高岡城速報展 発掘調査報告&講演会
- author: Tadashi
- 2011/11/27 16:45
高岡城は前田利長が築城した近世城郭ですが、長く公園として保存されてきて本格的な調査が行われてきませんでした。高岡市では平成22年度から価値向上の取り組みの一環として発掘調査など多角的な調査に着手しました。

今年夏には本丸広場の初めての発掘調査を大規模に行い、御殿の礎石が多数発見され、今回その成果を踏まえて速報展が城内の高岡市立博物館で行われています。

新館2階の第3展示室で行われた展示ですが、あまり広くない展示室内ではありましたが、関連する展示物と本丸発掘調査の結果について展示されていました。
現在の城内の数カ所で発掘調査が行われていて、

梅苑

明丸土塁

本丸入口付近

本丸北東部土塁

本丸児童遊園

朝陽橋付近、と6カ所で進行中、または予定の調査が行われていました。今日はブルーシートが被されていて、その実態は不明でした。

午後は市役所で特別講演会が開催されました。予約が必要でしたが、始まるまでには会場はいっぱいになっていました。

はじめに本丸発掘調査の成果が報告され、
続けて、高岡徹氏による「前田利長の高岡築城」、千田嘉博氏による「高岡城の歴史的価値」の講演が行われ、高岡城が価値ある城跡であるという認識が高まりました。
往時は本丸の周囲は石垣が巡っていたということで、土塁と堀のイメージのある高岡城が非常に近代的な印象に変わりました。
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日宮城 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2010/05/02 15:47

日宮社の鳥居をくぐり、長い参道を歩いていくと、

小高い丘が目の前に
この丘の一帯が神保氏の居城であった「日宮城跡」です。

丘を囲むように麓に用水が流れています。

上り階段のわきに看板が立てられています。

階段は急で、下から見上げるとかなりの高さがあります。

本堂の立つ頂上の境内地はそれほどの広さはありませんが、急峻な崖に囲まれ、攻めるのは大変です。

本堂横の小さな祠の先に一段低い平坦地がありますが、

まわりは大木に囲まれ、石を抱く巨木や

枝分かれする巨木など、これだけ大木が残る境内地は珍しいですね。

本堂入口の鳥居の両脇にも大きな木が立っています。見上げて撮っても天辺まで写りません。

北陸道を望むこの地に神保氏は拠点を作ったということですが、大木に囲まれた本堂のまわりからは、周囲を眺めることができません。

残念と思いながら、階段を半分ほど下りるとようやく眼下が開けます。と言っても、かなり下りてしまったので、それほど景色はよくないですね。
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安田城 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2010/05/02 14:46

安田城は豊臣秀吉の越中攻めのときに、白鳥城の支城として築かれました。攻められたのは佐々成政です。

この城跡は、ほ場整備をかろうじて逃れ、ほぼ完全な形で復元された平城です。見どころはなんといっても、まわりをぐるりと囲むこの大きな水掘です。

本丸跡も大きな土塁で囲まれ、土塁上に柵を立ててれば立派な砦であることが実感できます。

本丸跡の土塁の一角には展示室があり、

土塁の断面がそのまま残されています。

城跡に隣接する資料館の二階からは、城跡を少しだけ俯瞰することができます。

一階の展示室には安田城跡の発掘に関する経緯や遺物が展示されています。
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高岡城と高山右近
- author: Tadashi
- 2009/09/05 23:11

高岡城の大手口に、高岡城の縄張りをしたと言われている高山右近の銅像が立っています。

キリストの十字架を手に立つ右近はキリシタン大名として有名で、摂津高槻城の城主でした。バテレン追放令により流罪となった右近を前田利長が客賓として召抱え、利長の隠居所となった高岡城の縄張りをすることになったと伝わりますが、現在では築城期間に右近は加賀藩に滞在していなかった証拠などが見つかり、この説はかなり怪しくなっています。
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高岡城 石垣の巻 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2009/09/04 22:22
少し間が空きましたが、高岡城の3回目、石垣の魅力について紹介しましょう。

二の丸から本丸に渡る土橋の両側に築城期の石垣が残っています。

これだけの高さの石垣は高岡城ではここでしか見ることができません。

西側は堀のほうに下りて、すぐ傍で石垣を観察することができます。

よく見ると、刻印の残る石がたくさんあることに気が付きます。すぐに10以上は見つけることができますよ。

東側は水堀となっていて、下りて観察することはできませんが、明の丸方面から見ることができます。

他の郭や土橋では、水堀の水面に一段ほどの石積みが見えます。これは築城期のものか、城址公園整備のものか、詳細な現況調査が待たれます。
ここでひとつ城下にある遺構を紹介します。

大手口から徒歩5分のところに、大手町神明社があります。

この拝殿は、加賀藩2代藩主で高岡城を築城した前田利長の御廟の鎮守堂の遺構です。鎮守堂は明治に入って、この拝殿と本殿が五福町神明社に移築されました。後方の幣殿は後世のものです。

