2008年11月19日
金沢城河北門復元 記名会参加証がようやく届く!

当初12月初旬に開催予定であった金沢城河北門の壁板と瓦の寄進記名会でしたが、真柄問題も影響したのか、1か月程遅れてようやく参加証が届きました。
記名会日時は来年の1月10日土曜日と決定しました。当然雪も予想されるため、会場は五十間長屋となっています。実際には壁板や瓦が使用される河北門とは離れており、こんな機会だからこそぜひ工事現場に入れて欲しかったですが・・・寄進のし甲斐がないですね。イベントも意外に目立たずひっそりと行われるのかも。
まだ何を書くか考えていませんが、とにもかくにも楽しみです。
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2008年11月02日
金沢城河北門復元 冬支度は万全
金沢市教育委員会の開催するイベントに参加するために、市内へ出かけるついでにしばらく行っていなかった金沢城の様子を見てきました。

現在は二の門の囲いはすっかりとできていて、すっぽりと被さり、冬でも木工事を進める準備が整いました。ふと横に目をやると、一の門に隣接するニラミ櫓台の石垣はすっかり積み終わっていました。完成すると新丸方角からの見栄えが良くなりますね。

積み方をしばし観察していると、北側の新丸方向はすでにある野面積みからうまく打ち込み接ぎに変化して上段まで積まれています。隅石は切石でぴったり積まれていて、東側の内側は一の門のある東側が切り込み接ぎ、南側は打ち込み接ぎで積まれ、1つの櫓台石垣で様々な積み方を見ることができそうです。

初めて大きく伸びた見学台に入りました。工事現場なのでヘルメット着用です。今日は休日で作業もしていなかったので、ブルーシートがかけられ、石垣台上の木工事も始まっていなかったので、しばらくは入っても寂しいかもしれません。




集合場所へ向かう途中、まだ時間があったので寺島蔵人邸跡へ行きました。何度も金沢には行っていますが初めて行きました。


庭には背の高いドウダンツツジがまだまだ紅葉し始めで、今月下旬にツツジのオレンジともみじの赤がすばらしいコントラストとなるようです。しかし、この庭も藩政期はなく、屋敷が続いていたようです。

投稿者 Tadashi : 20:33 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年10月02日
金沢城河北門復元のいま
秋晴れのなか、今日の夜からライトアップイベントが始まるということで、朝その準備の様子と河北門復元の現状を確認するために、金沢城へ赴きました。

金沢城二の門の囲いにはかなり屋根が掛けられてきました。

二の門入口の木工事は少し進んだようですが・・・

今のメイン工事は一の門横のニラミ台櫓石垣ですね。急ピッチで石垣が積まれ、行く度に段数が高くなります。

また、石川門二の門はすっかりと足場に囲まれていました。


今日は城内で珍しい光景を見ることができました。これから始まる本格的な行楽シーズンに向けて、城内の堀の清掃作業と石垣の除草作業を見ることができました。ロープ1本で石垣を下りながら草を取る作業は見ていても大変そうでした。滑るので数日晴れた日でないとできないのでしょうね。


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2008年09月22日
河北門復元整備 木工事始まる
市内の都市銀行に行くついでに・・・というより口実に、朝の金沢城散策に出かけました。
まずは今月完成した尾山神社前の開渠化された用水です。現れた石積みはかなり立派なものです。


説明板も立てられたのですが、これが今地元でちょっとした話題です。「辰巳用水の開渠化」という見出しが注文されているのですが、今までここは西内惣構堀の始点だと教えられてきたので、辰巳用水という認識があまりないのです。
歴史的な事実としては、空堀だった西内惣構堀に辰巳用水から水がひかれて水堀化された経緯があり、現在の管理区分としては辰巳用水となっているので、間違いはないのですが、市民から異論がでているそうです。近々建て替える可能性も示唆されていますから、なくならないうちに一度ご覧あれ!

