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2009年07月31日

ガンダム狂想曲

ガンダム誕生30周年記念のイベントとして、お台場(大地)に立った1分の1ガンダムを見に行きました。

お台場ガンダム

ゆりかもめで台場駅をわざと通り過ぎ、写真撮影に挑みましたが、やはりぶれました。到着した船の科学館駅から見たガンダムです。森の中から身一つ飛び出した大きさに今からワクワクします。

お台場ガンダム

会場に到着すると、大勢の人が集まってきています。夏休みに入っているとはいえ、平日でこの人数だとすると、週末は・・・想像したくもないですね。

お台場ガンダム

前にまわると、18メートル、その大きさに感動します。その大きさに会場のあちこちから感嘆が漏れ聞こえてきます。

お台場ガンダム

自分が好きなアングルはここです。正面右側からビームサーベルが1本見えるところです。んーーーー日本人の技術力は伊達じゃない!!

お台場ガンダム

近づいてみると、パーツのそこかしこに書き込みがしてあります。芸が細かいです。

お台場ガンダム

お台場ガンダム

7月10日の公開から一月経っていないのに、売り切れの公式グッズがすでにたくさん。恐るべしガンダム!ガンダムの建設費用を上回ってしまうのではいでしょうか?自分も30分待ちでグッズ売り場に入りました。

お台場ガンダム

グッズ購入後、ようやく暗くなってきました。ぐるりと会場をまわって、正面からのアングル。ゴミ箱までカッコいいですね。

お台場ガンダム

30分に1回の点滅ショーが始まりました。光り輝き、白煙(ドライアイスだろうけど)を噴き出します。頭部が左と上に動きます。

お台場ガンダム

ショーが終わると、全身ライトアップされました。

お台場ガンダム

やはりこのアングルです。ライトアップされたところもカッコいいですよ。

お台場ガンダム

帰りは台場駅から帰ります。ホームに着いたらまずはガンダムのチェックです。おーーここは横からのアングルが楽しめますよ。

お台場ガンダム

購入したのは公式ガイドブックと絵ハガキ2枚。公開翌日の読売新聞はおみあげです。

投稿者 Tadashi : 20:05 | コメント (0) | トラックバック

日本100名城スタンプラリー 江戸城

明日の城郭研究会に参加するために久しぶりの江戸行きです。そして、これまた久しぶりの日本100名城スタンプです。33個目になりました。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

東京駅に昼前に着き、そのまま江戸城に向かいました。和田倉門から入ります。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

スタンプラリーのスタンプは3か所で提供されていますが、和田倉休憩所で押すことにしました。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

図柄は有名な二重橋越しに見る伏見櫓ですね。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

実際にはこのアングルです。平日にもかかわらず多くの人がいるなあと思っていたら、海外からの旅行客のようでした。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

手前に巽櫓、奥に桔梗門です。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

こちらは坂下門です。

日本100名城スタンプラリー 江戸城

こちらは西の丸大手門、別名は皇居正門です。以前訪れたときは正面までは来ることができませんでしたが、今日は観光客が大勢門をバックに写真を撮っていました。

今回は予定にはなかったのですが、思わぬ散策を楽しんでしまいました。

投稿者 Tadashi : 12:24 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月29日

宮保館跡

今日は定刻に仕事が終わりましたので、先日別の用事があって行けなかった発掘調査現場を探しに寄り道してきました。

その発掘現場は北陸新幹線工事に伴う事前調査場所ですが、現在のJR北陸線の線路を挟んで、北側に「宮保B遺跡」、南側を「宮保館跡」と呼んでいます。

宮保B遺跡

まずは宮保B遺跡から

宮保B遺跡

こちらからは掘立柱建物の柱跡が見つかっていると思いますが、このところの悪天候がすっぽりとブルーシートが被されており、

宮保B遺跡

被っていない発掘場所の境付近に溝跡?と思われるような跡が見えるだけでした。ちなみに、今日はカメラを持っていっていないので、携帯カメラで撮影しましたので少し変則的サイズです。

宮保館跡

結構頻繁に電車の通る踏切を渡ります。

宮保館跡

こちらの宮保館跡のほうが調査範囲が広いようです。

宮保館跡

堀跡でしょうか?石交じりの壁状の土盛りを残して掘られています。

宮保館跡

宮保館跡

こちらの堀跡はちょうどカーブする部分のようです。

宮保館跡

今日はちょっと寄っただけなので、もう少し進んでからまた見に来ることにします。

投稿者 Tadashi : 20:39 | コメント (0) | トラックバック

チロルチョコ 三色ソフト

チロルチョコ 三色ソフト

スーパーで見つけた久しぶりの新作「三色ソフト」です。自分はイチゴソフトが一番のおすすめ!

