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2008年06月29日
金沢城の遺構 中村神社の本殿
今日の石川県は雨模様です。昨日は晴れてて良かった。金沢城河北門の現場説明会の前に、まちしるべ標柱めぐりをしてきました。そのコース上にあった念願だった中村神社にも寄りました。
中村神社の本殿は、金沢城の数少ない建造物の遺構のひとつです。

それは城内にあったといわれる「能舞台」です。訪ねてみると、ひと目でただの神社の建物ではないとわかります。精密な欄間細工、そして鮮やかな格天井。



格天井は格式の高い折上げ格天井です。前田家の家紋である「梅鉢紋」も見られます。



本殿奥の間には、藩政期のものでしょうか?古い格天井の天井絵が額に飾られています。

思っていたよりもすごかったので、土曜の昼間誰も居ない本殿で写真を撮りまくってしまいました。仏様、お騒がせしました。
中村神社の前に、神明宮を通りました。ちょうど「夏越大祓」神事の開催日で、どんな行事かなと見てきましたが、本殿前に茅で作られた大きな輪が置かれていました。まだ準備中のようでした。いろいろと神事がありますね。


投稿者 Tadashi : 15:22 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月28日
金沢城河北門復元 第一回現場説明会 石垣工事編
梅雨の最中に行なわれた金沢城河北門復元整備の第一回現場説明会ですが、雨が降らなくてよかったです。申し込みは午前・午後それぞれの部で20人だったと思いますが、大勢の方の申し込みに実際は40人と倍増したようです。私は午後の部で参加しました。

二の門石垣は先週から変わっていません。特に天候の悪い日が続いたわけでもないのに・・・、と思っていましたが、説明会で現在はしばし養生中だということがわかりました。

今回は二の門石垣がほぼ整備完了となったことで、「石垣工事」の説明会とのことでした。参加者にはたくさんの資料が配布されました。資料には整備計画の進め方や復元の方針などが書かれています。

しばらく休憩小屋前で説明を聞き、ヘルメットを着用していよいよ石垣付近に移動します。二の門石垣は現在7段積まれていますが、8段で完成です。

二の門石垣の間で金沢城石垣に使われている「戸室石」について、生産現場や特徴を聞きました。河北門二の門石垣は切り込み接ぎという手法で切石をぴったりと重ね合わせて積まれます。そのために、設計図どおりの型をベニヤ板で作成するそうです。昔も木型を使用していたようで、昔から苦労して積んでいたんですね。

切り込み接ぎは離れて見るとぴったりくっついているように見えますが、実は3ミリほど離れています。これは全面でぴったりあわせると、後々石が割れやすくなるので、10センチほど奥に接点がくるようにします。河北門と同型の国重要文化財である石川門を帰りに確認してみると、確かに間が空いていますが、昭和30年代の文化庁の修理工事のときに埋めてしまったところもあるようです。なんてことを!

河北門二の門

石川門二の門
話を戻して、ひととおり説明が終わったあと、しばらく自由時間が取られました。二の門、一の門をひとおり間近に見ましたが、二の門が進まぬ間に一の門は着々と積み直しのために、石が外されて、東側は根石が見えるまでになっていました。

さて、次の写真は南側石垣の東面です。この面は奥に復元された菱櫓が見てる視点として、古写真として唯一往時の石積みが確認できるところです。今回の復元ではこの面については、この古写真と同じ積み方にこだわったそうで、まだ足場があるのでよく確認できませんが、完成の暁には古写真と比べて楽しめそうですよ。

自由時間のあと、石割の実演や表面加工の体験がありました。



非常に有意義な説明会でした。今後は、「木工事」「左官工事」「屋根工事」と機会があるごとに説明会が開催されるようです。また、しばらくすると木工事が始まりましたが、その前に被さるように上屋がかかるそうです。菱櫓のときは中に入ることはできませんでしたが、今回は上屋の中に見学場所が設けられて、引続き工事の見学ができるとのことで、楽しみです。

説明会が終わってから、引続き希望者に隣で行なわれている石川門保存修理の現場説明会が開かれました。参加者の半分の方が残って説明を聞きました。私は前回の石川門の説明会には参加できませんでしたので、初めて見ることになりました。

中は、北側の新丸側が一部修復されている途中で、大部分の塀の木組みは外されたままでした。修復された木組みを見ると、真新しい木材には「平成十九年度補修」の焼印が、少し古い木材には「昭和三十二年度補修」の焼印が見られます。それ以外は昭和の保存修理以前の木材のようです。