金沢城公園では河北門復元整備で、17日ついに木工事が始まりました。年末から来年一月には二の門の上棟式が予定されているということで楽しみです。

雪や雨に備えて、上屋をかぶせるために、大きな足場が組まれています。今日も次々と鉄骨がクレーンに吊られていました。

17日に工事関係者が出席して行われた「立柱式」に続いて立てられたという「鏡柱」2本と梁となる「冠木」はここ数日の悪天候でブルーシートで覆われていました。この鏡柱、高さ2.29メートル、重さ約1.2トンもあるそうです。

一の門は石垣の積み直しが終了し、隣接するニラミ櫓台の石垣を積んでいました。ニラミ櫓台は一月前は根石のみでしたが、すでに高いところは3段目が積まれて、非常に急ピッチに積まれています。これはあっという間に完成してしまいそうです。

最後は戦後以来の金沢城のシンボル的存在の石川門修復の現状です。今までは北側の太鼓塀が中心でしたが、今月16日、ついに櫓門の修理に着手しました。工事期間は2010年3月までで、漆喰壁の塗り直しや鉛瓦の取り換えが行われます。現在は二の門の三の丸側全面に足場が組まれていました。

二の門の一の門側にも足場を組む準備が着々と進められていました。

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2008年08月23日
金沢城河北門復元 一の門石垣復元
ひさしぶりに金沢に出たので金沢城の様子を見てきました。
旧石川県警察本部のあった緑地では、いもり堀の復元整備の範囲確認をかねて発掘調査が行われていました。ブルーシートが被っていてどの程度の成果が出ているのかわからなかったが、何か成果があると良いですね。


さて、二の門石垣がすべて積み終わった河北門復元現場では、最上段に水をかけていましたが、木工事の準備が着々と進められているようです。よく見ると、石垣最上段隅石には金属の部品が取り付けられているのが見えます。

積み直しのため一度解体された一の門石垣では積み直しが進められていました。二の門に隣接する東側石垣はすでに積み直しが終了し、ニラミ櫓台側の石垣の復元の真っ最中でした。
ちょうど最後の石垣の石をはめるところだったので、しばし見学していましたが、どうも最後のピースはうまくはまらなかったようで、再度外されてちょうど昼食時となって休憩となりました。石垣を積むのも簡単ではないですね。





投稿者 Tadashi : 17:00 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年08月14日
かなざわまち博2008 鶴丸倉庫一般公開
盆休みの本日(と言っても自分は休みはないですが・・・)、毎年恒例となった「かなざわまち博」の一般イベントとして1日限りの鶴丸倉庫一般公開です。
今年、金沢城公園は国史跡に、鶴丸倉庫は国重要文化財になりました。鶴丸倉庫として長年市民には親しまれてきましたが、登録名は「金沢城土蔵」です。藩政期の土蔵としては唯一の2階建て土蔵の登録文化財となりました。

中に入ると何も物がなくなりました。重要文化財登録以前は、物置として使われていたので、昨年案内していただいたときもまだ宣伝物が残っていましたが、何もなくなるとさすがに広い部屋ですね。

藩政期のものか幕末以後のものか不明な二階との昇降口を支える木組は、ここだけ他とは異なります。


始まって間もない時間だったこともあったのか、意外に関心ある人が少ないのか、思っていたよりも人はまばらでした。中を見学できるチャンスは数少ないのになあ。同じく国重要文化財の石川門櫓と三十間長屋は春と秋のイベント時に1日公開されているので、金沢城土蔵もこれから追加されると期待していますよ。
中は見れないけど、外はいつでも見ることができますよ。壁をよく見ると菱形の金具跡がくっきりと残る場所が多数あります。創建当時はあったのだろうけど、腐食して落ちたのか、戦時中の金属供給で取られたのかわかりませんが、これからの研究成果に期待です!

その後、河北門復元整備現場を見てきました。二の門石垣はすでに8段まで積み終わり、木工事を待つばかりです。

一の門も石垣の積みなおしが始まり、木工事の開始が楽しみなことです。

投稿者 Tadashi : 21:10 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年07月12日
金沢城河北門 工事はいつ再開?
金沢城河北門復元整備事業の一翼を担ってきた真柄建設が民事再生法の適用を受けた最初の週末です。土曜日は工事をやっていることも多かったですが、今日はお休みです。

