ディアゴスティーニ 「週刊 戦国武将ファイル」創刊!

ディアゴスティーニさんには「週刊 安土城をつくる」「週刊 野鳥の世界」と2セットの購読を継続させられていますが・・・
今日また1つ購読が増えてしまいました。
ディアゴスティーニ 「戦国武将ファイル」
週刊 戦国武将データファイル」 創刊号はバインダー付きです。
2冊で580円、なぜかバインダー2冊セットより安いですな。
ディアゴスティーニ 「戦国武将ファイル」
立体的な戦場マップ
ディアゴスティーニ 「戦国武将ファイル」
立体的な城郭マップ
期待したより絵が少しちゃっちいな。とりあえず100号まで続くようですので、もう少しマニアを唸らせる内容の充実、というより本格的なイラストやCGが欲しいところですね。。

堺南砲台場 大阪府の城館

南海堺駅の西にある大浜公園にきました。
堺南砲台場
ここには、幕末に砲台が多数設置され、沿岸の防衛にあたっていました。
堺南砲台場
公園の一角には当時の石積みの一部が残されています。
堺南砲台場
菖蒲園が整備され、景色の一部となっている石積みですが、
堺南砲台場
台場跡の東側にあたる部分であり、他は開発を受けて残っていないようです。
堺南砲台場
堺「南」砲台場というくらいなので、堺「北」砲台場もあったのですが、
堺南砲台場
現在は、工場が立ち並ぶ地域として開発を受けており、全く痕跡が残っていないようですが、観光客は近くの旧堺灯台は見に行っても、堺南砲台場跡は見に来る人がほとんどいないようなのが残念です。

国見城 大阪府の城館

あいにくの雨でしたが、大阪府堺市の国見城跡へやってきました。
国見城 仁徳天皇陵
って、ここは「仁徳天皇陵」じゃないか?と思われたかもしれませんが、ここは戦国時代、讃岐・摂津を拠点とした三好氏により城跡として使用されたことがある、れっきとした城なのです。
国見城 仁徳天皇陵
30代以上の方は学校で「仁徳天皇陵」と習ったと思いますが、今は「大仙陵古墳」というのが正式名のようですね。
国見城 仁徳天皇陵
5世紀中期の築造と考えられている仁徳天皇陵は、全長約486メートルの日本一巨大な古墳です。
天然の城郭となった訳は・・・
国見城 仁徳天皇陵
この古墳のまわりを囲んでいる大きな水掘です。
国見城 仁徳天皇陵
現在は宮内庁の管轄で、一番外側の掘より中には入ることはできませんが、
国見城 仁徳天皇陵
三重にめぐらされた堀はそれぞれに幅が広く、
国見城 仁徳天皇陵
鉄壁の平山城の備えですね。本当に大きい、平地の堺市内からは山のように見えます。

金沢城 玉泉院丸発掘2010始まる

金沢城 玉泉院丸
今年度の玉泉院丸跡の発掘調査がゴールデンウィーク明けから始まりました。
金沢城 玉泉院丸
今年は昨年の第四地点。玉泉院石垣コースからみると手前の部分です。
金沢城 玉泉院丸
この地点は玉泉院丸の色紙短冊石垣のちょうど真下にあたる部分ですが、
金沢城 玉泉院丸
玉泉院丸の大池の一番奥まった部分でもあります。
金沢城 玉泉院丸
藩政期の絵図にはこの場所に石組と導水路を描いたものがあり、古文献に11代藩主治脩の改修した滝の遺構が見つからないかどうかに期待がかかっています。

金沢城 晴天の中のいもり堀はいいねえ

金沢城 いもり堀
ゴールデンウィークを過ぎて、金沢は人出も一息ということころでしょうか?
金沢城 いもり堀
ここ、いもり掘の鯉喉櫓台もようやく無人の状態で撮影できるようになりました。
金沢城 いもり堀
金沢城 いもり堀
広い櫓台から見る水堀はいいですね。金沢城のもうひとつの水堀、大手掘は高台から望むというような立地ではありませんから。
金沢城 いもり堀
金沢城 いもり堀
本丸の石垣といもり堀がいい風景です。金沢へいらした際はぜひ鑑賞してくださいね。
金沢城 いもり堀

桶狭間古戦場を巡る旅(・・・かなり強行軍)

