« 2009年04月 | メイン | 2009年06月 »
2009年05月30日
第六回石川の歴史遺産セミナー 参詣と巡礼
本日市内に来ました第一の目的は、石川県立歴史博物館のセミナーに参加するためでした。

現在、博物館は企画展の移行期間にあたり、通常展のみです。

80名を超える参加者の中、金沢学院大学の東四柳教授による「中世の白山参詣」と、徳島県立博物館の長谷川氏による「参詣・巡礼の歴史的展開」の講演が行われました。
白山参詣と熊野参詣に関するいい話だったのですが、今週は仕事が忙しかったせいで時折激しい睡魔に襲われてしまいました。次回は7月に女人禁制をテーマに行われるようです。
投稿者 Tadashi : 17:33 | コメント (0) | トラックバック
金沢城 河北門進む屋根工事

雨が今にも降り出しそうな天気のなか、河北門の復元工事の様子を見に来ました。

見学台からみる二の門の屋根は鉛葺きがかなり進んできました。

木工事のほうは石落としの屋根材工事が着々と進んでいます。

2週間後に第3回となる現場見学会が開催されます。今回は屋根工事が中心の見学会となりますが、楽しみです。

今日は第2回河北門記名会イベントの日だったようです。来たのは昼過ぎだったのですっかり人もまばらでしたが、開かれていることを城に来るまで知りませんでした。

当然観光客は知るすべは少ないわけですが、県民もほとんど知るすべがないのは考えものです。地元新聞には「広報いしかわ」として週一でイベント情報が載るのに、そこにも掲載はなく(見落とした?)これでは折角のイベントに人が集まりません。一週後に百万石まつりが控えているので、そちらに注目が集まるのは仕方がないことですが。

秋には最後となる第3回河北門記名会が開催されるのですが、そのときはもう少し広報に力を入れてほしいです。
投稿者 Tadashi : 16:34 | コメント (0) | トラックバック
金沢城 いもり堀 鯉喉櫓台その姿を現す

いもり堀工事も今年度完成をめざして、最大の見所「鯉喉櫓台」の工事が始まりました。

数年前の発掘調査以来、埋め戻されていた石垣も姿を現し、石垣裏の栗石も見えるようになりました。

今は見える石垣下部もまた水が入れば見えなくなるのですね。

辰巳櫓前の大石垣の前に、数メートルの石垣台が現れることになります。その景観を想像すると非常に楽しみです。

櫓台に積み増される石は、本丸石垣の脇や薪の丸下に並べられていましたが、現在は整理されて積まれるのを待っています。


投稿者 Tadashi : 15:09 | コメント (0) | トラックバック
金沢城 玉泉院丸発掘調査始まる

金沢城玉泉院丸では26日に発掘調査が始まりました。今年度は古地図で確認できる泉水の西側から調査を開始し、二の丸側の石垣群から泉水への導水路の遺構を探すことになっている。

現在調査用の穴は2箇所。

今日は土曜日なので作業は休みでビニールシートがかけられている。何が見つかるか楽しみです。
投稿者 Tadashi : 14:39 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月26日
エラーメッセージからある言葉を考える
今日はあるエラーメッセージについて心にひっかかった・・・
「入力した日付は範囲以外です。」
「範囲以外」?範囲外ではないのか?
早速ググってみる。
範囲以外 19,100,000 件
範囲外 6,310,000 件
範囲以外が範囲外の3倍ヒットする。自分は普段から「範囲外」を使用してきたので、「範囲以外」という言い方には少し抵抗があるのだが、一般的には「範囲以外」のほうが利用されているようである。
そこで考えてみた。この用語初めは「範囲以外」だったのだろう。そのうち、「はんいいがい」という「い」の重複が言いにくいところから「はんいがい」となり、漢字では「範囲外」となって一般化したものと思われる。
ネット国語辞典ではどちらも出てこない。二語の複合用語であるからだ。本当の理由を知っている方は教えてほしい。
投稿者 Tadashi : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月25日
Vistaの新フォント「メイリオ」の名称の由来は人名じゃないの?
今日、ふとしたことから職場で話題が持ち上がった。
「Vistaのメイリオフォントの由来って??」
ある人が冗談で「明瞭」に見えるってところじゃないの?
自分は、作った人の人名じゃないの?メイリオなんとかさんとか、メイさんとリオさんとか?
そこで、さくっとネット検索
おおおおおーーーーーーーーーーーー
明瞭
メイリョウ
メイリヨ
メイリオ
「メイリオは本文用レギュラーと見出し用ボールドそれぞれで専用のアウトラインデータをもつフォントで、画面上で見ても印刷しても極めて明瞭で読みやすく、広い用途に適した新世代のサンセリフ系 (角ゴシック) フォントです。」
マイクロソフトがダジャレでフォント名を決めたとは・・・驚きの事実でした。
投稿者 Tadashi : 23:38 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月17日
映画 「余命1ヶ月の花嫁」

