラックバック
金沢城 宮守堀の南岸確認
金沢城公園の宮守(いもり)堀の段階復元に向け、石川県が金沢市広坂2丁目で実施している発掘調査で21日までに、宮守堀南岸ののり面が確認された、昨年秋に付近2カ所で同様の遺構が見つかっており、南岸のラインが江戸後期の絵図通りと確認できた。今回見つかった部分の勾配は約30-40度であることも分かり、宮守堀全体を復元する際の大きな手掛かりとなる。
発掘調査は金沢市中央消防署広坂出張所跡地で行われた。約50平方メートルの範囲で最大約3メートル掘った結果、1907年に埋められたとみられる堀の南岸部分が確認された。これまで江戸後期の絵図から推測されていた通り、宮守堀の南岸が約300メートルに渡り真っすぐ走っていたことが、今回と昨年の3カ所での発掘結果から裏付けられた。
宮守堀については、これまでの調査の結果、北岸から南岸まで幅約40メートルで、深さ10メートル以上、北岸の勾配は焼く25-30度だったことが分かっている。今回の調査でこれまで不明だった南岸の勾配が判明し、金沢城調査研究所は「宮守堀の全体像に、だいぶ迫ってきた」としている。(北國新聞2007年9月22日付記事)
投稿者 Tadashi : 13:49 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月21日
ふるさと切手 熊本城築城400年祭
記念切手を買うのは随分久しぶりですが、最近は地域発のふるさと切手が多数発行されています。シール切手も多いので、昔ながらの普通の切手は絵がくっきりとしているのがいいですね。
今回は、絵柄がとても気に入っています。今年度開催中の熊本城築城400年祭を記念したふるさと切手九州版ですが、発行は先月1日です。全国発売もされており、今日金沢駅内窓口に買いに行ってきました。
80円切手10枚1シートとなっており、以前は1枚絵柄または2枚絵柄が複数組印刷されているのが標準でしたが、5種類の絵柄が2枚ずつ。いろんな絵柄があってそこもいいです。

春の天守、夏の宇土櫓、秋の天守、冬の宇土櫓、天守と宇土櫓となっており、まるでポストカードのような四季の表現が憎いですね。1つ難を言えば、右下の題名が「熊本城天守閣」となっており、「天守」ではなく「天守閣」、もう何10年も専門家のうちでは「天守閣」とは言わないのですけどね。このレイアウトを企画した方は、城に興味が薄いのか、ご年配の方でしょうか。


欲しくなった方は、下のリンクで販売場所を確認して残っているか確認してください。
ふるさと切手「熊本城築城400年祭」の発行
九州36万シート、全国80万シート
投稿者 Tadashi : 00:02 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月20日
Access 2007 ランタイム
Office 2003 Service Pack 3のダウンロードをきっかけに、以前懸案だったAccess 2007のランタイム版を探してみました。以前探したときは6月リリース予定とありましたが、現在はありました。
ただし、英語版のみで日本語版はないようです。インストールパッケージを作成するディベロッパーエクステンションズもリリースされていましたが、これまた英語版です。
今は特に必要ないので、とりあえずダウンロードしましたが、インストールはしていません。こういう状況からしてマイクロソフトは本当にOffice2007を普及させたいのか、と思ってしまいます。
Access 2007 Developer Extensions ダウンロードサイト
投稿者 Tadashi : 11:39 | コメント (0) | トラックバック
Office 2003 Service Pack 3
マイクロソフトのダウンロードサイトで17日からOffice 2003の最新サービスハパックのダウンロードが始まりました。ひとつ確認したいことがあってインストールしてみました。
確認したかったことは、「Access 2003(ADP形式)でSQL Server 2005を編集可能かどうか」です。
結果は・・・やはりできませんでした。それでは今はマイクロソフトから公式の見解がでているかどうか調べてみました。ありました!昨年の情報ですが、新しいAccessがリリースされても変わっていないようです。これを読むとマイクロソフトは対応する気がないですね。
Office Access 2003 または Access 2002 で SQL オブジェクトのデザインを作成または変更しようとすると、エラー メッセージが表示される
Office 2003 Service Pack 3 (SP3) ダウンロードサイト
投稿者 Tadashi : 11:38 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月19日
平成19年度金沢城大学 受講決定!
昨年度も運よく受講できました金沢城大学ですが、本年も運よく受講が決まりました。10回コースですが、ほぼ平日開催ということもあり、まわりはお年寄りばかりでしょう。去年も年齢で受かったのかな?と思っていましたが、今年も年齢で受かったのかな?
初回は、来週9月27日木曜日です。今年は予め「よみがえる金沢城」を購入して持参するように指示があります。例年半分ぐらいは重複する講義があるようですが、今年はどうでしょうか。楽しみです。

