翼竜の謎 福井県立恐竜博物館

翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
福井県立恐竜博物館、今年の特別展が始まりました。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
今年は「翼竜の謎」ということで、プテラノドンなど空飛ぶ爬虫類がテーマです。
子供の頃は絶滅した爬虫類を「恐竜」と総称していましたが、恐竜は地上を歩く爬虫類のことで、空を飛ぶ爬虫類を「翼竜」、海に住む爬虫類を「首長竜」など恐竜とは別の分類となります。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
会場の入口は翼竜のホロスコープが飛んでいって、子供たちに大人気でした。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
天井に吊されたプテラノドンの骨格は翼竜だからとても合っていますね。オスはメスよりもかなり大きかったというのは初めて知りましたよ。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
翼竜の着地の様子は映画「ジュラシックパーク」でも再現されていましたが、どのように飛び立ったのか?について新説が映像で紹介されていて、ほとんど滑走なしに飛び立てたというのが驚きでした。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
会場では巨大翼竜の「ケツァルコアトルス」の復元模型も展示されています。翼を広げて10メートルにもなる翼竜は迫力あります。実際に飛んでいたら・・・・と思ったらゾッとしますね。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
地上に下りてもキリンと同じくらいって、見上げるくらいの大きさです。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
今日は特別講演会として、ル博士による「翼竜 ~中生代の空の王者~」の講演がありました。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
中国では翼竜の化石もたくさん出るようでうらやましい限りです。
翼竜の謎 福井県立恐竜博物館
外の芝生広場の一部を翼竜の形に刈ってアピールしていました。
展示は10月8日まで。お見逃しなく!

石動山まつり2012

梅雨まっただ中、悪天候だったけど予定していた中能登町の石動山まつりに行ってきました。
石動山まつり2012
石動山は中世に開かれた山岳寺院で、開祖の泰澄大師の命日とされた7月7日に開山祭が行われます。
石動山まつり2012
直接現地に行くには細い道を進む必要もあるので、中能登町のラピア鹿島からシャトルバスを利用して現地へ向かいます。
石動山まつり2012
開山祭は伊須流岐比古神社の拝殿で行われます。鳥居の横の手水鉢にはイワシガ池の湧き水がひかれ、名水として地元の方に親しまれています。
石動山まつり2012
拝殿には雨の中でもたくさんの人が来ていました。
石動山まつり2012
開山祭は、もとは開山堂を所掌する宝池院が執行し、明治以降も宝池院を継いだ宝池家が執行していましたが、大正10年から石動山区長が行うようになったようです。
石動山まつり2012
参拝者がイワシガ池にわき出る水をペットボトルなどで持ち寄り、祭壇に供えてあります。お祓いの後に持ち帰ります。
石動山まつり2012
読経の後、一人ずつ参拝となったので拝殿をあとにし、石動山資料館の展示を見ました。今日は拝観無料です。
石動山まつり2012
70点の石動山関係資料が並んでいます。中でも「石動山境内古絵図」は見応えあります。
受付売店に中能登町が編集した「新版 国指定史跡石動山」という書籍が販売されています(1000円)。石動山の歴史や見所、史跡整備事業として復元された大宮坊復元の過程が掲載されていて、散策の役に立ちますよ。
石動山まつり2012
開山祭のあと、大宮坊書院で記念講演会が開催されました。今日は雨のため、間の天平太鼓の演舞は中止となりました。
石動山まつり2012
石動山を護る会が25周年を迎えたということで、
石動山まつり2012
金沢学院大学の東四柳氏による「石動山と能登の霊山信仰」というテーマの講演で、能登二宮であった石動五社権現(石動山伊須流岐比古神社)が能登にどのように影響力を持っていたのかという興味深い内容でした。
石動山まつり2012
歴史公園として整備されていますが、生憎の天候ですのでまた天気の良い日に再訪することにしましょう。

読めない!?名前

新聞のおくやみ欄で変わった名前を見つけました。
変体仮名1 変体仮名2 さん
さて、何さんだと思いますか?
・・・・・
・・・・・
・・・・・
答えは、「いと」さんです。
1文字目はなんとなく「以」に見えますよね。これは変体仮名という文字らしく、ひらがなの元になった漢字をくずした字形ですね。ちなみに「と」は「登」という文字です。
親がまだ江戸時代生まれだったとかで変体仮名で名前をつけたのだと思いますが、新聞が忠実に再現するところに驚きました。
変体仮名一覧 早見表

百万石の文化講座 「前田利長・利常と前田家庶子の命運」

石川県立美術館の百万石の文化講座に参加してきました。
百万石の文化講座 「前田利長・利常と前田家庶子の命運」
今年度一回目は金沢学院大学の見瀬教授による「前田利長・利常と前田家庶子の命運」というテーマの講演でした。
前田利家と嫡男利長の兄弟に関する話で、なかなか無いテーマでもあったのですが、たくさんの聴衆が集まりました。
家を継ぐ子を家督継承者として一人決めるのがこの時代の習わしであるため、家督としての嫡子と、それ以外の庶子の問題は御家騒動に発展しかねない要素を持っていたことは確かで、前田家でも利家、利長、利常と三代までは非常に不安定な状況だったようです。
百万石の文化講座 「前田利長・利常と前田家庶子の命運」
二代藩主利長の肖像
百万石の文化講座 「前田利長・利常と前田家庶子の命運」
その弟の利政の肖像
利家と正室まつの男子は利長と利政の二人のみです。その子直之は唯一の直系男子として、前田土佐守家として前田家に仕え、現在まで存続しています。
百万石の文化講座 「前田利長・利常と前田家庶子の命運」
こんな古文書をスラスラ読めるようになりたいですね!