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2009年01月31日

高岡古城公園、発掘調査は2010年度以降 市、国史跡指定へ見通し

高岡市古城公園保全・活用方針策定委員会は30日、同市役所で開かれ、市側は高岡古城公園(高岡城跡)の国史跡指定に向けた発掘調査は2010(平成22)年度以降になるとの見通しを示した。

市教委によると、08年度から2カ年で土塁や堀、石垣の測量調査や文献確認を実施。新年度は築城時のものとされる石垣の概要調査を行うとした。

高岡古城公園を保全活用策ついて、歴史まちづくり法の指定を念頭に進めるべきとの意見が出された。市側は指定の前提となる歴史的風致維持向上計画の策定に向けて文化財総合把握事業を3カ年計画で進めているとした。園内の緑の管理方針を考えるべきとの意見も出された。(富山新聞2009年1月31日付記事より)

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徳田秋聲記念館 企画展「秋聲の本で辿る 大正・昭和のモダンブックデザイン」

今日の最後は徳田秋聲記念館です。現在は企画展「秋聲の本で辿る 大正・昭和のモダンブックデザイン」の前期展と「文士の年賀状」の展示をしています。

徳田秋聲記念館

今回の展示は、一昨年秋声のご子孫から蔵書を寄贈してもらったことから企画されたものであり、貴重な初版本の装丁を見る事ができます。

徳田秋聲記念館

しかしながら、ここでも文学にあまり興味のない自分は、同時開催の「文士の年賀状」のほうに興味を引かれることに・・・

秋声と交流のあった当時の著名文学者たちの年賀状は、一言でいえば質素。裏返していえば味気ない。ほとんどが「謹賀新年」と住所氏名のみ。時代を反映しているのか、自分も来年は・・・いやいや逆に心配されそうだな。

投稿者 Tadashi : 17:37 | コメント (0) | トラックバック

泉鏡花記念館 企画展「幽霊と怪談の展覧会」前期

三件目は泉鏡花記念館です。金沢三文豪の記念館はそれぞれ生家跡またはその近くに建てられていますが、ここは生家跡のようです。

泉鏡花記念館

なにしろ文学はあまり興味ある分野ではないので、初めて訪れましたが、面白かったですね。と言っても自分で読んでいる時間は今はないので、過去に映像化されたものなどを見てみたいと思いました。

泉鏡花記念館

この展覧会は15日までが前期展、来月7日から後期展が始まります。後期展では金沢出身の漫画家である波津彬子さんの原画が展示されるそうですよ。

投稿者 Tadashi : 16:24 | コメント (0) | トラックバック

歴史都市金沢 電柱地中化工事

歴史都市として第一号に認定された金沢ですが、その施策のひとつとして、近江町市場のある武蔵が辻では電柱の地中化工事が近江町の再開発工事と一緒に進められています。

歴史都市金沢

周辺の電柱には「無電柱化を進めています。この電柱は平成21年3月までになくなります。」の張り紙が貼られています。電柱がなくなると景観もよく、歩道は歩きやすくなりますが、電柱に止まっていた鳥たちはどこに止まることになるのでしょうか?

歴史都市金沢

歴史都市金沢

投稿者 Tadashi : 15:11 | コメント (0) | トラックバック

金沢ふるさと偉人館 企画展「自画像展」

二件目は金沢ふるさと偉人館です。「自画像展」ということだったのですが、市内の小中学校の生徒の自画像でした。あれ?って感じでしたが、初めて来たので通常展を見ることにします。

金沢ふるさと偉人館

昨年春にリニューアルされて、偉人の数は17人に増えました。外から見ているとそんなに広く見えないのですが、思いのほか広いです。

金沢ふるさと偉人館

高峰譲吉、桜井錠二、藤井健次郎、木村栄、三宅雪嶺、八田與一、飯盛里安、谷口吉郎、藤岡作太郎、西田幾多郎、鈴木大拙、井上友一、山本良吉、安宅彌吉、北方心泉、細野燕台、中西悟堂の17人なのですが、その道の通でないと知らない方もいますね。

展示を見ながら一つ発見がありました。細野燕台は魯山人とも交流があったことで知られていますが、この「燕台」と言う名前、町の形がツバメが翼を広げたようだという、元は中国北京を指す言葉だったそうですが、金沢も小立野台地から見ると、犀川と浅野川に挟まれた中心部分を体として、北国街道沿いに広がる町が羽となって、やはりツバメに見えるということでその銘を使っているのだそうで、古地図を広げればなるほどと思う次第です。

投稿者 Tadashi : 13:55 | コメント (0) | トラックバック

金沢市立中村記念美術館 冬季展「美術工芸に見る 文様の美」

雨模様の土曜日ですが、今週は予定もないので金沢の美術館・博物館めぐりです。今日も年間パスポートが大活躍です。

金沢市立中村記念美術館

一件目は石川県立図書館裏にある中村記念美術館です。今回は冬季展「美術工芸に見る 文様の美」を鑑賞しました。中でも「祇園祭礼図屏風」は京の祇園祭の山鉾巡行を描いた屏風で、制作期は江戸後期のものですが、祭りに熱狂する人々が繊細に描かれています。他には、新しいものながら「竹取物語絵巻」がすばらしいものでした。

金沢市立中村記念美術館

美術館前の古建築はいつも何かなと思いながら前を通っていましたが、ここは中村美術館の創設者である中村酒造の中村栄俊氏が私設美術館を始めた場所であるそうです。知らなかったなあ。

