金沢城いもり堀 さらに石垣作業は進む

金沢城のいもり堀鯉喉櫓台の石垣工事は一週間でかなり進みました。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
最近は土曜日に作業していないので作業風景を見る事ができません。しかも今日はあいにくの雨模様です。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
作業も中盤を迎えているので、上空からも撮影してきました。
といっても、金沢城本丸の辰巳櫓跡からです。直下にある鯉喉櫓台の作業状況はここからよく見えます。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
堀から立ち上がる西側、南側だけではなく、北側の本丸方向の石垣も積み始めたようです。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
隅石は一番早く積まれていきますね。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
下に下りてきてみると、すでに一段積み上がっている状態です。
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
金沢城いもり堀鯉喉櫓台
南側の鯉喉櫓台までの水堀も整備が始まりました。すでに完了している西側と同じ形に掘られていきます。

9月例会 「辰巳用水の国史跡申請について」

本日は、金沢城・兼六園研究会の9月例会の日でした。
辰巳用水の国史跡申請について
金沢市文化財保護課の庄田氏により、「辰巳用水の国史跡申請について」というテーマで、辰巳用水の史跡指定に向けての調査成果と現状について講演を聞きました。
辰巳用水は、東京の玉川上水、神奈川の箱根用水(3番目は他の組合せもあるようです)とともに、日本三大用水と呼ばれていますが、藩政期に作られた用水をそのまま利用している辰巳用水は全国でも稀有な存在です。
辰巳用水の国史跡申請について
現在国史跡指定範囲と考えている部分は、辰巳用水の東岩取水口から兼六園前までの流路一帯のなかで、上流部隧道、中流部開渠、下流部は天徳院附近の開渠と旧横山邸(金沢国立病院)前の開渠となっています。その中では、上流部の隧道と三段石垣が目玉ですね。
辰巳用水の国史跡申請について
辰巳用水関連施設としては、加賀藩の土清水塩硝蔵跡も発掘調査が進められていますが、一括申請か単独申請かはまだ決定されていないようです。
現在、東岩取水口のすぐ上流で辰巳ダムが建設中であり、辺りの景観はまさに様変わりしていますが、貴重な文化遺産である辰巳用水は後世まで残したいものです。
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金沢城いもり堀 鯉喉櫓台は急ピッチに作業進む

いもり堀の鯉喉櫓台の石積み工事は急ピッチに進んでいます。
金沢城いもり堀
10日ほど来ないと、どんどん積み上がっています。写真も何も残っていない新造の石垣は積むのが早いですね。
金沢城いもり堀
金沢城いもり堀
脇の通路の植え込みの高さまで石が積まれました。
金沢城いもり堀
金沢城いもり堀
裏込石も一段高かった後方の土盛りと同じ高さまで来ましたが、石垣の中は地山の上には裏込石しか入れていません。通常内側には土盛りをして、石垣の間1メートルから2メートル石を入れるのですが、すべて裏込石なんて、これでいいのでしょうか?
金沢城いもり堀
さらに着々と積めるように石が待機しています。
金沢城いもり堀
西側の土塁側も石積みが見えるようになりました。
金沢城いもり堀
よく見ると積む位置を確認するための印が貼ってありますね。
金沢城いもり堀
半年後には辰巳櫓の高石垣の前に櫓台が出現します。楽しみですね。

金沢城 河北門復元整備

金沢城復元整備は順調に進んでいるようです。
金沢城 河北門復元整備
太陽に照らされて囲いのなかのニラミ櫓の塀の輪郭がうっすらと浮かんでいます。
金沢城 河北門復元整備
隙間から海鼠塀が見えます。塀はほぼ出来ているようです。
金沢城 河北門復元整備
最近は外観がほとんど出来てきたこともあって久しぶりに行っても、あまり変わり映えしませんね。
金沢城 河北門復元整備
二の門の大屋根の天辺にある箱棟もほとんど完成したようです。
金沢城 河北門復元整備
土壁はヒビに塗り重ねられてきれいになっています。漆喰を塗る日も近そうです。
金沢城 河北門復元整備
見学台から唯一見える二の門の出窓の屋根にも鬼瓦が乗りました。
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金沢城 石川県の城館

