大高城下には今も寺院が多く残り、風情が感じられます。
と・・・肝心の大高城への入り口を過ぎて奥に行ってしまいました。

家の間を抜けると、小高い丘が眼前に広がります。

入り口に石碑と、反対側に

案内板が立てられています。

地図でみると、大高城のまわりはぐるりと住宅街が取り囲んでいます。

本丸からは鷲巣砦の方角に森がなんとか見えます。

本丸は広いです。親子がキャッチボールを楽しんでいました。

そんな本丸の柵の外は急な斜面となっています。

本丸と二の丸の間には内堀がよく残っているため、土橋も良好に残ります。

土橋を抜けると、二の丸です。

本丸と二の丸の間の内堀は広く、深いものでした。

斜面も急で、ここを上るのは大変です。

遠く、鷲巣砦や丸根砦も望めますし、内堀はぜひ下から眺めて欲しいですね。

少し離れたところを大高川が流れます。水量はそれほど多くありません。この川を挟んで、大高城と鷲巣砦、丸根砦が向かい合っています。さあ、鷲巣砦へ!
名古屋城検定 当日に何が起きた?
5月8日快晴の空の下、名古屋城検定が開かれました。
って、運動会じゃないので天候は関係ないですね。

今年は場所が変わって名古屋市公会堂です。試験は午後からだったので、朝から歩いてホテルから鶴舞公園まで行きました。

午前に初級試験、午後に中級試験と上級試験がある。
ともに4階までエレベータで上って、中級は右へ、上級は左へ進んだ。

上級試験申込者は120人、昨年の中級合格者の4割であったので、さすがに会場は小さい。
しかし、さすがに上級試験を受ける精鋭たちはほぼ欠席者なしだった。まわりを見るとさすがにご年配が多い。若者が少ないのは残念だ。とはいえ、昨年の中級試験もそこそこ難しかったから仕方ないか・・・

試験問題と解答用紙が配られる。なんだこの記述式しかない問題用紙は!
40問と書かれた解答用紙に、「35問正解はどう数えるのか?」という質問が・・・
ここは太線で囲まれた問題を1問と数えて50問。ということは複数解答正解問題が多いってことか。数日しか試験勉強できなかったこともあるが、ここまで記述式が多いことは想定外だった。
ここで訂正が・・・、注意事項用紙の結果発表が「平成21年6月」に、解答用紙が「第2回上級試験」になっていることが判明した。まあ大した問題ではない。
中級試験に比べると解答に時間がかかったが、それでも終了の20分ほど前に会場を後にした。終了直後の手ごたえは半分、上級試験は問題用紙を持ち帰ってよかったので、ホテルに戻って答え合わせしたところは3割だった。あいまいな記憶の部分のケアレスミスが非常に多かった。勉強もできなかったし、これで合格しては合格した人に申し訳ないか。
第1回上級試験での合格はやはり難しかった(トリプル第1回を狙っていたのになあ)。今回で傾向は分かったので、これは気合を入れて勉強し直さないといけない。今年は合格率も2、3割というところかな?
合格発表を待つまでもなく、自分は来年も名古屋来ることに決定です。2年目は今年の中級合格者を合わせても、この難易度だと敬遠する人が多いでしょうし、今年受けた人でも来年から受験しない人は大勢いそうですね。自分と同じく難易度の差を感じた人が大勢いるでしょうが、地元の人はまだ試験対策講座を受けることができてうらやましいです。

さて、鶴舞まで歩いて今日発見したことがある。名古屋には歴史関係を扱う古書店が多く、自分もよくお世話になっているが、これまではほとんど見かけなかった。どこにあるのかと思っていたら、地下鉄鶴舞線の「上前津」から「鶴丸」の通り沿いが名古屋の古本街のようです。「山星書店」「大学堂書店」「飯島書店」など、自分もよく購入する古本店がありましたが、店頭に必ずしも自分の興味ある本があるとは限らないんですよ。特殊な分野は倉庫に置いていたり、積まれた本の山に埋もれて発見できなかったり、と。それでも、ネットに載せていないような価格帯の本を店頭で並べている古本店もあるので、ネット購入とは違う楽しみがあるのですよ。今日は山星書店さんで3冊お手頃な本を見つけて購入しました。名古屋城検定はダメだったけど、これが今日の収穫です。
名古屋城 素屋根内部公開 墨出し作業

