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2007年12月31日

皆様よいお年を

今年は私にとって景気の良い年ではありませんでした。ここ数年の疲れや蓄積がどっと出たような一年でしたが、唯一の安らぎはいつも元気な「うさ」でした。

ということで、今年最後の投稿は走り疲れて休んでいるかわいいうさで締めます。皆様よいお年を!!

うさぎのうさ

投稿者 Tadashi : 00:39 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月30日

金沢市が歴史都市へ横断組織

金沢市は来年度、歴史都市・金沢の実現に向けて庁内横断組織を設置する。国土交通省が新設する 歴史的環境形成総合支援事業の第一号認定をにらみ、歴史資産そのものの保全、整備に加え、周辺の道路整備、景観向上といった多面的な施策を打ち出す。11月には歴史探訪の日(仮称)を荒田に設定し、市民がふるさとの豊かな歴史、文化に触れる機会も提供するなど、「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」の世界遺産登録に向けた環境整備を強力に推し進める。

横断組織は「歴史都市推進チーム」で、都市政策、産業、市民、都市整備の四局十六課で構成される。歴史都市の実現に向けた戦略を推進する実働組織と位置付け、課長補佐級の職員をメンバーとする方向で調整する。市は世界遺産登録に向け、構成資産周辺の環境も重要な要素になるとみており、歴史都市実現の取り組みを通じて、「城下町金沢」の世界遺産登録に向けた弾みをつけたい考えである。

一方、歴史探訪の日は11月1日からの国の文化財保護強調週間に合わせて設定する。10-11月を「かなざわ歴史探訪月間」とし、普段は内部を見ることができない文化財の一般公開や歴史的用水、塩硝蔵、三寺院群をめぐる探訪ツアー、歴史文化講座、惣構学習塾といったイベントを集中的に展開する。事業開催では「石川県に世界遺産を」推進会議など関係団体に協力を求める。ふるさとの歴史遺産に対する市民の意識を高め、世界遺産登録に向けた機運を盛り上げる。(北國新聞2007年12月30日付記事より)

投稿者 Tadashi : 23:53 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月29日

音楽CD誕生から25年 岐路に立つ

1982年の発売からあっという間にアナログレコードに変わった音楽CDが岐路に立たされているという。バブル崩壊以降音楽業界全体の売上の低迷という要因はあるものの、新鋭のネット音楽配信に押されているという一面が透けて見える。

音楽CDの発売推移

ネット音楽配信はネット経由で自分の好きな曲だけを1曲数百円で買うことができる。アルバムとシングルを合わせたCDの生産額は、1998年の5878億円をピークに2006年まで8年連続で減少。2006年にはついに、ネット音楽配信の市場規模は534億円と、CDシングル生産額を超えたようだ。

音楽CDの最大の購買層である若者の動向もこの傾向を左右している。iPodや高機能化した携帯電話のおかげで、若者ほどネット音楽配信の購入額が大きい。携帯電話費に小遣いがとられているという指摘も数年前から叫ばれている。

ジャケットを含めたパッケージが欲しいという欲望は30代以上にやはり多いのか、CD売上ランキングとネットダウンロードランキングは年々乖離が進む。レコード大賞の意味が薄れるのは時間の問題かもしれない。

という私は購入額は随分と減ったが、まだまだCD信奉者である。

投稿者 Tadashi : 11:45 | コメント (0) | トラックバック

第4回金沢検定は11月9日

来年の金沢検定は11月9日に決定した。申込みは6月2日から。今年より一週間早くなるが、今年合格発表が年末ギリギリになってしまったことから早めたのだろう。

投稿者 Tadashi : 10:44 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月28日

金沢 正月の準備、そして金沢城玉泉院丸石垣修復現場

昨日まで3日間は冬とは思えない晴天でした。本当は昨日の午後来るはずが、急に車のバッテリーが切れてしまい、うんともすんとも言わないので止む無く修理を呼ぶ羽目に。それにしても巡りあわせとはいえ今年はいろいろなものが故障しました。

余談はここまでして、本日小雨が降る中、金沢に出かけました。目的は金沢城の発掘と修復の現場見学です。

行く途中、所々正月の準備ができていました。長町の前田土佐守家資料館は土塀にこも掛けがされ、門には締め飾りが。

前田土佐守家資料館

尾山神社も、神門の前には門松と門に締め飾りが。

尾山神社

尾山神社

昨年発掘調査現場説明会の開催された金沢城の玉泉院丸石垣修復現場です。すでに半分くらいが積み戻されていました。来年3月までにすべて修復されるそうで、外すときは非常に時間がかかりましたが、積むときは早いですね。

