北国街道 津幡町指定文化財に

加賀藩の参勤交代にも使われた「北国街道」の津幡町倶利伽羅峠付近が来月に町の文化財指定を受ける。石川県教育委員会によると、同街道の文化財指定は県内初。街道の大部分は明治以降、路面の舗装や拡幅で形状が変わり果てており、同町教育委員会は往時の面影を残す一帯が学術的価値が極めて高いと判断、町指定で保存を図る。開発を免れた「道路遺産」とも言え、将来的に県指定へ格上げされる可能性もある。(北國新聞2008年8月30日付記事)

金沢城河北門復元 一の門石垣復元

ひさしぶりに金沢に出たので金沢城の様子を見てきました。
旧石川県警察本部のあった緑地では、いもり堀の復元整備の範囲確認をかねて発掘調査が行われていました。ブルーシートが被っていてどの程度の成果が出ているのかわからなかったが、何か成果があると良いですね。
金沢城いもり堀範囲調査
金沢城いもり堀範囲調査
さて、二の門石垣がすべて積み終わった河北門復元現場では、最上段に水をかけていましたが、木工事の準備が着々と進められているようです。よく見ると、石垣最上段隅石には金属の部品が取り付けられているのが見えます。
金沢城河北門復元整備
積み直しのため一度解体された一の門石垣では積み直しが進められていました。二の門に隣接する東側石垣はすでに積み直しが終了し、ニラミ櫓台側の石垣の復元の真っ最中でした。
ちょうど最後の石垣の石をはめるところだったので、しばし見学していましたが、どうも最後のピースはうまくはまらなかったようで、再度外されてちょうど昼食時となって休憩となりました。石垣を積むのも簡単ではないですね。
金沢城河北門復元整備
金沢城河北門復元整備
金沢城河北門復元整備
金沢城河北門復元整備
金沢城河北門復元整備

京都宇治川右岸 太閤堤から庭園跡

京都府宇治市の宇治川右岸に16世紀末、豊臣秀吉が前田利家らに造らせた「太閤堤」で炉や池などの庭園跡が見つかり、市歴史資料館が21日発表した。太閤堤は伏見城築城に伴う宇治川の護岸工事とされていたが、秀吉が治水目的以外にも、趣味の茶の湯で使った可能性がある。資料館の吉水利明館長は「宇治川から山河の風景を眺めながら、茶の湯を楽しんだのかもしれない」と話している。(北國新聞2008年8月22日付記事)

福井恐竜博物館特別展 絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち

盆休みの週末日曜日、晴天の中、福井恐竜博物館にやってきた。盆休み最終日と家族の日で通常展が無料ということもあってか、家族連れで一杯の博物館。最近こんな盛況なときに来たことはなかったので少しびっくり!!
目的は、毎年恒例の夏の特別展。今年のテーマは「絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち」ということで、隕石墜落による恐竜絶滅の地層「K/T層」をまたぐ生物化石に関する展示である。職員による解説イベントに参加したのであるが、7月と8月と9月に1回ずつ、7月は別の会のバス旅行日に重なるため参加できず、以前9月に参加したときは終盤でガイドブックが売り切れ寸前だったため、今年は余裕をもって8月の回に参加してみた。
福井恐竜博物館特別展 絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち
K/T層を境にして恐竜や翼竜、首長竜(これらは恐竜とは別種らしいです)は絶滅したのだが、一部は鳥として存続し、哺乳類の天下にはまだまだ年月が必要であったという説明を聞きました。
そういえばK/T層直前の白亜紀後期の化石を博物館で見ることはほとんどないと思いませんか?
理由は、K/T層前後の化石は展示品としての価値よりも、研究対象としての価値が勝るから、らしいです。
近年NHKなどでも哺乳類受難の世紀として、飛べない大型の鳥の化石も展示されており、迫力ありましたね。興味ある方はぜひ自分の目で確かめてください。
福井恐竜博物館特別展 絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち
イベントの前に通常展を見ましたが、開館当時は1地点からの固定撮りしか許されていなかった館内は、どこでもフラッシュ、三脚なしであれば撮影可能となりました。
福井恐竜博物館
福井恐竜博物館
福井恐竜博物館
福井恐竜博物館オリジナル フクイサウルス
今日の買い物は、復元モデルシリーズ第2弾「フクイサウルス」です。今年発売になったものですが、値上げラッシュの中、本モデルも第1弾「フクイラプトル」ともに1体1,200円となりました。材料費の高騰よりも近年の中国の人件費向上のほうが影響あるのかもしれません。そのうち、安く精巧なモデルを入手するのは難しい世の中になるのかもしれません。
絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち

金沢最古の大野庄用水 護岸を石積みに

金沢市は10月から大野庄用水の芳斉地区で護岸整備に着手する。コンクリート護岸を石積み護岸に改修し、一部に残る旧来の石積み護岸の部分と川底の補修工事を行う。用水に架かる三社橋の高欄もコンクリート製から木製に付け替え、金沢最古の用水にふさわしい情景をつくり出す。来年3月の整備完了を目指す。(北國新聞2008年8月16日付記事)
大野庄用水は、天正年間に完成した延長約10.2キロの金沢最古の用水。

かなざわまち博2008 鶴丸倉庫一般公開

盆休みの本日(と言っても自分は休みはないですが・・・)、毎年恒例となった「かなざわまち博」の一般イベントとして1日限りの鶴丸倉庫一般公開です。
今年、金沢城公園は国史跡に、鶴丸倉庫は国重要文化財になりました。鶴丸倉庫として長年市民には親しまれてきましたが、登録名は「金沢城土蔵」です。藩政期の土蔵としては唯一の2階建て土蔵の登録文化財となりました。
鶴丸倉庫一般公開
中に入ると何も物がなくなりました。重要文化財登録以前は、物置として使われていたので、昨年案内していただいたときもまだ宣伝物が残っていましたが、何もなくなるとさすがに広い部屋ですね。
鶴丸倉庫一般公開
藩政期のものか幕末以後のものか不明な二階との昇降口を支える木組は、ここだけ他とは異なります。
鶴丸倉庫一般公開
鶴丸倉庫一般公開
始まって間もない時間だったこともあったのか、意外に関心ある人が少ないのか、思っていたよりも人はまばらでした。中を見学できるチャンスは数少ないのになあ。同じく国重要文化財の石川門櫓と三十間長屋は春と秋のイベント時に1日公開されているので、金沢城土蔵もこれから追加されると期待していますよ。
中は見れないけど、外はいつでも見ることができますよ。壁をよく見ると菱形の金具跡がくっきりと残る場所が多数あります。創建当時はあったのだろうけど、腐食して落ちたのか、戦時中の金属供給で取られたのかわかりませんが、これからの研究成果に期待です!
鶴丸倉庫一般公開
その後、河北門復元整備現場を見てきました。二の門石垣はすでに8段まで積み終わり、木工事を待つばかりです。
河北門復元整備
一の門も石垣の積みなおしが始まり、木工事の開始が楽しみなことです。
河北門復元整備

七尾城跡の石垣修復 畠山家600年事業に間に合う

能登半島地震で崩壊した七尾市の国指定史跡・七尾城跡の石垣が11日までに修復され、約一年五カ月ぶりに姿を現した。地震後には豪雨で土砂崩れが発生するなど、一時は修復のめどが立たない状況まで追い込まれていたが、市が設立した同城跡石垣修復検討委員会などの努力により、予定通りに修復が終わった。
現在、石垣の修復が終わり、土砂崩れが発生した場所についても、植物の種子を吹き付けるなど最終的な修復作業が進められており、8月末には城跡全体の復旧が終わる見通し。(北國新聞2008年8月12日付記事)
七尾城まつりは9月13日(土)・14日(日)

金沢城 藩政末期の西内惣構

金沢市が主計町の緑水苑内で進めている西内惣構の発掘調査で4日までに、藩政末期の堀幅が現在の水路の2倍に相当する約4メートルだったことが分かった。明治初めに埋められたとみられる堀の内側の遺構が見つかり、堀幅が確かめられた。
金沢市は来年度以降の惣構の復元整備に向けて今年度から調査しており、苑内を流れ、堀の一部とされる母衣町川の水路の内側4ヵ所と外側1ヵ所で試堀を進めている。発掘場所は先月28日の水害で土砂が流れ込み、現在は土砂を除きながら調査している。(北國新聞2008年8月5日付記事)

日本100名城スタンプラリー 伊賀上野城

今回の旅行の最後は伊賀上野城です。14城目のスタンプです。
日本100名城スタンプラリー 伊賀上野城
以前1度だけ訪れたことがありますが、今回も車で津市から上野市に入りました。上野市に通じる道は狭いところが多いのでやはり不便さは感じずにはおれませんが、前回城のみだったので、今回はたっぷりと城下を散策してきました。
スタンプの図柄は内堀越しに東側から高石垣と天守を望むものですが、実際の場所では高石垣沿いに松が生えており、こんなにきれいに天守を望むことはできません。飛べれば別でしょうけど。
スタンプはきれいに押せました。2年目にあたり、インクを補充したスタンプが配布されたと聞きますが、岡崎城のようにすでに擦れたスタンプもありますので、これはやはり来場者や告知ポスターの場所の問題なのでしょうね。
日本100名城スタンプラリー 伊賀上野城

金沢城 惣構の升形復元へ

金沢市は来年度から、金沢城の西外惣構の防御施設だった「升形」の復元事業に乗り出す。同市本町一丁目で進める発掘調査で、升形の堀、石垣などを3日までに確認しており、城下町の歴史を伝える貴重な歴史遺産として後世に継承する。(北國新聞2008年8月4日付記事)