投稿者 Tadashi : 23:40 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月18日
高岡市 二上山山頂に城郭跡
高岡市の二上山山頂に南北朝時代から戦国時代にかけて城郭が存在した可能性があることが、17日までの高岡市教育委員会の調査で分かった。山頂につながる尾根筋に、山城特有の防御施設の遺構などが見つかった。二上山では山頂より標高の低い場所に守山城が築かれたが、遺構の発見で山頂にも一時期、城が存在したと推定される。守山城は1585年、佐々成政が豊臣秀吉に降伏後、前田利長の居城となった。同市教育委員会は前田家関連史跡として、守山城の変遷を含めて築城の全容解明を進める。
古来、信仰の対象だった二上山の山頂は聖域とされてきた。山頂より140メートル低い支峰「城山」に城の遺構が見つかったことで、守山城は南北朝時代から近世初頭までの約250年間、一貫して城山にあったと考えられてきた。しかし、今回の発見で、ある時期に城が二上山の山頂から支峰に移された可能性が出てきた。(北國新聞2007年9月18日号)
投稿者 Tadashi : 13:24 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月17日
彦根城築城四百年祭・佐和山一夜城復元イベント
昨日、イベントを見に彦根へ出かけました。天気予報は台風のため不安定なようですが、到着したときは良い天気でした。

イメージキャラクターのひこにゃんは彦根城博物館に一日三回登場するようで、子供たちに大人気でした。中の人はさぞかし暑いと思いますが、ちょこまか動く様子は確かに微笑ましいものです。

四百年祭では普段未公開の天秤櫓と西ノ丸三重櫓の内部を公開していますが、西ノ丸三重櫓は人形を展示していて内部構造はよくわからなかったですが・・・



天守に着く頃には天候がかなり怪しくなっていましたが、天守に上るのに入城制限がかかっており、20分待ちの看板と長い行列が・・・、今回は諦めました。


昼からは佐和山一夜城復元イベントが行われる東山運動公園に行きました。会場の入口では紙製のにこにゃんが出迎えてくれました。佐和山城を背にした天守イラストパネルは結構大きいものです。一夜城復元イベントは9月1日に除幕式を行い、本日16日に落城式を行って閉幕します。


期間中の3回の日曜日には麓の清涼寺坐禅堂で佐和山歴史講座が行われます。1回目は小和田哲男氏による「戦国の城 佐和山城の魅力」、2回目は中井均氏による「信長の佐和山城攻め」、そして本日3回目の谷口徹氏による「佐和山城から彦根城へ」が開催されました。会場にはこの種のイベントにしては珍しく若者の姿も多く、多くは地元民のようですが、石田三成は人気もあるようです。

歴史講座の後、夕方から落城式のイベントが始まりました。ここでもひこにゃんが登場し大人気でした。さらに、しまさこにゃんも登場しともに人気でした。

あたりも暗くなり、ライトアップが始まり、イベントが始まると、会場も徐々に盛り上がっていきましたが、落城をどう表現するのかと思っていたら、花火でした。今にも頭上に降り注いできそうな打ち上げ花火には皆歓声を上げるというよりも悲鳴でした。




