小黒丸城 福井県の城館

小黒丸城

福井県を走っているとき、ふと目に入ってきた小黒丸城跡の石碑

小黒丸城

元はこの位置から北に50メートルほどの水田台地に石碑が立っていたらしい。

小黒丸城

北に九頭竜川、西に日野川の二大川が合流する場所に築造され、鎌倉時代に北朝方の斯波高経が守った城という。

小黒丸城

50メートルほど北の現状。圃場整備により昔の様子は知る由もないが、北に向かって緩やかに上りになっている。

若狭国吉城 福井県の城館

若狭国吉城
1年ぶりに若狭国吉城歴史資料館へ行ってきました。
若狭国吉城
常設展示も一室ながら充実していて見応えありますよ。
若狭国吉城
今日は関西文化の日という企画で入館無料。さらにハイウェイキャンペーンで絵葉書1枚、アンケート記入で絵葉書2枚いただいてきました。
若狭国吉城
秋の企画展が興味深いものが多く、今年は「城の形 国吉城の姿を想像しよう」というテーマで、山城の国吉城の在りし時を想像するもの。城の基礎知識が多かったなかで、私の見たかったのはこれ!
国吉城の発掘調査一覧。本丸の周囲から埋もれた石垣がどんどん見つかっているという情報です。受付で聞いたら、まだ調査は続いていて埋められていないということ。
早速本丸へゴー!
若狭国吉城
昨年と違ったこと。この柵ですね。麓の居館跡の上をずらりと防御。あれ?上に行けないのかと思いきや、自分で開け閉めすることで行けました。昨年は猿に遭遇したけど、イノシシなんかもいるのかもしれません。
若狭国吉城
発掘現場に到着すると、調査面はブルーシートに覆われることなく露出していました。休日の一般見学者への配慮ありがたいです。
若狭国吉城
本丸に到着する頃には天候は下り坂、早く下山しないと。
若狭国吉城
昨年発掘の真っ最中だった本丸下の堀切。
若狭国吉城
間近で見学できます。
若狭国吉城
まだこれからのトレンチもあるようです。
若狭国吉城
下の段に下りて、先の石垣が二段になって積まれている部分へ。
若狭国吉城
現在の発掘現場あたりは本丸下をぐるりと石垣が巻いていた様子がよくわかります。展示と合わせて見学するとよくわかります。もうしばらくは見学できそうですよ。
国吉城は若狭町にとって歴史上もっとも表舞台に出てきた城跡ですから、これからも多方面に調査、整備が進むと思います。ちょっと期待。

兼六園の噴水もっと古い 国内最古1861年

金沢城二の丸にあった噴水が安政5年(1858)年の絵画に描かれていることを、石川考古学研究会員の坂野さんが17日までに確認した。これまで考えられてきた噴水設置時期の文久元年(1861)より、少くとも3年さがのぼる。二の丸の噴水と言われ、同じく1861年設置とされてきたが、より古い時期に造られた可能性が大きくなった。
噴水が描かれてきたのは金沢市立玉川図書館が所属する「紙本著色金沢城二ノ丸御殿景観図」。著者は加賀藩お抱え絵師の佐々木泉景で、安政5年7月の作と明記してある。藩主の居間から日本海に沈む夕日を望む雄大な構図で、茶室近くの池に噴水が見られた。(北國新聞2011年12月18日付け記事より)

北ノ庄城 福井県の城館

北ノ庄城の天守があったと推定されている柴田神社境内に、天守が建ちました!
北ノ庄城
NHK大河ドラマ「江」で観光地として一年脚光を浴びましたが、遅ればせながら天守が復興されました。FRP(繊維強化プラスチック)製ですが・・・
北ノ庄城
柴田勝家公も喜んでいることでしょう。
北ノ庄城
絵図の残っていない天守は小早川隆景宛書状に「九重」とありますが、当時五層を越える天守はなかったため、復元も五層です。
北ノ庄城
復元は数年前の復元予想図どおりのようです。
北ノ庄城
この天守模型は永久のものはなく二年限定となっていますので、勝家公と天守をともに撮る人はお早めに!!