本丸御殿復元現場の最後に、この高層の建物内に入ります。

素屋根内部は、月、水、金、土日に公開されています。入り口でヘルメットを受け取り、階段で上階へ上ります。ちなみに、エレベータもありますが、障害者、高齢者用ですのであしからず・・・

階段を上ると、入り口が見えました。なんだかワクワクしますね。

入ると、建物の壁沿いに東側から西側を見下ろすようにスロープが設けられています。

こんなに広い復元現場は初めてです。

現在は「墨出し」の作業中と書かれています。

作業員の方が礎石?になるであろう石を並べて何か測っています。

作業は玄関から始まっているようです。秋には玄関の一部が公開される予定で楽しみですね。

なかなか何度も来ることは厳しいですので、どなかた地元の方レポートしてくれませんか?
名古屋城 本丸御殿復元 工事見学コーナー
ちょうど1年前のオープン時に入った天守閣前の工事見学コーナーに入ります。

内容はあまり替わり映えしないですね。


と思ったら、本丸御殿復元工事現場のライブ映像を映すモニターが増えていました。

壁に復元工事が始まる前の上空撮影写真がかかっていました。

ここに8年後本丸御殿が復元されます。楽しみですね。
名古屋城 本丸御殿復元 木材加工場を見学
雨の名古屋城です。明日の名古屋城に向けて、前日の名古屋入りです。
早速、御深井丸に行ってみると、かなりのスペースを使って木材加工場ができていました。

こちらの公開は月曜日から土曜日。日曜日はやっていませんが、土曜日もやっていない時もありそうです。

中に入ると見学通路があり、窓越しに中の見学ができるようです。平日の雨とあっては人もまばらです。

見学通路は、木材加工場、大工道具研ぎ場、原寸場と続いているようです。

今日は作業やっています。わざわざ平日に来た甲斐がありました。

じっくりと作業を見学させていただきました。ワイヤー入りの窓のため、撮影が難しかったですが、間からなんとか作業風景を撮影しました。
もちろん作業の邪魔にならないようにフラッシュは厳禁です!!

現在は木材から角材を切り出して、

ほぞ穴を開ける作業の真っ最中でした。

城郭建築ほど大きな木造建築物を作る機会は少ないですから、ここが若い人の修行の場となって、後世に技が伝えられていくのですね。

この加工場の隣りに進むと、大工道具の研ぎ場があります。

ここでは鑿の研ぎ作業をちょうどしていました。

最後の部屋は原寸場です。図面ではわからないところを実寸大で作図する場所のようです。
名古屋城 東馬出石垣修復工事
雨模様ですが、なかなか来ることはできませんので、内堀のまわりを歩きました。