金沢城玉泉院丸石垣修復現場

前のフェンスには工事の予定やこれまでの経緯の社員や発掘成果などが掲示されていました。

金沢城玉泉院丸石垣修復現場

金沢城玉泉院丸石垣修復現場

金沢城玉泉院丸石垣修復現場

本当は城内にも入りたかったのですが、時間がなかったのと、雨でビニールシートを被っているということがわかったので帰途に着きました。

帰り際に、尾山神社の庭園の裏(南側)に辰巳用水の石管の説明板があることを発見。今まで何度も通っていたのに気づきませんでした。

辰巳用水石管

ふと隣の奥まった空き地を見ると「尾山神社氷室跡地」の石碑と、後に立派な石垣があるではありませんか。尾山神社の地は元金沢城の金谷御殿のあった場所です。金谷御殿は前田家の跡継ぎなどが生活した屋敷のあった場所で、当然石垣で周りを囲まれていたものと思われます。現在尾山神社を取り巻く石垣のほとんどは近代になって構築されたと見えるものばかりですが、この部分は積み方からして江戸期のものが残っているような感じです。金沢城の石垣というと金沢城公園をめぐる道路の中のみを紹介しているので、もと城内であっても尾山神社については範疇外になっているのかもしれません。もしこの石垣が当時のものであるなら勿体無い話です。

尾山神社氷室跡地

投稿者 Tadashi : 23:32 | コメント (0) | トラックバック

首里城 無料ペーパークラフト

首里城 無料ペーパークラフト

先日、キャノンのホームページの熊本城のペーパークラフトが出たことをお知らせしたところですが、なんと今日首里城を追加したという知らせが!?

今年の冬は幸せです。熊本城と首里城が作れますよ!!

合わせて、前回の姫路城と大阪城と4つも作れます。しかもタダで。紙と印刷代はかかりますが・・・

キャノン ペーパークラフト

投稿者 Tadashi : 21:45 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月25日

七尾城の現状

年末最後の天気の良い数日になりそうですが、昼から先日、発掘現場説明会に参加した七尾城へ再度やってきました。

現場では今年最後の天候の良い日を活かそうと多くの作業員の方が作業しておりました。先日説明を受けた大手道はさらに調査が進み、脇の場所も調査されて、建物の柱跡とみられる穴が多く出ていました。

七尾城発掘現場

七尾城発掘現場

惣構堀の位置と推定される場所は頑丈な鉄骨のフレームの中で作業が行われていました。この辺りは田んぼが多く、少し下がると水が沸いてくるようで、見ていても大変な作業です。

七尾城発掘現場

その後七尾城本丸へ登りましたが、先日報道があったとおり、3月の能登半島地震で崩れた石垣に加え、豪雨で郭や土塁が崩れていました。

七尾城

七尾城

七尾城

七尾城

来年4月下旬から石垣については修復が始まるようです。野面積みという自然石を積む方式の石垣は一度下まですべて外してから積み直す他ないようで、時間がかかりそうです。石垣の積み直しは決定しているものの、貴重な郭や土塁の崩れも修復を願いたいものです。

投稿者 Tadashi : 21:24 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月23日

金沢城復元 お墨付き

金沢城公園復元整備など国土交通省の補助対象に「城跡」が加わる。従来は公園施設整備として進められた金沢城の復元工事が、今後は城郭施設として国の「お墨付き」を得る格好となり、城下町金沢の風格に一層厚みを増すことにつながる。

現行の都市公園整備事業補助制度は対象がベンチなどの休憩施設や運動施設、教養活動施設に限られ、現在進行中の河北門整備は「教養施設」として、国の補助を受けている。対象への「城跡」の追加で櫓など歴史的施設の復元も補助の対象となり、河北門を皮切りにスタートした金沢城の第二期復元整備事業で、今後予定される橋爪門や宮守堀は「城郭施設」として国の支援を受けることになるとみられる。

国土交通省が創設する歴史的まちづくりの総合支援制度の一環で、城跡のほか、古墳の復元整備も補助対象となる。(北國新聞2007年12月23日付記事)

投稿者 Tadashi : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

金沢検定 来年は中級だ!