二の門石垣は6月末の現場説明会のときと変わっていません。

ちょうど養生中ということもあり、7段積んで、最終の8段目を積む石は、脇でスタンバイした状態ですが、いつ再開して積まれることになるでしょうか。

地元新聞では、河北門工事は工期がまだまだ先であるため、再開優先度は低く設定されており、今後の成り行きによっては発注業者を変更することもあり得そうです。この一騒動が、12月に予定されている寄進イベントに影響なければよいですが・・・。日程がずれて真冬開催だけはやめて!
投稿者 Tadashi : 22:17 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年07月06日
土木・建設業界の不況は城郭復元にとっても対岸の火事ではない
5日、石川県内最大手のゼネコンである真柄建設が民事再生手続を開始しました。同社は今復元真っ只中の「金沢城河北門復元工事」の担当会社の一つでもあります。石川県内では、昨日完成式の行なわれた「東内惣構堀枯木橋詰遺構」を担当していた会社が昨年末に倒産して、完成が3ヶ月遅れたばかりです。金沢城河北門は予定通り北陸新幹線が金沢に来るまでに完成するでしょうか?
投稿者 Tadashi : 12:49 | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年06月28日
金沢城河北門復元 第一回現場説明会 石垣工事編
梅雨の最中に行なわれた金沢城河北門復元整備の第一回現場説明会ですが、雨が降らなくてよかったです。申し込みは午前・午後それぞれの部で20人だったと思いますが、大勢の方の申し込みに実際は40人と倍増したようです。私は午後の部で参加しました。

二の門石垣は先週から変わっていません。特に天候の悪い日が続いたわけでもないのに・・・、と思っていましたが、説明会で現在はしばし養生中だということがわかりました。

今回は二の門石垣がほぼ整備完了となったことで、「石垣工事」の説明会とのことでした。参加者にはたくさんの資料が配布されました。資料には整備計画の進め方や復元の方針などが書かれています。

しばらく休憩小屋前で説明を聞き、ヘルメットを着用していよいよ石垣付近に移動します。二の門石垣は現在7段積まれていますが、8段で完成です。

二の門石垣の間で金沢城石垣に使われている「戸室石」について、生産現場や特徴を聞きました。河北門二の門石垣は切り込み接ぎという手法で切石をぴったりと重ね合わせて積まれます。そのために、設計図どおりの型をベニヤ板で作成するそうです。昔も木型を使用していたようで、昔から苦労して積んでいたんですね。

切り込み接ぎは離れて見るとぴったりくっついているように見えますが、実は3ミリほど離れています。これは全面でぴったりあわせると、後々石が割れやすくなるので、10センチほど奥に接点がくるようにします。河北門と同型の国重要文化財である石川門を帰りに確認してみると、確かに間が空いていますが、昭和30年代の文化庁の修理工事のときに埋めてしまったところもあるようです。なんてことを!

河北門二の門

石川門二の門
話を戻して、ひととおり説明が終わったあと、しばらく自由時間が取られました。二の門、一の門をひとおり間近に見ましたが、二の門が進まぬ間に一の門は着々と積み直しのために、石が外されて、東側は根石が見えるまでになっていました。

さて、次の写真は南側石垣の東面です。この面は奥に復元された菱櫓が見てる視点として、古写真として唯一往時の石積みが確認できるところです。今回の復元ではこの面については、この古写真と同じ積み方にこだわったそうで、まだ足場があるのでよく確認できませんが、完成の暁には古写真と比べて楽しめそうですよ。

自由時間のあと、石割の実演や表面加工の体験がありました。



非常に有意義な説明会でした。今後は、「木工事」「左官工事」「屋根工事」と機会があるごとに説明会が開催されるようです。また、しばらくすると木工事が始まりましたが、その前に被さるように上屋がかかるそうです。菱櫓のときは中に入ることはできませんでしたが、今回は上屋の中に見学場所が設けられて、引続き工事の見学ができるとのことで、楽しみです。

説明会が終わってから、引続き希望者に隣で行なわれている石川門保存修理の現場説明会が開かれました。参加者の半分の方が残って説明を聞きました。私は前回の石川門の説明会には参加できませんでしたので、初めて見ることになりました。

中は、北側の新丸側が一部修復されている途中で、大部分の塀の木組みは外されたままでした。修復された木組みを見ると、真新しい木材には「平成十九年度補修」の焼印が、少し古い木材には「昭和三十二年度補修」の焼印が見られます。それ以外は昭和の保存修理以前の木材のようです。





今回は、石垣側の足場にも入れていただけました。普通は絶対に間近では見ることができない、「出し」全面の梅鉢紋も近くで見ました。貴重な体験でした。

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2008年06月21日
金沢城 河北門二の門石垣の工事は大詰め

