名古屋城本丸復元、文化庁が許可 着工へ道筋

名古屋市は19日、市が進めている名古屋城本丸御殿の復元を進めるうえで前提となる「特別史跡の現状変更許可」を文化庁が出したと発表した。復元場所の名古屋城跡が国の特別史跡のために必要な手続きだった。許可されたことで市は、08年度から工事を始めるため、新年度予算案に工事費を計上することを検討する。
本丸御殿は1945年5月に空襲で焼失。市は「文化力を世界に発信し、ものづくりの技と心を伝えるシンボル」として昭和60年代から復元を目指し、昨年度に基本設計を立て、今年度はより詳しい設計をしている。市は特別史跡の現状変更許可を9月に申請。文化庁は今月16日に許可した。
現在残っている、柱の基礎である礎石は、貴重な文化財であることから、市は礎石や現状の地盤面を現場で保存するため、砂や砂利で盛り土をして保護したうえで基礎を造り、御殿を復元する。2010年に玄関の一部を公開し、22年度に完成させる予定。 (asahi.com2007年11月19日21時30分記事)
名古屋城は天守をコンクリート製で復元しており、今回の本丸御殿が史実に忠実なものとするのか、そうでないのか気になるところである。
名古屋城本丸御殿復元事業ホームページ

金沢検定受験率

今朝の地元新聞には一面と社会面に金沢検定の記事が載りました。一面には受験した講義室の写真が・・・逆サイドからのアングルなので、奥のほうに写っていました。
さて、100名限定の当日受付には85名が申込みし、初級受験者は2015人。ということは・・・2800人近くの申込者がいて2000人を切ったことになろう。3割未受験というのは諦めたというよりも、最近はやりの風邪であろうか?
ちなみに、中級は366人、上級は47人が受験。今年は何名の上級合格者が出るだろう。
12月中旬には合否が分かるということだが、3回目にして初の10代と80代以上の合格者がでることになるか注目です。

初雪

今年一番の寒さとなった昨晩、石川県の平野部で初雪が降りました。今週は天候が悪いという週間天気予報でしたが、本日は予想に反して晴れています。外はさすがに肌寒いですが、雲は雪雲ではありませんので、本格的な積雪はもう少し先でしょうか?
初雪

第3回金沢検定試験 本番当日

金沢大学 金沢検定会場
本日、金沢検定本番です。とても肌寒い日となり、最近風邪が流行っているということで、空席も目立ちました。
昨年に引続き「初級」を受験しました。教室は昨年と同じ、教育学部棟の402講義室です。この部屋は報道陣の取材部屋で、今年も昨年ほどではないにしても数名の報道陣の方がいました。
今年は前も後も休みでした。部屋は学生(中学生かな?)の集団受験か、制服が多く、終了したあとの廊下は高校受験を思い出させるに十分な雰囲気でした。昨年は途中から自由に退出できましたが、苦情が出たのか、今年は5分限定で2回退出できるようになりました。
3回目ともなると出題傾向もかなりはっきりしてきて、7割の問題は過去問や予想問題の範疇、残り3割で勝負というところでした。今年は予想問題や過去問を勉強する時間が取れたので、7割については問題なし。良くて9割、悪くとも8割で合格ラインだろうと思います。
今年から合格者にはバッジが配布されるということで、どんなものが送られてくるのか楽しみです。
金沢検定ホームページ

金沢城・兼六園研究会例会 講演会「最後の藩主・前田慶寧について」

本日、金沢城・兼六園研究会の例会がありました。「どこかに出かけるときは多いけど、こういう室内の勉強会は参加が少ない」と言っている方もいましたが、確かに今後の方針を決める例会としては少ない30名ほどが集まりました。
本日の課題は「グループ活動の活性化について」です。結成から17年も経つと組織が硬直化してきたということで、どうにか活動や参加を活性化させる案はないかということで意見交換しました。いろいろな意見がありましたが、高齢化を反映してか、80対20の法則(※)がくっきりと働いているようです。20の執行部や講師予備者と80の聴衆。まあ発表者にとっては聴衆がいないと話し甲斐がないですから、何もすべての方が研究して発表する必要はないと思いますが、発表した後の爽快感や満足感はひとつのやりがいや生き甲斐となると思うのですが。
※パレートの法則といい、経済において全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという説。例として、10名の会社では上位2名で8割の売上を占める。
講演会「最後の藩主・前田慶寧について」
後半は前石川県立歴史博物館長の徳田氏により、「最後の藩主・前田慶寧について」というテーマでの講演でした。徳田氏も言っておられましたが、加賀前田氏の研究では、藩祖の利家から二代利長、三代利常、五代綱紀が先行しており、それ以降の藩主については一般書もないような状況であります。
最後の藩主となった慶寧が、幕末においてはっきりした態度をとらなかったことを明治政府を構成した薩摩藩や長州藩が、優柔不断と断言し、現在それが通説のようになっています。某有名知識人でもひと頃の安倍政権を加賀藩のようだ、と揶揄したくらいであり、徳田氏はそんな風潮を変えたい、慶寧は非凡な藩主であったということを生い立ちから説明されました。講演は青少年時代を話したところで時間切れとなり、残念ながら成人後の話にまで至らなかったが、徳田氏は今月末にも「前田慶寧と幕末維新」という題で書籍を発行されるそうで発売が楽しみである。
徳田氏は本日の北国新聞に載っていた、東京都板橋区の「加賀藩学講座」の講師も勤められるようだ。加賀藩下屋敷のあった板橋区では、定員40名のところに150名もの申込みがあったそうで急遽80名に増員したとのことだが、東京でもふるさと学習はさかんなようである。私も最後の藩主、前田慶寧については引続き勉強していきたい。