今回は、石垣側の足場にも入れていただけました。普通は絶対に間近では見ることができない、「出し」全面の梅鉢紋も近くで見ました。貴重な体験でした。

投稿者 Tadashi : 20:59 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月27日
七尾城跡 石垣修復9月完了
昨年の能登半島地震で崩落した国指定史跡・七尾城跡の石垣が、9月上旬に修復を終える見通しであることが26日の同石垣修復委員会で報告された。城跡は昨年10月の豪雨でも18カ所で土砂崩れし、一時は修復のめどが立たない状況となっていた。9月13日に始める能登畠山家創立六百年事業に何とか間に合う形となり、市関係者らは胸をなで下ろしている。
市は9月13日の七尾城ウォーク、14日の城山まつりなど、能登畠山家が能登一国の守護となり六百年の節目を祝う一連の記念事業に間に合わせたいと、協議を重ねていた。(北國新聞2008年6月27日付記事)
投稿者 Tadashi : 23:35 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月21日
金沢城 河北門二の門石垣の工事は大詰め

金沢城の河北門復元整備は、二の門の石垣工事が大詰めを迎えました。先々週、積まれた段が違っていた南北の石垣も、ともにちょうど鉄骨の隠れるスレスレの位置まで積み終わり、後一段?残すのみとなっています。
番号を付けてシートが被せられていた一の門石垣も工事が進められ、石垣が外されて低くなっていました。


来週はいよいよ一般向けの現場説明会の第一回目が開催されます(すでに申し込みは終わっています)。先週末に北陸も梅雨入りし、天候が心配されるところではありますが、おそらく二の門石垣についての説明会となることでしょう。
足場が組まれていて、興味は積まれていく石垣の高さに注目がいくことが多いと思いますが、最下部の根石を調整する小さな石は今日現在すっかり見えなくなってしまいました。高さで中の栗石も見にくくなっていますので、外見上は大きな石がすでに主役です。
投稿者 Tadashi : 22:33 | コメント (0) | トラックバック
金沢城・兼六園研究会 6月例会講演会
今日は夏至、最も陽の長い日です。先週末に北陸も梅雨入りしましたが、ちっとも雨が降りません。明日以降は少し降るでしょうか?
さて、今日は金沢城・兼六園研究会の6月例会でした。今日は9月の大名庭園民間交流水戸サミットに向けて、「加賀藩の茶道」を勉強しました。講師は茶道裏千家教授、石川県茶道協会代表理事である大島宗翠氏です。

茶の湯や茶道については門外漢の自分ではありますが、中世以降は政治と深く結びついた茶の湯の話を興味深く聞きました。金沢では外様最大の石高として藩主のみならず、家臣や町人も茶の湯をたしなんだということで、城下に茶屋街が3つもあるのも特別なことでしょう。

そういう経緯からも旧加賀藩領にはたくさんの茶室が残っていたのですが、茶室は他の部屋に転用の効かないもののため、調査される度にその数は減少しているとのことでした。
投稿者 Tadashi : 16:01 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月20日
うさ3回目の誕生日

今日も元気いっぱいの「うさ」です。久しぶりのブログ登場です!!
散歩に疲れたら休む・・・。後ろから記念写真を、パシリ!

しっぽがかわいいです。
投稿者 Tadashi : 00:56 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月19日
名古屋城検定の表彰は・・・
表彰は高得点の方と特別賞(最年少・最高齢)の方だけだと分かりました。ちなみにG賞は記念品として、「本丸御殿のメモパット」がもらえるそうです。
初級合格者には皆何か記念品がもらえるようで、勘違いした自分が悪いのか?勘違いさせる案内文が悪いのか?お近くの人は大人800円の入場券が、8日は無料となりますから、出かけてみても良いでしょう。
自分は表彰されないことがわかってほっとしましたが、イベントとしては「天守閣夜間公開」と「本丸御殿3Dシアター」に興味がありますので、ここは財布の中身と相談することにしましょう。
投稿者 Tadashi : 01:07 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月18日
金沢城跡 国史跡に決定
文部科学省は17日付の官報で、金沢城跡を文化審議会の答申通り、国史跡に指定すると告示した。告示をもって史跡指定が正式に決まった。国史跡指定の範囲は金沢城公園内の国・県・市有地を合わせた約27.5ヘクタールとなる。(北國新聞2008年6月18日付記事)
投稿者 Tadashi : 22:41 | コメント (0) | トラックバック
福井市を歩く 銅像・石像編
福井市には銅像・石像が少なくありません。それだけで観光コースになっています。