金沢市立中村記念美術館

投稿者 Tadashi : 13:35 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月29日

金沢市立安江金箔工芸館 冬季展「"めでたいもの"尽くし」

先日年間パスポートを購入したことですし、金沢駅前に来ましたので昼休みに安江金箔工芸館に行ってきました。初めて行って来ましたが、場所がわかりにくいですね。

金沢市立安江金箔工芸館 冬季展「

平日の昼とあって、他のお客さんも居なかったのでゆっくりと鑑賞しました。2階が展示室となっており、冬季展「"めでたいもの"尽くし」の展示品を見た後、1階の受付横の部屋で金箔の製造工程に関する説明を受けました。

金沢市立安江金箔工芸館 冬季展「

説明の後、別の部屋で金箔入りのお茶と和菓子をいただき、金箔の製造工程の一部を見せていただきました。金箔に関する日頃の疑問について話を聞きました。

金沢箔は日本でシェア99%、とは本のタイトルにもなっている有名な話ではありますが、

残り1%は何処だろうか?・・・

と思いませんか。

現在は金沢近郊でも個人宅で金箔製造をしているところはほとんどないそうで、金沢サティ近くの箔団地に集まって作業をしているそうですが、一時金沢で箔打ちを学んだ人が滋賀や富山で製造をしていたことがあるそうです。それが1%なんだそうで、将来的に県外で製造する可能性が全くないわけではないので99%ということらしいです。確かに100%とは言いにくいですね。金箔打ちに使用する雁皮紙の製造は胸を張って100%と言えるそうです。最近は市販紙(これは1回の使い捨て)を使用することも多いようですが。

近世は幕府直轄事業として江戸と京でしか認められていなかった金箔製造ですが、現在は隠れて製造していた加賀でのみ製造しているとは皮肉なものです。金箔製造はかなりの重労働であったので、忍耐のある北陸人に合っていたことも一因のようです。

充実した鑑賞でしたがお金を使っていないのが少し気が引けます。年間パスポート有難う!

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マイクロソフト Future Technology Days ガイダンスセミナー2 最新プラットフォームへの移行

マイクロソフト 北陸支店

先月に続き、本日はマイクロソフトのセミナーに参加してきました。場所は金沢駅前の金沢パークビル11階のマイクロソフト北陸支店です。

今日のテーマは「既存アプリケーションをInternet Explorer 8とWindows Vista SP1に対応する」です。午前はIE8について、午後はVistaとWindows Server 2008についての互換性についてのセッションでした。

IE8は魅力的な機能が随分と増えました。IE7への移行は二の足を踏んでいましたが、IE8への移行は一気に進みそうですね。

セミナーのポイントを簡単にまとめると、
・IE8はCSS完全標準モードをサポート。
・ファイル、フォルダのアクセス権限が変更され、システムとユーザーでファイルやレジストリの読み書きタスクに影響する。
・マイドキュメントなどのフォルダ構成が変更になった。
・アプリケーション実行権限とマニフェスト対応。

アプリケーションの互換性を考えるポイントが良く分かりました。

投稿者 Tadashi : 21:16 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月27日

「週刊 安土城をつくる」 さあ作りましょうか・・・!

今日1月27日、ついにディアゴスティーニから「安土城をつくる」が創刊されました。近くの書店にはまだ並んでいませんでしたが、私は定期購読を申し込んでいたので帰ると届いていました。またとはない機会ですから頑張ってつくりましょう。

ディアゴスティーニ 「安土城をつくる」

なんだか久しぶりにワクワクしますね。

創刊号のシリーズガイドによると、
6階 ・・・ 第1号から第6号まで
5階 ・・・ 第106号から第110号まで
3・4階 ・・・ 第61号から第90号まで
2階 ・・・ 第36号から第60号まで
1階 ・・・ 第7号から第35号まで
地階 ・・・ 第91号から第97号まで
石垣 ・・・ 第98号から第105号まで
と各階ごとに組み立てますが、まずは特徴的な最上階(6階)を作り、次に1階を作るようです。石垣はさらに造形を再考してリアルさを増すようです。

信長の館にある5・6階を完成させようと思うと、6号まで購入して106号まで待っていないといけないですね。気長ですが全11号で完成しますので、全部はちょっと・・・と言う方はいかがでしょうか?

ディアゴスティーニ 「安土城をつくる」

さて、中身を確認します。すると、本格的木造模型という売りだけあって、接着剤に、塗装に、とまるで一昔のガンプラのようです。接着剤も塗装もいらなくなった最近のガンプラとはやはり違います。

創刊号にも木工ボンドと紙ヤスリが付いていますが、模型づくりにはラジオペンチやマスキングテープ、両面テープ、瞬間接着剤、平ヤスリ、三角ヤスリ、定規、三角定規、カッティングボード、ピンセット、竹串、カッター、塗料、うすめ液など様々必要なようで、すぐには作り始められない・・・

これら必要な道具の一部を通信販売するということで、総額7400円の出費となりました。号が進むと第二弾販売もあるようで、バインダーも購入していくと、当初16万円と見積もっていた予算は2万円ほど追加になるようですね。

今日はとりあえず添付のパーツの確認をしました。それにしても1号にしてこの細かさは・・・初めから挫折しそうです。いやいや、ひとつひとつ確認します。1が2個、2が2個、3が・・・・、24が2個、25の破風板裏紙が2個・・・・、・・・・・、・・・・・あれないな?と思っていたら、パーツ一式とは別に紙ヤスリの裏にありました。

道具が週末までに届いたら早速作ることにしましょう!