投稿者 Tadashi : 20:28 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月28日

本与板城 IN 天地人

土曜日は最後に、本与板城とその城下を訪れました。ちょうど2組の老夫婦が後ろからやってきました。

本与板城

臨時駐車場からしばらく舗装された車道を歩き、看板の場所から実城を目指します。

本与板城

階段を登ると、道は整備されているものの、両脇に土塁が囲む山城らしい道を行きます。

本与板城

南郭が途中にありますが、老夫婦たちは通り過ぎました。なんにもないところですから、城好きでもなければ立ち止まることも写真を撮ることもないですね。

本与板城

3つの郭がある本与板城ですが、道から最も近い郭が一の郭になります。二の郭との間には深い堀切(空堀)があります。

本与板城

そのまま一の郭に登れますが、奥に進むと井戸跡がありました。草が茂っていて場所が特定できませんが、案内の左下辺りでしょうか?それにしても道がぬかるんでいます。

本与板城

一の郭に登ると、まず横の本与板城がありました。

本与板城

奥に進むと、本与板城跡の石碑があります。石碑の奥に見えるのが、一の郭に残る土塁です。

本与板城

一の郭にも与板城にあったと同じ直江兼続の軍旗があります。老夫婦たちはここからの眺めを楽しみ、石碑の前で写真を撮って満足して帰っていきました。

本与板城

ここからの時間は自分が独り占めですよ。

本与板城

天候が悪くなってきましたが、奥の二の郭に向かいます。二の郭と三の郭はともに間の堀切から登れるようです。

本与板城

一の郭は与板城と同じくらいの広さでしたが、二の郭はこちらのほうが狭いようです。

本与板城

三の郭にも奥に少し土塁が残っています。

本与板城

三の郭の二の郭とは反対側の堀切は狭く深いものでしたが、誰も来ないのでしょうか?倒木もそのままでした。

本与板城

登った階段まで戻ってくると、対面に城下へ下りる道がありました。来たときは全く気付きませんでした。

本与板城

昨日までの雨で道はかなりぬかるんでいました。完全に足が沈んでしまうので、両側の壁に足をついてトレーニングのように進み、ようやく城山・城下・白山社の三又に辿りつきました。

本与板城

けもの道のような道を草をかき分けかき分け進むと、山頂に白山神社の社がありました。ここは本与板城の先端部にあたり、冬場に使用することを想定した冬城であったと言われています。

本与板城

三又まで戻り、城下へ進むと直江屋敷跡に出ました。現在は駐車場として整備され、敷地には天地人の作者火坂氏による「お船の方生誕御館跡」と書かれた石碑が立てられています。

本与板城

城下をしばし散策しながら観光スポットを巡りましたが、ここが一番の撮影ポイントですね。「御代官屋敷跡」と呼ばれる代官が住んだ館のあった場所ですが、背後の山の右側中腹、白いものが見えるでしょうか?

本与板城

拡大してみると、そこには一の郭に立てられていた軍旗です。ここを訪れた人もほとんどは気付かないでしょうね。何も案内板はありませんから。

本与板城

雨もポツリポツリと降り始め、歩き疲れてきたことですから帰路に着くことにします。

夕日

帰りの高速からは厚い雨雲と地平線の間に沈む夕日がなんともきれいでした。

投稿者 Tadashi : 23:11 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月27日

与板城 IN 天地人

土曜日のレポートを続けます。兼続お船ミュージアムの後、与板城跡へ行きました。天候はますます怪しくなってきて、涼しいというよりも蒸し暑かったです。

与板城

臨時に設けられた駐車場の一角は、「直江兼続公館跡」となっています。どこまでがその範囲なのかわかりませんが、駐車場となっている部分でしょうか?

与板城

与板城跡には八幡神社から登ります。大手口は別方角にあるようですが、観光客はここから案内されます。本丸までの道のりは舗装された道が続きます。

与板城

その途中、おせん清水の案内板がありますが、実際は上からのぞくだけで近づけません。

与板城

前日の雨により少し水は流れていましたが、普段は水も流れていないような場所ではないでしょうか?

与板城

少し進むと門跡がありました。左側には土盛りが残っていますが、右側は全く残っていません。

与板城

本丸下段に仮設トイレが設置されていましたが、見晴らしが良さそうだったので奥に進みます。

与板城

案の定見晴台の役目もあったと思われる郭跡ですが、あいにくの天候で霞がかっていました。残念・・・

与板城

本丸には神社があります。

与板城

本丸には兼続の旗印が立ててありますが、今はどこの名所にもこの旗が立っています。

与板城

社の裏手には土塁がかなり良好に残っています。もともとは本丸の周囲をぐるりと巡っていたことでしょう。

与板城

さて、普通の観光客はここで引き返すのですが、自分は当然先に進みます。

与板城

前日までの雨で道はかなりぬかるんでおり、特に階段は滑りそうなあぶない状態です。

与板城

与板城の特徴のひとつは、郭の間の深い堀切です。本丸と二の丸の間にも堀切があります。

与板城

二の丸を通って、三の丸へ至る間にも堀切があります。

与板城

尾根を平らにした本丸、二の丸、三の丸ともに、それなりの広さがありますが、ここは山城ですから、丸というよりは、一の郭(実城)、二の郭、三の郭といったほうが適切ですね。