最後は主催した彦根商工会議所青年部のメンバーが舞台に上がり、皆で一斉に「だいいちだいまんだいきちー」(石田三成の旗印)と掛け声をかけて終了しました。
投稿者 Tadashi : 10:48 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月16日
日本100名城スタンプラリー 彦根城
彦根城築城400年祭が開催中の彦根城へ行ってきました。連休の中日ということでたくさんの人が来ています。ひこにゃんは大人気です。

表門入口の券売所に用意されたスタンプは出しっ放しでインク切れの状態でした。インク補充して欲しい。と思いながら、仕方がないので力いっぱい押してきました。スタンプの輪郭まで写ってしまいました。
絵柄はずばり彦根城の天守ですね。左右の木々?が必要ないと思うのは私だけ・・・

投稿者 Tadashi : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月15日
JR東日本 風林火山キャンペーン当たった!
応募したこともすっかり忘れていましたが、JR東日本の「風林火山 甲斐・信濃紀行プレゼントキャンペーン」に当選し、賞品が送られてきました。このキャンペーンはキャンペーンスタンプの設置された駅でスタンプを2個集めて応募するというものですが、改札内にスタンプの設置された駅もあり、集めるのに苦労しました。
「風賞」「林賞」「火賞」「山賞」と「JR東日本賞」でしたが、今回は「林賞」の風林火山オルゴールと「山賞」の風林火山図書カードが当選しました。オルゴールは10cmほどの大きさで思っていたよりも大きいです。ボタン電池を内蔵し、七色に発光します。曲は、山梨県で何度も聞いた武田信玄の曲、正式な曲名はなんていうのでしょうか?

光は台座から上に向けて発光します。ガラス玉の中央には信玄の兜が透かし彫りされ、そこに光があたりとてもきれいです。しかし、この光の止め方がわかりません。一度絶縁シートを抜いてしまうと消耗するまで光るようです。



投稿者 Tadashi : 09:28 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月14日
金沢城 三十間長屋の鉛瓦の変色は再生品が原因
調査したのは、「城と庭のボランティアガイド」を務める郷土史家の安井史郎さん。三十間長屋の屋根瓦は灰白色の「鉛瓦」と呼ばれ、木材の上に鉛板を張り付ける構造となっている。現在、屋根の中心付近を境に、くっきりと南側半分が大部分変色している状況にある。
数年間からボランティアガイドを務める安井さんは、観光客から屋根の色の違いについて何度か指摘を受けたことをきっかけに、自身が通う県民大学校大学院の研究テーマに選び、半年前から調査を進めてきた。
三十間長屋は1966年から69年にかけて大規模修復され、その当時に瓦もすべて葺き替えられた。安井さんが金沢城・兼六園管理事務所を通じて施工業者に問い合わせたところ、修復の際に半分は旧来のものと同質に近い成分になるよう検討された新品、もう半分は古い鉛を鋳直した再生品が使われたことが分かった。
安井さんは再生品の成分が変色につながったとみて、鉛材メーカー二社に見解を尋ね、鉛中に含まれる鉄や銅などの不純物の影響で変色したとの結論に至った。(北國新聞2007年9月14日付記事)

先々月撮影した三十間長屋の写真(右側が北向)
投稿者 Tadashi : 11:25 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月12日
日本100名城スタンプラリー 春日山城
先月の謙信公祭以来の春日山です。今回は観光客もほとんどいませんので、ゆっくりと見学できました。
8個目となったスタンプですが、春日山城跡ものがたり館で押すことができます。入館は無料なので、中でビデオをみました。上映されていたビデオは上越市埋蔵文化財センターで開催されていた上杉謙信公企画展で上映されていたビデオと同じでした。

スタンプの絵柄は、春日山城の山ではなく、ものがたり館前の春日山城跡史跡公園を描いたものです。わかりやすくていいのではないでしょうか。


投稿者 Tadashi : 23:10 | コメント (0) | トラックバック
飯山城と春日山城
小雨がぱらつく天候の中、天気予報を信じ、北信濃の飯山と上越の春日山へ行ってきました。