模型の満足度:★★★★★ 星5つ
模型の作りやすさ:★★☆☆☆ 星2つ
製造の根気度:★★★★☆ 星4つ
製造投資の安さ:★☆☆☆☆ 星1つ
男のロマン:★★★★★★★★★★ 星10個なんてね!

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2009年01月25日

金沢城宮守堀工事

この週末は金沢でも雪が降りました。しばらくは外の工事はお休みですね。

金沢城宮守堀

いつも反対側から写真を撮っていたので、見学台の準備が整っていたのに気付きませんでした。

金沢城宮守堀

近づくとナレーションが流れますが・・・現在は「宮守堀の水堀化工事中です」のような一言のみ。工事が進めば変わるのでしょう。

金沢城宮守堀

復元イメージのイラストもあり、春以降の工事進行が楽しみです。

金沢城宮守堀

投稿者 Tadashi : 21:33 | コメント (0) | トラックバック

金沢城河北門復元

金沢城河北門復元

冬の金沢らしい雪降りしきる天候です。

金沢城河北門復元

金沢城の現在の工事予定は、二の門櫓の力垂木とその先端の飾りです。上棟式から半月ですが、木工事は見た目あまり進捗ありませんね。

金沢城河北門復元

力垂木の先端にはまだ何もついていません。

金沢城河北門復元

金沢城河北門復元

見学現場までの足場にはつららがびっしりと・・・。しかし、向かいのニラミ櫓台の工事進捗が気になります。当初の計画だと、そろそろこちらも木工事が始まる予定なのですが。

投稿者 Tadashi : 21:21 | コメント (0) | トラックバック

前田土佐守家資料館 武家文書展

前田土佐守家資料館

今日は前田土佐守家資料館で昨日から始まった企画展「武家文書展」の解説講座に参加しました。毎回参加したい気持ちはあるのですが、他の日程と重なることも多く、ままなりません。

前田土佐守家資料館 武家文書展

今回は、その収蔵品の7割が古文書であるといわれる中からのテーマ展です。ちなみに「古文書」は「こぶんしょ」ではなく、「こもんじょ」です。今回の企画展も「ぶけもんじょてん」ですよ。

前田土佐守家資料館 武家文書展

大学の講義の「古文書学」は文字史料が残っている時代を研究するそうで、文字史料の残っていない弥生時代以前は「考古学」の独壇場なのだとか。

解説講座は展示品解説(講座のあとに展示室で開催)が中心ではなく、古文書の種類や見方を簡単に教えてもらいました。古文書の価値は書いてある内容も去ることですが、和紙の大きさや厚さがそもそも違うそうです。実際触れないのが残念ですが。見方を教えてもらうと楽しみが増えますね。

実際の展示は古文書だけではなく、花押の印章も展示されています。和紙の大きさに合わせて5つの大きさの印で一式となっており、花押の枠のみが押されます。内側は墨で丁寧に塗りつぶすそうで、その作業は意外ですね。

長町ルート

外に出るとまた大雪です。ちょうど資料館前に、最近開通しました長町ルートのフラットバスが来ました。

最後に、「古文書」の反対語を知っていますか?答えは「現用文書」だそうです。それは古文書が「その時代における役割を終えたもの」という意味があるからだそうで、逆は現在も役割を終えてないものということになります。

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2009年01月24日

Windows 7をインストールしてみた

先日ダウンロードしてあったWindows 7 beta版を、Virtual PCにインストールしてみました。

Windows 7 beta

しかし、仮想環境へのインストールは時間がかかり過ぎです。結局8時間近くかかってしまいました。展開が終わり、設定画面に入ると上から後光が降り注ぐような印象的な背景の画面が続きます。インストール用に用意されたのかと思うともったいない感じです。

デフォルトの壁紙は金魚?何か意味があるのかどうかわかりませんが、操作性はVistaとあまり変わらないようです。インストールに時間をとられて今日はここまでです。

おーーメニューの停止ボタンがシャットダウンになっています。Vistaはスタンバイがデフォルト停止ボタンだったので、わざわざメニューを出してシャットダウンするのが面倒でしたが、これは有難い変更ですね。

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2009年01月22日

「小京都」とお別れ 金沢市、全国会議に脱会届

全国の「小京都」を束ねる全国京都会議から、金沢市が今年度いっぱいで脱会することになった。そもそも武家文化を受け継ぐ城下町である金沢は公家文化の京都とは違うだけに、同会議への加盟は不自然だとの指摘が多かった。金沢など国の「歴史都市」に認定された都市による協議会設置の動きもあり、金沢市は「小京都」と袂を分かち、固有の歴史資産を生かした観光戦略を一層推し進める。

全国京都会議は1985年に発足し、金沢は88年に入会した。現在は金沢、京都両市を含めて全国50市町が加盟しており、事務局がある京都市観光協会のホームページでは「小京都MAP」として各市町の観光名所などが紹介されている。(2008年1月22日付記事より)