与板城

途中一人がやっと通れるような細い道もあり、滑って落ちないように気を使いました。手すりなどがない分、山城の雰囲気を十分に味わえますが、危険と隣り合わせですね。

与板城

一の郭からもっとも奥にある郭が千人溜です。

与板城

三の郭から千人溜に入る部分は右側を崖で大きくえぐられ、左側は高い土塁があり、みごとなつくりです。

与板城

さて、与板城の案内絵図などはここまでが描かれているのですが、実際千人溜まで来ると、「のろし台まで20分」の案内板があります。

与板城

折角なのでそのまま先を進みます。千人溜を抜けると、整備された林道に出ました。

与板城

道端に咲く百合の花がきれいです。

与板城

しばらく行くと、急な階段とともに、奥に道が続いています。ここはさらにけもの道に近い道になっています。

与板城

しばらく進むと右側に大きな盛り上がりを確認できます。そこがのこし台です。

与板城

のろし台には石造りの小さな社がひとつあるだけで、他にはなにもありません。草刈はしているようですが、観光客はほとんど来た形跡がありません。この場所は地元の方に後で聞いたところ、与板城ののろし台になるそうです。

のろし台から帰る頃には雨がまばらに降り出していました。一の郭までの帰り道、誰一人と会いませんでした。本格的な山城を感じずに帰る方が多いのは残念ですが、荒らされないで済むと考えて、城好きな人たちの楽しみとしましょう!

投稿者 Tadashi : 23:24 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月26日

前田土佐守家資料館

今日の昼頃は金沢はバケツをひっくり返したような大雨でした。カメラは持っていったものの、メモリカードを差し忘れていたので今日は写真はありません。あしからず

加賀藩上級武士の日記

午前中は先週から始まった企画展「加賀藩上級武士の日記」の解説講座に参加するため、前田土佐守家資料館に行きました。今回はいつもにも増して大勢の人が参加していました。

日記は当時の様子や生活を知るためには非常に貴重な史料ですが、元々は業務日誌的な要素が強く、公家や武官によって書かれ、宮中儀礼の有職故実の元になったそうです。

加賀藩では藩主や上級武士だけではなく、お抱え学者や町人による日記も残っています。日記が並ぶ展示ケースはなかなか壮観です。

香道具名品展 後期展

その後、中村記念美術館に「香道具名品展」の後期展を見てきました。

午後は石川県立美術館に加賀百万石文化講座の第二回、北陸大学の長谷川教授による「有職故実と日本文化」の講演会に参加しました。長谷川教授は一般向けに有職故実の話をするのは初めてだったそうですが、私もこのテーマは初めてだった。

長谷川さんの話はとても興味深く、所々聴衆を笑わせるような小話も挟みながらのあっという間の1時間半でした。今回の講演会は現在同美術館で開催中の前田育徳会分館の企画展と連動したものですが、有職故実に関する知識なしに見ても、さっぱりだそうです。国宝「北山抄」もあるそうですが、今回の講演会を聞いた後でも理解率は20パーセント程だとか。講演会のあとは大勢の人が行って、ゆっくり鑑賞できそうにはありませんでしたので、展示はまた後日。

投稿者 Tadashi : 18:12 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月25日

天地人を巡る旅 in 長岡

2つの展覧会を見るため、今日長岡に行ってきました。雨の金沢を7時前に出発し、2時間半長岡に着く頃には天候も良くなっていました。

予定どおりに到着したので、最初に長岡市立科学博物館に行きました。長岡市役所柳原分所の2階と3階が博物館です。自然史分野が中心ですが、考古分野の1テーマとして今回の企画展「発掘された長岡城」が開催されています。

企画展 発掘された長岡城

同博物館は無料です。先日訪れた魚津の歴史博物館とともに、なかなかの太っ腹です。しかし、ここは早朝ということもあってか、見学者がほとんどいませんでした。

企画展 発掘された長岡城

展示室には長岡城で過去数回行われた発掘調査で発見された遺物が展示されていました。長岡城のほかにも高田城と村上城の遺物が展示されていました。

企画展 発掘された長岡城

次に、初日を迎えた企画展「天地人 直江兼続とその時代」を見るために、新潟県立歴史博物館に行きました。11時からのギャラリートークに合わせて入館しましたが、天候も良かったので、地元の方を中心に大勢の方が入っていました。

天地人 直江兼続とその時代

この展覧会は巡回展として、春に東京で開催されていましたが東京はかなり混在していたようで、新潟のほうがゆったりと鑑賞できますね。展示は盆明けに展示替えが予定されているので、すべての実物を見る事ができませんでした。

コーナーは直江兼続に関係する部分と豊臣秀吉に関係する部分、そして桃山文化の美術品を並べた部分に分かれていました。直江兼続に関する部分には、鮫ヶ尾城や御館の発掘遺物として鉄砲玉などが展示されており、豊臣秀吉に関する部分には、大坂城や聚楽第、伏見城の金箔瓦などが展示されていました。すべての展示もみることができなかったので、会場限定の図録を購入してきました。

天地人 直江兼続とその時代

展示室の前には、例によりNHK大河のパネル展が開催中で、複製された愛の兜が展示されていました。

天地人 直江兼続とその時代

昼までは非常に天候が良く、夏らしい暑さでしたが、ここから与板地域に向かうなかで曇ってきてしまいました。

兼続お船ミュージアム

最初に「兼続お船ミュージアム」として今春リニューアルオープンした与板歴史民俗資料館を訪れました。同館の前では兼続の銅像が迎えてくれます。なかなかりりしいですね!