すると、東馬出の石垣がいよいよ積み直されていました。

裏込めの石がたくさん見えます。

ここは石垣がはらんで崩れる可能性があるため、随分前より立入禁止になっています。

修復を終えて入れるのが楽しみですね。
雨でずぶ濡れになりましたが、雨の日でも良いことがあります。

それが、この石垣の刻印などが見やすいことです。光がなく、石がぬれて文字や模様が浮き出てくるのです。

今年は名古屋城築城400年の記念すべき年。

「はち丸」くんも出動して盛り上がっていますよ。
日宮城 富山県の城館

日宮社の鳥居をくぐり、長い参道を歩いていくと、

小高い丘が目の前に
この丘の一帯が神保氏の居城であった「日宮城跡」です。

丘を囲むように麓に用水が流れています。

上り階段のわきに看板が立てられています。

階段は急で、下から見上げるとかなりの高さがあります。

本堂の立つ頂上の境内地はそれほどの広さはありませんが、急峻な崖に囲まれ、攻めるのは大変です。

本堂横の小さな祠の先に一段低い平坦地がありますが、

まわりは大木に囲まれ、石を抱く巨木や

枝分かれする巨木など、これだけ大木が残る境内地は珍しいですね。

本堂入口の鳥居の両脇にも大きな木が立っています。見上げて撮っても天辺まで写りません。

北陸道を望むこの地に神保氏は拠点を作ったということですが、大木に囲まれた本堂のまわりからは、周囲を眺めることができません。

残念と思いながら、階段を半分ほど下りるとようやく眼下が開けます。と言っても、かなり下りてしまったので、それほど景色はよくないですね。
安田城 富山県の城館

安田城は豊臣秀吉の越中攻めのときに、白鳥城の支城として築かれました。攻められたのは佐々成政です。

この城跡は、ほ場整備をかろうじて逃れ、ほぼ完全な形で復元された平城です。見どころはなんといっても、まわりをぐるりと囲むこの大きな水掘です。

本丸跡も大きな土塁で囲まれ、土塁上に柵を立ててれば立派な砦であることが実感できます。

本丸跡の土塁の一角には展示室があり、

土塁の断面がそのまま残されています。

城跡に隣接する資料館の二階からは、城跡を少しだけ俯瞰することができます。

一階の展示室には安田城跡の発掘に関する経緯や遺物が展示されています。
発掘速報展2009

発掘速報展2009を見に、富山市安田の安田城跡資料館にやってきました。

今回、実際の現場を見ることはできませんでしたが、今年3月に富山城跡の発掘調査現場で見つかった井戸の枠が展示されていると聞き、これは見ておこうと思いました。

さて、こちらが枠板の1枚です。腐食を防ぐために水袋に保存されたままの展示です。大きな枠板ですね。他にも富山城跡で見つかった遺物がたくさん展示されていました。
金沢城 河北門完成式
ついに、この日がやってきました。平成19年に始まった河北門復元工事から、本日無事に完成式を迎えました。

一度開いたら開きっぱなしになるだろう一の門を撮ろうと行ってみたら、河北坂を上ることはできませんでした。
残念ながらこの位置から撮影です。

斜めから撮るこのアングルは門が閉まってこそ見ごたえありますね。

迂回路の金沢城兼六園事務所の裏の階段を上るところで、鳥がちょうど石垣に停まりました。

首の青いきれいな鳥でしたが、なんという鳥でしょうか?

工事が終わって少し広くなった芝生から、先に復元された菱櫓と五十間長屋がきれいなアングルで写真が撮れるようになりました。めでたい!

