(?~1581)戦国~織豊時代の武将。岡部信綱の子。岡部正綱の弟とするが、数代前の分かれとする説もある。今川義元の家臣。永禄3年桶狭間の戦いで鳴海城(愛知県)をまもる。討ち死した義元の首とひきかえに開城し、駿府にかえった。のち武田信玄につかえ、遠江(静岡県)高天神城主となるが、天正9年3月22日徳川家康に攻められて討ち死に。別名に元信、長教、真幸。通称は五郎兵衛。
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(?~1581)戦国~織豊時代の武将。岡部信綱の子。岡部正綱の弟とするが、数代前の分かれとする説もある。今川義元の家臣。永禄3年桶狭間の戦いで鳴海城(愛知県)をまもる。討ち死した義元の首とひきかえに開城し、駿府にかえった。のち武田信玄につかえ、遠江(静岡県)高天神城主となるが、天正9年3月22日徳川家康に攻められて討ち死に。別名に元信、長教、真幸。通称は五郎兵衛。