兼続お船ミュージアム

与板城やお船の生まれた本与板城に関する展示を見てきました。

与板城大手門

ミュージアムに隣接する本願寺新潟別院の入口には、藩政期の与板藩時代の大手門が移築されています。かなり傷んでいる部分もありますが、時代を感じることができる貴重な門です。

徳昌寺

城下には直江家が開基となっている徳昌寺があります。ここの境内までの階段はとても雰囲気がありますが、大河ドラマでも数回放映されている場所だそうです。

徳昌寺

撮影可能なのは山門までで、本堂は撮影禁止です。車で行くにはちょっと行きづらい場所ですね。まちの駅に停めるとよいでしょう。

恩行寺

与板藩時代の遺物はもうひとつ残っています。与板のアーケード街にある恩行寺。

与板城切手門

ここの正門は与板城の切手門です。観光地図にほとんど載っていない貴重な門です。与板を訪れた際はお見逃しなく。

投稿者 Tadashi : 20:49 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月23日

金沢城 西外惣構升形 堀の深さ3メートル

金沢城の西外惣構と旧宮腰(金石)往還が交わる軍事・交通の要衝に設けられた防御施設「升形」の同市の発掘調査で22日までに、築城時の惣構堀の深さが約3メートルだったことが判明した。内外二重に築かれた城下の惣構で堀の深さが特定されたのは今回が初めて。

さらに今回の調査では、升形周辺の惣構堀が江戸時代に4段階で埋め立てられ、堀幅が狭められたことも判明した。石垣の遺構から確認され、堀幅は当初の推定11メートルから、江戸末期には6メートル前後となっていた。埋め立てが行われたのは「17世紀初め~17世紀後半」「17世紀末~18世紀初め」「18世紀前半~18世紀後半」「18世紀末~19世紀中ごろ」の4回と推定される。(北國新聞2009年7月23日付記事より)

投稿者 Tadashi : 21:40 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月20日

Vistaメモリ換装

一週間前に大変な目にあったVistaパソコンのメモリ換装作業を行いました。

結果、2GBから4GBへの完全換装は断念し、3GBへ1枚換装して起動することができました。

Vista

Vistaでメモリが3GB認識されています。1GB増えたので、仮想環境に2GB割り当てることが可能になりました。

XP

そこで、現在使用中のXPのバックアップを「Virtual PC」でリストアします。

しかし・・・・・・・、起動しません。セーフモードでもダメです。

諦めかけた時、「VM Ware Player」でVirtual PCのイメージが使えることを思い出しました。諦め半分で起動してみると、10分後めでたく起動しました。デバイスドライバが2つ認識していませんが、問題はありません。

仮想化したXPのメモリ認識は2GB。随分早くなったかと期待しましたが、期待ほどではないようです。しかし、パソコンの数は減らしたいので、しばらく試用することにしましょう!

投稿者 Tadashi : 19:26 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月19日

加賀百万石講座 幕末の前田家

雨模様の中、連休の金沢市内へ出かけました。

最初に室生犀星記念館に行きました。同館では企画展「装幀の美 恩地孝四郎と犀星の饗宴」を開催中です。

室生犀星記念館

犀星は意外にも自装幀が多いそうですが、それに次ぐ装幀を任されたのが恩地孝四郎だそうです。

室生犀星記念館

次に金沢くらしの博物館に行きました。企画展「夏の思い出・遊園地」を開催中の同館では、写真で賑やかな頃の「金沢ヘルスセンター」「金石海岸」「ルネスかなざわ」を紹介しています。

金沢くらしの博物館

ルネスかなざわは最近までありましたので記憶に新しいですが、子供の頃よく行った金沢ヘルスセンターやその後のサニーランドなどは、写真を見ても記憶にないものが多かったですね。サニーランド閉館後は辰口に移動して「いしかわ動物園」となりましたが、久しく動物園には行っていません。

連休中ということで県外車も多く走っていますので、1時過ぎに今日の第一目的であった石川県立美術館へ向かいました。が、すでに行列が出来始めており、入館まで10分ほどかかったこともあり、残念ながら実際の講演会場は満員で入れませんでした。

石川県立美術館

隣りの部屋に入り、ライブで映像を見ましたが、音声がマイクの音を直接拾っておらず、会場の雑音を拾って聞き取りづらく、半分も内容が聞き取れず不満が残りました。

本日は、加賀百万石講座の第一回目で、前田家18代当主による「幕末の前田家」という講演だったのですが、大きな目玉として連休にセットしたのでしょうが、新展示の初日にも当たっており、県外車も入り混じって駐車場も全く足りていませんでした。予測が甘いとしか言いようがありません。

金沢能楽美術館

講演後、金沢能楽美術館で開催されている企画展「尾山神社の能面Ⅱ」を見に行きました。前後期に分かれた本展示では、前田家より尾山神社に奉納された能面24面を半分ずつ展示しています。

金沢能楽美術館

中でも門外不出とされている「悪尉 淡吹の面」は、光る海で網に引っ掛かった曰く付きの面で、持つ者に災いをもたらし、長く前田家でも秘宝とされてきました。外に持ち出すと、天俄かに掻き曇り荒天となる、との言い伝えがあり、まさに今日もそのような1日でした。面の祟り?