金沢検定 合格セット

2日間出張している間に、金沢検定の合格証書が来ていました。今回の得点は「92点」。予想していたよりも少し高い点数だったので、確信持てなかった問題も正解したものがあったようです。

しかし、今年の初級は初の満点も1名出て、すごい人だと感心します。今年は合格発表の翌日に、上級・中級合格者と初級の10代合格者のインタビューありましたが、先の満点合格者は主催者団体に加盟する企業の記者ということでインタビューはないのでしょうか。初の満点合格者のインタビューがないのは初もの好きな新聞社にしては控えめです。来年は中級受験者も増えて、また盛り上がることでしょう。

さて、今年からできた合格バッチは実物のデザインも非常にいい。が、表面にコーティングがしてあるですが、付いた指紋を指でこすると薄っすらと傷が残るようで、着色部分以外は鏡仕様になっているだけに目立ちます。これは保存用に「各級を2回ずつ合格しなさい」と言わんばかりですが、神経質なことを考えるのはやめましょう。

初級は合格証書、合格カード、合格バッチとすべて前田家の家紋である「剣梅鉢紋」がデザインされておりお気に入りです。来年は中級に挑戦です。

投稿者 Tadashi : 00:19 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月22日

長野紀行 坂城・千曲市

今日は講演会の日でした。朝からどんよりとした雲が垂れ込める天候ではありましたが、1日降らずに持ちこたえてくれたので、行動しやすい日でした。

朝、当初昨日の予定に組み込んで行けなかった坂城へ行きました。到着するとまだ施設の開館時間には間があったので、春にも訪れた場所へ行きました。村上義清公墓所と村上氏居館跡ですが、坂城には村上氏の面影が色濃く残っています。

村上義清公墓所

村上氏居館跡

前回は時間の都合で訪れなかった「坂城宿ふるさと歴史館」に行きました。3階建の立派な和建築ですが、地元の方のふるさと歴史学習の場として活用されています。今年はNHK大河の影響で観光客が非常に多かったとか。まあ私も大河終わったので、企画展示終らないうちに見に来た口ですが・・・

坂城宿ふるさと歴史館

坂城宿ふるさと歴史館

展示物は村上氏の歴史に関連して、出自や武田氏との攻防、上杉氏家臣時代など、いい意味で裏切られるほど充実していました。1階が村上氏関連、2階が坂城宿関連でした。大河にあわせた企画のように見えましたが、実は常設展らしいです。坂城を訪れる方はこの場所は訪れたほうがいいですよ。

坂城宿ふるさと歴史館

講演会の会場である長野県立歴史館へ向かう途中で、村上氏が武田氏に敗れて逃走した「笄の渡し」碑を見てきました。
(※現在の笄橋の近くで国道18号線沿いにあります。坂城から長野方面へ向かう車線から駐車場に入れます。)

笄の渡し

県立歴史館は山頂に森将軍塚古墳のある山の麓にあります。現在は企画展「武田・上杉・信濃武士」が開催中で、信濃の土着武士たちの武田氏、上杉氏との関係をテーマに展示されています。

長野県立博物館

長野県立博物館

講演会の先に企画展と常設展を見てまわり、講演会「築城と破却 川中島をめぐる城の争奪」を聞きました。会場は多くの地元の方でほぼ満席状態でした。武田氏と上杉氏の攻防の中で信濃の城が破却されている状況を考古学の発掘調査結果を踏まえて、非常に内容の濃い講演でした。

講演会「築城と破却」

講演会が終わり、帰路に着いたのですが、折角なので道程のスポットを訪れながら長野インターへ向いました。

雨宮の渡し

川中島の戦いは全5回を数えますが、中でも第4回が最も有名です。武田軍は千曲川沿いに海津城(現在の松代城)に布陣、上杉軍は妻女山に布陣、謙信は霧にまぎれて妻女山を降りて千曲川を渡ります。謙信が渡った場所が「雨宮の渡し」ですが、現在その場所から千曲川は結構離れてしまっています。

上杉方が陣取った妻女山は車でも登れるようですが、麓の清野小学校付近から徒歩でも登ることができます。入口には鳥居がありますが、これは近代になって頂上に招魂社が建てられたための参道入口となったからだと思われます。頂上までは約7分。意外にも高くない山です。

妻女山登城口

妻女山展望台

頂上の展望台付近はどこまで当時のものかわかりませんが、平坦地や土塁跡も見ることができます。

妻女山から海津城方向

展望台に登り、松代城(もと海津城)を探します。誰もが思うことでしょうが、武田軍・上杉軍両軍は相手方をどれだけ監視できたのか、という疑問です。

曇った天候のもとでは肉眼ではまったく位置を確認できませんでした。先日新調した望遠デジタルカメラを最大望遠にして松代城を捜すこと10分、ようやく見つけました。

上の写真の中央を拡大すると下の写真となります。手前の住宅で見えにくいですが、天守台と北不明門を横のアングルでみることができます。確かに、田畑の広がる当時の景色の中にあっては、お互いに相手の動向が見えたことでしょう。