福井市立郷土歴史博物館前に新しい松平春嶽像があります。幕末16代福井藩主として非常に有名な殿様です。

福井城跡前、内堀公園内にある横井小楠・由利公正像です。横井小楠は春嶽に招かれて熊本から来て、由利公正らを指導しました。

こちらも松平春嶽像です。福井城跡の隣にある福井神社の境内にあります。つい先日のNHK大河ドラマ「篤姫」のエピローグで紹介されていました。訪れた次の日の放送だったのでとても驚きました。

中央公園内にある熊谷太三郎像です。元福井市長のようです。

ここも福井城跡の隣、中央公園の入口に立つ岡田啓介像です。日本が戦争に向かって突き進んだ時代に福井県出身で始めて総理大臣となりました。

同じ中央公園に岡倉天心像があります。明治から大正にかけて活躍した美術研究家です。

福井城本丸跡、県庁前に結城秀康像があります。福井藩初代藩主であり、徳川家康の次男であった秀康は、結城家に養子にいったために将軍になれなかったある意味悲劇の殿様です。

柴田公園にお市の方像が柴田勝家像のそばに立っています。

柴田勝家像は槍を右手に衝き立て、勇猛な形相です。

幸橋の袂にグリフィス・日下部太郎像があります。日下部太郎は福井の留学生第一号で、アメリカのラトガース大学で学び、先輩のグリフィスを福井に招きました。グリフィスは化学の教師として多くの若者を指導しました。

神明公園の中に中根雪江像があります。幕末の福井藩士で、初めは春嶽の教育者として、のちに春嶽の御用人として藩を支えました。

最後は禿すみ像です。仁愛女子高校の正面入口前に立っていて、創設者?でしょうか。女子高前で写真を撮っていると変に思われそうなので早々に退散しました。今日はここまでです。
投稿者 Tadashi : 00:34 | コメント (2) | トラックバック
2008年06月17日
福井藩を歩く 2
今日は福井藩の頃にあった町名を紹介しましょう。

「浜町」は、足羽川沿いの町で、年中朝市がたっていたり、芝居小屋が開かれたり、にぎやかな場所でした。今は住宅街に小さなお店がちらほら見られます。


「本町」は、福井城の正面玄関であった桜門の前にできた町で、現在は福井駅前から続く幹線道路沿いにあります。


「一乗町」は、一乗谷の朝倉氏が滅亡した後に、柴田勝家がそこに住んでいた人たちを北ノ庄城の城下に移してできた町です。


「長者町」は一乗町に隣接して北ノ庄時代からあったと考えられ、他の町に比べ敷地が広かったことから有力な町人が住んでいたと考えられています。


「京町」は、京都から運ばれた小間物を扱う店が並んでいたところで、九十九橋の北詰にあたり、北国街道の城下への入口でした。


「塩町」は、塩問屋や塩商が集まっていた商人町でした。


「山町」は、一乗町と同じく柴田勝家が一乗谷の人たちを移住させた町です。案内碑のある場所は、幕末に坂本龍馬が由利公正と語り合った莨屋(たばこや)旅館があった場所です。


「呉服町」は、現在も呉服町商店街となっていますが、九十九橋からまっすぐに町を北国街道が通っていて、呉服屋が多かった商人町でした。


「柳町」は、福井城の柳門という門前にあった町です。

福井は空襲にあっているので、藩政期の面影はすでにありませんが、こうして町名を訪ねながら散策してみるのはいかがですか?
投稿者 Tadashi : 01:47 | コメント (0) | トラックバック
国盗りカウンタ 成長しましたよ!