金沢城の河北門復元整備は、二の門の石垣工事が大詰めを迎えました。先々週、積まれた段が違っていた南北の石垣も、ともにちょうど鉄骨の隠れるスレスレの位置まで積み終わり、後一段?残すのみとなっています。
番号を付けてシートが被せられていた一の門石垣も工事が進められ、石垣が外されて低くなっていました。


来週はいよいよ一般向けの現場説明会の第一回目が開催されます(すでに申し込みは終わっています)。先週末に北陸も梅雨入りし、天候が心配されるところではありますが、おそらく二の門石垣についての説明会となることでしょう。
足場が組まれていて、興味は積まれていく石垣の高さに注目がいくことが多いと思いますが、最下部の根石を調整する小さな石は今日現在すっかり見えなくなってしまいました。高さで中の栗石も見にくくなっていますので、外見上は大きな石がすでに主役です。
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2008年06月10日
金沢城河北門復元 二の門石垣はもうじき完成
百万石行列の行われた7日土曜日、行列が入城する石川門前はポールが整然と並べられていました。

当日は作業はしていませんでした。先日よりさらに作業が進んでいました。

二の門南側石垣はあと一週間で中の鉄骨が見えなくなりそうです。二段ほど積んで完成でしょうか?

北側の石垣は先日よりあまり作業が進んでいないようです。先日までは南側と北側の石垣は同じようなスピードで積まれていましたが、現在は南側の石垣が一段高く積まれた状態になりました。

今月中にはほぼ二の門石垣は完成しそうです。またレポートします。お楽しみに。
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2008年06月01日
金沢城 河北門復元整備のいま
昨日の天候とは打って変わって、今日は晴天に恵まれた。本日は知人のS氏とまた市内巡りを愉しみました。
途中立ち寄った金沢城では河北門の復元が急ピッチで進んでいました。先日の訪問から二週間、さらに一段高く、二の門の石垣は積まれていました。もう二段ほど積むと、強度のため入れられた鉄骨も完全に隠れてしまいそうです。

一の門も石垣上部が外されて、積み直し作業をしながら復元調査が始まっていました。

金沢城では小さな高麗門が「一の門」、枡形に入り、大きな櫓門が「二の門」と呼ばれます。先日検定を受けた名古屋城では逆で、高麗門が「二の門」で、櫓門が「一の門」です。
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2008年05月24日
金沢城河北門 寄進手続き来たる

「県民参加による城づくり」 ~壁板・平瓦の寄進~
主題が付いた申込書が本日届きました。これによると、今回は申込書を送るのみ。記名会の2か月前に納入通知書と記名会の詳細が届き、記名会当日に記名と「寄進の証」を受け取るようです。
さて、実際の記名会は
1回目 平成20年12月頃(壁板・平瓦両方、平瓦のみ)
2回目 平成21年5月頃(壁板・平瓦両方、平瓦のみ)
3日目 平成21年秋(壁板のみ)
となっています。今年12月と来年5月は主に平瓦の記名が中心のようです。両方申込みした者は同時に壁板の記名もできます。午前と午後の希望はありますが、平日か土日かの情報もないので実際はわかりませんが、当然報道陣が来ると予想される1回目午前中に申込みします。
まだまだ先は長いですが、楽しみですね。当日何を書くかはまだ決めていません。
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2008年05月18日
金沢城河北門復元現場 通路が・・・

昨日は非常に良い天候でした。近くまで行く用事があったので金沢城の河北門復元現場を見学してきました。10分ほど写真を撮っていたので、周囲の人には変な人に見えたかもしれませんね。
行ってみると、一の門から二の門を横目に見ながら通ることができた従来の道が通行止めになって、迂回路ができていました。一の門前の見学台だと思っていた足場は迂回路の一部でした。

おかげで今まで見ることができなかった二の門北側からの様子を間近に見学することができるようになりました。偶然、二の門石垣用の石を吊り上げる作業に出くわし、吊り上げて慎重に設置する様子を見ることができて非常にラッキーでした。






以前からの南側見学台から、上記写真を撮影していた一の門前の足場が見えます。この通路は通ることができなくなってしまったので、今まで撮影した写真は貴重な角度からの写真となったわけですね。随分高く積まれてきましたが、強度補強用の鉄筋がまだまだ見えますから作業はまだまだ続きます。