海津城(松代城)

投稿者 Tadashi : 22:31 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月21日

日本100名城スタンプラリー 松代城

少し間が空きましたが、ようやく11個目です。松代城のスタンプの場所は少々分かりにくかったのですが、城内のトイレの横の管理棟前です。

日本100名城スタンプラリー 松代城

すでに多くの方が押したのか、残念ながらスタンプは所々かすれ図柄がよくわかりません。スタンプ本体を写真に撮ってきました。

図柄は、手前に天守台石垣、奥に復元された本丸太鼓門口です。

日本100名城スタンプラリー 松代城

投稿者 Tadashi : 20:55 | コメント (0) | トラックバック

長野紀行 飯綱町・松代

明日の長野県立博物館で開催される講演会に参加するために、1日早く長野にやってきました。やはり山国、途中雪が降っていました。寒いです。

いいつな歴史ふれあい館

最初に飯綱町の「いいつな歴史ふれない館」に行きました。冬の平日、地元の方以外お客さんはいませんでしたが、その分ゆっくりと展示を見ることができました。飯綱はかつての北国街道牟礼宿のあった場所です。その関係の展示だけではなく、古墳や城跡に関しても展示されていました。この夏NHK大河にあわせて開催されていた企画展図録を入手しました。

川中島八幡原古戦場

次の目的地は松代でしたが、途中、川中島八幡原古戦場を通ったので寄りました。寒い冬は観光客が少なく、ベストなアングルの写真をたくさん撮ることができました。今年はNHK大河で注目された年、何万人がこの像の前に立ったことでしょう。

松代城

松代城には雪がところどころ残っていました。聞けば積もったのは今日が初めてだとか。やはり管渠右脚の少ない城内でベストなアングルの写真をたくさん撮りました。ちなみに奥に見える一番手前の小高い山が川中島の攻防で有名な尼巌城(あまかざりじょう)です。

戸倉上山田温泉ライトアップ

本日の泊まりは千曲市の戸倉上山田温泉です。その場所を示すように、すぐ横の山上にある荒砥城の櫓がライトアップされていました。戸倉上山田の文字は七色に変色します。新調したデジカメで良い写真が撮れました。

荒砥城ライトアップ

投稿者 Tadashi : 20:34 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月20日

平成19年度金沢城大学 豊臣秀吉の大坂城と城下町

平成19年度金沢城大学 豊臣秀吉の大坂城と城下町

今日は、大阪城天守閣館長の松尾伸裕氏による講義でした。

大阪の街は、大きく難波宮、大坂本願寺、豊臣大坂城、徳川大坂城と変遷するのですが、土層の判別は1583年の大坂本願寺炎上時と1615年大坂夏の陣で豊臣大坂城炎上時の2度の焼土層のおかげでわかりやすいそうです。そうした特長のなか織豊期における陶磁器の流通状況が鮮明にわかり、他の知識の時代特定にも役に立つそうです。

現在、大阪城公園は国史跡のため、水道管埋設工事でもないかぎりは埋蔵物発掘調査は行えず、豊臣大坂城をすっぽり覆って徳川大坂城が作られた現状においては、豊臣時代の遺物の発見もままならないようです。それでも過去9mもの石垣が地下に眠っているのを発見したこともあるそうですが、いまだに大坂本願寺の遺構がまったく見つかっていないのが残念です。現在の本丸を10m以上掘れば出てくるのではないかと言われていました。

そういう状況もあってか、大阪人の秀吉びいきや家康嫌いはいまだに根強く、真田幸村も人気あるそうです(これは展示会の客入りに断然差がつくのだそうです)。

投稿者 Tadashi : 20:42 | コメント (0) | トラックバック

金沢検定合格発表!!

先日の予告どおり本日の午後3時にホームページで合格発表がありました。

上級 2名
中級 110名
初級 401名

の合格番号が発表になり、みごと合格しました!今日は発表のみでバッチなどの送付はありませんでしたが、後日届くのが楽しみです。

中級や初級の合格率は、傾向がわかってきたこともあり年々上がっていますが、上級は昨年に続き2名の合格者しかおらず、やはり難関です。

晴れて来年は中級に挑戦します!!

