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2008年12月31日

2008年を総括して

今年を総括すると、まずはホームページ制作がほとんど進まなかったことなど反省点は多い。

反面、取材などを兼ねた県外行きは13回(28日)に及んだ。約ひと月県外へ行っていたことになるが、県内においても、特に金沢城は河北門をはじめ、石川門、いもり堀と復元・修復工事が進み、現場説明会や経過を見るためによく出かけた。

春の名古屋城検定、夏の三重旅行や秋の九州旅行など今年訪れた城跡は52城になった。

今年出かけた講演会・シンポジウム・説明会などは、
・加賀藩・歴史文化護持協力会設立総会(1月)
・講演会「二曲城の発掘調査」(2月)
・平成19年度発掘報告会いしかわを掘る(3月)
・一乗谷朝倉氏遺跡発掘調査現地説明会(3月)
・国際恐竜シンポジウム2008(3月)
・講演会「福井城跡発掘展」(6月)
・金沢城河北門復元 第一回現場説明会(6月)
・全国城郭研究者セミナー(8月)
・鮫ヶ尾城跡と直江兼続の生きた時代(8月)
・城下町金沢の文化的遺産群と文化的景観セミナー(9月)
・「金城温古録」の歩き方(9月)
・能登畠山氏と文芸の世界(10月)
・中世都市と職人(10月)
・伝統的建造物群保存地区・こまちなみ保存区域探訪会(11月)
・惣構堀探訪会(11月)
・金沢城本丸北側現場説明会(11月)
・史跡観音寺城跡を探る(11月)
・「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム(12月)
・講演会「直江兼続と最上氏」(12月)

こうやってみると我ながら頑張りました。

さて、2008年最終のカウンターは・・・

裏・城郭さんぽ&うさぎと一緒な毎日 知識の泉

本サイトが「431」
知識の泉が「1019」

来年はもっとホームページの充実を!!
毎年同じ目標ですいませんm(__)m

投稿者 Tadashi : 15:31 | コメント (1) | トラックバック

2008年12月30日

城下町金澤 町づくし

金沢ケーブルテレビで放映されている北國総合研究所の「北國総研のふるさと講座」の話です。

今年は1年間、1月から12月まで季節行事や郷土料理の紹介に関する内容だったが、来年からは内容を城下町の今昔の紹介になるようである。

旧市内域を中心に、加賀万歳の演目「町尽し」に登場、あるいは金沢市歴史のまちしるべ事業の標柱になっている現地を探訪し、関係者に取材して新旧比較するそうだ。

去年友人のS氏とも回ったまちしるべ標柱に、ついにスポットが当るようである。今は無き2本もこれで復活か?もう少し活用を!という声が届いたんでしょうか。それはそれで嬉しい。

投稿者 Tadashi : 22:44 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月25日

ディアゴスティーニ 遂に「城」発売!! 安土城をつくる

戦艦大和やフェラーリ、ロボザックなど週間でパーツを組み立てていくムックを販売しているディアゴスティーニから、遂に!というかようやくというか「城」がでます。

その前に、今日その情報を知ったのは、メール広告に出ていた「天体模型 太陽系をつくる」です。太陽系を歯車で動作するというカッコいいインテリアなんですが、総額9万円以上。

天体模型 太陽系をつくる

そして、他には何かないかな、と探していたところに見つけたのは、「パーツ付きクラフトマガジン 安土城をつくる」です。木製パーツを組み合わせて最終的には50センチ以上の天主が完成します。購入者には、信長や金屏風などのミニチュアフィギュアがもらえるとあって、欲しいのですが・・・

パーツ付きクラフトマガジン 安土城をつくる

全110号にも及ぶ本作は総額16万円。来年1月27日創刊。悩みます・・・ でも多くの城好きは買うんだろうな。

投稿者 Tadashi : 17:17 | コメント (1) | トラックバック

2008年12月21日

「天地人へのいざない」展と講演会「直江兼続と最上氏」

今日は天候が崩れていく予報でしたが、朝は昨日に続きよい天候で、帰りもまだ晴れていました。高速道路で戻ってくる途中に雨となりましたので、この時期では天候に恵まれた旅行でした。