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2008年05月02日
金沢城 河北門復元はどんどん進む
先日の祝日、金沢城も訪れました。河北門復元現場は一週間ほどで二の門石垣が一段以上積まれていました。積み直しではないのでやはり早いですね。ゴールデンウィーク中に一度ぐらい見学会があるかと思っていましたが、積み終わった頃にするのでしょうか。どんどん進むので何度通っても新しい風景が見られて楽しいですね。
これ以上高くなると内側の栗石が見えなくなりそうです。三の丸側の見学台は低いし、新しく作った一の門前の見学台にも入れるようにして欲しいですが・・・

西側に廻ると、この3月に復元整備の終わった玉泉院石垣があります。石垣上の体育館はすでに営業終了し、取り壊しを待つばかりです。しかし、折角の石垣の下半分を土盛りで隠してしまうのはもったいないです。ちょっとカッコ悪いですし・・・、見慣れてないだけなのか

橋場町交差点で行われていた東惣構堀見学所の工事は石塁部分がかなり進んでいました。昨年の年度末までに整備完成予定だったのが、年末の工事業者の倒産により遅れに遅れて6月末に完成予定のようです。完成によって惣構が注目されるようになれば良いですね。

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2008年04月20日
金沢城 河北門復元 石垣積み始める
今年度に入りいよいよ復元整備が始まりました。ちょっと行っていなかった間に、あっという間に二の門の石垣は高いところで三段積まれていました。二の門の石垣復元は8月初めまで続くようです。現在積まれた石垣を良く見ると、最下段の下には根石があり、石垣の内側に裏込石が詰められていました。他の高さから推測するに、今見えている下2段ほどは埋まってしまうかもしれません。
昨日は土曜日でしたが、作業は行われており、石垣の加工が行われていました。石垣は切り込みハギで、金沢城特有の縁を数センチ削る加工をしていました。かなり細かい作業でしたが、休日に作業風景を見ることができて良かったです。




一の門の石垣復元作業は9月まで続くようですが、現在見学用の足場が組まれていましたがまだ入ることはできませんでした。石垣には1つ1つに番号札が貼られ、積み直されるのでしょうか。


石川門から入ったところには今回の河北門復元の寄進事業の案内板がありました。案内板には寄進事業での記入例が示されていました。自分はすでに申込みはしてありますが、実現はいつでしょうか?いまから何を書くか決めておかないといけないですが、それにしても楽しみですね。



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2008年02月15日
金沢城河北門復元 平瓦完売
金沢城の河北門復元整備にあわせて行われている寄進事業で、平瓦の申込みが予定していた350枚に達し、受付を終了した。
一口5,000円で完売した平瓦の内訳は、個人が296口、団体が54口。
同じく一口5,000円で申込みを受け付けている壁板は2940枚と多く、12日現在で個人186口、団体270口となっており、この数からすると、個人で平瓦のみ選択した人がかなりいるようだ。
久しぶりに寄進のホームページを覗いてみると、平瓦完売の文字と予約受付のためにWEBフォームが新設されている。
平瓦では寄進総額175万円であり、復元費用にはほど遠い。名前が残るのもひとつ記念になるのだが、先の菱櫓・五十間長屋の復元整備の際は一口8,000円で鬼瓦のミニチュアが贈られたことを記憶している。今回はこのような物で手元に残るものがないので、そういうもので別口の寄付を大々的に行なうことも県民の盛り上がりには必要ではなかろうか。というよりも私自身が何か欲しい。それこそ、戸室石でも復元図面でも何でも良いのだが。
河北門の復元工事では県民や観光客向けに工事見学会を5月頃から10回程度開催する予定のようだ。これまた前回の菱櫓のときは見学会は行われていたが、参加方法がよく分からなかった。今回は広く一般にも広報されるようで楽しみである。
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2007年11月24日
金沢城 埋蔵文化財発掘調査説明会
秋晴れの本日、金沢城河北門で埋蔵文化財発掘調査説明会があり、市民80名ほどが説明を聞きました。秋の金沢城祭2007の一事業として開催されたためか、いつもより早めの9時開始で少し遅刻してしまいました。