石川門、加賀藩の金沢城のシンボル的存在です。
金沢城
観光客は兼六園から城内に入るため、兼六園との間に架かる石川橋を渡って石川門をくぐってきます。しかし、ここは金沢城にとっては搦手門です。
小立野台地の先端部に築かれた金沢城の最大の弱点はこの台地伝いに攻められることです。そこで現在道路になっている百間掘を兼六園との間に築き、石川門を建てました。門の形式は堅固な枡形です。
金沢城
金沢城の大手口は、現在唯一の水堀、大手堀が残る尾坂門です。ここは大手らしく巨大な鏡石がいくつも配置されています。ちょうど隅石として使用されている鏡石は、その厚さを実感できる珍しい巨石です。
金沢城
尾坂門を進むと、新丸の向こうに平成13年に復元された菱櫓が見えます。本丸の天守が焼失したあと、本丸には天守代用の三階櫓が建てられましたが、建造物の高さは菱櫓のほうが高く、実質の天守としての役割を果たしました。
金沢城
新丸から三の丸に入るところに河北門があり、現在復元整備中です。
金沢城
金沢城では他にも、石川門と塀が修復中、いもり堀と鯉喉櫓台が復元整備中、玉泉院丸跡が復元整備に向けて発掘調査中と、平成26年度の北陸新幹線延伸まで復元・修復ラッシュです。

高岡城と高山右近

高岡城
高岡城の大手口に、高岡城の縄張りをしたと言われている高山右近の銅像が立っています。
高岡城
キリストの十字架を手に立つ右近はキリシタン大名として有名で、摂津高槻城の城主でした。バテレン追放令により流罪となった右近を前田利長が客賓として召抱え、利長の隠居所となった高岡城の縄張りをすることになったと伝わりますが、現在では築城期間に右近は加賀藩に滞在していなかった証拠などが見つかり、この説はかなり怪しくなっています。

高岡城 石垣の巻 富山県の城館

少し間が空きましたが、高岡城の3回目、石垣の魅力について紹介しましょう。
高岡城
二の丸から本丸に渡る土橋の両側に築城期の石垣が残っています。
高岡城
これだけの高さの石垣は高岡城ではここでしか見ることができません。
高岡城
西側は堀のほうに下りて、すぐ傍で石垣を観察することができます。
高岡城
よく見ると、刻印の残る石がたくさんあることに気が付きます。すぐに10以上は見つけることができますよ。
高岡城
東側は水堀となっていて、下りて観察することはできませんが、明の丸方面から見ることができます。
高岡城
他の郭や土橋では、水堀の水面に一段ほどの石積みが見えます。これは築城期のものか、城址公園整備のものか、詳細な現況調査が待たれます。
ここでひとつ城下にある遺構を紹介します。
大手町神明社
大手口から徒歩5分のところに、大手町神明社があります。
大手町神明社
この拝殿は、加賀藩2代藩主で高岡城を築城した前田利長の御廟の鎮守堂の遺構です。鎮守堂は明治に入って、この拝殿と本殿が五福町神明社に移築されました。後方の幣殿は後世のものです。
大手町神明社
拝殿だけではなく、後方の幣殿の金具にも前田家の剣梅鉢紋を見ることができます。

富山城 富山県の城館

内堀に映る天守が絵になる富山城ですが、元々の富山城には天守はなく、戦後城址公園で開催された博覧会に合わせて建設された模擬天守です。
富山城
模擬天守は郷土博物館となっていて、富山城の歴史について学ぶことができます。数年前にリニューアルされてから、現代的な楽しい展示となりました。一見の価値ありますよ。
この博物館を眺めながら内堀を渡る橋が、二の丸から本丸に入る大手口となります。
富山城
橋を渡ると、そこは石垣虎口となっており、右に2石、左に1石、前に2石の計5石の鏡石が配されています。この5石は陰陽道の五芒星を意味するとも言われています。
富山城
その石垣を進んで、右に折れたところに鉄御門がありました。
富山城
現在、藩政期の富山城の建造物遺構として残るのは、唯一この千歳御殿の門です。戦後民間に払い下げられていたが、平成19年度に寄贈・移築されました。
富山城
千歳御殿は10代藩主利保の隠居所として、現在の歓楽街である桜木町あたりに建てられ、移築された門は御殿の正門でした。北向きに建てられた門は晴天下では陰になって絵になりません。
富山城
本丸への搦手口を入ると、佐藤記念美術館があります。
富山城
その前には今年日本庭園が整備されました。
富山城
整備前の発掘調査でここから戦国時代の素堀の井戸が発見されました。現在は埋め立てられ、位置だけわかるようになっていました。
この発見により、今まで神保氏や佐々氏の居城した中世富山城がここにあったことが初めて考古学的に証明されました。
富山市埋蔵文化財センター 富山城研究コーナー