今日は朝から新潟県立歴史博物館に行きました。

新潟県立歴史博物館

午前は特別展「天地人へのいざない」と通常展の見学。午後は講演会「直江兼続と最上川」となります。

新潟県立歴史博物館

いよいよ来年4日より大河ドラマ「天地人」が始まりますが、ここ長岡市のほか、上越市、南魚沼、米沢、会津と非常に盛り上がっているようです。特別展は10月に上越市立総合博物館で開催された巡回展で、昨日から歴史博物館で開催されています。入口には大河ドラマの予告が流れていて、否応無く期待感が高まります。

新潟県立歴史博物館

講演会は「天地人リレー講演会」全15回のうちの14回目にあたり、山形大学の伊藤清郎氏による「直江兼続と最上氏」とシンポジウムの予定でしたが、急遽シンポジウムが中止となり、上越市公文書館準備室の福原圭一氏による「越後文書宝翰集にみる会津の景勝と兼続」となりました。

会場は通常の椅子がいっぱいになり、パイプ椅子で対応するほどの満員御礼状態であり、最上氏からみた直江兼続(上杉氏)という視点で当時の状況を講演していただきました。会場の客からも兼続の「愛」の文字の兜の質問がありましたが、話としては自国や農民に対する「仁愛」という説はおもしろいのですが、「愛染明王」または「愛宕権現」を守り神として掲げたというのが真実のようです。

新潟県立歴史博物館

投稿者 Tadashi : 23:24 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月20日

長岡 天地人の旅

立山連峰

澄みきった空のもと、雪をかぶった立山連峰を見ながら長岡へ向けて車を走らせました。

長岡市内に入ったあと、まず郊外の悠久山公園に上ります。由緒のありそうな蒼紫神社の境内には長岡藩主牧野家の墓石が14基立ち並び、城を模した長岡市郷土史料館があります。史料館の最上階からは長岡市内が一望に見えました。

蒼紫神社

長岡藩主牧野家墓所

長岡市郷土史料館

公園をあとにして、天気もよいので近くの幕末北越戦争の激戦地跡を探しました。迷いながらもなんとか八丁沖古戦場と大黒古戦場を見つけました。今は田んぼの中にポツリとある史跡公園として整備されています。長岡は北越戦争の河井継之助と、太平洋戦争の山本五十六、米百俵の小林虎三郎、そして直江兼続と歴史上の有名人が多いですね。

八丁沖古戦場

大黒古戦場

ホテルに着いて街に繰り出したときにはすでに薄暗くなってきていましたが、長岡コンベンションセンターと

長岡コンベンションセンター

ながおか市民センターに寄りました。来年の大河ドラマに向けて、各地のパンフレットやおみやげを扱っていて、行ったときは観光客はいませんでしたが、来年はたくさんの観光客が訪れることでしょう。長岡市内に泊まったときは土日でも19時くらいまでは開いていると思うので、ぜひ寄ってみてください。

ながおか市民センター

ながおか市民センター

来年は新潟で国体も開催されるようで、街は天地人と国体の旗がいっぱい立っていました。

投稿者 Tadashi : 20:02 | コメント (0) | トラックバック

長岡城紀行 蔵王堂城址と長岡城址

明日新潟県立歴史博物館で行われるシンポジウムに参加するため、今日長岡に入りました。

宿泊する長岡駅近くには2つの城跡があります。そのひとつが蔵王堂城址。信濃川に隣接し、現在金峰神社境内になっていますが、そこには内堀の一部や大きく盛り上がった土塁の一部を見ることができました。堀直奇の銅像が建てられたようです。