駅のホームに鐘楼があるという珍しい光景を見てのち、町内の散策に出かけました。目的は飯山城でしたが、駅前の観光案内所でもらった地図は「寺の町いいやま」ということで、市内21ある寺院のうち16箇所を見てきました。







正受庵に向かう途中では数種類のハスが咲く蓮田があり、時期も過ぎていましたが、偶然にも一輪だけきれいに咲いているハスを見つけました。


さて、目的の飯山城ですが、思ったより大きな城跡ではありませんでした。小雨のなか朝訪れたあと、帰りに天候が回復したので、再度訪れました。石垣は見たところ古いものではないようです。建造物は場所の分からない門が唯一の遺構として残っていました。






春日山城では今日も上杉謙信像が迎えてくれました。山を登る前に、春日山ものがたり館と上越市埋蔵文化財センターの展示を見てきました。



今回もあまり時間がなかったので、中腹の春日山神社から本丸をまわってきました。次は麓から登ってみたいです。中腹からだと日本五大山城という実感が少ないのです。
投稿者 Tadashi : 22:13 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月11日
金沢城 河北門復元で寄進事業を始める
石川県は来月着工の金沢城河北門の復元事業にあわせ、壁板や平瓦の裏に県民が一口五千円で記名する寄進事業を始める。多くの県民に復元事業への理解と愛着を深めてもらう「県民参加による城づくり推進事業」の中心イベントと位置付け、第二期整備事業計画に基づき河北門に続いて復元する橋爪門でも同様の寄進事業を実施する。
今回の寄進事業の対象は2010年春の完成を目指す河北門の「二の門」の内部に使う壁板210枚と、「一の門」「ニラミ櫓台」の海鼠塀に使用する平瓦350枚。うち壁板は1枚当たり14口に分割し、計約3300口、1650万円を予定する。10日から県公園緑地課で予約を受け付け、壁板は来年5月から、平瓦は来年10月から申込み手続きを開始する。来秋以降に上棟式など工事の節目ごとに寄進者を招いて記名会や工事見学会を開く。(北國新聞2007年9月11日付記事)
投稿者 Tadashi : 11:09 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月09日
日本100名城スタンプラリー 高岡城
スタンプラリー7個目は隣県富山県で唯一選定された「高岡城」です。本日は、城内の高岡市立博物館の常設展がリニューアルされた記念講演会に参加するために来ました。
城内はまだ暑いためか人もまばらでした。

高岡城の絵柄は複雑で最初何が描かれているのか分りませんでしたが、上下で別の絵がかかれています。上が高岡城を上空から見た俯瞰、下が本丸入口の橋に唯一残る石垣を描いています。夏は草が生えていて石垣は一部しか見えませんが・・・

投稿者 Tadashi : 12:04 | コメント (0) | トラックバック
講演会「高岡市域の中世史 -荘園と武士を中心に-」
昨日は朝から高岡市へ出かけました。目的は高岡城址内にある高岡市立博物館の常設展リニューアル講演会に参加するためですが、先日同日に伏木で現地説明会があることを知り、ついでに参加してきました。
高岡市伏木は富山湾へと注ぐ小矢部川の河口左岸の伏木台地に立地する越中国の国府のあった場所ですが、後に、中世城郭の古国府城へと変遷し、勝興寺が建てられた土地です。

現地説明会には朝から大勢の人が集まっていました。前日までの大雨で地面はぬかるみができ、水溜りもできていた影響で、説明は5人程度の単位で随時開催されました。個人住宅建設に伴う調査で、一部は建設によって破壊されてしまう可能性があるということで残念ですが、すでに周りは住宅や農地で利用され、土塁の一部もすでにない状態でした。それでも残っている一部からその大規模な中世城郭の存在を想像することはできました。
また、今回の調査で、本郭と土塁、堀からとなる単郭の遺構と考えられていた今回の遺構跡が、実は腰曲輪を持つ複郭遺構であったことが確認されました。