無料鑑賞券が今月いっぱいだったので、フォーラス金沢のイオンシネマで「余命1ヶ月の花嫁」を見てきました。
最近はどこの映画館もいっぱいなことは少ないのに、イオンシネマがいっぱいでした。カップルも多かったので、車を持っていない学生たちには便利なようです。前の方の席だったので首が疲れました。
以前ドキュメンタリードラマでテレビ放送されたこともある実話の映画化ですが、非常に泣けます。映画館では少し恥ずかしい・・・。しかし内容は感慨深く、生きるとは何かを問われる映画です。
主演の榮倉奈々ちゃんはショートよりロングのほうがかわいいですね。感想が違う?
投稿者 Tadashi : 18:37 | コメント (0) | トラックバック
安江金箔工芸館 「箔」表現のかたち

小雨の降る中、金沢駅に近い安江金箔工芸館に行ってきました。

春季展のテーマは「『箔』表現のかたち」ということで、作品の中での金箔のさまざまな使用法が紹介されていました。その技法の一部を紹介しましょう。
「截金(きりかね)」
金箔を数枚重ねて高温で焼き合わせたものを、鹿や牛の皮を貼った皮板の上で竹製の刀を用いて細線・四角・菱形などに切り、にかわや布海苔などの接着剤で器体表面に貼り装飾とする技法。
「金泥(きんでい)」
金箔を粉状にしたものににかわを混ぜて練ったもので、絵具として使用されます。
「砂子(すなご)」
竹筒の底に綱を張った器具の中に箔をいれ、接着成分を塗布した布や紙の上で綱目から粉状になった箔を落として装飾とします。
「摺箔(すりはく)」
金や銀の箔を布の表面に貼って文様をあらわす技法です。型紙を用いることで細かい文様の表現が可能です。
「沈金(ちんきん)」
漆面を沈金刀で模様を彫って漆を塗り、彫った溝の中に金箔や金粉をすり込んで絵柄を表す技法です。

今日は「国際博物館の日」ということで、入館者には「オリジナル箔絵しおり」がプレゼントされました。8種類の絵の中から「金沢城」を選択。純金四号色ということで金95%ですね。
帰りに地元新聞社が来ていまして、もう一人いた御年配が断ったので、写真撮影に協力してきました。そのお礼で売店のおばさんに金箔入り飴をいただきましたよ。この後映画を見に行って、まぶたが腫れたので先に行ってて良かったです。
翌日地元新聞に載っていましたよ!

最初分からなかったのですが、番組欄の裏にしっかりと・・・
しかし、写真撮られているときも秘かに思っていましたが、どちらがしおりをもらっているのかわからない写真ですね。自分は片手が良かったかな?春から地元のイベントによく出かけるので新聞に載ったのはこれで3度目です。珍しい当たり年ですね。
投稿者 Tadashi : 18:03 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月16日
室生犀星記念館

室生犀星記念館では犀星生誕120周年記念企画展として「最愛の妻 とみ子ものがたり」が開催されています。

記念館の前にはここが犀星生誕の地であるという石碑が立てられています。

企画展では犀星の妻の一生を紹介していますが、奥さんも詩など文学に才のあった人だったようです。

金沢市役所前には3週後にせまった百万石まつりに向け、大きな看板が立てられていました。今年の百万石まつりは、高岡開町400年を記念して、高岡市からミスが前田利家の三女麻阿、四女豪がパレードに参加するようです。晴れればいいな。
投稿者 Tadashi : 23:18 | コメント (0) | トラックバック
金沢城玉泉院丸 発掘調査は今夏から
金沢城 玉泉院丸は加賀藩二代藩主前田利長の正室永(玉泉院)の御殿があった郭です。そこには兼六園以前に金沢城にあった庭園のあった場所でもあります。

昨年までここには石川県立体育館がありましたが、現在はすべて撤去され平地となっています。「発掘調査中」の看板が立てられていますが、まだ日付は入っていません。

現在のいもり口から二の丸に至る通路は、明治以降に軍隊が作った通路ですので藩政期はありませんでしたので、玉泉院丸からみると、石垣は庭園の借景として山を表していました。

さすがにどこの石垣も立派で、庭園が整備されると金沢城随一の石垣スポットになりそうな予感です。

今から発掘調査が行われますが、石垣も長年の放置で石垣が外れてしまっている部分や、隅石のずれた部分がありますので、整備されて公開されるまでは数年かかりそうですね。

投稿者 Tadashi : 22:43 | コメント (0) | トラックバック
金沢城河北門 二ノ門の屋根普請
久しぶりの金沢城河北門は急ピッチで作業が進んでいました。