蔵王堂城

蔵王堂城

蔵王堂城

しかし、この金峰神社藩政期には相当広い境内だった(現在でも広いですが)ようで、鳥居から続く参道は現在の倍近くもあったようです。

蔵王堂城

蔵王堂城

続けて長岡城址です。厚生年金会館敷地内にある石碑です。

長岡城

本丸跡は現在長岡駅となっており、

長岡城

石碑のある二の丸は厚生年金会館と道路を挟んだ銀行を含めた範囲になるようです。ながおか市民センターには長岡城の模型がありますので、そのあたりがよく分かりますよ。来年放送の大河「天地人」の掲示もたくさんありました。

長岡城

投稿者 Tadashi : 18:48 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月19日

天神様と東照権現

今日はマイクロソフトのセミナーに朝から参加するつもりで、前回の会場であった厚生年金会館へ行ってしまいました。会場は広岡の金沢パークビルだと駐車場に入ってから気付いたのですが、もう遅れることは確実だったので、折角のことですから近くの「金沢くらしの博物館」で開催中の「天神堂展」を見に行きました。

金沢くらしの博物館 天神堂展

金沢くらしの博物館 天神堂展

金沢では初代藩主前田利家が菅原道真の子孫ということになっているので、天神信仰がさかんであったのですが、(おそらく一部の裕福な家では)正月に男の子の成長を願って「天神さん」を飾るのが風習として残っています。

内部は写真撮影ができなかったので写真はありませんが、市内から集めた天神堂が教室に(くらしの博物館は元紫錦台中学校校舎)所狭しと並べられていました。大きなものでは奥行き2メートルを超えているかというものもあり、やはり大きな家でないと飾る場所はありませんね。

金沢くらしの博物館 天神堂展

続けて、玉川図書館に隣接する近世史料館に「尾崎神社展」を見てきました。

近世史料館 尾崎神社展

近世史料館 尾崎神社展

普段は本殿奥に収蔵されている品々が、現在本殿を修復工事中ということもあって展示されているもので、貴重な文化財を間近に見ることができました。現品は間違いなくすばらしいのですが、展示室におかれた展示品パンフレットの出来がまた良いですね。

近世史料館 尾崎神社展

この2箇所の場所は入館料が無料ということで年末お勧めの歴史スポットです。初めて入った近世史料館でしたが、入口にはビデオコーナーもあり、「藩主群像」(9分)、「城下図を歩く」(8分)、「兼六園のうつりかわり」(7分)という3本のビデオを鑑賞できます。今日は城下図を歩くを見てきました。

投稿者 Tadashi : 23:54 | コメント (0) | トラックバック

「最新テクノロジーで実現するユーザーエクスペリエンス(UX)」 Microsoft Future Technology Days ガイダンスセミナー1

地元開催ということで、久しぶりにマイクロソフトのセミナーに参加してきました。会場は金沢パークビル11階のマイクロソフト北陸支店です。近くはやはり楽です。

今回は、「IE8の新機能」と「ASP.NET AJAX」「Silverlight2」「WPF(Visual Studio 2008)」で作成するリッチなWebアプリケーションの機能紹介を、デモを交えて解説していただきました。いやー、新しいユーザーインターフェイスは見ているだけで感動します。

新しい技術はますますユーザーにメリットをもたらすことでしょうが、プログラミングする立場としては高度化する一方で苦しいところです。しかし、時代の流れは変わりそうにないので頑張りましょうか。

「最新テクノロジーで実現するユーザーエクスペリエンス(UX)」 Microsoft Future Technology Days ガイダンスセミナー1

投稿者 Tadashi : 22:23 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月18日

松波城跡庭園 枯山水遺構の構造判明

能登町教育委員会は17日、同町松波の県指定史跡松波城跡庭園跡の今年度発掘調査で、石組みで水の流れを表現した「枯山水」の遺構の構造や、付近を流れる松波川で採取された石を使用していることなどが明らかになったと発表した。