国盗りカウンターを設置してから10日、毎日楽しみにしていました。
そして今日「知識の泉」ブログのほうがレベル2に成長しました。平の足軽から旗持の足軽?になりました。このブログはまだレベル1です。都道府県別に見るとまだまだ偏りがありますね。二つのブログでは傾向がやはり違います。しばらくは興味が尽きません。
投稿者 Tadashi : 00:49 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月16日
福井藩を歩く 1
昨日は福井城に関係する名所を紹介しましたが、今日は福井藩に関係する名所を紹介します。
ここは「加賀口御門址」です。城下を通る北国街道は九十九橋を渡って、福井城の西側から北側を通って、この御門を抜けて加賀へと向かいます。


現在は案内板が道脇に立っているだけですが、当時の様子は絵葉書から窺い知ることができます。

それでは、足羽川を渡って城下に入る入口である「九十九橋」です。現在はコンクリート製の橋ですが、当時は石と木でできた珍しい橋でした。往時の様子は郷土歴史博物館で見ることができます。


次は繁華街の中にひっそりと設置されている「狛屋敷跡」です。福井藩家老を代々務めた狛氏の屋敷があった場所です。


今日の最後は「笠原白翁・除痘館跡」です。裁判所近くに案内板が設置されています。笠原白翁は幕末の医師で、福井に種痘をもたらした偉人です。ここに福井藩が設置した天然痘の予防接種を行うための施設「除痘館」がありました。


明日は城下町の町名探訪です。
投稿者 Tadashi : 01:26 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月15日
福井城を歩く
今日は福井城に関係するところを紹介しましょう。
目的の福井市立郷土歴史博物館に隣接して復元された福井城の「舎人門」です。赤瓦が印象的な福井城の北にあった門のひとつです。堀ではカモが気持ちよさそうに泳いでいました。


郷土歴史博物館の隣にある「養浩館庭園」です。ここは福井藩松平家の別邸で御泉水屋敷と呼ばれた場所です。現在建造物の屋根の一部を修復中でした。


次は国際交流会館前の「芝原上水」です。光明寺用水と呼ばれた福井城の水路です。国際交流会館前で曲がって、郷土歴史博物館のほうへ流れていきます。近年用水の石垣の発掘調査が行われていました。

現在福井県庁や警察本部のある場所が福井城本丸です。奥には天守台があり、「福居」の名の由来となった「福の井」があります。

昨年訪れたときは先の舎人門を初めて見たのだが、今日は「御廊下橋」を初めて見た。聞けば今年3月に落成したばかりだとか。天守台に至る部分に架けられた屋根付きの屋形舟のような形の橋である。その形はとても珍しい。さすがにまだまだピカピカな状態だ。


近くに福井市役所があるが、その土台には福井城の石垣が数多く利用されたとのことで、入口の石積みには大きな刻印のある石がたくさんあった。


福井駅前は再開発に伴い、中央大通りには地下駐車場が整備されましたが、そのとき出てきた「百間堀」の石垣です。ガラス張りで地下の石垣を見ることができます。


近くのアーケードの中には百間堀の案内板があります。

最後に、城の橋通りに面する「北の庄城址・柴田公園」です。ここは柴田勝家を祀る柴田神社がありますが、数年前から整備を続けていてようやく完成しました。入口には京方面から城下に入る唯一の橋であった九十九橋の一部も復元され、隣接して北の庄城址資料館が新しく建てられていました。ちなみに入館は無料ですよ。北の庄城址と銘打っていますが、北の庄城の上に福井城が建てられたため、発掘でも遺物の多くは福井城のもので、北の庄のものはわずかに石垣の石が数個見つかっているのみです。柴田公園でも復元されている石垣は福井城のものが多くを占めます。


公園の中央付近に鎮座する柴田勝家公ですが、整備の中で南が正面となりました。初めて見たときは東向き、前回見たときは西向き、これでようやく落ち着けましたでしょうか。

投稿者 Tadashi : 23:34 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月14日
名古屋城検定の合格証が届きましたよ!
今日帰ってきたら名古屋城検定実行委員会から封筒が届いていました。やけに分厚いです。楽しみに開いてみます。

受験記念証はハガキ型でしたが、認定証は手形型ですね。というより裾が広がっているから将棋駒型とでも言うべきでしょうか?今回も木曽ひのき製で手触りがいいですね。文字の焼きが薄いのが少し残念です。
同封の結果は詳しいものでした。自分の成績は50問中42問正解。まあまあです。
受験申込者数 884名(男性 654名、女性 230名)
受験者数 827名(出席率 93.6%)
合格者数 737名(89.1%)
平均点 40.16点
最高点 49問正解 2名
最高齢合格 83歳 1名
最年少合格 9歳 1名
満点が出なかったのは実行委員会としても残念でしょうね。欲を言えば、受験者の年令別受験者数や今年の問題の答えが欲しかったです。
と思いながら同封用紙を読んでいると、どうも私は名古屋城宵まつりの表彰式に選ばれたようです。これは今から計画が必要なようです。それにしても私は何をもって表彰されるのでしょう。嬉しいやら恥ずかしいやら・・・今から緊張です。

