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小田 治久 (おだ はるひさ)

(1283~1353)鎌倉~南北朝時代の武将。弘安6年1月12日生まれ。元弘の乱では鎌倉幕府軍にしたがう。北条氏滅亡後は南朝に属し、常陸(茨城県)の守護職の奪還をねらう。常陸小田城を拠点に高師冬とたたかうが敗北、以後足利軍に属して南朝とたたかった。文和元 正平7年12月11日死去。70歳。常陸出身。初名は高知。

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2008年02月05日 11:03に投稿されたエントリーのページです。

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