福井城跡展 福井県の城館

福井市文化財保護センターで「発掘が語るまちなかの歴史」というテーマで「福井城跡展」が開催されていました。
福井城跡展
場所は足羽川を渡って、足羽山の麓、旧福井城下ではない場所になりますが、県外者にはちょっとわかりにくい。
福井城跡展
福井市内でも開発のたびに発掘調査が行われ、数多くの福井城の遺構が発見されていますが、常時展示されているものは少なく、目に触れることがない遺物も多いのですが、
福井城跡展
今回はそれらを一堂に集めて紹介しています。
福井城跡展
城内だった場所、城下町だった場所、門跡、武家屋敷など状況は様々だったので、遺物もいろいろとあり、とても興味深い展示でした。
福井城跡展
福井城跡展
福井城跡展
福井城跡展
福井城跡展
福井城跡展
福井城跡展

三国湊城 福井県の城館

中世に勢力を誇った三国湊白山千手寺は、南北朝期には城郭として利用され、太平記にも登場する。
三国湊城
平城だから当時は塀と堀に囲まれていたのだろう。この場所は海岸からわずかに上がっているが、とても高台とまでは言えない場所である。
三国湊城
解説板も設置されているが、非常にわかりにくい場所にある。
三国湊城
近くには特徴的な山門の妙海寺がある。
三国湊城
現在城地はその妙海寺の西墓地として利用されている。
三国湊城
千手寺城とも呼ばれた地には、現在石像の千手観音像が立っている。

丸岡藩砲台(丸岡藩台場) 福井県の城館

三国東尋坊近くの越前松原と呼ばれる景勝地に丸岡藩砲台があります。砲台というのは近世末に外国船の侵攻に備えて海岸を中心に造られた「台場」と言われている施設です。
丸岡藩砲台
整備から長い時間が経つのでしょう。史跡内に立てられた石碑は海風に煽られて傾いています。
丸岡藩砲台
入口には駐車場も完備されていますが、雨降る日曜日の朝にここを訪れる者はいません。
丸岡藩砲台
松原というだけあって松が多いようですが、砲台は海岸沿いの低い平地に作られていました。
丸岡藩砲台
東尋坊に近いこともあるのでしょう。岩がむき出しの崖地も所々にあり、
丸岡藩砲台
台場の材となる石材には事欠かないようです。ふと、海を眺めると・・・
丸岡藩砲台
最も遠くの石の上に、今も海を見守るように一匹の鵜が止まっています。
丸岡藩砲台
大砲は撤去されていますが、その台の保存状態は良いようです。台場一帯がこれほど良好に残り、当時を想像できる場所も少ないのではないでしょうか。
丸岡藩砲台
海側から見るとこういう感じですが、すべて石積みではなく、大砲を置いた場所の両側が石垣で、後は土塁となっています。
丸岡藩砲台
内側から海を狙うとこんな感じです。先程の鵜を狙い撃ちするとこうなります。内側のほうが石垣が重厚に積まれています。
丸岡藩砲台
よく見ると、積まれた石には「嘉永」の文字が刻まれたものもありますよ。ぜひ現地で確かめてください。

吉崎御坊 福井県の城館

芦原にある吉崎御坊に行ってきました。
吉崎御坊
ここは本願寺八世蓮如が北陸布教の足がかりとして拠点を置いた場所です。
吉崎御坊
本堂のあった場所は「吉崎御山」と呼ばれ、史跡として保存されています。
吉崎御坊
高台に築かれた御坊からの眺めはよく、海が近く、物資輸送にも適した土地だったことがわかります。
吉崎御坊
本光坊了顕の墓。文明六年(1474)の吉崎御坊炎上のとき殉教した方だそうです。
吉崎御坊
祐念坊霊空の墓。北大手口参道を守護した吉崎惣道場、吉崎御坊願慶寺の開祖の墓。
吉崎御坊
蓮如お手植えの松の木ですが、今は根本がわずかに残るのみです。
吉崎御坊
蓮如上人銅像。高村光雲の作だそうです。
吉崎御坊
御本堂跡。南に面し柱間五間の大きさだったそうだが、三度の火災で焼失した。
吉崎御坊
御腰掛石。御坊があった頃からあったもので、蓮如も腰掛けだろうと「吉崎山絵図」に書かれているそうです。
吉崎御坊
見玉尼公墓。蓮如の第四子(次女)でこの地で亡くなりました。
今日は時間がなく山上のみの見学だったので、次回は麓も散策してみたい。