屋根には丸瓦用の木材が葺かれ、先になる前田家の剣梅鉢紋のついた丸瓦の木材も一部葺かれていました。

足場には今後の作業で葺かれる剣梅鉢紋付きの木材が積まれていました。

特に南側の妻は丸瓦の作業が進んでいました。

石落としの屋根もかなり進んできました。

現在の作業を見ると、左官工事は「ムラ直し」とあります。よく見ると、二ノ門の壁も以前はヒビ割れていたのが、随分きれいな部分が増えています。

1段下の足場には屋根に葺く杮葺き材が準備されていました。
投稿者 Tadashi : 22:08 | コメント (0) | トラックバック
金沢城いもり堀 鯉喉櫓がいよいよ

金沢城いもり堀工事も、鯉喉櫓前まで来ました。ここは櫓台石垣が埋もれているので慎重を期すために最後になったようです。

もともと芝生の上に出ていた50センチほど、掘り起こされた部分が50センチほど、まだ下に2、3メートル掘り下げられる予定です。今日は、ショベルカーが大きな音を立てて、押し固められた土を掘っていました。

そして、薪の丸下に展示保管されている前回発掘の際に外された石たちが戻される日も近い!?です。

来年春までにはこの工事も完了し、金沢城に新しい魅力が加わります。

新丸ではこのいもり堀工事で出た土を使って、起伏ある広場を建造中。他に使い道がなかったのか?
投稿者 Tadashi : 21:04 | コメント (0) | トラックバック
金沢城・兼六園研究会総会
今日は金沢城・兼六園研究会の総会でした。もう3年目になるのですね。ご年配の方に囲まれて、若い者はただ1人ですが・・・、平日の学習会を修了した者のみが参加を許可される仕組みなので自然そうなります(今の境遇では自分でも参加資格は取れないです)。

総会の後の記念講演は金沢城調査研究所の石野友康氏による「よみがえる二の丸御殿」というテーマで文献・絵図にみる二の丸御殿の話でした。

二の丸御殿の調査は史料の乏しさもあって、平成13年7月の金沢城研究調査所(現在の金沢城調査研究所)発足後にようやく調査も途に就いたばかりということです。
今年19期生を迎えた同会ですが、今年は約20名会員が減りました。会員の年齢による要因が大きいとのことでしたが、自分と同期の17期生の減り方がさびしい限りです。兼六園の学習会が発足母体であった同会にとって、金沢城の学習会が中心の最近の入会者は、活動内容のギャップも原因のひとつだと思いますが、金沢城と兼六園はともに地元の宝ですから、工夫して会が盛り上がることを期待しています。自分は環境が変わってあまり参加できなくなったので、自由に参加できる時(あと30年・・・長いなあ)までぜひとも残っていて欲しい。

総会は生涯学習センターで開催されたので、窓からは整備中の旧石川県庁舎の様子が見えます。

石野氏の話のなかにも出てきた学習センター隣りの建物も撤去され(いつの間にか平地になっていて言われて気がついた)、金沢市役所方向からみると、金沢城の石垣が見通せるようになりました。

石垣と本丸の森、欲を言えばここに櫓が1つ欲しい。
投稿者 Tadashi : 20:36 | コメント (0) | トラックバック
白いタイヤキの新作発見!

先日紹介した「白いタイヤキ」ですが、今日またまた買ってきました。
先日食べなかった味も含めて当日買えるものをすべて大人買い。「抹茶」「黒あん」「白あん」「カスタード」「チョコ」と注文した後・・・
「新作です!」
という店員さんの営業に乗せられて、「苺みるく」「ココア」を追加で注文。7個で1000円でおつりがきました。帰ってきて次回以降に買うお気に入りの味を品定めです。
新作の「ココア」はナッツが入っていて、いい味ですよ。しかし・・・・よく見ると、白いタイヤキでないものが3個もありますよ。
投稿者 Tadashi : 20:10 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月15日
名古屋みやげ
先日の名古屋ではいくつかのみやげを買いました。名古屋城売店ではさらにおまけを・・・

今回もドニチエコきっぷを購入して、地下鉄で移動していました。観光施設では入場料を割り引きされるのでさらに得した気分でしたが、名古屋城内の売店で1000円以上購入すると、名古屋城(裏は名古屋TVタワー)を印刷したお札風メモ帳をもらいました。
金シャチ銀行の百万円札です。みやげと一緒に袋に入れて地下鉄に乗っていたら、周りの視線を感じましたが、どうもこの百万円札が気になったようです。地元民にはあまり知られていない?