富山城石垣ツアー

晴天の今日、遅い夏休みを取りました。目的地はここ富山城址です。
富山市郷土博物館
目的のイベントの前に、富山市郷土博物館で開催中の企画展「梅鉢紋をさがそう」を見てきました。
富山藩主に関連する品々から、富山藩の家紋である「丁子梅鉢紋」を探すという企画です。
企画展「梅鉢紋をさがそう」
ゲーム感覚でとても面白かったです。
同じ前田家といえども、本家加賀藩は「剣梅鉢紋」、大聖寺藩は「瓜実梅鉢紋」、七日市藩は「星梅鉢紋」だそうです。ちなみに、富山藩の丁子とは植物の名前です。
富山城石垣ツアー
さて、本日の目的は「石垣ツアー」に参加することです。今年初めて開催されているこのイベントは6月から始まり、今回が4回目です。基本水曜日に開催されるイベントはサラリーマンには参加できるはずもなく、11月の祝日が唯一の機会なのですが、これがために休みを合わせました。
富山城石垣ツアー
集合場所である郷土博物館前には思っていたより大勢の人が集まっています。
富山城石垣ツアー
毎回参加しても新しい発見を!ということで、今回は城内コース(基本コース)のほかに、船橋コースが準備されていました。3分の2は常連さんみたいで船橋コースに行きましたが、自分は城内コースです。
富山城石垣ツアー
最初は、郷土博物館の隣りにある屋外展示場にある石垣石から解説が始まりました。
富山城石垣ツアー
次に、郷土博物館の土台となっている本丸石垣に残る鉄御門の貫端部加工石(部屋でいうと敷居にあたる門柱を支えるための横に敷かれる木材)。石垣の崩落による積み直しにより、本来あるべき場所とは違う場所にありますが、言われないと気付きませんね。
富山城石垣ツアー
次に本丸石垣、郷土博物館の模擬天守のちょうど下の隅石として使用されている石。陰陽道の五芒星が石いっぱいに描かれています。富山城には裏鬼門となる南東方角に2箇所残っているそうです。
富山城石垣ツアー
最後に、佐藤記念美術館の建つ本丸石垣です。北向きで日陰になるところなので、苔生して非常にわかりづらいですが、明治期に積み直している部分の石が、色や積み方が違っているのがよくわかる場所だそうです。1時間という短い時間でしたが、参加できてよかったです。今後も続けてもらえれば、富山城址の復元に一役買う存在になりそうな予感がします。

高岡城 井戸の巻 富山県の城館

今日は高岡城址に残る2つの井戸についてです。
高岡城
こちらは本丸の隅にひっそりと残っている本丸井戸です。なにげなくぶらり散歩していると、つい見逃してしまうような場所にあるので今までその存在も知りませんでした。
高岡城
高岡城
そして、三の丸にある民部之井戸です。こちらは目立つ部分にある井戸で、上屋がかかるほど重要な井戸だったようです。
高岡城
高岡城に滝があることを知っている人はどれだけいるでしょうか?
高岡城
城に滝?と思う人もいると思いますが、本丸にある射水神社の外周部、堀沿いにある道を歩くと、途中に石橋があります。この左手に・・・
高岡城
「古城の滝」があります。この滝は藩政期のものではなく、高岡古城公園の整備と同時に新造されたものです。
高岡城
その傍には太平洋戦争で掘られた防空壕の跡を見る事ができます。城に歴史あり、ですね。