「悪尉 淡吹の面」は前期展で8月30日まで公開中です。9月からは後期展が始まるので残り半分の能面を見に行きますよ。

投稿者 Tadashi : 18:49 | コメント (0) | トラックバック

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台 石積み工事

雨模様の3連休の中日、工事は当然していませんが、今週から開始された鯉喉櫓の工事状況を見てきました。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台 石積み工事

先週はなかった鯉喉櫓前の見学所ができていました。足場正面だと少々見にくいですが、ないよりはあったほうが断然見やすいですね。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台 石積み工事

石積み工事は今週は雨の日も多かったので進んでいないと思っていましたが、見ると、番号が書かれた石が櫓台にかなりの数移動されていました。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台 石積み工事

梅雨が明ければ工事は目に見えて進むことと思います。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台 石積み工事

足場を横から写真に撮ると、垂直に組まれた足場との対比で、石積みの勾配を示した木組みの傾きがよくわかると思います。

投稿者 Tadashi : 17:36 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月18日

鳥越一向一揆歴史館友の会バスツアー IN 郡上・高山

今日は毎年恒例のバスツアーです。開通して一年経った東海北陸道を使って郡上市に向かいます。

行く途中反対車線は長い渋滞でした。夏休みおよび3連休の初日は悪天候とは言え、皆さんマイカーで出かけられているようですね。

郡上

バスは狭い郡上八幡の路地を進み、安養寺へ着きました。ここは近江源氏の佐々木高綱が開基であり、当時は「安要寺」といっていたようです。昭和11年再建時に八幡城三の丸跡に移築してきました。郡上御坊とも言われる境内は未だにかなり広いです。

郡上

安養寺は、織田信長包囲網の本願寺末寺として美濃一向宗を率いた中心寺院であり、郡上御坊と言われている。

郡上

お昼は市内のドライブインでしたが、引き出しに小皿を収納したしゃれた感じです。

郡上

思いのほか量も多く満腹になりました。

郡上

放映当時は行っていなかったので知りませんでしたが、郡上八幡は山内一豊の内室千代の誕生した城(他説あり)として、当時は盛り上がっていたようで、八幡城への途上にも銅像が建てられたようです。

郡上

安養寺は八幡城のすぐ麓にあるのですが、今回は八幡城はおあずけです。

行きにみた高速の渋滞を避けるように下道を走りましたが、運悪くこの日は旧名宝村でジャズの一大イベントがあるということで、渋滞に会い、結局高山に到着したのは出発予定時間でした。

高山

高山別院照蓮寺の宝物館は残念ながら見学できませんでしたが、本堂と立派な山門を見て、早々に移動しました。照蓮寺は高山城跡にあるのですが、ここでも今日はおあずけです。

高山

最後に、飛騨物産館に寄りました。広い物産館で、入口は陣屋風で良いですね。脇には天領桜と名づけられた桜が立っています。藩政期金森家移封ののちは天領であったことによるものです。

高山

行程をすべて消化できなかったことは残念でしたが、有意義な旅行でした。東海北陸道ができて近くなった高山までは1時間半ぐらいですので、見所多い秋頃にまた訪れることにしましょう。

投稿者 Tadashi : 22:58 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月17日

有力者の屋敷跡か 宮保館跡 40メートルの堀確認

石川県埋蔵文化財センターは16日、白山市宮保町の北陸新幹線建設事業用地内にある宮保館跡・宮保B遺跡(鎌倉・室町時代)で、15世紀前半ごろに掘られたとみられるコの字状の堀を確認したと発表した。規模は一辺約40メートルと推定され、有力者が屋敷を構えていた可能性があるという。

これまで建物や堀の一部は確認していたが、今回の調査で新たに構造や規模が明らかとなった。現段階で、文献などからも屋敷の所有者は推定できないという。(北國新聞2009年7月17日付記事より)

投稿者 Tadashi : 10:34 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月13日

Vistaに4GBのメモリは・・・

メモリ

メモリも随分安くなった。春先は2GBで2千円程度にまで暴落していたメモリだが、現在はボーナス商戦の時期でもあるのか3千円弱まで上がってきた。

Windows 7を冬に控えて、そろそろVistaにも慣れなければいけないと思いながらも、現在のXP資産は捨てられないので、仮想化するためにも、現在のVista機のメモリを2GBから4GBにバージョンアップしようと考えて、メモリを購入した、

ところが、

ところがである。32ビット版Vistaは3GBまでしか認識しないことを忘れていた。というより、換装して起動すると、Vistaそのものが起動しなくなってしまいました。

ガーーーーーーーーーーーーーン!!!!