金沢城 河北門見学常設ステージ

秋晴れとなった本日の昼、用事の前に金沢城に寄りました。土曜日は発掘作業も休みなのでビニールシートがかかっているのは仕方がないとして、晴天の中の金沢城を何箇所か撮影しました。
金沢城宮守堀
この写真は金沢城本丸南側の宮守(いもり)堀跡です。発掘調査は数年前に終わり、現在は埋め戻されています。数年後にはここが再び掘り起こされ、右側の土居が数メートル盛り上げられて復元されます。手前に少し見える石垣も数メートル積み増しされるので見ごたえあるものになるでしょう。楽しみです。
金沢城河北門復元現場
金沢城河北門復元現場
金沢城河北門の復元現場ではすでに常設ステージが設置されていましたが、今日は入れませんでした。1メートルほど高くなるだけのようなので、どのくらい眺めが変わるのでしょうか?来週土曜日には起工式があるようですが、夕方からすでに天候が崩れているので中止になるかもしれません。

平成19年度史跡指定答申

文化審議会は16日、新たな史跡指定を渡海文部科学相に答申した。文部科学相は近く答申通り指定などを行う。
今年度史跡指定される城跡は以下の二つ。
・若桜鬼ヶ城跡(鳥取県若桜町)
・佐敷城跡(熊本県芦北町)
関連する史跡は一つ。
・彦根藩主井伊家墓所(滋賀県彦根市、滋賀県東近江市、東京都世田谷区)
(北国新聞2007年11月17日付記事)

日本100名城もう登城したの?

日本城郭協会から会報が届きました。話題はもちろん6月に始まった日本100名城スタンプラリーですが、すでに一番乗りされた方がいるようです。
100名城すべて 4名
北陸東海16城 1家族
中国四国22城 1名
すでに5ヶ月程経過しているとはいえ相当の早さですね。スタンプ押下強行軍でしょうか。私の予想では10カ月ほどかかると思っていたんですが、世の中には時間と財力がともにある方がいるようです。それにしてもうらやましいですね。

金沢城 河北門石垣は戸室石で

金沢城三御門の一つである河北門の復元整備では、城内側の「二の門」の石垣を、すべて戸室石で築くことを「金沢城河北門等の復元整備専門委員会」で了承した。
河北門は今月24日に起工式を行い、2010年3月の完成を目指す。今月から復元過程を見学できる常設ステージを取り付け、全体が素屋根で覆われる来年7月以降は素屋根内部に別のステージを設ける。石垣工事や左官工事などの節目ごとに、専門家や職人が説明する工事見学会を10回程度開く。
石垣工事は来年7月までに終え、同11月ごろには上棟式を予定している。門に使用する木材は、6割を県産の能登ヒバや杉とする。(北国新聞2007年11月15日付記事)

金沢城 鯉喉櫓台石垣5メートル積み復元

金沢城公園の宮守(いもり)堀の水堀化に向け、石川県は14日に県庁で開いた「金沢城河北門等の復元整備専門委員会」で、段階整備案を明らかにした。現在の地表から約3メートル掘り下げて、兼六園側の鯉喉櫓(りこうやぐら)台から中央消防署広坂出張所跡地付近までの延長約230メートルに、水面幅15.4メートルの水堀を整備する。現在は地表から高さ1メートル程度のみが突き出ている鯉喉櫓台の石垣も、藩政期の絵図に基づいて約5メートル積み増し、本来の高さまで復元する。(北国新聞2007年11月15日付記事)