今回は名古屋城クッキーと金シャチ飴を買いました。そして、正門横の売店限定と書かれていた「かやの実」で作った「殿様びな」です。このかやの実は名古屋城検定受験者にはご存知の名古屋城樹齢600年のかやの実らしいのですが、本当でしょうか?
投稿者 Tadashi : 21:49 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月14日
インストールマニアックス最終日
いよいよ最終日となってしまいました。
計20時間ほどしか時間が割けなかったが、新しくなったサーバーOSやIISに触れられていい経験でした。
1.phpMyAdmin
2.tDiary
3.phpMyFAQ
4.XOOPS Cube
以上4本インストールできたが、あまり実用的ではないので、審査期間が過ぎてから別のアプリもインストールしてみる予定である。
次回もあるのかな?あればまた挑戦したい!!
投稿者 Tadashi : 23:05 | コメント (0) | トラックバック
からくり人形 宗春爛漫
名古屋検定後、帰り道で大須観音に寄りました。

見ると、前回訪問時には気づかなかった珍しい時計があります。

案内板をみると時計ではないようです。からくり人形ということで、上映まで30分ありますが待つことにしました。

17時になり上演が始まりました。

夕陽の照り返しが少しきついです。まずは白牛にまたがった尾張藩7代藩主徳川宗春公が登場します。

続いて、山車とともに唐子が登場しました。なんとも賑やかですね。

そして、宗春が愛した花魁(おいらん)「春日野」が登場しました。

最後には名古屋城の大屋根で踊る!?宗春公

賑やかなうちに6分の上演はあっという間に終わりました。なかなか楽しいものでしたよ。名古屋に行ったときは探してみてくださいね!
投稿者 Tadashi : 20:07 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月13日
名古屋 旧東海道の旅
地下鉄名城線の伝馬町を降りると、そこは旧東海道です。

直角に折れて熱田の海に向かう角には旧東海道の道標が残っています。

案内板とともに立っているのは1本ですが・・・

実は近くにもう1本あります。個人宅の庭先に立てられた4つに割れた道標。見ていると、偶然そのお宅の方が外出されるところで話を聞くことができました。
聞けば、この1本も現在案内板とともに立つ道標とともに熱田神宮方向から東海道に入る入口にあった道標だとか。道路舗装工事の際に上3つが、地下鉄名城線工事の際に下の1つが見つかり、捨てるものだからともらったとのことで、こうした方がいるおかげで今こうして歴史を感じることができるのです。

さて、道路に分断され、斜めに伸びる道の向かい側には、

蓬莱陣屋と書かれた行列のできるお店が・・・何の店か分かりませんが、

その駐車場に「宮の宿赤本陣跡」の案内板があります。このあたりに本陣があったそうですが、名古屋は空襲で焼けているので正確な場所は不明とのことです。ここは海を渡る前の最後の宿場となります。

さらに少し進むと、白鳥消防団詰所の前に「西浜御殿跡」の案内板があります。西浜御殿は尾張藩2代藩主徳川光友が造営したもので、初代義直が東浜御殿を造営したそうです。

門が春日井市中央公民館に残っていると書かれていますが、ちと遠いですね。

湊に面して宮の渡し公園がありました。写真に見た「時の鐘」が見えます。何度か名古屋に来ましたが、これが見たかったのですよね。

「七里の渡し」の石碑もありますが、ここから桑名までは東海道は海路となります。その距離が七里ということです。短い道中ではありますが、見どころがたくさんありますね。

石碑の奥に見えるのが「熱田宮常夜灯」で、昭和30年に復元されたものです。

伝馬周辺では、他に「徳川家康幼時幽居跡」があります。徳川家康は幼少期に今川義元の人質に送られる途中で、家臣の裏切りにあい、織田信秀の人質となりました。そのとき、熱田の豪族加藤順盛(のぶもり)の屋敷に幽閉されていたそうです。

今は個人宅ですので、特に何があるというわけではないのですが、

敷地内に小さな祠が一つ見えました。

投稿者 Tadashi : 22:47 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月12日
名古屋城本丸御殿工事直前
名古屋城検定の行われた昨日、朝は名古屋城に行っていました。ちょうど明日から工事が始まるという報道がありましたが、記事を書いている今日ですね。