結局元に戻して、チェックディスクやデフラグでなんとか元に戻ったから良かったものの、今日の3時間はくたびれ儲けでした。

それに、

購入した2枚の2GBメモリはすっかり無駄になってしまった。Win7発売したらもう1機作るか?しかし、Win7は4GB認識するだろうか?

投稿者 Tadashi : 22:57 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月11日

金沢城 河北門復元

金沢城 河北門復元

今日は丑寅櫓台から見た河北門工事現場を紹介します。

金沢城 河北門復元

外観がほぼできてきた河北門二の門はぱっと見て替わり映えしませんが、今日は屋根工事をやっていました。金槌の音はまだまだしていますが、見えない部分の工事が多いのか、残念ながら作業を見学できる場所は少ないですね。

金沢城 河北門復元

1月と5月に開催された記名会イベントで記名した瓦や板は、1年前に国重文に指定された「金沢城土蔵」に保管されている話が地元新聞で紹介されていました。ということは昨年お盆に公開されたイベントは今年はないようです。

投稿者 Tadashi : 16:12 | コメント (0) | トラックバック

金沢城 玉泉院丸発掘調査

いもり堀に続いて玉泉院丸の様子を見に行きました。

金沢城 玉泉院丸発掘調査

発掘現場は昨日の大雨でかなり水が溜まっています。

金沢城 玉泉院丸発掘調査

2つの穴の他に、もうひとつ穴が掘られていました。ここには水が溜まっていて底は見えません。

金沢城 玉泉院丸発掘調査

初めの穴のひとつに、たくさんの石が見えます。泉水の敷石のようにも見えますが、体育館があった頃の土台工事の詰石かもしれません。どちらでしょう?前者であれば泉水復元の第一歩が開けたということで、楽しみです。

投稿者 Tadashi : 15:59 | コメント (0) | トラックバック

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

今日は昼から天気が良くなりました。青空の下の石垣は映えますね。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

足場の組まれた石垣台の後ろの土盛りは作業が終わったようです。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

今日はクレーンが動いています。石垣のところで何か相談しています。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

と思ったら、1個石を外して、クレーンで吊り上げました。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

少し合わなかったようで、ドリルで削り始めました。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

足場を内側から良く見ると、斜めに木組みがされています。高さや傾きから予想すると、石垣の勾配を示しているようです。写真ではわかりにくいので、ぜひ現場で確認してください。思ったよりも高いですね。

金沢城 いもり堀鯉喉櫓台

辰巳櫓より眺めた作業現場です。ここが一番の特等席ですね。

本格的な石積み作業は14日からということで、11月頃には櫓台が完成するようです。積み増し部分は4.8メートル、使用する石材は800個。いまから待ち遠しいです!

投稿者 Tadashi : 15:37 | コメント (0) | トラックバック

7月例会 「花開いた百万石文化」

今日は石川県立美術館の嶋崎館長を迎えて、「花開いた百万石文化」というテーマで講演会が開かれました。

7月例会 「花開いた百万石文化」

広坂休憩所の部屋は珍しく盛況でしたが、話の内容も加賀藩の文化が公家文化であるのか?武家文化であるのか?という点についてとても興味深い話でした。

藩政期末期には江戸、大坂に次ぐ人口を誇った加賀藩の金沢は、その半分以上が武家という町ではありますが、その文化は典型的な公家文化であり、桂離宮を筆頭とするような質素を良しとするものであったようです。

五代綱紀公から十七代までのコレクションである「尊経閣文庫」ですが、その本体はあくまで東京であり、金沢で見られるのはその一部です。私は何と言っても、物の百科辞典といえる「百工比照」のすべてを一度見てみたいのですが、戦後の一時期は金沢にあったそうです。

加賀百万石の文化講座

嶋崎館長は勤続50年、1カ所の勤続としては日本一長い館長だそうですが、9月6日に一般向けに講演を行います。

今年は石川県立美術館で初めて「加賀百万石の文化講座」が4回開催される予定で、館長は第3回が予定されています。

他にも、現在の前田家当主による「加賀前田家を語る」や、石川県立歴史博物館元学芸員の長谷川氏による「有職故実と日本文化」、地元歴史家であり著作も多い野村さんによる「溶姫の人生」など楽しみな講演があります。

投稿者 Tadashi : 15:13 | コメント (0) | トラックバック

古本展示即売会

ラブロ金沢でやっていた「新本バーゲンブック&古本展示即売会」へ行って来ました。以前は時々開催されていた古本市ですが、最近は不景気か、古本が売れなくなったからか、あまり行われなくなりました。

古本展示即売会

土曜日の昼過ぎの会場にはそこそこの人がいます。けど、若い人はいませんね。

古本展示即売会

古本は会場費が上乗せされて、ネットで販売されているか価格よりは若干高めですが、実際手にとって見て購入できるのはいいですね。

今日は、加賀藩の三大騒動のひとつ「北長家騒記」の翻刻と研究成果をまとめた自費出版本(非売品)を古本で、江戸時代に書かれた蓮如上人の事蹟をまとめたものを現代語訳にした本を新本バーゲンブックで購入しました。