全体説明の後、2班に分かれて説明を聞きました。河北門修復にあたっては一の門、二の門よりもむしろ枡形を構成する土塀の構成が問題となっているわけですが、南側からは今回土留め石列が発見され、西側はゆるやかな土塁とすると、絵図にある黒い線が石列を表すのだろうという説明がありました。
次の写真では非常に見にくいですが、一番手前の立派な石の溝は近代に軍隊が作ったもので、その右端の上に数メートルの石列が残っています。近代の石溝がこの土留め石列を横切っているため、ほとんどの場所は壊されていました。しかし、石溝に使用されている石は立派なものもあります。河北門の破却の際に出た石を利用したものもあるのでしょうか。

石といえば、河北門復元に当たっては地元の戸室石を利用することが決まっていますが、午後の石垣ツアーの際に、今回の復元ではグレー(青に若干赤みがかかるような)の戸室石が多くなりそうだと言っていました。築城当時に産出した戸室石は青戸室が圧力に強かったと言われ、門の隅石や巨石は青と室が多いのですが、現在の産出する石では青戸室よりもグレーの戸室石のほうが圧力に強いそうです。
現場説明を聞いたあと、プレハブに展示された発掘された遺物の説明を聞きました。瓦は今回数点出ていますが、今日金沢城を特徴づける鉛瓦は出ていません。

16世紀初めの遺物がいくつも発見され、城内に家臣の屋敷跡があったのではないかと裏づけられたという、先日新聞報道された遺物も展示されていました。

午後からは天候も崩れてきたので、発掘現場には手際よくビニールシートがかけられました。

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2007年11月17日
金沢城 河北門見学常設ステージ
秋晴れとなった本日の昼、用事の前に金沢城に寄りました。土曜日は発掘作業も休みなのでビニールシートがかかっているのは仕方がないとして、晴天の中の金沢城を何箇所か撮影しました。

この写真は金沢城本丸南側の宮守(いもり)堀跡です。発掘調査は数年前に終わり、現在は埋め戻されています。数年後にはここが再び掘り起こされ、右側の土居が数メートル盛り上げられて復元されます。手前に少し見える石垣も数メートル積み増しされるので見ごたえあるものになるでしょう。楽しみです。


金沢城河北門の復元現場ではすでに常設ステージが設置されていましたが、今日は入れませんでした。1メートルほど高くなるだけのようなので、どのくらい眺めが変わるのでしょうか?来週土曜日には起工式があるようですが、夕方からすでに天候が崩れているので中止になるかもしれません。
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2007年11月16日
金沢城 河北門石垣は戸室石で
金沢城三御門の一つである河北門の復元整備では、城内側の「二の門」の石垣を、すべて戸室石で築くことを「金沢城河北門等の復元整備専門委員会」で了承した。
河北門は今月24日に起工式を行い、2010年3月の完成を目指す。今月から復元過程を見学できる常設ステージを取り付け、全体が素屋根で覆われる来年7月以降は素屋根内部に別のステージを設ける。石垣工事や左官工事などの節目ごとに、専門家や職人が説明する工事見学会を10回程度開く。
石垣工事は来年7月までに終え、同11月ごろには上棟式を予定している。門に使用する木材は、6割を県産の能登ヒバや杉とする。(北国新聞2007年11月15日付記事)
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2007年11月05日
金沢城発掘調査の現在(いま)
本日も金沢市に用事があり、少し早めに出かけて金沢城にやってきました。昨日来た時に気になる場所があったのですが、昼時で作業の方も昼休みだったようです。


現在の河北門現場は発掘調査の最中です。土台の石が以前よりもはっきりと表れていました。

気になる場所の1つは本丸北側の土塁です。シートが外された斜面には土層の違いで線が引かれていました。以前に調査された箇所とは近い(続きかも)と思うのですが、本丸の高さや範囲について明らかになることがあるでしょうか。


気になる場所のもう1つは鉄門前です。以前この近くも調査されていますが、今回はさらに溝や堀跡の範囲を特定する目的で進められているようです。
2箇所の現場は調査が終了すれば現地説明会があるでしょうか。楽しみですね。
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2007年11月04日
金沢城周辺は整備の最中
今日は兼六園も金沢城も観光客でいっぱいでした。本日までは金沢城の石川門櫓と三十間長屋の内部を無料公開していました。
北陸新幹線の金沢延伸に向けて金沢城とその周辺では復元・整備の真最中です。