完成式当日もこちらのニラミ櫓台は開放されないようです。

土塁に枡形土塀の石垣はすっかり隠れてしまいました。

河北門の前には完成式を見ようとぼちぼち人が集まってきていました。

が・・・・
演説のほうは隣接で設置されたテントの中で行われて一般公開されないようです。
ちょうど馳代議士がやってきました。

漏れ聞こえるテントの中の声を聞きながら、正面ロープ1列目で待機していたところ、30分後ようやくテープカットの準備が始まりました。

と思ったら、今度はロープを外して前に出ていいですよーーー
って、待ってた苦労はどこにーーーーーー
何とか2列目を確保し、テープカットを見守ります。

今日は先日いもり掘披露式に欠席していた代議士も揃ってテープカットです。
田中代議士初めて見ました。馳代議士と並ぶと特に小さく見えますが、とても小柄な方ですね。

テープカットが終わると・・・

4本のロープが引っ張られてきて、綱引きが始まりました。

谷本知事の掛け声とともに綱が引かれ・・・
って、門の環貫は????? あれで外れていたようです。

徐々に門が開かれていき、中で太鼓の打ち鳴らされました。

太鼓演奏が終わると、拍手で完成式終了です。

枡形内部も一般開放されました。

当然枡形内部は一の門へ進む人と、一の門から引き返す人でごった返しに。

戻ってきた二の門で、谷本知事が寄進閲覧装置の説明を始めました。

寄進者に送付されてきた「閲覧カード」を装置にかざすと、その部材の使用場所が装置に表示されました。

次に・・・・!?
そう次があるのです。その書いた内容が装置に表示されるのです。まさか自分の書いた内容がデジタル保存されているとは・・・予想だにしない事態です。

二の門二階に入ると、椅子も置かれて落ち着きある空間になっていました。夜間イベントスペースとしても開放される二階は、普段は有料になるのかと思っていましたが、イベント予約がないときは無料開放されるようです。

こちらにも寄進閲覧装置が置かれ、画面を印刷できるプリンタを備えています。今日は閲覧カードも持っていきましたが、書いた内容まで表示されるのに、大勢の人の前で実演する勇気はありませんので、中を見学して帰ってきました。

二階につながるスロープ上からは、一の門とニラミ櫓台の後ろに菱櫓、五十間長屋、橋爪門が見える絶好の撮影スポットができましたが、この景色、一の門が閉まっているときに撮りたかった・・・

迂回工事用足場があったのでこのアングルで写真を撮るのも初めてです。今日は完成式で人も大勢いましたので、また空いているときに撮影する機会を設けることにします。

と、今まで気に掛けなかった河北坂沿いの石垣の刻印に日が差していたので、ふと見ると・・・
石垣にはくっきりと「星」の刻印が見えます。
これは富山城の模擬天守下の石垣にも残るものですが、富山城では、本丸南西にあるこの刻印が「五芒星」と言われる陰陽道では魔除けに使われ、裏鬼門を守るものだと聞いたことがあります。
金沢城のこの位置を南西と考えると、守るものはありませんが、逆の東北と考えると二の丸からちょうどその方角になります。そういえば、城の東北に位置する卯辰山は表鬼門を守護する霊山とされたということですから、これは二の丸から見ると同じ方角に当たりますから、まんざら見当違いとも思えませんね。これは新発見なのか!?
金沢城河北門 いよいよ来週から・・・
来年からの花見が楽しみです。

案内板も河北門といもり堀が新しくなりました。

この臨時通路からのアングルもあと数週間ですね。

桜が青空に映えてきれいです。

ふと見ると、12日から河北坂は公開に向けて工事のため通行止めとなるようです。

臨時通路もついに解体されるのですね。
金沢城 いもり掘一般公開!
ついに一般公開日となりました。今日はいい天気です。
一番のりを目指して・・・・

行ったものの、聞けば式典が終わるまでは上れないということ。そうであれば・・・

水を湛えた掘はいいですね。まだまだ暫定復元ですが。

1メートルから1メートル50センチほどの水が入ったそうですが、鯉喉櫓台の石垣は思った以上に見えますね。

反対側から鯉喉櫓台を眺めます。なぜこちら側にしか看板がないのか?

式典が終わって見に行くと・・・・すでに大勢の人が、一番乗りできませんでした。

思ったよりも櫓台上部は広いですね。

西側の端から眺めた「いもり掘」です。

こちらは東端によって眺めた「いもり堀」です。

正式名は「いもり堀園地」
新しい金沢城の名所の誕生です!

掘の金沢城側を歩いていると、鯉喉櫓台の復元に使用されずに残っていた石が並べられていました。
新しい石垣回廊の見どころのひとつとして並べられたようですが、これはいいですね。

いもり掘と今日より公開された「しいのき迎賓館」です。

ガラス張りの館内からは金沢城の石垣が一望できますが、レストラン以外で鯉喉櫓台が見えるのはここだけのようです。ここは三階の・・・・どこかは探してみてくださいね。
金沢城いもり堀 この姿は今が見納め!