名古屋城検定を終えた日曜日、快晴の中、桶狭間古戦場をめぐりました。
行程は、JR名古屋駅→JR大高駅→大高城→城下の寺社→鷲津砦→丸根砦→桶狭間神明社→戦評の松→長福寺→桶狭間古戦場公園→おけはざま山→高徳院→名鉄中京競馬場前駅→名鉄鳴海駅→中島砦→城下の寺社→鳴海城→善照寺砦→丹下砦→星崎城→JR笠寺駅まで、総時間8時間の徒歩の旅です。
各城館レポートは別記事として書きましたので、ここでは桶狭間古戦場の話題を。
桶狭間古戦場公園
名古屋市緑区有松町にある「桶狭間古戦場公園」です。
桶狭間古戦場公園
ここには「今川義元の供養碑」があります。
桶狭間古戦場公園
以前は他に何もない公園だったようですが、今は桶狭間の戦いを再現するため、主要な城館などを石に見立てて配置したジオラマが今年3月に作られました。
桶狭間古戦場公園
義元軍と信長の行軍路をわかりやすく理解できるようになっています。
ジオラマの手前にある2つの大きな石も・・・
と思いきや、これは義元と信長の銅像の台座だそうです。
桶狭間古戦場まつり
そうです。自分が訪れたのは「桶狭間古戦場まつり」のちょうど一週間前だったので、まだ銅像が運び込まれていませんでした。2、3日後に設置されるということで、ある意味では貴重な写真です。
桶狭間古戦場公園
この辺りは「義元公首洗いの泉」があった場所とされ、近年でも区画整理の際に湧き水がでたそうですが、今は何も痕跡がないので、公園内に泉を模したモニュメントが作られました。
桶狭間古戦場公園
ここを訪れたとき、ちょうど地元ボランティアガイドの方と会い、しばし歓談していましたが、一週間後のまつりに「泉にも何か欲しい!」という意見があったらしく、桶を持ってきていました。
「桶」狭間だけに手「桶」を水に浮かべて、と少し駄洒落風ではありますが、これが桶を浮かべた記念すべき初ショット写真でありますよ!
その後、ボランティアガイドの方と別れて、おけはざま山の方角へ。
と、公園は山の中腹にあるのでさらに高い場所へ上りましたが、ガイド本にある「おけはざま山」の石碑が見つからずウロウロしているうちに、頂上あたりを行ったり来たりしたので、その場所からの眺めを収めました。今は住宅が立ち並んでいて、パッとは開けていませんが、当時はこのあたりは田畑だったわけで、見晴らしは良かったことでしょう。
おけはざま山
と、さらに住宅街をウロウロしていると、山頂と公園の中間ぐらいのアパートの前に石碑を発見!
おけはざま山
ガイド本にはこのアパートの名板が写っておらず苦労しました。
古戦場の各城館は数時間で移動できるような近距離に位置するため、奇襲するには時間との勝負だったはずだなあ、と当時を振り返ることができました。

星崎城 愛知県の城館

星崎城
電車の写真・・・
ではありますが、奥に見える一段高い台地上に「星崎城」があったと伝えられています。
星崎城
現在、城跡は「笠寺小学校」の敷地となっています。
星崎城
校庭などもあり、かなり広い平坦地がもともとあったと推定されます。
星崎城
が、遺構らしきものは地形以外は何もないですね。

丹下砦 愛知県の城館

鳴海城の北側に位置した砦が丹下砦です。
丹下砦
しかしながら、丹下砦は実際にどこにあったかわかりません。開発が進んだため発掘調査がままならない状況もありますが、遺跡分布図の推定値がこの辺りです。
丹下砦
駐車場から西側をのぞむと平野が広がっています。
丹下砦
下から同じ場所を見上げると、こんなに落差があります。
丹下砦
奥に見える台地のどこかに丹下砦があったのでしょうね。

善照寺砦 愛知県の城館

鳴海城を東に、台地を上っていき、ひときわ高くなっている場所まで来ると、ここが「善照寺砦」跡です。
善照寺砦
現在は「砦公園」となっていますが、周辺道路からの高低差もかなりあります。
善照寺砦
山頂の公園はそう広くはないですが、
善照寺砦
ここからは大高や桶狭間の方角がよく見えたことでしょう。
善照寺砦

鳴海城 愛知県の城館

名鉄鳴海駅を北側にしばらく行くと、鳴海城跡があります。
鳴海城
成海神社の境内に「史跡 鳴海城址」の石碑がありますが、
鳴海城
境内は城跡の西端あたりになります。
鳴海城
境内から駅方向に向けてなだらかに傾斜しています。
鳴海城
道路を渡って、東方向に歩くと、
鳴海城
「鳴海城跡公園」がありますが、公園整備のため、遺構らしきものはありません。
鳴海城
が、公園から眼下をのぞむと、ここが山上にあることがよくわかります。鳴海城跡は数回にわたり発掘調査がされており、ちょうどこの公園のまわりの道路などで行われているのですが、道路の下に堀跡などが見つかっています。