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2009年01月21日

金沢城惣構国史跡に 平成12年度にも

金沢市は2014(平成26)年度の北陸新幹線金沢開業を見据えて昨年度に策定した金沢魅力発信行動計画を見直し、20日の市議会総務常任委員会に提示した。歴史遺産の文化財指定推進では、金沢城の惣構の国史跡指定に向け、文化庁との協議を進めるとし、早ければ12年度の史跡指定申請を目指す方針が示された。「歴史都市」に対する国の財政支援措置を活用し、惣構の復元も本格化させる。

惣構は堀と土居で敵の侵入を防いだ防御施設で、金沢城は内、外の二重の惣構に囲まれていた。土居の多くは崩されたが、堀については幅が狭められながらも七割方が水路や用水として残っており、土居の内側に整備された内道と合わせて昨年12月に市史跡に指定された。市は11年度まで史跡指定の範囲や手順、調査方法について文化庁と協議を進め、一定の方向性を見いだしたい考えである。

惣構の復元については、西外惣構の金石往還への出入り口に設けられた「升形」を10-11年度に整備する。玉川公園付近での西外惣構復元については、完成時期を一年間前倒しして12年度とする。(北國新聞2009年1月21日付記事より)

投稿者 Tadashi : 19:10 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月20日

金沢城河北門 寄進証届く!

金沢城河北門寄進証

本日、寄進証が県土木課より届きましたよ!

記名会では漢字違いで早々に返却してしまったので、今日はしばしマジマジ眺めてみました。すると、右上には記名会の席NOが、左下には平瓦と板塀の記名NOが小さな文字で入っていますね。

投稿者 Tadashi : 22:59 | コメント (0) | トラックバック

金沢市が「歴史都市」第一号に認定

国土交通省、農林水産省、文化庁の三省庁は、金沢市のほか、岐阜県高山市、滋賀県彦根市、山口県萩市、三重県亀山市の五市を歴史まちづくり法に基づく「歴史都市」の第一号に認定しました。

金沢市役所前

金沢市は今年度以下の三事業の補助金を申請しました。
・西外惣構の升形復元事業
・西内惣構の緑水苑復元事業
・にし茶屋街と寺町寺院群を結ぶ連絡路修景整備事業

このほか、平成12年度以降に土清水塩硝蔵跡の復元を目指しています。「歴史都市」の補助金申請は石川県の金沢城復元事業も対象となるようです。

投稿者 Tadashi : 21:28 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月13日

Windows 7 ベータ版ダウンロード開始

Windows Vistaをまだ使いこなしていない間に、次期WindowsOSである「Windows 7」のベータ版がダウンロードできるようになりました。今までのベータテストは限られた人たちで行なってきましたが、普及促進のためか、一般ユーザーもダウンロードできます。

米国時間で9日から英語版、日本語版など5カ国語のベータ版のダウンロードが始まりましたが、アクセスできない状態が続いたため、仕切りなおして今日から再開しました。また当時、総ダウンロード数を制限する意向だったところが、今日から2週間は制限無しにダウンロードできるようになりました。

Windows 7 ホームページ

ダウンロードファイルはisoイメージで2GB以上となり、DVDに焼いてインストールすることになります。最近は仮想化環境も手軽になってきましたので、ベータテストは楽になりました。とはいえ、仮想化環境では利用できない機能もあるので変化をどれだけ感じることができるでしょうか?

投稿者 Tadashi : 18:24 | コメント (0) | トラックバック

2009年1月19日 名古屋城本丸御殿着工

来週1月19日にいよいよ名古屋城の本丸御殿が着工を迎える。当日は場内が無料開放され、「餅投げ」や「市民鍬入れ」などの着工記念イベントが開催される。さらに、名古屋能楽堂では城郭都市サミットとして、荒俣宏氏による基調講演と、大阪・京都・熊本・犬山・名古屋の市長が集まって城郭都市サミット会議が開かれる。

名古屋城本丸御殿着工
名古屋城本丸御殿着工

でも当日は月曜日。現役世代は参加が難しいですね。残念です。

投稿者 Tadashi : 16:14 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月11日

企画展 富山城二階櫓門を探る

連休は大雪という予報でしたが、北陸はそれほど積もりません。

企画展 富山城二階櫓門を探る

今日は富山城に、企画展「富山城二階櫓門を探る」を見に来ました。昨年もこの時期に千歳御門の企画展があった覚えがありますが、雪に向けて城郭展を開くのはなぜでしょうか?しかし、城郭展となれば明日までといえ、見ないことにはもったいないと、はるばるやってきました。

企画展 富山城二階櫓門を探る

先日、本丸の天守台を造っていたらしいという新聞記事が出ましたが、記事では水を抜かれた内堀が写っていましたが、今日の内堀は水がたたえられています。よく見ると、水の中に石が規則的に並べられています。何かな?と見ていたら、まだ内堀は浄化作業中とのことで、防水シートを抑えている石のようですね。水がはられてから間もないと思うのですが、すでに藻がかなり浮いているのは気になります。

企画展 富山城二階櫓門を探る

企画展 富山城二階櫓門を探る

今回展示された富山城の二階櫓は、二の丸の枡形にあった二の門で、一の門が建築されなかったので正確には枡形として機能はしていなかったのですが、当初3箇所予定されたものの、唯一建築されたものであり、現在の国際プラザ前の横断歩道のあたりにありました。