投稿者 Tadashi : 14:19 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月10日

富山城 戦国期の井戸跡

富山市の富山城址公園で進められている発掘調査で、戦国期の富山城内に造られたとみられる井戸の跡が9日までに見つかった。当時の神通川に近い本丸の北東部の一角で、深さは1.6メートル以上と推定される。

藩政期以前の富山城の遺構は数が少なく、同市埋蔵文化財センターは「謎に包まれた中世富山城の生活の一端を示す貴重な遺構」としている。(北國新聞2009年7月10日付記事より)

富山城址公園
先月撮影した庭園整備中の発掘現場付近

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2009年07月08日

重文・二条城の障壁画 作業員が誤って踏み抜く

京都市は7日、国指定重要文化財である二条城の障壁画「紙本金地著色竹林群虎図(しほんきんじちゃくしょくちくりんぐんこず)」46面のうちの1面(縦約1.6メートル、横2.1メートル)を作業員(25)が過って踏み破り、金箔(きんぱく)部分に二つの穴(縦18センチ、横17センチと縦29センチ、横25.5センチ)が開いたと発表した。市によると、15万円ほどかければ修復可能だという。

090707.jpg

市元離宮二条城事務所によると、障壁画は徳川家光時代の1626(寛永3)年に狩野派の絵師が描き、二条城二之丸御殿遠侍一之間に飾られていた。

市は72年から随時、障壁画の修復・模写作業を続けている。破損した障壁画は7日午前、二条城内の模写室に移動させるため作業員が壁から取り外した。しかし、雨が降ってきたため、搬出口を雨よけのシートで覆う間、一之間の出口付近の床に置いていたところ、作業員が過って障壁画の上の方の部分を踏んだという。一之間には作業員8人、学芸員2人、修復会社の関係者2人がいた。

同事務所の奥美里所長は「貴重な文化財を不注意で傷つけ申し訳ない。最大の注意を払って取り扱うべきだった」と話している。

二之丸御殿には約3千面(うち954面が重文)の障壁画があり、うち1035面が修復・模写の対象になり、昨年度末までに624面の作業が終わっている。 (asahi.com2009年7月7日記事より)

投稿者 Tadashi : 00:23 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月06日

金沢城 三階櫓に再建計画

17世紀初頭から金沢城の象徴として本丸にそびえ、宝暦の大火(1759年)で焼失した「三階櫓」に天保年間(1830~44年)、再建計画があったことが確実になった。金沢工大環境・建築学部の増田達男教授と石川県金沢城調査研究所の正見泰調査研究専門員が5日までに三階櫓の新たな図面を見つけ、計画を裏付けるものと確認した。現存史料が少ない三階櫓は謎が多く、辰巳櫓と同時期の再建計画確認は金沢城史の新発見となる。

見つかったのは「中ノ重小屋指図」「上重小屋組図」「下重小屋妻小屋ノ図」などと題された建物構造図8枚。この三階櫓は、金沢城にあった三重櫓のうち三階櫓を除く菱櫓、橋爪門続櫓とは形が異なる。書かれていた寸法が2000年に同市内や東京の建設会社で見つかった三階櫓図の寸法と一致したため、三階櫓と判明した。(北國新聞2009年7月6日付記事より)

投稿者 Tadashi : 23:33 | コメント (0) | トラックバック

2009年07月05日

放生津城へ

近くの新湊博物館へは何度か来ましたが、出てくる頃には暗くなる日ばかりだったのでなかなか機会がありませんでしたが、今日は曇りながらまだまだ陽は高い、ということで初めての放生津城へ行ってきました。

放生津城

現在、放生津城跡は放生津小学校地となっています。

放生津城

この広いグラウンドで過去数回の発掘調査が行われました。ここは鎌倉幕府の守護所として使用され、室町から戦国時代には神保氏の居城となりました。そのため、太平記に出てきたり、室町幕府10代将軍足利義材が京より逃れて滞在したりして、歴史上は越中でも指折りの有名な城なのです。発掘調査では漆器や陶器のかけらが見つかっています。

放生津城

いまは地下に眠る城跡なので全く面影はなく、何か記念になるものはないものかな?と歩いていると、グラウンドを挟んで校舎と反対側に石碑と案内板を見つけました。

放生津城

石碑は「城跡」とだけ書かれていて、全くどこかわかりませんが、案内板はかなり詳細に書かれていました。

足利義材

近くの放生津橋には足利義材の像が欄干に据えられています。1つは坐像ですが、1つは馬乗像ですよ。お見逃しなく。

投稿者 Tadashi : 21:10 | コメント (0) | トラックバック

射水市新湊博物館企画展 「歴史の道 -越中を中心に-」

企画展で地図を扱うことも多い、ここ射水市新湊博物館ですが、今夏の企画展も加賀藩に関連する道中図を中心に開催されています。

射水市新湊博物館企画展 「歴史の道 -越中を中心に-」

加賀藩が参勤交代を行った北陸道が多いのですが、東海道や中山道、山陽道も一部展示されていました。北陸道の道中図は存在は知っていましたが、本物を見るのは初めてでしたので時間も忘れて見入ってしまいました。

よく見ると、知っている地名が、
「医王山」 → 「硫黄山」
「宝達山」 → 「方達山」
「宇野気橋」 → 「鵜ノ毛橋」
など、何か言われがあるのか、単なる当て字なのか、気になるものもちらほら。

展示物は石川県立歴史博物館や金沢市立玉川図書館からの貸し出しも多いのですが、これだけの数を一堂に見られる機会はそうないですので、興味ある方はぜひ!