城内にはポスターがそこらじゅうに貼られていて盛り上がりが感じられます。

本丸入り口の門が鉄板で囲まれていたので「修理」と思ったのですが、ここは工事トラックが通るために門を守っているようです。こういうことは重要です。

本丸御殿の背に天守が見えるビューポイントには大勢の人が携帯電話で写真を撮っていました。この携帯というのが時代ですね。

鉄板が敷かれ、工事に備えられていますね。

公開は2010年の玄関部分を皮きりに、3期に分けて公開されます。

今日からは実際の工事の様子をこの中から見学することができます。すでに中に入れたので、見学してきました。

中には、本丸御殿復元に関するパネルや木曽檜の切り出しイベントの様子を見ることができます。

天守前の工事用壁にはこれまでのイベントの様子の写真が5枚飾られていました。

近くに住んでいたらぜひとも参加したいのですが、楽しそうです。

投稿者 Tadashi : 07:07 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月11日
名古屋城検定のネタばれを含みつつ・・・
ももの疲労感もまだ残っている今日、まだまだ昨日の名古屋城検定の余韻を楽しんでいます。
さて、試験勉強は何も本ばかりではありませんよ!直前には本は横に置いて、市内散策もいいものですよ。最新の情報などにもアンテナを立てながら歩きました。
まずは、尾張徳川家の菩提寺である建中寺。写真の場所は境内奥に残る唯一の廟です。

「源正公廟」と呼ばれる廟の中は厳重な門に阻まれてわかりませんでしたが、

その主は尾張藩2代藩主光友公。「源正公」とは2代藩主光友公の法名です。

次は旧三の丸外に移築された東照宮。

その境内には「明倫堂趾」の碑が立ちます。

名古屋城内の西の丸展示館、今は「花鳥風月展」が開催中です。

きれいなステンドグラスに並んで、名古屋開府400年のマスコットキャラの説明が置かれていました。

はち丸・・・名古屋開府と同じ1610年生まれ。2010年仲間とともに大好きな名古屋400年をお祝いしようとあれこれ模索中。
だなも・・・美しい自然と平和、スローライフを求めて、世界中を旅する。博識者で名古屋についてなんでも知っている。
エビザベス・・・はち丸の友達の女の子。趣味は名古屋400年の歴史と文化の勉強。
かなえっち・・・はち丸と一緒に旅をしているねがいボシ。夢を叶えたいという思いを持った人にパワーを与えてくれるというステキなウワサがある。
今年の名古屋城検定中級を受けた人には何のことか分かりますよね?
投稿者 Tadashi : 22:02 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月10日
名古屋城検定 第1回中級試験日になりました

またこの日がやってきました。昨年は第1回初級試験を受けましたが、今年は中級に挑戦です。去年は雨の当日でしたが、今年は真夏日です。今日は暑かった。

会場は昨年と同じく名古屋国際会議場レセプションホールです。会場に来る途中、リクルートスーツに身を包んだ女学生が結構いましたが、面接をやっていたようです。

少し早く会場に着いたら、今年もテレビが来ていてインタビューを受けている人がいました。中級試験は午後からということで皆さん早く到着していて、意気込みが違いますね。
中級の申込者は332人。受験者はその9割というところでしょうか。年齢層は・・・やはり高いようです。それに若い人も少ないです。周りの皆さんは荷物が少ないので、ほとんど地元の人ですかね。それは・・・当然のことか。こんなところまで検定受けに来る物好きな人は私だけ?
第1回初級では800人ほど合格し、第2回でも合格者が出ているでしょうから、300人余という人数は少し少ないですね。「テキスト持ち込みなし」という条件で皆さん敬遠してしまいましたか?記念すべき第1回なのに残念です。それに、自分は申し込みが2週間ほど経ってからだったですが、受験番号が比較的早い方だったのはなぜでしょう?

100分の試験時間の中で、50分を過ぎたところで退場することができましたが、解答も終わっていたので自分も退場してきました。初級同様、皆さんまだまだ頑張っていましたね。
試験問題は来年上級が控える中で、難度が妥当な問題が多かったです。昨日と今日の午前中、市内をいろいろと散策してきた成果が随所に役立ったので、解答もスムーズにできました。去年の初級のときは独り言を言っている方もチラホラいましたが、中級となるとさすがに皆さん真剣に無言で取り組んでいました。
今年は会場を出ると、公開問題5題の解答・解説が書かれた用紙をもらうことができました。その5問については全問正解でした。7割で合格できるということなので、今年もなんとか合格できそうです。結果は6月中旬に来てみないとわからないですが。
投稿者 Tadashi : 23:29 | コメント (2) | トラックバック
2009年05月09日
名古屋城検定のために城下を散策
明日はいよいよ名古屋城検定中級です。去年は雨に祟られましたが、今年はむしろ暑いくらいの晴天です。

名古屋駅から中村地区にやってきました。地下鉄駅から出てくると大きな鳥居が迎えてくれました。それにしても大きな鳥居です。

中村は豊臣秀吉や加藤清正の故郷として有名ですが、その中村公園には豊国神社があります。というより、豊国神社があるから公園になっているのかな?