説明会を終え、先日講演会を聞いた前田利長墓地へ行きましたが、すでに発掘調査の後はありませんでした。
高岡市立博物館は高岡市と福岡町の合併により、常設展を今年7月にリニューアルしました。旧高岡市中心だった展示は木舟城などを含めて中世を中心に展示替えされていました。入場料は無料なので、高岡城址へ行かれたときはぜひ寄ってください。
さて、リニューアルを記念して3回の講演会が予定されていましたが、今回は最終3回目で、氷見市史など郷土史編纂に尽力されてきた久保尚文氏によって「高岡市域の中世史 -荘園と武士を中心に-」というテーマで講演がなされました。

ひとつ分かったことは、富山県には中世の歴史がほとんどないのは、今まで生活の跡がないからだと思っていましたが、実は古文書がないからだということです。県内に残る一番古い古文書は1350年頃、次は1400年代終わりということで、すっぽりと前田家が入ってくるまでの歴史が検証できない状態だそうです。
原因のひとつは足利尊氏と対立した部将桃井直常の本拠が越中であったため、敗軍のさだめとして関連文書はことごとく廃棄されたためだとか。

興味ある話としては、1585年11月29日に白川地方を震源とするマグニチュード8.1クラスの地震があったことに関連して、越中の歴史がいろいろと結びつくという事実。木舟が陥没して木舟城が廃城となった年が1985年。神通川は当時東西2本の支流があって、このときに西側がひあがったのではないか。秀吉が佐々成政の遠征を始めたのが1985年、成政の降伏が1586年だったことに影響したのではないか。ただし、どれも定説にはなっていませんが。ひとつの地震が歴史的出来事に深くかかわっている可能性を示唆する例でしょう。
古文書がないだけに正確な歴史が構成できないという事実とは裏腹に、古文書がないのでさまざまな想像ができるという事実。歴史の面白いところではないでしょうか。
投稿者 Tadashi : 11:50 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月08日
ヤフーオークション結果
今回は意外に高く売れたものがあった。昔入っていたファンクラブの会報。確かに現在では入手できないものだし、雑誌の付録と同価値があるようだ。もちろん本人が現役である必要はあるようだが。
今回は222点で28点の落札となった。前記の高値もあって2万円を超えた。今回で長く出品してきたプラモデルが残り少なくなって保管場所が少なくて済むようになった。これまで大きなものもあって、ずっと何かに使うかと貯めていたダンボール類も少なくなってきた。
間を置かずに無料出品期間があったが、台風の影響で反応も悪かったので今回は新規はなし。売れ残りの雑誌類を中心に100点ほどの出品とした。
投稿者 Tadashi : 01:12 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月07日
台風によるインフラへの影響を考える
昨日の夕方からどうもインターネットの反応が悪かったのだが、朝になってもその影響は収まらず・・・
普段どうりになったのは17時過ぎだった。18時には元通り。
何の影響かを考えてみた。おそらく台風による風によるものであろう。現在光ファイバーであるが、自宅近くは地面に埋設されている。しかし、途中は電線に巻きつけてあるものがほとんどの現状にあって、強風で瞬断されるような状況もあったのだろう。
電話も有線の固定電話より無線の携帯電話も災害には強いと言われるが、インターネットも同様かもしれない。首都圏直撃の台風でこの影響では、首都圏直下型地震が起きれば影響は如何ばかりのものか・・・
想像するだけでも恐ろしい。
投稿者 Tadashi : 22:17 | コメント (0) | トラックバック
石川 松波城跡庭園跡を調査
能登町教育委員会は6日、同町松波の県指定史跡松波城跡庭園跡の礎石建物跡の発掘調査で、礎石や柱穴、枯山水の造成用に集められたが使われなかったとみられる扁平な石が残る土坑、土師皿などを確認したと発表した。
新たに見つかった柱穴や礎石から、建物がこれまで考えられていた規模よりも大きいことが分かった。土師皿から推定して、建物が16世紀後半のものである可能性が高いとしている。土坑については、礎石を配置するために掘った穴と同じ面に掘られていることなどから、枯山水と建物がほぼ同時期に造られはじめたのではないかと推測している。
松波城は畠山氏の居城とされ、庭園跡は1962年に見つかり、1980年に発掘調査が行われた。今回は保全活用を目的に礎石建物跡など約70平方メートルを調査した。(北國新聞2007年9月7日付記事)
投稿者 Tadashi : 17:07 | コメント (0) | トラックバック
どうもネットの接続が悪いが・・・
昨日の夕方過ぎから今に至ってもインターネットの接続性が悪い。というより悪いサイトと良いサイトがある。設備工事のためかもしれないとルーターをリセットしてみるが変化がない。
どうしてかといろいろと考えてみたが、どうも関東に上陸している台風のせいだと思えてきた。
プロバイダもデータセンターも関東に集中している。まず、接続のユーザー認証が不安定である。次にデーターセンターの接続が不安定である。もしかすると台風で関東から日本全国に張り巡らされたケーブルが振られて影響がでているのかもしれない。
今日はヤフーオークションの落札日であり、また無料出品期間と重なった。こんな状態では処理が全く進まない。早く寝て明日対応したほうがよさそうだ。
投稿者 Tadashi : 00:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月06日
食欲の秋!運動の秋!
冷房のおかげで夏バテもないうさですが、体力がないのが今までどおりです。それでも最近少し食欲がでてきました。
最近の散歩メニューは、
・時間(だいたい22時頃)になったら散歩をせがむ
・まずケージから飛び出す
・寄ってきて頭をなでるように要求する
・10~20分程度なでてもらってから、足の周りをぐるぐるまわる
・そして、広い場所で休む
その写真が次のもの