金沢城いもり堀は10日に公開されます。この鯉喉櫓台へもようやく上ることができますよ!

って、水が入っていない宮守堀を見ることができるのも、あとわずかです。

そうです、来週10日は水をたたえた宮守堀を見ることができます。

鯉喉櫓台の石垣も半分ほど水の中ですから、この姿も見納めです。次見られるのは泥さらいの時?でしょうか。

このいもり堀はライトアップされるということで、どういう姿になるのか楽しみですね。

金沢城 辰巳櫓復元模型
2年計画で進められていた、北國総合研究所の金沢城辰巳櫓模型が完成して実物が見られるようになりました。

場所は北國新聞赤羽ホールの一階廊下です。今日はイベントがあって模型のすぐ横に受付のお姉さんがいましたが、折角来たのでしっかり写真に収めて来ました。ちょっと視線が痛い・・・

それにしてもよく出来ていますね。3Dプリンターという最先端の立体プリンターで作られています。

入母屋屋根の蛙股のなかの梅鉢紋もちゃんと再現されていましたよ。

側面を見ると壁に継ぎ目が見えます。ここで合わせているんですね。

外から見ると内側もしっかり作られていますが、写真は夜でないとガラス映りがあって難しいですね。
金沢城河北門 公開直前の現場へ

この足場のある風景も後わずかです。

一の門は鉄板がすべて取り付け終わり、閉められていて枡形のなかが見えません。

二の門の横の大仰な木組みは車椅子用の通路です。

健常者用はすぐ横の短い階段です。

二の門の入り口も閉められています。

二の門と菱櫓のセットは写真映えしますね。

新丸に向かう通路は狭くなってしまいましたが、すれ違った観光客の会話は
「ここっていつも工事中ね。10年前に来たときも工事してた。」
って、その時は菱櫓と五十間長屋ですね。また来てくれてありがとう!

新年度になって案内看板はまだ変わっていませんでしたが、チラシは新しくなりました。

工事中だった河北門が描かれました。

そして、こちらにはいもり掘が。

今年から石川門と三十間長屋の特別公開日が大幅に増えます。9月、12月、3月以外は週末を中心に、大型連休やライトアップ日などに合わせて公開されます。観光者には楽しみが増えますが、地元民には有難みがなくなる!?ような・・・

金沢城河北門 24日に完成式典

今日、石川県より河北門の寄進者宛に「記名内容閲覧カード」が届きました。
これは、寄進の特典として自ら記名した平瓦と壁板がどこに使われているかを示すための閲覧装置に読み込ませるためのものです。
24日には完成式が行われ、その後から閲覧装置が使用できるようになるようです。
24日の完成式の内容は今のところわかりませんが、テープカットぐらいはあるでしょうね。
大野城築城430年祭
名古屋城検定にも役立つ!?よー

開府400年を記念して編集された「古地図で歩く 城下町なごや」が発売されました!!

現代地図で散策を楽しみながら、古地図で当時を思い描くことができます。付録として正徳4年(1714)の「尾府名古屋図」がついていますが、小さいながらに文字が読めるように「クッキリ!」と印刷されています。「クッキリ!」、ここがいいですね。

この本を手に名古屋を散策すれば、きっと名古屋城検定にも役立つ!?はずですよ。名古屋の歴史通になりましょう。
「浅井三姉妹 語りと音楽でつづる大河ドラマの世界 その物語と史実の間で」
長浜城歴史博物館友の会 創立25周年威年事業として「浅井三姉妹 ~語りと音楽でつづる大河ドラマの世界~ その物語と史実の間で」が開催されるということで、長浜市にやってきました。