一乗谷朝倉氏遺跡 城戸の外を歩く 福井県の城館

下城戸の石垣と上城戸の土塁の間は、朝倉氏とその家臣が居住した空間で、「城戸の内」と呼ばれていますが、シンポジウムでそろそろ城戸の外にも注目を!という話があったので早速散策をしてきました。
一乗谷朝倉氏遺跡
下城戸の外、刑場として使用されたと言われている「武者野」と呼ばれる地です。
一乗谷朝倉氏遺跡
傍らには見つかった石像が祀られていました。
一乗谷朝倉氏遺跡
この辺りに足羽川の湊があったとも言われています。
一乗谷朝倉氏遺跡
上城戸の外、御所と安養寺跡です。
一乗谷朝倉氏遺跡
安養寺は大きな寺院だったらしく、
一乗谷朝倉氏遺跡
足利義昭が将軍になる前に朝倉氏に匿われていたときに、安養寺に隣接して御所を構えたと言われています。石垣がわずかに残っています。
一乗谷朝倉氏遺跡
隣接する御所跡。
一乗谷朝倉氏遺跡
広大な遺構には何もありませんが
一乗谷朝倉氏遺跡
隣接する西側の山裾に入口らしきものが・・・
一乗谷朝倉氏遺跡
現在も林業の方が使用されるようで道が続いていますが、三段ほど落差のある砦跡のようです。
一乗谷朝倉氏遺跡
上城戸の西側の山裾にある盛源寺。現在の本堂裏の墓地は使用されているようでしたが、
一乗谷朝倉氏遺跡
本堂までの石段脇には見つかった石像が並べられ、
一乗谷朝倉氏遺跡
本堂の建つ平地には一際大きな石像が並んでいます。
一乗谷朝倉氏遺跡
一段高い本堂は街道の見張り台としてもちょうど良い高台に建てられています。
一乗谷朝倉氏遺跡
最後に城戸の内を散策。
夕方の城戸の内は人気も少なかったですが、ここは南陽寺跡庭園の下にある瓜割清水と呼ばれる湧き水です。暑い中でしたが、水はとても冷たかったですよ。
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 南陽寺庭園
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 湯殿跡庭園
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 朝倉館跡庭園
一乗谷にはもう一つ特別名勝の諏訪館跡庭園があり、全部で4つの特別名勝があります。城戸の外も見どころ一杯の一乗谷朝倉氏遺跡でした。

一乗谷城下町 西山光照寺跡 福井県の城館

シンポジウムに参加するため一乗谷朝倉氏遺跡資料館へやって来ました。昼休みに発掘調査の真っ最中だと紹介された西山光照寺跡へ。
西山光照寺跡
資料館から徒歩5分ほどのところの山裾に西山光照寺はありました。北の庄と呼ばれた現在の福井市や府中と呼ばれた武生市(越前市)から攻めて来たとすると、最初に見える障壁がこの西山光照寺となるそうです。寺院群が砦として利用されていたのでしょうね。
西山光照寺跡
すでに整備された東側に隣接する西側を今年度は木々をすべて伐採して発掘調査しています。
西山光照寺跡
発掘前にも地表から一部が現れていた「南無阿弥陀仏」と掘られた巨石もまるまる掘り起こされていました。
西山光照寺跡
トレンチが何本も掘られていて、地山を確認しているようです。
西山光照寺跡
先程の巨石が石垣のちょうど角に当たるようです。西側の巨石群ほどではないにしても、北側の石積みも大きな石が多いです。破壊されて地上1、2段ほどしか残っていませんが、往時はとても立派な石垣が続く壮観な風景だったのでしょうね。
西山光照寺跡
寺院跡の入口に枡形になる?のかな、凹んだ石積みがありました。
西山光照寺跡
発掘調査で見つかった石像が並んでいます。
西山光照寺跡
石柱は線路からは見えるけど、見学者には見えない場所に・・・?なぜ
西山光照寺跡
さて、西側はどう整備されるのか、楽しみです。