(?~1382)南北朝時代の武将。小山氏政の子。文和4 正平10年家督をつぎ、下野(栃木県)の守護、小山城主となる。康暦2 天授6年宇都宮基綱を討ったため、鎌倉公方足利氏満に攻められる。降伏、反抗をくりかえし3度目の敗戦で逃亡中、永徳2 弘和2年4月13日自害した。通称は小四郎。法名は永賢。
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(?~1382)南北朝時代の武将。小山氏政の子。文和4 正平10年家督をつぎ、下野(栃木県)の守護、小山城主となる。康暦2 天授6年宇都宮基綱を討ったため、鎌倉公方足利氏満に攻められる。降伏、反抗をくりかえし3度目の敗戦で逃亡中、永徳2 弘和2年4月13日自害した。通称は小四郎。法名は永賢。
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