公園に隣接して常泉寺があります。境内には秀吉の産湯跡と石像があります。

さらに隣接して妙行寺があり、ここには加藤清正が祀られています。像のポーズは名古屋能楽堂前の像と似ていますね。

中村公園内の中村図書館の2階には秀吉清正記念館があり、無料で入ることができます(太っ腹です)。中村出身といえば、時代劇などでは福島正則もそうだと思うのですが、なぜか仲間はずれですね。人気ないのかな?それとも史実は違うのでしょうか。
→後日知人より福島正則は「美和町」の出身だと聞きました。

中村公園から千草まで移動し、建中寺を目指します。行く途中に物部神社があったので寄りました。非常に由緒ある神社でした。

尾張徳川家の菩提寺である建中寺です。現在は山門前の道路を挟んで建中寺公園となっていますが、残っている伽藍もすばらしいものでした。

本堂の内部の装飾はすばらしく、特に欄間は尾張徳川家の名古屋城の本丸御殿や二ノ丸御殿に通じるものがあるのではないでしょうか?ここは無料で公開されています。

建中寺から徳川美術館に向かう途中で、近くにあった徳源寺に寄りました。ここは織田信雄の創建で、尾張藩14代慶勝により復興されました寺です。

徳川美術館には隣接して、逢左文庫と徳川園があります。次回はもう少しゆっくりと訪れたいですね。

本日の最後に、前回も訪れた末森城址を訪れました。また夕方だったので、露出が足りないのは残念でした。何度見てもここの空堀はすばらしいですね。神社境内とはいえ、もう少し城跡として整備を進めてほしいです。
たまには、単色の写真も趣深いですね。ただ、こういう写真ばかりだと良さが通じない場合も多々ありますので、少しいつも通りカラーで紹介します。

中村公園内にある豊臣秀吉誕生の碑です。意外に目立たない位置にあり、石碑の前で女の子が2人、ピクニック風にお弁当を食べていましたが、構わずに石碑の写真を撮ってきました。

こちらも中村公園内にある「ひょうたん池」ですが、天気も良かったので、岩の上でたくさんの亀が甲羅干しをしていました。外国人もめずらしそうに見ていましたよ。こういう風景どこかで見たと考えていましたが、長野の善光寺ですね。

尾張徳川家菩提寺建中寺の本堂の欄間です。この浮き出し具合もすばらしいです。フラッシュなしで撮っているので少しピンボケですが、彫刻のすばらしさは伝わるでしょうか?

徳川園の菖蒲です。鯉とのコントラストが絵になります。

最後はショーウィンドウで見つけたうさぎのぬいぐるみです。一度通り過ぎて、戻って写真を撮ってきました。あまりのかわいさに・・・
投稿者 Tadashi : 21:13 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月06日
もうGWは最後の日になってしまった
ほとんど予定を消化しないうちにGWも最終日になってしまいました。
昨日ようやくIISにPHPのセットアップまで終わりました。IIS7になってIIS6までと使い勝手や機能ががらりと変わってしまったので、課題をクリアするまでの障害となってしまいました。
とにかく1本はインストールしないと機材を返却しなければいけませんので頑張りました。
とりあえず、MySQLをインストールしてから、ブラウザのMySQL管理アプリケーションである「phpMyAdmin」をインストールしました。何とかエラーや警告がなくなって手順書も作成できました。
その後、課題以外のWebメールアプリ「SquirrelMail」と課題の「WebCalendar」のインストールに挑戦しましたが、何度やってもエラーで完了せず、ひとまずリタイヤしました。
最後に、Web日記アプリ「tDiary」をインストール。こちらは何とか完了しました。
今日の成果は2本。最終日まであと2、3本何とかインストールしたいのですが、もとはLinuxやApacheを前提にしているアプリも多いので、Windows+IISでは情報不足なアプリも多く、ネットでは不完全な情報のなか、初めてのアプリをインストール完了まで持っていくのはなかなかに骨の折れる作業ですね。
投稿者 Tadashi : 22:41 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月04日
金沢城西外惣構 升形の堀全容解明へ
金沢市史跡の金沢城西外惣構に設けられた防御施設である「升形」の復元整備に向け、市は5月中旬から本町一丁目で発掘調査を再開する。昨年度の調査では江戸後期の石垣や堀の存在を確認しており、今年度は調査範囲を面的に広げ、堀の部分の全容解明を目指す。
升形をめぐっては、現時点では江戸時代の姿や規模などが明らかになっておらず、市は復元整備に向け、発掘調査が重要な手掛かりになるとみている。来年度以降は土居部分の詳細調査などを進める予定で、市惣構・まちなか用水検討部会で升形復元の方法などの検討も進める。(北國新聞2009年5月4日付記事より)
投稿者 Tadashi : 18:08 | コメント (0) | トラックバック
百万石菓子百工展2日目と石川近代文学館無料開放日
昨日に続いて金沢市内にやってきました。今日は石川近代文学館の無料開放日なので、ついでにまた金沢城に寄りました。

