(1633~72)江戸時代前期の大名。寛永10年7月21日生まれ。奥平忠昌の長男。寛文8年下野宇都宮藩主奥平家第1次3代となる。殉死禁止令に反して家臣杉浦兵衛が忠昌のあとをおい殉死したこと、また二七忌法要でおきた刀傷沙汰の処理の不手際をとがめられ、同年11万石から9万石に減じられ出羽山形へ移封された。寛文12年7月2日死去。40歳。通称は九八郎。
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(1633~72)江戸時代前期の大名。寛永10年7月21日生まれ。奥平忠昌の長男。寛文8年下野宇都宮藩主奥平家第1次3代となる。殉死禁止令に反して家臣杉浦兵衛が忠昌のあとをおい殉死したこと、また二七忌法要でおきた刀傷沙汰の処理の不手際をとがめられ、同年11万石から9万石に減じられ出羽山形へ移封された。寛文12年7月2日死去。40歳。通称は九八郎。
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