石川門の太鼓塀は、石川門の北面に足場が組まれていました。

河北門の復元現場は休日中はほとんど防水シートを被っていましたが、被っていない一部には土台の石組列が見えていました。

本丸南側の宮守堀(いもりぼり)の南面に位置する広坂消防署は建物はすべて撤去されていました。宮守堀の復元も本格的に始まるでしょうか。

元石川県庁の北面の建物取り壊しは終了し、南面だけですっきりした感じです。城周辺がどんどん変わっていきますね。
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2007年10月26日
金沢城河北門の寄進事業 橋爪門でも
県議会土木企業委員会は25日開かれ、県側は2010年春の完成を目指す金沢城河北門復元整備で初めて取り組む瓦や壁板の寄進事業について、橋爪門や玉泉院丸庭園など今後の第二期復元整備でも活用を検討する方針を示した。
寄進事業は一口五千円を募り、河北門の瓦や壁板に記名してもらうことで、県民に復元事業への理解と愛着を深めてもらう狙い。1650万円が目標で、これまでに、瓦で62口、壁板は30口の予約があり、来年五月以降、正式に申込みを受け付ける。(2007年10月26日付記事)
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2007年10月04日
金沢城 河北門復元の現在(いま)
近くまで行ったついでに金沢城の河北門復元現場を見て来ました。本日雨の予報による影響もあるのでしょうか。防水シートをかけたまま作業は行われていました。

作業場の隅には掘り出された鉄管が積まれていました。たくさんの鉄管が埋められているものです。掘り出してしまっているということは今は使われていないのでしょうか。もともとは第九師団駐屯時代か金沢大学キャンパス時代か、後者のためでしょうか?

今年度中には石垣が積まれ始める予定ですが、こんなペースで本当に始まるのかなと思います。
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2007年09月11日
金沢城 河北門復元で寄進事業を始める
石川県は来月着工の金沢城河北門の復元事業にあわせ、壁板や平瓦の裏に県民が一口五千円で記名する寄進事業を始める。多くの県民に復元事業への理解と愛着を深めてもらう「県民参加による城づくり推進事業」の中心イベントと位置付け、第二期整備事業計画に基づき河北門に続いて復元する橋爪門でも同様の寄進事業を実施する。
今回の寄進事業の対象は2010年春の完成を目指す河北門の「二の門」の内部に使う壁板210枚と、「一の門」「ニラミ櫓台」の海鼠塀に使用する平瓦350枚。うち壁板は1枚当たり14口に分割し、計約3300口、1650万円を予定する。10日から県公園緑地課で予約を受け付け、壁板は来年5月から、平瓦は来年10月から申込み手続きを開始する。来秋以降に上棟式など工事の節目ごとに寄進者を招いて記名会や工事見学会を開く。(北國新聞2007年9月11日付記事)
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2007年02月08日
金沢城 河北門復元のいま

現在は発掘調査も一区切りして、発掘調査箇所にはシートがかけられていました。春からは石垣復元に向けて位置を確定する発掘調査が始まるようです。
看板は先日の発掘調査報告を受けて、新しい看板がいくつかかけられていました。

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2006年12月02日
金沢城跡河北門復元整備 埋蔵文化財調査現地調査会
河北門は石川門とともに金沢城三の丸の入口を成し、三の丸から二の丸への入口となる橋爪門とあわせて金沢城三御門と称されます。石川県では明治14年頃に破却された河北門を、北陸新幹線の開通にあわせ、平成22年春の完成を目指して復元整備しています。