人出が昨日以上に多いようですが、昨日で要領を得たつもりなので、今日は先着プレゼントの梯子に挑戦しました。

まずは10時半からの「珠姫手まり」の配布です。大きな着ぐるみの珠姫様がかわいくないですね。

上にマリ模様の麩?が2個乗った饅頭です。

次は、スイーツ・スタジオです。今日は行松旭松堂の行松氏による「上生菓子」です。抹茶にも合う季節の和菓子を4種類作成しました。

会場からも参加して一緒に作ってみました。皆さん楽しそうでした。


おみあげは「あやめの花」をかたどった和菓子です。青色は食欲をそそらない色とされているので、紫も青色が強いよりも赤色が強い色を使用するようです。抹茶の席では「色紫」というそうです。

昨日は用紙がすぐなくなっていたスタンプラリーも用紙をゲット!

うさぎの形になるティッシュボックスが景品でした。組み立てていないので耳は後ろです。

今日の目的地である石川近代文学館に来ました。今年から試験的に始まった月2回の無料開放日です。


同館では企画展「文学に描かれた加賀藩前田家」が開催中で、地元新聞にも掲載された横山長近を救った手鏡や横山家所蔵の城絵図などが展示されています。基本は文学書籍の紹介が中心なので、自分にはあまり縁がないですね。

そこから歩いて浅野川界隈に向かいました。現在、庭園のドウダンツツジが満開になっています。

それにしても大きなドウダンツツジです。もうしばらく楽しめそうですよ。

最後に、泉鏡花記念館と徳田秋声記念館の春の企画展を見てきました。


2館では泉鏡花記念館開館10周年記念として企画展を共同開催しています。言われて初めて気付きましたが、今回のポスターやチラシは2枚で1つの絵を構成しているのですよ。右に泉鏡花、左に徳田秋声を配し、それぞれの書斎机をイメージしているようです。

投稿者 Tadashi : 17:05 | コメント (0) | トラックバック
金沢城河北門復元 続報
今日も金沢城に出かけましたが、昨日とは違うルートで入ったので、その状況を報告します。

一の門は塀の部分の土塗りが終了し、二の門の壁と同じような状態となっています。屋根が足場で見えないのは惜しいですね。少し隙間を空けてくれれば楽しめるのですが。

工事敷地内に立つ製材現場の中には、鉛瓦を葺くための丸瓦用の木材が積み上げられていました。

これを並べる工事が見られれば幸運ですね。鉛を葺くときも見たいですね。いつ頃でしょうか?
投稿者 Tadashi : 16:31 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月03日
白いタイヤキ

関西地区を中心に大人気だという「白いタイヤキ」。
先日たまたま呼んだ雑誌に紹介されていたのを見て、金沢初進出のその味を購入してきました。
1日限定50個の抹茶タイヤキは150円。黒あんと白あんの白いタイヤキは130円。皮にあたる部分はモチモチした食感で、人気のドーナツような感じですが、あんも今時にしてはとても甘く自分好みでした。
予約すれば赤いタイヤキも作ってくれるようで、紅白タイヤキで結婚式の引き出物としても今後人気が出そうです。冷めてもおいしいのは、雑誌の宣伝文句どおりでしたよ。
場所は金沢市笠舞本町のパレットの前、店の名前もずばり「白いタイヤキ」。おすすめです!!
投稿者 Tadashi : 21:01 | コメント (0) | トラックバック
百万石菓子百工展2009
毎年GW恒例行事となりました「百万石菓子百工展」が今年も3日間の予定で始まりました。

今年は昨年以上にいろいろと縮小されたみたいで寂しい限りですが・・・

五十間長屋では「加賀年中行事とお菓子」というテーマで、6種類の和菓子が出展されていました。昨年はもっと展示が多かったのですが、今年は展示物も少なく、「え?これだけ」という声があちこちで起きていましたよ。


今年はスイーツ・スタジオが出て、プロのデモンストレーションが間近で見られると聞いて、早速最前列で参加してきました。今日の午前は、小松の御朱印の半田さんによる「金花糖」づくりでした。

砂糖を水にまぜて溶かし、型に流して取り出すまでを実演しました。なぜ金花糖の中身が空洞なのかよく変わりました。この後、2日間ほど乾燥させ、着色してさらに2日間ほど乾燥させるようです。金花糖は、結婚式や雛節句の定番ですが、半田さんは女の子ばかりがひいきされるので、男の子のために端午節句の金花糖を作ったそうです。兜や鯉の金花糖はめずらしいものでした。

おみあげに梅の金花糖をいただきました。
投稿者 Tadashi : 20:44 | コメント (0) | トラックバック
金沢城いもり堀工事 GW中も着々と
金沢城のいもり堀も、かなり形になってきました。

しかし、よく見ると、底は防水加工されて味気ない雰囲気ですね。

汚濁防止用の設備もある中、崩壊しないような仕組みも必要なのでしょうが、昔の景観からは程遠いことになりそうです。城の堀というよりも、公園の池みたいな感じかな?