投稿者 Tadashi : 15:32 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月19日

富山博物館めぐり

今日は薄曇りの天候のなか、隣県富山に博物館めぐりに来ました。

まず、砺波市のチューリップ公園の一角にある砺波市郷土資料館です。

砺波市郷土資料館

ここには旧砺波市の歴史を中心に展示がありました。もと銀行本店の建物は立派でした。目的は増山城に関係する資料があれば購入したかったのですが、残念ながらありませんでした。昨年まで発掘調査は第7次まで行なわれ、今年度末に合本の報告書が作成されるそうです。

そこから移動して富山市の富山城址公園に行きました。昨年模擬天守の郷土博物館は改修工事が終わり今でも外壁はきれいです。

富山市郷土博物館

現在、特別展「再現 千歳御殿」を開催中です。千歳御殿とは殿様の隠居所なのですが、現在そこの門が移築されていて、記念特別展ということです。常設展も最近の発掘調査を踏まれてリニューアルされていました。

富山市郷土博物館

富山市郷土博物館

肝心の千歳御門ですが、本来の場所はすでに繁華街として開発されてしまっているので、城址公園の入口に移築されます。今年度末の完成で、春からはお目見えしそうです。かなり大きな薬師門で富山城唯一の建物遺構として今後愛されることになるでしょう。

春にはちょうど次の企画展「物語の中の佐々成政」が開催されているのでまた訪れることにしましょう。

投稿者 Tadashi : 22:58 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月17日

西山古墳群 信長軍の山城跡か

石川県能美市高座町の西山古墳群でこれまで、古墳と推定されていた南尾根の四、五号墳が戦国時代末期(十六世紀後半)とみられる山城の土塁の一部だったことが15日までの能美市教育委員会の詳細分布調査で分かった。

市教育委員会によると、山城は織田信長軍が1577(天正五)年に手取川で上杉謙信と対峙した際か、1575(天正三)年以降に和田山城の一向一揆を攻めるために築いた陣城跡の可能性もあるという。

西山古墳群は標高約36メートルの丘陵上に、15基以上の古墳が分布すると推定される。1964年から1967年にかけて行われた緊急調査で、弥生墳丘墓など計7基で構成される能美古墳群の一部として確認されたが、その後は本格的に調査されていなかった。そのため市教育委員会は、今年度から三年計画で西山古墳群の詳細分布調査に乗り出し、初年度は古墳が良好に残っていると推定された南屋根を調査した。

この結果、南屋根から古墳は見つからず、戦国時代の曲輪や土塁、切岸の防御機能を備えた山城跡とみられる遺構が見つかった。市教育委員会によると、全長約20メートル、高さ約1.5メートルの土塁の盛土がこれまで古墳のように見えていたらしい。(北國新聞2007年12月16日付記事)

投稿者 Tadashi : 02:07 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月16日

第五回 全国城跡等石垣シンポジウム

今年金沢市で開催された「第四回 全国城跡等石垣シンポジウム」ですが、文化財関係者だけではなく、一般市民も参加できました。

来年1月の17日と18日に開催される「第五回 全国城跡等石垣シンポジウム」は熊本市で行なわれ、熊本城築城400年祭にあわせて一般市民も参加可能ということで、内容を時々チェックしていたのですが、今日見てみたら、ガーーーーン!!!

なんと参加自由ではなく、抽選で100名のみということではないですか。それも今月13日までに往復はがき必着とは・・・ 全く遠方の一般市民を受け入れる気がないですね。一体いつから募集していたのでしょうか?

折角真冬の九州遠征を考えていたのですが、辞めました。春になったらいくことにしましょう。今は天守の鯱も工事中で見られないということなので。なんで400年祭の真っ只中に修理するのかな?

投稿者 Tadashi : 02:07

2007年12月15日

金沢城鶴丸倉庫 武具保管が用途

金沢城公園内に現存する土蔵「鶴丸倉庫」が現在の規模となったのは江戸後期の1848(嘉永元)年で、倉庫の主な用途は武具保管だったことが、石川県金沢城調査研究所の調査で分かった。改築工事が完成した嘉永元年はペリー来航の五年前で、長い海岸線を持つ加賀藩でも異国船への警戒を強めた時期とみられ、研究所は「対外的緊張が倉庫改築と関連する可能性が大きい」とみている。鶴丸倉庫での新たな所見は、県が目指す国重要文化財指定に弾みとなりそうだ。