拝殿だけではなく、後方の幣殿の金具にも前田家の剣梅鉢紋を見ることができます。
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富山城 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2009/09/03 20:49
内堀に映る天守が絵になる富山城ですが、元々の富山城には天守はなく、戦後城址公園で開催された博覧会に合わせて建設された模擬天守です。

模擬天守は郷土博物館となっていて、富山城の歴史について学ぶことができます。数年前にリニューアルされてから、現代的な楽しい展示となりました。一見の価値ありますよ。
この博物館を眺めながら内堀を渡る橋が、二の丸から本丸に入る大手口となります。

橋を渡ると、そこは石垣虎口となっており、右に2石、左に1石、前に2石の計5石の鏡石が配されています。この5石は陰陽道の五芒星を意味するとも言われています。

その石垣を進んで、右に折れたところに鉄御門がありました。

現在、藩政期の富山城の建造物遺構として残るのは、唯一この千歳御殿の門です。戦後民間に払い下げられていたが、平成19年度に寄贈・移築されました。

千歳御殿は10代藩主利保の隠居所として、現在の歓楽街である桜木町あたりに建てられ、移築された門は御殿の正門でした。北向きに建てられた門は晴天下では陰になって絵になりません。

本丸への搦手口を入ると、佐藤記念美術館があります。

その前には今年日本庭園が整備されました。

整備前の発掘調査でここから戦国時代の素堀の井戸が発見されました。現在は埋め立てられ、位置だけわかるようになっていました。
この発見により、今まで神保氏や佐々氏の居城した中世富山城がここにあったことが初めて考古学的に証明されました。
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高岡城 井戸の巻 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2009/09/01 22:59
今日は高岡城址に残る2つの井戸についてです。

こちらは本丸の隅にひっそりと残っている本丸井戸です。なにげなくぶらり散歩していると、つい見逃してしまうような場所にあるので今までその存在も知りませんでした。


そして、三の丸にある民部之井戸です。こちらは目立つ部分にある井戸で、上屋がかかるほど重要な井戸だったようです。

高岡城に滝があることを知っている人はどれだけいるでしょうか?

城に滝?と思う人もいると思いますが、本丸にある射水神社の外周部、堀沿いにある道を歩くと、途中に石橋があります。この左手に・・・

「古城の滝」があります。この滝は藩政期のものではなく、高岡古城公園の整備と同時に新造されたものです。

その傍には太平洋戦争で掘られた防空壕の跡を見る事ができます。城に歴史あり、ですね。
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高岡城 堀の巻 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2009/08/31 23:57
しばらく土曜日に行ってきた高岡城を紹介します。

高岡古城公園の石碑は大きなものが、ここ元竹薮側と三の丸搦手口の2箇所にあります。

内堀にかかる「朝陽橋」です。藩政期はここに橋はありませんでした。この橋がなければ本丸に行くのにぐるりと回らなければいけませんが、ここを渡れば本丸に直行できます。公園整備の上では必須だったのでしょう。

この橋から眺める堀の景色はいいものです。

藩政期の堀がほぼそのまま残っている高岡城は、日本100名城にも選ばれていますが、古城公園整備の計画にはこの三の丸を囲む堀だけは埋めたてられる予定になっていた時期もありました。

しかし、広い水堀の残っている城址はまさに水鳥の楽園です。


さまざまな水鳥がいつ来てもたくさんいます。

堀に向けて一眼レフを向けている人がいたので、自分も覗いていると、被写体はカワセミでした。実物を見たのは初めてです。

亀もたくさんいて、甲羅干しをしている亀も何匹かいましたが、死んだ鯉をつついている3匹の亀がなんとも微笑ましい光景でした。両側からつつけばいいのに、同じ方向からつついているので、鯉は流されてしまって、それを追いかけながら一所懸命つついている亀には、もう少し利口になれば?と思わずにはいられませんでした。
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木舟城 富山県の城館
- author: Tadashi
- 2009/08/29 17:54
講演会の後、久しぶりに木舟城に寄って来ました。

何年ぶりに来たのでしょうか?まだ福岡町が高岡市と合併する前だったので、現在の看板が立てられ整備された城跡には少し驚きましたよ。

天正13年の大地震で陥没してしまった木舟城は、そのまま廃城となってしまい、現在は小山がわずかに残るだけです。

旧福岡町で整備されたときに設置された石碑です。数年前に範囲確認調査が行われ、地震痕などが発見されていますが、まわりの田んぼの土地改良整備のときに表土がかなり失われていたようで、わずかに残る中世の地層からいくつかの遺物が出土しています。

道路を挟んだ向こう側にもうひとつの小山が残っています。

そこには貴布祢神社があります。

社殿脇にはこの辺りにあったものか墓石が集められていました。

整備された木舟城でしたが、また天気の良い日に来ようと思います。

その後、元木舟城下町にあった実性寺に行きました。現在はかなり離れた、道の狭い場所にありました。

まずその大きさに圧倒されました。村の寺としては大規模な建物群です。

城下町時代からの力の大きさを感じることができました。
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