正面はかわいいけど、どういう体勢かというと、後ろ足は後ろへ伸ばしていて、如何にも無防備。

実はこの体勢のしっぽが一番かわいい。
投稿者 Tadashi : 22:30 | コメント (0) | トラックバック
京都宇治川で「太閤堤」跡見つかる
京都府宇治市の宇治川右岸で、豊臣秀吉が16世紀末、伏見城築城に伴い前田利家らに造らせた「太閤堤」の一部とみられる大規模な護岸跡が見つかり、宇治市歴史資料館が5日発表した。マンション建設に伴い、6月から宇治川の右岸約千三百平方メートルを調査していた。
護岸は江戸時代後期に度重なる洪水で埋没したらしく、これまで存在が分らなかった。護岸の石やくいも約四百年前の姿のままで発見された。表面には宇治川上流の岩が積み上げられ、斜面の下には護岸の崩落を防ぐため直径約20センチの松くい約三百本が打ち込まれていた。斜面や上部の平たんな面には割石が張られていた。(北國新聞2007年9月6日付記事)
投稿者 Tadashi : 15:28 | コメント (0) | トラックバック
2007年09月02日
平成19年度県民考古学講座 第4回 近世大名墓の考古学 -前田利長墓所とその周辺-
富山県埋蔵文化財センターで行なわれた県民考古学講座に参加してきました。今回もカメラ忘れたため写真はありません。
発表は同センター主任の岡本氏でした。前田利長墓所は金沢市と一体となった世界遺産登録に向け、平成18年度から高岡市教育委員会が主体になって調査が進められています。岡本氏は調査協力として参加していることから現在の調査経過をふまえて発表がありました。
前田利長墓所は内堀と外堀を備えた大規模な墓所であり、その墓所域が東照宮の徳川家康や萩の毛利輝元などと比べても桁違いに大きいようである。外堀は現在完全に埋められているが、発掘調査によっておおよその位置が分かったようだ。
墓石の前には現在鳥居が立っている。これは明治の廃仏毀釈で仏教を無理矢理神道へ変更した名残りなのだそうだが、その前は入口には立派な門があったであろうということで、なんとも惜しいことである。