鶴丸倉庫は金沢城の絵図から、江戸後期の1845(弘化二)年から50(嘉永三)年の間に現行の大きさに改築されたことが判明していたが、今年度の研究所の調査で、金沢市玉川図書館近世史料館所蔵の加越能文庫から、工期や大工、用途を特定できる文献が確認できた。文献は、藩に召し抱えられていた大工の山本勝左衛門が1870(明治三)年に同家の由来などを記した「先祖由緒並一類附帳」。鶴丸倉庫の改築を担当したことや、弘化四年二月に着工、翌年の嘉永元年正月(一月)に落成したことが記録されている。(北國新聞2007年12月15日付記事)

投稿者 Tadashi : 21:54 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月14日

来年の百万石行列の配役は・・・

来年の金沢百万石まつりのメインイベント、百万石行列の配役が発表されました。

利家役は・・・ 山下真司さん
まつ役は・・・ 石野真子さん

まつ役は従来金沢市内の2箇所のデパートから交代で選抜されていましたが、過去1回だけNHK大河「利家とまつ」の放映年に斉藤慶子さんが演じました。大河ブームにも乗ってその年は大盛況でしたが、その盛り上がり再来を期して来年より恒久的に女優の起用が決まりました。

記念すべき1回目の来年は石川県ゆかりの女優が選ばれると思っていましたが、暑い最中にただ座って愛想を振りまくだけの仕事は人気ないのかもしれませんね。

投稿者 Tadashi : 11:51

年末年始にゆっくりと城郭ペーパークラフトはいかが?

熊本城

Canonのフリーで公開されているペーパークラフトに「熊本城」が追加されました。なかなかに立派な造形です。PDFをダウンロードして厚めの紙に印刷すれば、市販品にも劣らない作品ができそうです。

城郭としては、先の「姫路城」「大阪城」に続き、3城目となりますが、次回はぜひ安土城を!!と願うのは私だけではないでしょう。

姫路城 大阪城

年末のこの時期に公開されたのは、Canonの年末年始の家族団欒の話のネタに、という配慮でしょう。印刷すれば何個でも作れますから、ゆっくりと挑戦してみてはいかが?

Canon ペーパークラフト 建物編

投稿者 Tadashi : 01:40 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月13日

金沢城大学 よみがえる金沢城5

金沢城大学

本日、金沢城大学のテキスト「よみがえる金沢城」を使用した最終講義でした。講師は金沢城調査研究所の加藤克郎氏です。加藤氏は発掘調査担当です。

幕末の加賀藩の状況を、当時の事件と絡めながら説明を受け、異国船への備えという目的において、先日金沢市指定文化財となった鶴丸倉庫などの武器庫が建築されたのであろうということでした。名の由来となっている「鶴の丸」は、現在鶴丸倉庫が建つ本丸付段の1段下であり、なぜ鶴丸と名付けられたのか不明ということですが、土蔵は他に、大阪城、二条城、高知城、宇和島城など全国的にも数が少なく貴重であるということです。

現在の金沢城に関係する発掘調査の成果から、玉泉院丸の修理中の石垣は記録がないが、根石まで近代に積み直されていることが判明したり、土清水塩硝蔵跡では土蔵の基礎や土蔵を囲む堀の跡が見つかったと聞きました。

投稿者 Tadashi : 22:46 | コメント (0) | トラックバック

うさ体調崩す

うさぎのうさ

数日前にケージ中に軟便をしてから、あまり食欲もなく元気がなかったが、ようやく体調が戻ってきたようだ。それでも以前ほど食べていないのが心配・・・

はやく元気になってね!掃除も大変だから・・・

投稿者 Tadashi : 01:28 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月12日

金沢検定の合格発表は20日

地元誌、北國新聞で合格発表日と合格バッジのデザインが紹介された。発表日は1週間後の20日、昨年は8日だったから合格バッジの配布の分だけ遅れたのだろうか。

合格者に贈られるバッジのデザインは、合格認定証カードと同じ絵柄が中央に配される。初級は前田家家紋の「剣梅鉢紋」、中級は兼六園の「ことじ灯籠」、上級は前田家の「鯰兜」である。周囲に「KANAZAWA KENTEI」と刻印され、一見合格バッチには見えないデザインであるがシンプルで良いかもしれない。

色は、上級が「金」、中級が「銀」、初級が「銅」を基調とし、過去2回を含めた合格者全員に贈られるという。ぜひすべて揃えてみたい。

左から上級、利家愛用の「鯰兜」 中級、兼六園「徽軫灯籠」 初級、前田家の「剣梅鉢紋」

左から上級、利家愛用の「鯰兜」 中級、兼六園「徽軫灯籠」 初級、前田家の「剣梅鉢紋」

投稿者 Tadashi : 12:03 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月11日

信長の茶室跡を発見か

岐阜市教育委員会は10日、岐阜城のある金華山のふもとの岐阜公園で進めている織田信長の居館発掘調査で、信長が使った茶室か土蔵の可能性がある遺構を発見したと発表した。