企画展 富山城二階櫓門を探る

企画展 富山城二階櫓門を探る

遺構はすでに地下で見る影もないですが、遺物は郷土博物館前に、その礎石が2個野外展示されています。

企画展 富山城二階櫓門を探る

企画展 富山城二階櫓門を探る

特別展 よみがえる重要文化財 石黒信由関係資料

富山城でちらしを見たので、戻る途中で射水市新湊博物館で開催されている、特別展「よみがえる重要文化財 石黒信由関係資料」を見てきました。

今回の特別展は、石黒信由が著した和算書や測量書などの古文献や作成絵図(古絵図)の修理作業について紹介していました。とても興味がわきましたね。修理については以前NHKで国宝の修理作業の様子をやっていたのを見たことがありますが、実際に修理されたものを見ると、日本人の器用さには感心しますね。2月22日まで開催中ですので、興味ある方はどうぞ。

特別展 よみがえる重要文化財 石黒信由関係資料

帰りまでは天気ももっていたのですが、家への帰り道いよいよ大雪となってきました。明日は積もりそうです。

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2009年01月10日

金沢城河北門復元上棟式&第一回記名会

新春金沢城祭2009

雪が降る冬らしい天候の中、いよいよ記名会の日となりました。今日は「新春金沢城祭2009」と題して、河北門上棟式や、戸室石によるオリジナルペーパーウェイト作りや河北門ペーパークラフトなどのイベントが同時開催されます。

金沢城河北門上棟式

上棟式は河北門の工事現場で行なわれているようです。自分はとりあえず記名会の会場となる五十間長屋に向かいます。

金沢城河北門上棟式

記名会のあと、寄ってみると片付け中でした。木工事はあまり年末から進んでいませんね。

新春金沢城祭2009

会場へ向かう道も、今日の寒さのためか人はまばらです。ペーパーウェイトやペーパークラフトもあまり人気がありません。作るのは人気なかったですが、家でつくるからとペーパークラフトをもらっていく人は大勢いました。

河北門寄進記名会

自分の場所を確認します。申込み順なのか前のほうですね。前には報道陣が詰めますが、ギリギリ映らない場所でしょうか。

河北門寄進記名会

河北門寄進記名会

寄進証を写真に撮ります。あれ?名前が違うぞ!!!!

ということで、後日郵送してもらうことに。

受付は10時からでしたが、開始は11時から一斉に、ということなので、河北門ペーパークラフトに挑戦です。すべての完成には1時間以上かかるということで、20分コースの二の門を作ります。しかし、30分経っても完成せず、二の門と一緒に記名会の夢はあっけなく破れました。気を取り直して・・・

河北門寄進記名会

平瓦は素手で触ると指の脂がついてしまうということで手袋が準備されています。本格的に筆で書くのかと予想していましたが、マジックか筆ペンで書くようです。

河北門寄進記名会

書く文字を紙に練習し、いよいよ開始です。

河北門寄進記名会

ツルツルの表面ではなく、網目の裏面に書くのはなかなかに難しいことでした。

河北門寄進記名会

続けて、板壁に記名しました。こちらは1枚に7組が書くのですが、自分は一番下で土台のすぐ上となりました。書きやすかったですが、こちらは手袋なしに同じく筆ペンで書きました。立ったまま書くのが少し辛かったですね。

シンポジウム 江戸城と金沢の御殿

昼からは文教会館ホールに場所を移し、「シンポジウム 江戸城と金沢の御殿」を聞きました。

シンポジウム 江戸城と金沢の御殿

シンポジウム 江戸城と金沢の御殿

基調講演は平井聖氏による「篤姫の時代の江戸城」でしたが、大河ドラマにおける建造物の時代考証の大変さを交えながら、篤姫時代の江戸城の建造物について講演されました。

話のなかで、篤姫では「映像にいつも以上に臨場感があった」という感想が多かったそうですが、それはセットに天井を作ったから、という裏話がありました。天井は収録ではライトやマイクの邪魔になるので作らないことが多いそうですが、天井があることで見上げるアングルが撮れるようになって、いつもの水平アングルや俯瞰アングルと合わせて臨場感が出たとのことでした。

シンポジウム 江戸城と金沢の御殿

そういえば、こんな場面や

シンポジウム 江戸城と金沢の御殿

こんな場面も、天井が映っていますね。しかも、同じ絵柄を色合いを変えて利用しているそうで、面白いですね。

帰って、作りかけの河北門のペーパークラフトを完成させました。結局4時間もかかってしまいましたよ。1時間とはえらい少ない見積りでしたね。

河北門ペーパークラフト

その甲斐あって出来栄えはいい感じです。一の門やにらみ櫓台の塀は内側も貼り付けるという手の込みようで、完成するとA3サイズになったので迫力もそこそこです。にらみ櫓に二重櫓があるともっと見栄え良いのですが、復元イメージどおりなので記念になりますね。

河北門ペーパークラフト

河北門ペーパークラフト

河北門ペーパークラフト

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武田家、城下町で金加工? 甲府で金付着土器発見

甲府市は9日、戦国時代の武田氏館周辺の城下町遺跡などで発掘した土器片58点に金が付着していたと発表した。金は土器の上で加熱された際に溶けて付着したとみられ、城下町で金が加工されていたことを示している。市教育委員会は、複数の金山を有し天下取りをうかがった武田家の財力や金の流通過程を探る貴重な資料になるとしている。

市によると、戦国時代の城下町遺跡で金が付着した土器片が見つかったのは、七尾市の七尾城跡で出土したのに次いで2例目。武田家の資金源の一つとされる黒川金山(山梨県甲府市)や湯之奥金山(山梨県見延町)などで採掘された金が城下町の甲府に集められ、工房で装飾品などに加工された可能性が大きい。(北國新聞2009年1月10日付記事より)

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2009年01月08日

今年度の加賀藩塩硝蔵発掘は・・・あれ?