枯山水の遺構は1962年の公園整備中に見つかり、80年度に発掘調査が行われた。今回の調査では、枯山水は渦巻き状に敷き詰められた地点から水が湧き、幅0.3-1.3メートル、長さ約7メートルを流れ、池状遺構に流れ込む様子を石組みで表現していたことが新たに分かった。

来年度は遊歩道などを調査し、庭園の全容解明を目指す。(北國新聞2008年12月18日付記事より)

投稿者 Tadashi : 22:52 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月17日

金沢城石垣回廊 鼠多門コース

県体育館

いよいよ解体工事の始まった県体育館を支える石垣を巡るコース「鼠多門コース」。先日そこを歩いてきました。今回の案内は逆回りです。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース

終点は金沢城西側に隣接する丸の内駐車場内にある「数奇屋屋敷西方の堀縁石垣」です。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース 金沢城石垣回廊 鼠多門コース

丸の内駐車場脇の歩道に残る櫓台「玉泉院丸鼠多門続櫓台石垣」です。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース 金沢城石垣回廊 鼠多門コース

このコースの名称にもなっている「玉泉院丸鼠多門周辺の石垣」。このコースの一番の見どころです。窪んでいる場所が尾山神社に向かって橋が架けられていた部分であり、その上部によくみると門の柱を立てた跡がわかります。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース 金沢城石垣回廊 鼠多門コース

そして、修復工事が終了した「玉泉院丸南西の石垣」です。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース 金沢城石垣回廊 鼠多門コース

コースは歩道を少し進んで、体育館の南側、いもり坂入口に続く部分に入ります。舗装も終わり、石垣がよく見えるように除草されていました。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース

解説板は「いもり堀の石垣」となっています。旧テニスコート部分はいもり堀復元に向けて工事の真っ最中ですが、ここにいもり堀を掲げるのであれば、飛び地で堀を復元してほしいですね。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース 金沢城石垣回廊 鼠多門コース

入口の看板はいもり坂入口から見えるように大きく掲げられています。

金沢城石垣回廊 鼠多門コース

投稿者 Tadashi : 23:58 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月16日

尾山神社前用水開渠

先日観光看板の架け替えが行われた尾山神社前の用水開渠にも寄りました。

西内惣構堀跡

現在の見出しは「西内惣構堀跡」

内容は「尾山神社前の水路は、慶長四年(1599)二代藩主前田利長が、金沢城下の防御のために高山右近に造らせたとされる西内惣構堀の一部にあたります。寛永九年(1632)に三代藩主前田利常が、犀川上流上辰巳地内から金沢城まで辰巳用水を引かせ、その落水で西内惣構堀にも水が満たされました。明治六年(1873)に尾山神社が初代藩主前田利家を祀るために創建され、同八年までに前面の惣構堀は大幅に埋められて水路となりました。その後、昭和二十年代に暗渠化され今日に至りました。金沢市では、この水路が明治以降、辰巳用水の管理に携わる人々(現:辰巳用水土地改良区)によって支えられ、その潤いが市民に親しまれてきた経緯をふまえ、平成九年に用水保全条例に基づく保全用水(辰巳用水)に指定しています。」

右側「まちなか用水の開渠化」は「金沢市では、伝統環境に調和した潤いのある用水空間の創出を目的に、平成七年からまちなかにおける用水の開渠化や年間を通じた流水の確保に取り組んでいます。ここ尾山神社前では、昭和初期頃の景観をもとにして開渠化とせせらぎの再生を行いました。」

辰巳用水の開渠化

11月時点の見出しは「辰巳用水の概要」

内容は「辰巳用水は、寛永9年(1632)加賀藩三代藩主前田利常の命により小松の町人板屋兵四郎が完成させたといわれています。寛永8年(1631)の大火をきっかけに防火用水として造られましたが、これにより金沢城内の生活用水の確保や、城周辺の空堀を水濠とすることが出来たとされています。辰巳用水の水は、犀川の上流、上辰巳町東岩地点で取水され、約4kmの隧道区間を経て小立野台地を下り、兼六園の曲水の主要な水源として利用されています。また、現在は金沢のまちなかを流れる代表的な用水の一つとして市民に親しまれています。なお、ここ尾山神社前の辰巳用水は、かつて城下町を囲んでいた、内・外二重の惣構のうち、西内惣構堀にあたります。」