遺構は、居館本体があったとみられる場所の裏側の平坦地で発掘。火災で焼けて炭化したとみられる土が約60センチ堆積し、その中から多量の壁土が見つかった。礎石もあったことから、建物の存在が裏付けられ、茶室か土蔵の跡とみられる。岐阜市教育委員会は、1600年の関ヶ原の合戦の前哨戦で岐阜城が落城した際、焼けた可能性があるとみている。(北國新聞2007年12月11日付記事)

投稿者 Tadashi : 11:05 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月10日

格安SSL証明書

ホームページはこれから作るのであるが、会員登録やショッピングページもあるので、通信暗号化いわゆるSSLは欠かせない。

インターネットが普及してきた頃はベリサイン(現在のベリトランス)が1大巨頭であり、年間8万円もの費用がかかったのであるが、数年前にジオトラスト(現在のグローバルサイン)がベリサインの半額で日本市場に参入してきてから状況が変ってきた。

信頼性の上では、ベリトランスとグローバルサインが2台勢力なのには間違いないが、通信暗号化に年間数万円の出費は非常に痛いので、格安サービスをさがしてみた。

Rapid-SSL.jp

Rapid.comは米国では定評のあるサービスらしいのだが、日本の代理店はジオトラストである。本家のジオトラスト日本のRapidSSLは昨年7月から受注が停止しているが、1年7,000円(シングルルート、企業認証なし、クレジットカード払専用)である。

Rapid-SSL.jpはその正規代理店であり、11月に円高還元と称して、1年3,900円(シングルルート、企業認証なし、クレジットカード払専用)で提供されている。複数年契約はさらにお得で、最大5年15,600円である。5年契約でもジオトラストの1年の半額以下、ベリトランスの1年の5分の1以下である。

手続きはすべて自動で、CSR送信、クレジットカード決済、証明書発行と数分で完了する。Webサーバの設定を含めても30分あれば十分である。

企業認証の必要な有名企業やレンタルサーバーで指定SSLがないのであれば、お手軽ではないだろうか。ただし、企業の場合はクレジットカード払というところが案外パスでない条件なのかもしれないが。

投稿者 Tadashi : 14:32 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月09日

デジタルカメラを買い替え

ニューデジカメ

世間はボーナスの時期ではあるが、私にはそんなものはない。

しかしながら、世間のボーナス商戦に便乗してデジタルカメラを買い替えた。デジカメの出始めの頃よりは大きな進化はないが、それでも画素数は確実に大きくなり、手振れ補正や広角撮影などの新機能が少しずつではあるが出てきている。

デジタルカメラは出始めの頃にリコーのDC-2に始まり、富士フィルムのFinePix4700、パナソニックのFX7と使用してきた。DC-2は大きく重かったのであまり使用しなかったが、FinePixとFX7は旅行には必ず持参して多くの写真を撮ってきた。今までのものは使えないわけではないが、FinePixとFX-7は使い込んで最近調子が悪いこともある。今後遠出の先で撮影できなかったら、それこそ後悔が残るというものだ。それに、先日購入した携帯電話よりも画素数が劣るデジカメを使用するものなんだか気が進まない。

今回は、前機の後継機種のFX33と高倍率ズーム機のFZ18(ともにパナソニック)を2台まとめて購入した。デジカメも安くなったので、2台購入しても初代DC-2よりも安い。前機同様に、バッテリーも互換ものを3個ずつ購入した。

FX33は前機のFX-7からすると3世代ぐらい経っただろうか。フォルムはほとんど変らないが、若干厚さが薄くなり、気持ち軽い。起動時間も短くなってとてもよい感じだ。前機のカラーはピンクブロンズであったが、今機はカクテルピンクにした。本当は薄い水色ぐらいか、ブラックがよいのだが、ラインナップに無い。銀色はカメラらしくて嫌いだし、白色は傷が目立ちそうだし、濃い色は好きではない。結局似ているピンクにした。

もう1台始めて高倍率ズーム機を購入した。とはいえ、マニュアル撮影はしないのでオートのものだが、光学18倍ズームのものだ。これまで、近づけなかった歴史イベントや天守の屋根の上など大きく撮れるかと思うとワクワクする。カタログで確認して購入したので、実物を見ていなかったのだが、届いてみると非常に小さい。おまけに追加購入を覚悟していたショルダーストラップがついていた。重量も思いのほか軽いので、山城探索にでも持っていけそうだ。FX18は店頭でも品薄状態だと聞いていたけれど、品物を見てみればなるほどと思ってしまった。

