(1153~1221)平安後期~鎌倉時代の武将。仁平3年生まれ。小野寺義寛の子。源頼朝につかえ、源平の争乱では源範頼軍に属してたたかう。鎌倉幕府御家人の列にくわわり、文治5年(1189)奥州攻めに従軍して、出羽雄勝郡(秋田県)の地頭職をあたえられた。承久3年、承久の乱に参戦して字治川付近で討ち死にした。69歳。名は道綱ともかく。
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(1153~1221)平安後期~鎌倉時代の武将。仁平3年生まれ。小野寺義寛の子。源頼朝につかえ、源平の争乱では源範頼軍に属してたたかう。鎌倉幕府御家人の列にくわわり、文治5年(1189)奥州攻めに従軍して、出羽雄勝郡(秋田県)の地頭職をあたえられた。承久3年、承久の乱に参戦して字治川付近で討ち死にした。69歳。名は道綱ともかく。