ゴールデンウィークとはいえ、作業は急ピッチに進められており、今日も底を固める作業と(この作業車は道路工事でよくみかけるが何という名前でしょう?)

土を盛って整地する作業が行われていました。

いもり堀の見所、鯉喉櫓跡の復元も間近か?
投稿者 Tadashi : 20:23 | コメント (0) | トラックバック
金沢城河北門復元 瓦板敷き終わる
ゴールデンウィークで大勢賑わう金沢城へ行ってきました。

今週の作業は、「石落とし」と「瓦板葺き」です。

石落としの部分は作業見学所からは見えないですね。

瓦板葺きのほうは、二の門はすっかり終わっています。瓦葺きもいよいよですか?

作業用シートの間から見えた入母屋屋根の妻部分は、複雑に入り組み、ぜひとも間近で見たいものですが、望遠で我慢します。鉛瓦を葺くために丸い木材を取り付けた部分も見えますね。

投稿者 Tadashi : 20:11 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月02日
名古屋城検定いよいよ一週間後

名古屋城検定の受験票が届きました。受験勉強もラストスパート、頑張ろうー!
投稿者 Tadashi : 09:37 | コメント (0) | トラックバック
2009年05月01日
サーバー届きましたよ
ゴールデンウィークが例年以上の連続休暇になっている影響で、インストールマニアックス競技用のサーバーの発送が遅れているようです。本来であれば30日までに到着するはずであったが、ようやく届いた時間は19時半でした。

早速開封。HDDやメモリ、CPUは予告通りでしたが、ドライブはDVD-Multiでしたよ。サーバーにも書き込み可能ドライブをつける時代になりましたか。

OSは2枚入っていました。上に32ビット版、下に64ビット版が入っていましたので、間違いないように64ビット版を選びます。この辺の注意点は送付物には全く含まれていませんが、それくらいは参加するなら分かれよ!ということですね。


早速インストール開始・・・すでに20時。すでに差がある気が・・・・
投稿者 Tadashi : 20:06 | コメント (0) | トラックバック
桃山時代の息吹を感じる 高岡御車山祭
今日は気持ち良い晴天でした。仕事を初めてメーデーで休みになったのは初めてですが、5月1日で晴れの日、休みとなれば高岡市へ行かねばなりませんね。今日は「高岡御車山祭」の本祭の日です。
関野神社春季例大祭として開催される重要有形・無形民俗文化財の「高岡御車山祭」ですが、ゴールデンウィークはいえ平日に開催されるのでなかなか実際に見ることができません。それも少しでも雨が降りそうな場合は巡行は中止となるため、本日は数年に1度のチャンスです。
高岡御車山は天正16年(1588年)、豊臣秀吉が、後陽成天皇と正親町上皇を聚楽第に迎え奉る時に使用したもので、加賀藩初代藩主前田利家公が秀吉より拝領し、二代藩主前田利長公が慶長14年(1609年)に高岡城を築くに当り町民に与えられたのが始まりと伝えられています。
朝早く到着したので山町を見て回りました。

小馬出町ではちょうど大工さんたちが山車を組み立てていました。

そこからしばらく歩くと守山町では、山車のお祓い中

しばらく見学しました。


さらに進むと高岡郵便局前で御馬出町の山車を発見!

角を曲がる様子を見学しました。前方をかついで90度回転する様子をご覧あれ!








京都の祇園祭のような大きな山車ではこうはいかないでしょうが、山車の魅力のひとつは角を曲がる様子ですね。

山車の出発した山町では、車輪をしまう際の材木を発見。

11時過ぎに源平町付近で7基の山車が勢揃いしました。最終は二番町の山車です。

早速「御車山勢揃い地点」である片原町交差点に向かいました。良いアングルの地点が取れました。まだまだ人出は少ないですが・・・

御車山が見えてくる頃にはたくさんの人出となりました。

まず初めに坂下町の「源太夫獅子」が露払いで先導します。

7基の山車が勢揃いした様子です。壮観ですね。写真の背景が一部ずれていますが、1枚には納まりきらなかったのですよ。


7基の山車の鉾留の多彩さをご覧あれ!






式典が終わると、順番に出発していきますが、最後の二番町の山車が行きます。この山車だけ二輪であり、牛車の雰囲気もあり、またスピードも最も速く、車輪の擦れる音も大きいです。

山車の通り過ぎた道では、電気工事車がたくさんいる?ので見ていると、山車が電線にひっかかるので外した電線を戻していました。そういえば来たときもたくさんいたな。