射水市新湊博物館企画展 「歴史の道 -越中を中心に-」

開催は9月6日まで。

投稿者 Tadashi : 20:52 | コメント (0) | トラックバック

天地人を訪ねる旅 in 魚津

梅雨の中休み、今日は良い天候となりましたので、朝から魚津へ行ってきました。高速1000円有難いですね。

天神山城

魚津ICから15分。ここは天神山にある吉田記念郷土館です。
(上に魚津歴史民俗資料館がありますが、ここは近代が中心です。)

天神山城

山の中腹にあるので、1階は駐車場、2階が展示室になっています。常設展では天地人のパネル展もやっていますが、

天神山城

見所は魚津城の復元模型です。魚津城の構造だけではなく、城を避けるように折れ曲がった北陸道、寺町の寺院群など当時の情景がよくわかります。

天神山城

3階では現在企画展「上杉家と魚津」を開催中(11月15日まで)です。ここ、実は無料なのであまり期待はしていなかったのですが、松倉城、春日山城、御館に加えて、富山城と小出城の発掘出土遺物が展示されていて、さらに魚津町惣絵図もあって、これは500円以上の価値はありますよ。でも無料です。見逃す手はないでしょう!

天神山城

一通り見終えてから、天神山の頂上を目指しました。徒歩5分ほどで頂上に着きます。ここが上杉景勝が魚津救出のために布陣した「天神山城」の本丸跡です。

天神山城

鉄塔が立てられているので後世に掘削されている可能性もありますが、相当に広いです。右奥に進むと土塁が残っていました。

天神山城

本丸からの眺めは木に遮られてあまり良くないですが、なんとか魚津市内を撮影するものの今日は「もや」っていますね。

天神山城

郷土館では相当なものを無料で見せていただいたので、受付で魚津市発行の「魚津の文化財」を購入しました。

さらに、「魚津城の戦いミニタオル」(350円)と「魚津城の戦い湯呑み」(700円)を購入しました。湯のみはホームページにも紹介されていましたが、熱い湯を入れると「愛」の文字が浮かび上がるという面白い仕掛けがあります。頑張っている魚津市商工会員の売上にちょっとだけ貢献です。

続いて、決戦の場「魚津城」へ

魚津城

この道は魚津城本丸の大手門へ続く道です。

魚津城

魚津城跡は現在、本丸部分がほぼすべて大町小学校となっています。大河ドラマでは5月にクライマックスを迎えた「魚津城の戦い」ですが、ここ魚津城跡はまだまだ熱気冷めやらぬ感じでした。放映直後は大勢の人が詰めかけたそうですが、二月経った今日は午前中はゼロで、自分と一緒に入った家族連れが最初のお客さんだったようです。

校舎の一部を使用して魚津城の戦いのパネル展示をしています。旗もたくさん立っていて、学校だけどいいのか?と思うくらいに地元では盛り上げようという雰囲気が伝わってきます。

魚津城

校舎の前には「魚津城跡」の石碑が立っています。

魚津城

現在は、特別に校舎の屋上から城下を見せてもらえます。晴れてて良かった!

魚津城

遠く、景勝が布陣した天神山城跡を臨むことができます。中腹の白い建物がついさっき行ったばかりの吉田記念郷土館です。近いですね。

魚津城

屋上からグラウンド方向を見ると、寺町寺院群、奥に埋没林博物館の白い建物が見えます。グラウンドの隅に土塁のような高まりが見えますが、児童用のスキー山だそうです。

皆さん、ぜひ秋までに一度魚津に訪れてくださいね。今だけの見所盛り沢山ですよ。できれば晴れた日に。

魚津城

グラウンド横の道路は内堀跡ですが、狭くなった側溝が内堀の名残?です。

魚津城

そこから細い路地を曲がるとそこが二の丸跡です。

魚津には松倉城跡群もありますのでまた行きたいですね。

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2009年07月02日

Windows 7は好調?

つい先日、ほぼ半額の特別パッケージが発表されたWindow 7ですが、1日半で3万本を予約完売する盛況だったようです。

3万本は多いか?少ないか?やはり少ないかな?

「XP MODE」の搭載によりVistaよりは使えそうですよ。

半額のWindows 7、週末で完売 限定3万本  「予想を超える注文」

投稿者 Tadashi : 20:41 | コメント (0) | トラックバック