来年も5月10日(日)の御殿の日に、今度は初級に加えて中級が実施される予定です。来年は中級に挑戦ですが、大勢の人が受験してくれると良いですね。
投稿者 Tadashi : 23:51 | コメント (1) | トラックバック
福井城跡発掘展

今日は思いの外、良い天候になりました。が、風が涼しく過しやすい日でした。今回は福井市立郷土歴史博物館で開催中の「福井城跡発掘展」の観覧と、連動講演会「福井城跡の発掘成果から」の聴講で福井市にやってきました。

福井城城下町の発掘調査で発見された遺物は、当時の「ごみ」であると位置づけ、その遺物から当時の生活の様子を探るという展示でした。現在の物と比較展示され、非常にわかりやすくなっていました。

午後から行われた講演会では60名の定員のところ20名ほどの参加でしたが、発掘調査結果について非常に内容の深い話を聞く事ができました。ひとつ勉強したのは、城下町絵図の見方です。城下町絵図では町割りの家に当主の名前が書かれていますが、様々な方向で書かれています。気まぐれなものだとずっと思っていましたが、名前の上方向が表口があった方向だそうです。それにしても、金沢市では歴史講演会は満員なことも多いのですが、福井市ではあまり関心ないのでしょうか?折角の地元の歴史を学ぶ貴重な機会であるのに、少し残念な気持ちです。
今日は、講演会の前と後で福井市内を散々歩きました。最近は土曜日に出かけて日曜日に休むというパターンが何故か定着しています。このレポートは明日より数回に分けて書くことにします。
投稿者 Tadashi : 21:27 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月13日
加賀名君前田綱紀と前田土佐守家

用事で金沢市内に出ましたので、ついでに前田土佐守家資料館で春の特別展示会を見てきました。

今回は「加賀名君前田綱紀と前田土佐守家」というテーマです。前田綱紀は加賀藩五代藩主として79年という長きに渡って治世を担いました。よって、前田土佐守家の当主としては3代に渡る付き合いということになります。
今回の展示では古文書類が多かったですが、「軍詞図解」の天守の絵、「北越戦争絵図」の幕末の長岡藩における戦争の経緯が面白かったです。期間は7月13日までです。
投稿者 Tadashi : 23:09 | コメント (0) | トラックバック
ハチバン定時株主総会
今日はハチバンの株主総会の日でした。昨年に引続き、会場は金沢市の石川県文教会館です。

第38回となる定時株主総会の入場券NOは「38」。なんという偶然でしょうか?今日も大勢の地元の株主の方が参加していました。聞けば沢山の株主が来るようになったのは昨年からとのことで、自分が参加した時期と同じですね。

おみやげは夏の風物詩「冷めん」1箱です。早速昼食にいただきました。
株式投資も一時のブームは去り、私もハチバン含め2社だけ保有しています。評価損をかかえてはいますが、大損した株は売ったのでしばらくそのままです。
投稿者 Tadashi : 13:01 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月12日
金沢城ライトアップ
先週末の夏の兼六園ライトアップは先日紹介したが、今日は同日にまわった金沢城のほうを紹介しよう。白い壁には寒色系ライト、石垣には暖色系ライトを当てていて幻想的です。曇りだったので、堀の水面に建物の映り込みがはっきりしなかったので残念でした。

石川門櫓 東側から

石川門 二の門から櫓を臨む

石川門 二の門

橋爪門

橋爪門櫓 東側から

菱櫓 東側から
春より進められてきた河北門復元工事ですが、今月末にようやく第1回の現場見学会が開かれることが決まりました。それまでには二の門石垣は積み終えるでしょうね。ライトアップに河北門が加わるのが楽しみです。
投稿者 Tadashi : 01:21 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月11日
百万石行列後のお楽しみ
先日土曜日の百万石行列の夜の部である。忘れないうちに書いておこう。
石川門から入城した行列は三の丸広場から橋爪門を通り、二の丸広場に集まってイベントがあった。年々新しい試みが演出され、今年は菱櫓前にステージが設けられていた。
先に入城したお松の方を演じた石野真子さんが待っているステージに、利家役の山下真司さんが向かうというシーンから始まりました。実はここまでが長かったので待ちくたびれました。