右側の「辰巳用水(尾山神社前)の開渠化」は「ここ尾山神社の辰巳用水は、明治6年(1873)の神社創設時は開渠でしたが、昭和20年代に蓋がかけられ暗渠化されました。今回、昭和初期頃の景観をもとにして開渠化を行いました。」

尾山神社

当初は辰巳用水であることを強調した文章に、一行のみ西内惣構堀であったことを記載。今回は西内惣構堀であることを前面に出しながら、現在は辰巳用水の管理下にあることを記載しています。随分と変わりましたが、辰巳用水と西内惣構堀を両立させようと苦労した跡が見えます。いっその事、別々に看板を立てたらいいのにと思います。

新しい金沢の観光スポットに関する今年一番の騒動の顛末でした。

投稿者 Tadashi : 23:17 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月15日

来年は丑年ですよ

昨日金沢に行った目的のひとつを最後に果しました。色の塗り替え工事最中の犀川大橋を渡り、

犀川大橋

金沢五社のひとつ、あぶりもち神事で有名な「神明宮」に行きました。寒い週末誰一人いませんでしたが、目的とは・・・

神明宮

去年も買い求めた干支の土鈴です。とても愛くるしい造形にひかれ、金運の黄色を選択したネズミでしたが、今年も黄色の丑(左から2番目)を選択。来年は年男でもあるので、追加で中央の白い丑をもう一個。一年後には黄色の寅を・・・

神明宮

投稿者 Tadashi : 23:50 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月14日

金沢城河北門復元 二の門櫓と土塀石垣工事真っ最中

久しぶりの金沢城です。記名会まであともう少しですね。

金沢城河北門復元

一の門やニラミ櫓台周辺の工事が非常に進んでいました。土塀の台となる石垣がすでに3段ほど積まれていました。手前の石垣は土塁で隠されると思いますので、見えるのは今だけです。

金沢城河北門復元

金沢城河北門復元

二の門の木工事も一層部分の枠組みがほぼ組み終わり、今週から二層部分に着手するようです。前回来たときは、まだ一層の隅柱を立てていたところでしたが、木工事は早いですね。

金沢城河北門復元

金沢城河北門復元

木工事も進んで見学客の問い合わせが多くなってきたのか、工事予定の掲示が増えていましたよ。

金沢城河北門復元

投稿者 Tadashi : 20:36 | コメント (0) | トラックバック

金沢城宮守堀工事は未だ途についたまま

金沢城宮守堀

金沢城の宮守堀の水堀化工事はまだまだの状況です。

金沢城宮守堀

金沢城宮守堀

道路を挟んだ旧広坂消防署跡地は広見としての整備が始まりましたが、土木と整備の一括入札が入札無しで不調に終わり、改めて分割入札が行われた「いわくつき」の工事は遅れ気味ですね。

広見

投稿者 Tadashi : 19:53 | コメント (0) | トラックバック

加賀藩塩硝蔵跡発掘現場 今年度はトレンチ3箇所

10月末から開始された加賀藩塩硝蔵跡発掘ですが、年内には埋め戻しが始まるかと思い、その前に状況を見てきました。時折雨のちらつく天候でありますので、もちろんトレンチの穴はブルーシートで覆われており、その下の状況はわかりませんが、側面を中心に見てまわりました。

加賀藩塩硝蔵跡発掘現場

今年は昨年のトレンチ付近を3箇所トレンチされており、これで倉庫の範囲はほぼ確定したのでしょうか。まだ発表もないので何もわかりませんが、昨年は確か2箇所でしたので、短期間にしては進んだほうですね。

加賀藩塩硝蔵跡発掘現場

側面には多くの赤瓦が見えますが、いつの時代のものでしょうね。

加賀藩塩硝蔵跡発掘現場

一番北側のトレンチには礎石らしき石がありました。今年は説明会に参加したいのですが、昨年はいつの間にか開催されていましたから、いつでしょうか?