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2007年12月06日

津幡町 倶利伽羅城探索

曇りに時々陽の差すような天候の中、近くの倶利伽羅城へ行ってきました。先日購入した「図説・石川県の城Ⅵ」を持って縄張りを確認しながら歩きました。

倶利伽羅には古来から不動尊があり、源平合戦の「火牛の計」で有名ですが、倶利伽羅山は加賀と越中の境であるため、戦国時代、加賀前田氏と越中佐々氏の戦いが繰りひろげられた地でもあります。

倶利伽羅公園を中心に前田氏が「倶利伽羅堡」を築き、源氏ヶ峯を中心に佐々氏が「源氏ヶ峯城」を築きました。倶利伽羅城というと源氏ヶ峯城を指していることが多く、倶利伽羅公園が城跡であるということを知る人は地元でも少ないです。

本を片手に郭や竪堀、土塁を確認しました。土塁跡は予想以上に状態良く残っており、また高井氏の縄張り図はすべて網羅しているとは言えないため、再調査する必要がありそうです。後日地形図を入手してから訪問することにしましょう。

倶利伽羅堡
倶利伽羅公園の西側に残る竪堀(土橋から下方向を撮影)

倶利伽羅堡
林道脇に残る土塁

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2007年12月04日

金沢百万石まつり お松に女優継続起用へ

金沢百万石まつりの百万石行列は来年6月7日であるが、新たな魅力として前田利家の妻、お松の方に女優を継続的に起用することを決めた。

現在は、利家役は男優を起用しているが、お松の方役は金沢市内の百貨店2店(香林坊大和と名鉄エムザ)から交替で選ばれていた。2001年の第50回にNHK大河「利家とまつ」の放映もあって、斉藤慶子さんを起用したことが唯一ある。

北陸新幹線開通を視野にまつりの魅力を向上させるのが目的であるが、男優も選考に苦労しているだけに女優はさらに苦労が予想される。記念すべき男優の1回目は石川県にゆかりのある鹿賀丈史さんだったので、女優の1回目はやはり石川県ゆかりの田中美里さんが有力だろうか?

それにしても楽しみなことである。昨年は最終舞台の金沢城二の丸広場の混雑には辟易したので、今年は何とかしてほしい。

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2007年12月02日

七尾城跡 現地説明会

本日小雨振る中、七尾城跡で現地説明会が開催され50名ほど集まりました。今回の発掘調査は能越自動車道が遺跡の一部を通過することに先行する埋蔵文化財発掘調査であり、複数箇所で広く浅く現場の状況を確認しているということです。近く正確に橋脚が建てられる場所は、前に深く発掘調査されるそうです。

七尾城跡 現地説明会

今回の調査ではすでに埋め戻されている場所もありましたが、石組みの溝や山上へ向かう大手道の発見や、外郭を構成する総構の堀や切岸の構造が明らかになりました。

七尾城跡 現地説明会

七尾城跡 現地説明会

総構の内側一段上がった部分では石塁も出てきましたが、残念ながら堀の見つかった場所は元々家が建っていた場所であり、破却されたときに上部の土を下に崩して地ならしをした形跡もあって全体像を把握できる状態にはないそうです。石塁が屋敷地なのか寺院跡なのか、大手道のすぐ横の敷地でもあり興味のあるところです。

七尾城跡 現地説明会

調査は年末までもう少し続けられるそうなので、天候の良い日があればまた見学に行きたいと思います。

投稿者 Tadashi : 00:28 | コメント (0) | トラックバック

2007年12月01日

名護屋城 秀吉の本丸御殿全容確認

豊臣秀吉が朝鮮出兵(1592-98年)の拠点にした名護屋城跡の発掘調査で、本丸御殿に計12棟の建物群があったことが確認され、佐賀県立名護屋城博物館が30日、発表した。単なる出城ではなく、本格的な規模や格式を備えた城の全容が初めて浮かび上がった。

同博物館は1996年の調査で、諸大名が秀吉に謁見した「御対面所」と推測される建物など2棟の跡を確認。2004年に再開した今回調査で、秀吉の私的な「書院」と推測される建物、水回りに関連する施設など10棟を新たに確認した。(北國新聞2007年12月1日付記事)

投稿者 Tadashi : 23:22