会場は長浜文化芸術会館ですが、13時受付開始で到着したのはまだ11時だったので、受付も始まっていません。

ということで、近くの長浜城歴史博物館を見学です。

昼食後、受付30分前に再び来ると、すでに大勢の人で賑わっています。
告知チラシには「事前申込は不要です。直接、会場へお越しください。」とありますが、350人ほどしか入らない会場ではもはや溢れること必然です。
開始20分前には予想どおり会場も満員御礼状態、さらに多くの人が押しかけているということでしたが、少々の立ち見と、ロビーでのビデオ放映、それでも入りきらずに断った人も多かったようです。主催者はここまでの人手を予想もしていなかったようですが・・・
とりあえず、自分は前から5列目で出演者にも近く、ゆっくりと鑑賞できました。

長浜城歴史博物館の太田学芸員と小和田哲男氏によるショート歴史講演の後、今までのNHK大河ドラマを彩ったオープニングテーマを地元オーケストラによる演奏で楽しみました。

第三部は太田氏の司会で、小和田氏と、来年のNHK大河ドラマ「江 姫たちの戦国」のチーフ・プロデューサーである屋敷陽太郎氏による座談会でした。
屋敷氏は富山県氷見市のご出身だそうですが、琵琶湖畔で生まれ、伊勢、三河と湖や海を臨む地で育った「江」に共感を覚える部分も多いそうで、大河では女性にも大ヒットした「篤姫」の脚本家や音楽家を揃えての楽しみな布陣であるそうです。
時代考証をつとめる小和田氏と総指揮をする屋敷氏による「江」が決まるまでの裏話や、湖北地方の登場場面など、来年の大河ドラマが楽しみになる内容でした。

今回参加費は500円ということで、資料代だったのですが資料は年表や系図、大河ドラマ一覧など、なかなかに充実した内容です。これでこの内容なら500円は安いから大勢来るよなーと思います。

長浜城歴史博物館と会場で2冊の本を購入しました。「みーな」最新刊には今日出演した屋敷氏のエッセイが巻頭を飾り、これまた来年の大河ドラマを楽しみにさせてくれます。

実は終了後に30名限定で、小和田氏のサイン会がありました。ということで、

自分も最新刊「歴史ドラマと時代考証」を購入してサインしていただきました。内容について座談会でも少し話題になりましたが、時代劇の時代考証の裏側を赤裸々に語っています。とても面白いです。
それにしても、サイン会を素通りしていく人が多かった。勿体無いことです。小和田氏はいろいろなところで講演していますが、間近で聴衆の一般人が話しかけられる機会は少なく、著書が多数あるわりには古書でもサイン入りを見たことがありません。これだけでも一歴史ファンとしては、今日来た甲斐があるというものです。

長浜は昨年の「天地人」でも、石田三成の里として盛り上がっていましたが、今年も来年に向け、好評だったパスポートが継続されました。ちょうど今日から12月4日まで使用できるもので、その名も「浅井三姉妹手帖」!一館入館ごとに「戦国英雄カード」をもらえます。長浜歴史博物館でもらった記念すべき1枚目は「山内一豊」です。「やまのうち」ではなく「やまうち」ですよ。
来年の大河に合わせて「江 go ~浅井三姉妹博覧会~」が開催されるようです。「江(ごう)」に「go(ゴー)」!、って洒落ですね。そういえば、NHK大河ドラマも「江」が50作目、「50」と書いて「ゴー」ってこちらも見た目で語呂合わせしているそうな。
金沢城いもり堀 試験湛水により満水

いよいよ来月10日に、旧石川県庁が「しいのき迎賓館」として再オープンします。現県庁にはお祝いの垂れ幕がデーンと!

イベントは音楽演奏があるだけのようです。

旧ピッチで準備を進めるため、ライトアップされています。一階のカフェを見ると、外のオープンカフェのテーブルもすでに配置されていますね。

同日にお披露目を迎える「いもり堀」は15日から試験湛水が始まり、昨日満水となりました。点検に異常はなく今日から排水の予定でしたが、夜でも満水のところを見ると延期になったようですね。