加賀藩塩硝蔵跡発掘現場

近くのえんしょう坂の入口には真新しい辰巳用水の看板が立っていました。何らや観光地化が進んでいるようです。

辰巳用水

投稿者 Tadashi : 19:36 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月13日

名古屋のクリスマスは・・・

何だか冬にしてはもったいないほどの天候だったため、昼休みは朝もらった、近くの食事できる場所の地図を片手に散策しました。

まず訪れたのは「仙松院」です。中には入れませんでしたが、門からのぞくときれいな庭が広がっていました。

仙松院

仙松院

次に、「伊藤八幡宮」に行きました。創建年代は不詳とのことでしたが、所蔵の陶製狛犬には「応永25年(1418年)」の銘が残っており、古くからあるようです。

伊藤八幡宮

最後に「宝珠院」を訪れました。境内の一角には熱田神宮でも見た信長塀を見ることができましたが、いつのものかわかりませんでした。

宝珠院

宝珠院

シンポジウムのあと、夕食を兼ねて栄まで出ました。テレビ塔のライトアップがきれいです。

名古屋テレビ塔

名古屋はクリスマス一色でしたが、さすがに名古屋!金沢よりもライトがまぶしいです。

名古屋テレビ塔

名古屋

夕食は「矢場とん栄店」。矢場とんデビューです。おいしかった。

矢場とん栄店

ドニチエコきっぷで矢場とん特性ものさしをもらいましたよ。

ドニチエコきっぷ

投稿者 Tadashi : 23:49 | コメント (0) | トラックバック

「織豊期の史料と権力」 織豊期研究会「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム

織豊期研究会の機関誌である「織豊期研究」の第10号発行記念としてのシンポジウムに参加するために名古屋にやってきました。入会して2年目でありますが初めて参加しました。名古屋はなかなかに遠いですからね。例会はさらに遠い三重大学だったりします。

「織豊期の史料と権力」 織豊期研究会「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム

会場は、名古屋大学文学部です。教室に入ると、何か学生時代に戻ったような感じです。

「織豊期の史料と権力」 織豊期研究会「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム

当研究会は織豊期の史料研究が中心であるので、それに即した講演会ではありましたが、在野の私には少々難しい内容でしたが、三鬼先生の総括的な講演のあとの新進気鋭の研究者の方々の発表に熱気のこもる会場でした。

「織豊期の史料と権力」 織豊期研究会「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム

シンポジウムの質疑応答も盛り上がり、質問者の中には、同じ金沢から来た金沢城調査研究所の木越氏の姿もありました。

配布された資料も多く、講演が資料の補足か?と思わせる量にビックリ!!ですが、いつかは自分の研究にも活かされる!?(ほんとか)と思います。

「織豊期の史料と権力」 織豊期研究会「織豊期研究」第10号刊行記念シンポジウム

尚、今回のシンポジウムの次第は以下のとおり。

記念講演
 三鬼清一郎 豊臣秀吉文書の史料学的考察
シンポジウム 織豊期の史料と権力
 斎藤夏来 織田氏嫡流の形成と五山文学
 小久保嘉紀 織豊期における書礼札故実の集積と、近世故実書の成立への展開
 太田光俊 益田少将の発給文書
 谷口央 検地帳と権力
 長屋隆幸 「戦功書上」の成立について

関係者の方々ご苦労様でした。

投稿者 Tadashi : 23:30 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月06日

ハト?

ハト

窓に何か白い跡が・・・・

どうやらハトらしい?

