(802~853)平安時代前期の公ぎょう。延暦21年生まれ。小野みね守の長男。文章生となり、のち「令義解」の編集にくわわる。天長10年東宮学士。承和元年遺唐副使となるが、5年大使とあらそって乗船せず、隠岐(島根県)に流された。のちゆるされて14年参議。従三位、左大弁。漢詩、和歌にすぐれ「扶桑集」「和漢郎えい集」「古今和歌集」などに作品がある。仁寿2年12月22日死去。51歳。通称は野相公、野宰相。
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(802~853)平安時代前期の公ぎょう。延暦21年生まれ。小野みね守の長男。文章生となり、のち「令義解」の編集にくわわる。天長10年東宮学士。承和元年遺唐副使となるが、5年大使とあらそって乗船せず、隠岐(島根県)に流された。のちゆるされて14年参議。従三位、左大弁。漢詩、和歌にすぐれ「扶桑集」「和漢郎えい集」「古今和歌集」などに作品がある。仁寿2年12月22日死去。51歳。通称は野相公、野宰相。
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