時折雨の降りしきる寒い日となりましたが、幸いにして説明会の時間帯は雨も上がりました。新聞報道されたこともあり、説明会には大勢の人が集まっていました。


江戸時代後期の地盤は現在のものより1メートルほど下になるとのことですが、下水管工事の影響で礎石が破壊されている部分も少なくありません。反面、その発掘の過程で普段は見ることがない、石垣下の断面を見ることができました。現地説明会では、河北門と枡形の構造が良く似ている石川門において、河北門と対比した説明がありました。
1時間の説明会が終わる頃、雨が再び強く降り始めました。幸運な天候でした。
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2006年10月24日
河北門復元 来月に専門委員会初会合
石川県は、金沢城の河北門の復元整備に向け、11月下旬に学識経験者6人で構成する専門委員会の初会合を開く。専門委員会では、同門の整備だけでなく、宮守堀の水堀化も取り上げる予定。県は設計段階に加え、工事着手から完成までの作業の節目ごとに、専門委員会を開いて助言を受けたいとしている。
県では、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓を復元する際にも、各分野の学識経験者を集めた「金沢城址の石垣、櫓に関する修築・復元専門委員会」を設置している。今回の委員は次の各氏。
北浦勝(金沢大学自然科学研究科教授)
北垣總一郎(元東大阪短大教授)
北野博司(東北芸術工科大助教授)
中村利則(京都造形芸術大教授)
新谷洋二(東大名誉教授)
平井聖(昭和女子大学長)
(北國新聞 2006年10月24日付記事)
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2006年09月03日
金沢城河北門二ノ門 50分の1縮尺図見つかる
金沢城河北門を描いた絵図が金沢市内の会社役員宅から見つかり、石川県教育委員会金沢城研究調査室が鑑定した結果、河北門の中心をなす「二ノ門」を50分の1の縮尺で記録した立面図であることが分かった。これまで確認されている150分の1以下の河北門絵図では、石垣の高さや門の幅などは推測の域を出なかったが、この立面図に記載された寸法から正確な規模が特定できることになった。県は来年度から着手する河北門整備に絵図を採用し、より忠実な復元を目指す。(北國新聞 2006年9月3日付記事)
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2006年08月30日
金沢城 河北門復元 国事業に採択
平成の築城第2幕が本格化する。金沢城の第2期復元整備事業で、国土交通省は29日、石川県が来年度着工する河北門の復元工事を同省の都市公園事業に採択する方針を固めた。
河北門は石川門、橋爪門とともに「金沢城三御門」と呼ばれ、金沢城の実質的な表門だった。県は北陸新幹線が金沢まで開業する2014年度までに三御門の復元、改修を終えたい考えで、河北門については09年度末の完成を目指し、既に門の位置や形状などを確認する埋蔵文化財調査や基本設計に着手している。(北國新聞2006年8月30日付記事)
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2006年07月13日
河北門 埋蔵文化財調査に着手
石川県は、金沢城の河北門復元に向けた埋蔵文化財調査に着手した。かつての金沢城の実質的な表門だった枡形の門について、位置や形状などを優先的に調査する。基本設計と実施設計を同時に進め、来年度の工事着手、2009年度末の完成を目指す。
河北門の復元に向け、県は今年度中に専門委員会を発足させる方針。埋蔵文化財調査の結果も参考にしながら、外部の専門家らが史実を尊重した復元のあり方を検討する。(北国新聞 2006年7月13日付記事)
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2006年05月31日
金沢城 河北門09年度復元に向けて来年度に着工
金沢城の実質的な表門だった河北門が2009年度末に復元される。石川県は今年度中に実施設計と埋蔵文化財調査を終え、来年度に工事に着工する。水堀化される宮守(いもり)堀に突き出す鯉侯櫓台石垣の復元に向けた調査も始まる。
石川県は今年度中に県民参加型PR事業実施計画も策定する。復元作業のボランティア参加や、埋蔵文化財調査と工事の現場見学、公開講座、ガイドツアーなどを通じ、河北門を皮切りとする「平成の築城」第二幕への県民の意識高揚を図る狙いである。海鼠塀の瓦を県民の寄付とするなど、募金方式による財源調達の在り方も検討する。金沢城復元整備計画を紹介するリーフレットも作成する。
(北國新聞2006年5月31日付記事より)
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2006年03月21日
金沢城整備計画 河北門09年度までに復元
石川県では先日県知事選挙で現職の谷本知事の四選が果たされましたが、早速金沢城の整備計画に関して意向が示されました。
現任期中の09年度までに実質的な金沢城の表門である河北門を復元するようです。河北門は表門であるところから金沢城でも最大規模の門です。現在の観光の入口は兼六園につながる石川門であり、堀として唯一残る大手堀側の河北門は人もまばらなことが多い。ただし、大手堀との間には三ノ丸も存在しているため、観光客の流れをどれだけ変えることができるかは未知数です。
新幹線開業を睨み、次々と復元されることは喜ばしいことではあるが、財源も厳しいところであり、他県の例にあるように市民募金してもよいのでは。というより城主制度作りませんか?
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