投稿者 Tadashi : 08:23 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月05日

辰巳用水の三段石垣 藩政期1メートル超高く

犀川に面した斜面にあり、最上部に辰巳用水が流れる三段石垣の金沢市の発掘調査で4日までに、藩政期の三段石垣は現在の見た目よりも1メートル以上高く、地表から7-9メートルの高さを誇っていたことが分かった。さらに周囲の地層から犀川の砂礫土が見つかり、同市埋蔵文化財センターは石垣が犀川の水流から浸食を防ぐ目的で構築された可能性が大きいとみている。

全長約260メートルの石垣のうち、中央付近の上段と下段を調べた。このうち下段の石垣周辺を掘り下げた結果、石垣部分が地表面から石4列分埋もれた場所まで続くことが判明。石垣を覆っていた土砂は明治以降に堆積したとみられ、埋まっていた石垣の延長部分はかつて地表に出ていたという。

上段の調査では、石垣の後ろからこぶし大から人頭大の裏込め石が見つかり、岩盤質の傾斜面を整えていた。道具などの遺物は発見されなかったが、市は後日、今回の発掘成果を石垣の専門家に依頼し、三段石垣の構築時期の推定を目指す考えである。(20008年12月5日付記事より)

投稿者 Tadashi : 23:42 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月04日

シンポジウム 「江戸城と金沢城の御殿」開催

金沢城大学公開講座
シンポジウム 「江戸城と金沢城の御殿」

金沢城の政治の中心、二ノ丸御殿の内部はどんな姿だったのか、江戸城と比較し検討します。

日時:平成21年1月10日(土) 午後1時から4時40分
会場:石川県文教会館ホール 金沢市尾山町10-5
費用:入場無料

内容:
<基調講演> 「篤姫の時代の江戸城」 平井聖氏(昭和女子大学前学長)
<報告1> 太田昌子氏(金沢美術工芸大学教授)
<報告2> 伊東龍一氏(熊本大学教授)
<パネルディスカッション>

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2008年12月03日

金沢城鼠多門 復元の可能性を調査

石川県議会12月定例会は2日、本会議を再開し代表質問のなか、金沢城復元整備で谷本知事は2014年度までの第二期復元整備計画で予定される、玉泉院丸跡地の整備計画策定に併せ、玉泉院丸の入り口に当たる鼠多門の復元の可能性について、調査する考えを明らかにした。

鼠多門は1884(明治17)年まで現存し、先月下旬に石垣回廊「鼠多門コース」が開設した。かつて門から金谷出丸(現・尾山神社)までは鼠多橋で結ばれていた。

谷本知事は鼠多門を含む玉泉院丸跡地一帯を「城と中心市街地が一体となって、にぎわい創出につなげる大切なゾーン」と位置付け、跡地の整備計画策定にあたり、中心市街地側のエントランス機能の確保が重要と強調。鼠多門復元について、玉泉院丸跡地の整備計画を策定する中で「建造物の一つとしうて、整備の在り方を検討していく」と述べた。(北國新聞2008年12月2日付記事より)

投稿者 Tadashi : 22:02 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月02日

レッドクリフ パート2前売券

レッドクリフ パート2前売券

先月見に行ったレッドクリフの続編の前売券を買ってきました。今月の全国5000名限定のポストカード付です。レッドクリフの前売券はキャラクターを模したキューピー人形が特典になっているのですが、人形はどうでもいいので今回のポストカード5枚組にしました。

石川県ではコロナワールドとイオンシネマ(フォーラス)のみの販売ということで初めてのコロナとなりますが、楽しみですね。

投稿者 Tadashi : 23:54 | コメント (0) | トラックバック

2008年12月01日

チロルチョコ きなこもち

チロルチョコ きなこもち

先月スーパーに見つけた「チロルチョコ きなこもち」

確か半年前か一年前ほどに東京の女子学生に大人気とかニュースで言ってたような

9個入り100円で、確かにおいしいですが、あっという間に店頭から消えてしまった。何処に・・・

投稿者 Tadashi : 20:49 | コメント (0) | トラックバック