今日は自宅周辺で作業停電がありました。すっかり忘れていましたが、停電で車を車庫から出すこともできなくなったので、午前中はサーバーを消したり付けたり、電化製品の状態を確認したりしていました。こんなときはオール電化の不便さをしみじみ感じますね。

昼前に家を出て、仕事に行く前に涌波の加賀藩塩硝蔵発掘現場の様子が気になって寄ってみました。

加賀藩塩硝蔵発掘

予想はしていましたが、発掘現場はすでに埋められていました。今年も現場説明会には参加できませんでした。あったのかな?

加賀藩塩硝蔵発掘

加賀藩塩硝蔵発掘

今年どのくらい解明されたのか、調査報告書が楽しみなところです。来年度もあるのかな?

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2009年01月07日

津幡検定 22人に「源平合戦」合格証

昨年12月8日に実施された地元津幡町の検定は勉強不足のためパスしたが、今日その状況が新聞に載ったので紹介したい。

津幡町刊行協会が先月に実施した第1回「津幡ふるさと検定」の合格者が6日までに決まり、22人の合格者には丑年の幕開けにふさわしく、倶利伽羅合戦の「火牛の計」をモチーフにした合格証が贈られた。受験者39人の合格率は56%だった。合格証は名刺サイズで、倶利伽羅神社が所蔵する「源平倶利伽羅合戦屏風」の一部分を使用し、津幡らしいデザインとした。

検定は四択の問題五十問(一問1点)が出題され、40点以上で合格となる。最高点は48点、平均点は39.4点だった。町制定の鳥を尋ねる問題(答え・ハクチョウ)など全員正解は八問。一番の難問は津幡川の大改修の年(答え・昭和42年)で、正答率は10%だった。初回は初級のみの実施で、新年度に計画する第二回検定では、より難易度の高い級の新設を検討する。受験者には小中学生がいなかったため、町では「次回は児童生徒にも検定を呼び掛けて、受験者数を増やしたい」と話している。

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2009年01月04日

辰巳用水 開削目的は玉泉院丸の庭園泉水用か?

石川県は新年度、金沢城公園玉泉院丸跡の整備で、辰巳用水開削の歴史にメスを入れる。1631年の「寛永の大火」で、加賀藩三代藩主前田利常が城下町の防火体制を強化するため開削したとされる用水だが、玉泉院丸で造成した庭園の泉水を確保することが狙いだったとの説もあり、県は8月に「金沢城玉泉院丸跡調査検討委員会」を新設し、庭園と用水の関係を洗い出す。

犀川上流から取水する辰巳用水は、現在は兼六園までだが、藩政期は城内まで水が届けられた。大火を契機に城内に水路を巡らせたものだが、こうした経緯に加賀藩の石垣技術者、穴太方・後藤家6代目の彦三郎が疑問を投げ掛けている。県金沢城調査研究所によると、彦三郎は家伝書で「高石垣等之事」と題して「(用水が)防火のためというのは名目で、城内の水が乏しく、泉水のために開かれたのではないか」と指摘している。

玉泉院丸跡は1961年に旧県体育館が建てられ、これまで本格的な調査は行われていない。県教育委員会が昨年暮れに体育館背後を予備調査したところ、藩政期の土層が確認され、明治以降も改変されていないことが判明した。2月の体育館撤去後の埋蔵文化財調査で、庭園の遺構をどれだけ解明できるかが課題だが、仮に寛永期以前に用水が引かれた痕跡が見つかれば、大火後に開削されたとする辰巳用水の歴史に一石を投じることになる。(北國新聞2008年1月4日付記事より)

投稿者 Tadashi : 11:31 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月03日

福徳のなかは・・・

昨日は出かけたので1日空きましたが、今日福徳せんべいを開きました。おみくじと同じで中身の分からないものを開くのはワクワクしますね。

福徳煎餅

福徳煎餅

まずは鈴型?から。なかは「大黒さん」の金花糖でした。

福徳煎餅

次は俵型です。なかは「起き上がり人形」の金花糖と、トリの土人形でした。おお、こちらの土人形はビニール袋にも入らずに、そのままですね。まあ私は気になりませんが、福徳宝船はやはり高級品らしくビニール袋に入っているようです。

福徳煎餅

最後は小槌型です。なかは「鯛」の金花糖と、かぶら?の土人形でした。

福徳煎餅

狙った招き猫の土人形は当たりませんでしたが、土人形は2個ゲットしました。来年の楽しみにしましょう。

そういえば、今回福徳を買ったときに、森八さんにも福徳が売られていることを知りました。来年はその福徳と、福徳せんべいにしようかな。

投稿者 Tadashi : 22:34 | コメント (0) | トラックバック

富山城 天守築造目指す

藩政期、富山藩が富山城整備にあたり、天守の築造を目指していたことが明らかになった。富山城址公園の発掘調査を進めている富山市埋蔵文化財センターが2日までに、同公園南東側の一角で、天守を築く基礎となる天守台とみられる盛り土を確認した。天守台の存在を裏付ける発掘資料の発見は初めてで、富山藩が天守整備を念頭に本格的な工事に着手していた事実が浮かび上がった。