2人の上がったステージの前では合戦の演習ということで、鉄砲隊、槍隊、弓隊(真似だけです)のあと突撃練習がありました(これも交互に入れ替わりながら走るだけです)。

山下さんにより誓い(内容は何だったかな?)が読み上げられた後、槍を持って「エイエイオー」と歓声を上げました。

この時のやり取りが手間がかかり、山下さんは「はよー槍を持て!」とか、「槍を取りに来い!」などとアドリブをきかせて会場を笑わせていました。

最後に、山下さんからお松役の石野さんにかんざしが渡されました。

ここまでがどうも台本だったようです。ここからがさらにアドリブです。山下さんが仲睦まじい夫婦を演じるために、石野さんに抱擁を要求、「お松よ、ハグじゃ!」「ハグでございますか?」「そうじゃ、ハグじゃ」とやり取りしながら抱き締めます。会場も非常に沸きました。


さすが俳優と女優です。最後が盛り上がって終わったのは、来年に期待を持たせて余韻を残す意味でも良かったですね。
投稿者 Tadashi : 00:56 | コメント (1) | トラックバック
2008年06月10日
金沢城河北門復元 二の門石垣はもうじき完成
百万石行列の行われた7日土曜日、行列が入城する石川門前はポールが整然と並べられていました。

当日は作業はしていませんでした。先日よりさらに作業が進んでいました。

二の門南側石垣はあと一週間で中の鉄骨が見えなくなりそうです。二段ほど積んで完成でしょうか?

北側の石垣は先日よりあまり作業が進んでいないようです。先日までは南側と北側の石垣は同じようなスピードで積まれていましたが、現在は南側の石垣が一段高く積まれた状態になりました。

今月中にはほぼ二の門石垣は完成しそうです。またレポートします。お楽しみに。
投稿者 Tadashi : 00:11 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月09日
珍しきものたち
土曜日は昼から金沢百万石まつりの百万石行列だったので、朝から出かけて金沢市内を散策してきました。先日から求めて散策している町名等の標柱を探して街歩きをしているときに珍しきものを見ました。
まずは鶴間坂付近の畑で見たもの。
あれ、猫か?狸か?これはアナグマというやつでしょうか。初めて見ましたが、1枚写真を撮ったところでそそくさと逃げられてしまいました。

旧上野町にて、「地蔵文庫」。貸本のようですが、窓には「勝手に借りて勝手に返す」と書かれています。閉まっていたので今はもうやっていないのかもしれません。善意のボランティアですね。

投稿者 Tadashi : 23:56 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月08日
兼六園 夏のライトアップ
年4回恒例となった兼六園のライトアップです。夏は金沢百万石まつりに合わせて6月の第一週に開催されます。
40万人を集めた百万石行列の後ということで、土曜日のライトアップは大勢の人出でした。きれいなライトアップをしばしご堪能下さい・・・

霞ヶ池とことじ燈籠

七福神山

花見橋の花菖蒲

ひさご池の翠滝
投稿者 Tadashi : 23:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月07日
第57回金沢百万石まつり
昼から少しパラパラ雨が降りましたが、曇りの過しやすい一日となりました。本日は百万石行列です。金沢鼓門を出発するコースに変更されて3年目を迎えました。年々いろいろな試みが追加され、マンネリを防ごうという努力が見えます。
今年は行列の終盤である百間堀で見学です。変更前のコースでは出発直後でもあったので沢山の人で埋め尽くされた場所ですが、今日は場所にも余裕があります。

横断幕が行列の先頭を行きます。

ミス百万石の3名が行列に華を添えます。

来年は加賀藩二代藩主、前田利長が開いた高岡市が開町400年を迎えるということでPR隊が参加していました。報道では着ぐるみの「利家くん」が共に歩いていたようですが、百間堀まではさすがに着いて来れなかったようです。残念・・・

今年は「利家とまつ」放映年に斎藤慶子さんがお松の方を演じてから2人目となる女優、石野真子さんがお松の方を演じました。昨年までは地元の大和・名鉄エムザで交替に選抜されてきましたが、今年からは女優となります。石野さんは沿道の人たちに満遍なく笑顔で応えていました。流石です。