富山藩は1661年、幕府から天守築造を許可されているが、数多く残る江戸期の富山城絵図に天守は描かれていないため、富山城には天守は建てられなかったと考えられている。(北國新聞2009年1月3日付記事より)

*記事では現在使われなくなった「天守閣」を使用していますので「天守」と修正しています。

投稿者 Tadashi : 11:18 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月02日

金沢城 いもり堀工事&玉泉院丸の現在

金沢城宮守(いもり)堀の水堀化工事は正月休みですが、作事は普請ほど短期間ではわかりやすい変化はありませんね。雪が降る日も多いので休み明けでもしばらくは工事は進まないかもしれません。

いもり堀水堀化

いもり堀水堀化

翻って、旧いもり堀沿いの玉泉院丸ですが、体育館解体工事は年末に急ピッチに進められ、あっという間に建物はほとんど撤去されてしまいました。

玉泉院丸

しかし、郭ひとつが更地になると広いものですね。市街地からの玄関口としてどう整備されるのか楽しみです。

玉泉院丸

投稿者 Tadashi : 23:42 | コメント (0) | トラックバック

金沢城 河北門復元整備&橋爪門正月飾り

今日は違う角度の写真から復元現場案内を始めましょう。

金沢城河北門

正門である大手門のある新丸から見上げた現場の様子です。

金沢城河北門

こちら側は見てのとおり囲いしか見えない状態であったので、しばらく来ていませんでしたが、いつの間にか一の門の石垣に沿う大柱が立てられていました。

金沢城河北門

石垣を積んでいた二の門とにらみ櫓台をつなぐ部分はほぼ積み終わっていました。2段で積まれているんですね。1段目はほとんど土塁で見えなくなりますので、今の状態は貴重な状態です。

金沢城河北門

金沢城河北門

二の門の木工事は、櫓の本体部分である「軸組み」をほぼ終わり、屋根をかけるためにその勾配を構成する「小屋組み」がかなり進んでいる状態でした。

金沢城河北門

上の写真では鉄骨に隠れて小屋組みは見えにくいですが、下の写真では分かるでしょうか。

金沢城河北門

橋爪門注連飾り

正月ということで二の丸御殿への正門である橋爪門には、藩政期の注連飾りが今年も再現されました。「数の子飾り」っていうのですよ。

橋爪門注連飾り

橋爪門注連飾り

投稿者 Tadashi : 23:26 | コメント (0) | トラックバック

金沢市指定民俗無形文化財 加賀万歳(かがまんざい)

兼六園

北陸特有の重い空です。今日は昼から出かけて無料開放中の兼六園にやってきました。初売りや初詣の人が兼六園にもたくさん流れているようです。

兼六園

兼六園

兼六園を出ようかという時に大粒のあられが降ってきました。今日は帰るまでに2回あられが降ってくるという冬らしい天候でした。

兼六園

今日の目的の第一は、金沢能楽美術館で開催される「加賀万歳」です。美術館も今日は無料公開です。初めて入りましたが、公演会場は3階の研修室ということでした。

加賀万歳

演目の始めは「式三番叟(しきさんばそう)」。一番初めに必ず演じられ、館の永久と主人の長寿を祝うものだそうです。

加賀万歳

2番目の演目は「町尽くし(まちづくし)」。金沢の町や寺社の名前を唄い込んでおり、金沢城周辺から、金沢の中心街、金沢駅周辺へと今ではなくなってしまった町名を含む数多くの町を巡るもので、今年の北國総研のふるさと講座でも話題のひとつとなるものですが、橋なども出てきましたね。

加賀万歳

3番目の演目は「北国下道中」。加賀藩が参勤交代のときの道中を唄いあげたもので、北陸道・中山道を通り江戸に至るまでの道中の名所名物を軽快にたどっていくもので、12泊の宿場が出てきました。

加賀万歳

アンコールで最後に「百人一首」が演じられました。

加賀万歳

今回初めて本物の加賀万歳を見ましたが、非常に楽しいものでした。万歳というだけに合間に小話の掛け合いなどもあり、こんなに面白いものであれば来年も見に行こうと思いました。

加賀万歳

今日は3箇所の初詣に行きました。

尾山神社

尾山神社は大勢の参拝客であふれていました。

尾崎神社

近くの尾崎神社は人もまばらでした。

金沢神社

学問の神を祀る金沢神社は列が長かったので諦めました。

尾山神社

今日は尾山神社でおみくじを1つ買いました。

投稿者 Tadashi : 22:44 | コメント (0) | トラックバック

名古屋城、堀泥さらい種探し

名古屋市は新年度、名古屋城の外堀で、絶滅した水生植物の復活事業を検討している。おそらく1610年の築城以来初となる外堀の底泥調査を行い、種子を探す。2010年の生物多様性条約締約国会議(COP10)の名古屋開催をにらみ、40年前まではふつうにみられた直径2メートルもの葉を広げるオニバスをはじめ、かつての豊かな植物群の復活をめざす。

ため池の自然研究会会長の名古屋市緑区、元高蔵高校校長、浜島繁隆さん(75)によると、広さ8万平方メートルのお堀の水面は60年代まではオニバスはじめ、ヒシ、ガガブタなど多くの浮き葉で覆われていた。地下水が豊かで、濃尾平野の水生植物のほとんどをみることができる場所だった。しかし水質悪化のため、69年に17種類あった水生植物が、82年には13、95年には5と激減、いまではみる影もない。 これに対し、市が99年から工業用水を連日注入するなどしており、汚濁度を示す化学的酸素要求量(COD)は92年の1リットルあたり12ミリグラムから08年夏は7.4ミリグラムまで回復した。これなら水生植物の復活が可能だ。

計画では、お堀の20~40カ所で底の泥を取り、年代も測定しながら種を探す。当面の目標は、水質悪化以前で発芽も十分可能な40~50年前の種の発掘だ。お堀は江戸時代に池の底さらえをした記録がなく、45年空襲で城が焼けた時のすすより下層の泥からは、かなり古い種が採れるかもしれない。 種は発芽させ、水面によみがえらせる。鳥の食害や、堀の白鳥やコイのえさで水質が悪くなるのを防ぐため、ネットを張るなど防御策も検討する。

浜島さんは「同じ種類の植物でもDNAレベルでは異なる。よそから移植するのではなく、もともとここで生きていた植物を種から復活させられれば、意義深い」と語る。 (asahi.com2009年1月2日付記事より)

投稿者 Tadashi : 12:25 | コメント (0) | トラックバック

花押付き秀吉朱印状 三重・亀山市歴史博物館に

羽柴秀吉が1584年、亀山城主の関右兵衛にあてた書状が三重県の亀山市歴史博物館で公開されている。東京大学史料編纂(へんさん)所に写本はあるが、実物の所在は長い間不明だった。同館が京都市の古書店にあるのに気づき、08年7月に189万円で購入した。

通信文は9行したためられている。秀吉は「亀山城に織田信雄軍が攻めてきたが、堅固に踏ん張った」とたたえ、「亀山城が攻撃対象になるとは思わなかった」と告白。文章は祐筆と呼ばれる書記の筆跡とみられるが、花押は秀吉本人だ。秀吉の朱印状は豊臣政権の公文書として数多く残っているが、花押を据えた文書は少ないという。 書状は縦14.6センチ、横38.8センチで軸装され、保存状態は良好。同館に送られてきた古書店のカタログに書状が掲載されているのを昨年秋、館員が気付き、専門家に確認してもらって本物と判定されたため、購入した。

展示は09年4月19日まで。同時に亀山城跡や鈴鹿関跡などから出土した古代、中世、近世の瓦106点を展示し、「モノから歴史を探る」展も開催する。(asahi.com2009年1月2日付記事から)

投稿者 Tadashi : 12:24 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月01日

金沢の正月菓子 辻占・福徳

あけましておめでとうございます。

年初めは金沢の正月菓子の話題から・・・

金沢には3つの代表的な正月菓子があります。「福梅」(ふくうめ)、「辻占」(つじうらない)、「福徳」(ふっとこ)です。福梅と辻占は県内スーパーでもよく売っていますが、辻占は砂糖菓子で見た目安っぽいですね。

ということで、今年は本物の辻占と、見たことない福徳を求め、ネットで調べたところ「落雁 諸江屋」で販売しているとのこと、年末に買い物へ出かけました。

辻占

辻占

「辻占」は12個入で525円。スーパーの砂糖菓子に比べると高いですが、干菓子は見た目にも全く雰囲気が違います。おー本物って感じです。色も白、黄、桃、緑と4色あるんですよ。

「福徳」は2種類販売されていました。両方大人買いです。まずは「ふっとこ宝船」七福神の福徳で3150円です。

ふっとこ宝船

諸江屋さんの包みは金沢城下町絵図です。これも良いですね。

ふっとこ宝船

開封すると、福徳が7個、絵葉書1枚、金沢道中双六1枚、宝船絵2枚が入っています。宝船の絵は枕の下にして眠ると吉兆の初夢が見られるという習わしだそうです。

ふっとこ宝船

ふっとこ宝船

双六は江戸の日本橋から金沢に至る道中の宿場を描いたものですが、金沢から越中までの宿場を見てみると、

「金沢」→「津幡」→「竹の橋」(ここまで加賀)→「今不動」→「高岡」→「小松」→「富山」→「東岩瀬」→「滑川」→「魚津」

小松ってどこでしょうね。

ふっとこ宝船

福徳は紅白合わせの最中の皮?の中に、土人形1個と鈴形の紅白の干菓子が入っています。土人形はそのまま入っているのかと思っていましたが、きちんとビニール袋に入っているではないですか。最近はうるさい人が多いですから。

ふっとこ宝船

ふっとこ宝船

完成した宝船です。なかなかに賑やかではありませんか。しばらく床の間に飾ります。

ふっとこ宝船

ふっとこ宝船

もうひとつは「福徳せんべい」、5個入で1155円。こちらは今日開きますので、明日また。

福徳煎餅

袋には福徳の由来をこう書いてあります。

「その昔、加賀藩ではお正月にはこの一年、福と徳にめぐまれる様、正月用玩具又は菓子、料理等に縁起をかつぎたるもの多し、この玩具菓子も打出の小槌、或は砂金包の形の中に色々と縁起のよい形のものを入れ、正月に家族一同、これを開きて一年の運をよろこぶ習慣あり、素朴なる米煎餅の皮をかじり、中なる金花糖にて甘味を取りたるその昔の庶民の生活をしのびながら、この一年お互いの運勢を占らなって下されば幸いです。

皮の黄色は黄金、白きは白銀をなぞらえたるなり。」

投稿者 Tadashi : 01:05 | コメント (0) | トラックバック