前田利家公を演じるのは俳優の山下真司さんです。いつからか利家公の馬のまわりには警備の方がぐるりと囲むようになって、今年もうまく写真が撮れませんでした。唯一のアップはピンボケです。残念!
今回は昨年まで2年出演していた「かぶき者行列」がなくなりました。確かに名前の割りにはあまり面白いものではなかったが・・・企画は良かったので充電期間であることを願います。
今年はこの後、三の丸広場で行われた最後の挨拶も見てきました。が、眠くなりましたのでその模様は後日。
投稿者 Tadashi : 23:47 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月06日
コメントしていただいた方へ
迷惑コメントと迷惑トラックバックが止まりません。毎日削除しているのですが、今日間違って3件ほど一緒に削除してしまいました。すいません。故意ではございませんので、これからもコメントよろしくお願いします。
投稿者 Tadashi : 13:06 | コメント (0) | トラックバック
これは面白い! 国盗りカウンター
ブログに様々な機能を追加する部品として手軽に利用できるブログパーツですが、最近面白いものを見つけました。
その名も・・・「国盗りカウンター」
何のこともないアクセスカウンターですが、サイトを訪れたユーザー数を都道府県ごとにカウントし、全国からの訪問者数が増えるにつれキャラクターが成長していくブログパーツです。それもユニークユーザをカウントする仕組みになっているみたいで、同じIPアドレスでアクセスされたものは1としてカウントされるようです。サイト全体にでも、サブフォルダ単位にでも設置できるのが便利です。
都道府県ごとのアクセス数がわかるだけではなく、総アクセス数によってキャラクタが出世するようです。レベルは1の足軽から、6は戦国大名?でしょうか。戦国好きには楽しみでもあり、励みになる逸品です。
ブログパーツ 国盗りカウンター
※このページの右メニューの一番下に表示していますよ。
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2008年06月05日
ライブドア株の顛末 これで最後・・・
久しぶりの株の話題です。上場廃止となったライブドアですが、廃止前に興味があって1株だけ入手していました。オンライントレードしていると株券の現物を見たことなかったので、ぜひとも見たかったのです。
しかし、ライブドアについてはあまりに分割し過ぎて株券の額面よりも株券発行手数料のほうが高くなってしまったので、100株を1株にする株主総会決議があって、端数は清算されるされることになりました。
ついに来ました。「端数相当分処分代金領収証」・・・

額面は138円です。これでライブドア株は終わりです。
投稿者 Tadashi : 01:14 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月04日
信長居館発掘調査ブログ
今日はひとつブログを紹介しましょう。
その名も「一般公開 信長居館発掘調査」ブログです。
現在、岐阜城の麓では織田信長の居館跡の発掘調査が進められています。その調査日誌は写真付きで毎日更新されています。調査日誌は発掘調査報告書に掲載されることがありますが、刻々と状況が変化する様子をインターネットで紹介する試みは初めてと言ってもよいのではないでしょうか?
投稿者 Tadashi : 18:20 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月03日
よくわかるウサギの健康と病気
犬や猫に関する本は多いが、小動物に関する本は意外に少ない。うさぎについても買い方の一般書は何冊かあるが病気について詳しく書かれたものはさらに少ない状態である。
それは小動物専門の獣医師が少ないことにもよるが、本書は獣医がうさぎについてのみ病気をと買い方の留意点を解説した本である。一般書と思って購入したが、読んでみるとこれが思いのほか詳しい解説である。
うちのうさぎは今のところは非常に元気であるが、いざという時のため、飼い主としては責任ある対応とそのための知識が必要だと思っている。
出版社:誠文堂新光社
発行日:2008年5月初版
ページ数:207P
定価:2,200円+税
投稿者 Tadashi : 01:06 | コメント (0) | トラックバック
2008年06月01日
金沢城 河北門復元整備のいま
昨日の天候とは打って変わって、今日は晴天に恵まれた。本日は知人のS氏とまた市内巡りを愉しみました。
途中立ち寄った金沢城では河北門の復元が急ピッチで進んでいました。先日の訪問から二週間、さらに一段高く、二の門の石垣は積まれていました。もう二段ほど積むと、強度のため入れられた鉄骨も完全に隠れてしまいそうです。

一の門も石垣上部が外されて、積み直し作業をしながら復元調査が始まっていました。

金沢城では小さな高麗門が「一の門」、枡形に入り、大きな櫓門が「二の門」と呼ばれます。先日検定を受けた名古屋城では逆で、高麗門が「二の門」で、櫓門が「一の門」です。








