続日本100名城スタンプラリー 玄蕃尾城②

玄蕃尾城

訪城時にはスタンプがまだ準備されていなかった玄蕃尾城へ帰りに寄ってきた。

玄蕃尾城

着く頃には辺りは真っ暗になってしまった。車のライトを頼りにスタンプを押す。
いつの間にか駐車場に仮トイレができていた。

続日本100名城スタンプラリー 鎌刃城

鎌刃城

滋賀県米原市にある鎌刃城。続9城目

鎌刃城

スタンプは麓の中山道番場宿に設置された

鎌刃城

パンフレットボックスの横に置いてあります。24時間いつでも押せます。

鎌刃城

ここの鎌刃城への案内が書いてありましたが、城まで40~50分かかるようです。
さらに山道にはヒルが出るとあり、下調べが甘かった。

鎌刃城

宿場から見えるこの方向に城跡があるのだろうけど、今回は宿場をまわることにした。

鎌刃城

明治天皇番場御小休所

鎌刃城

その隣に本陣跡があった。

続日本100名城スタンプラリー 八幡山城

八幡山城

近江八幡市にある八幡山城。続8城目

八幡山城

八幡山ロープウェーに乗る。

八幡山城

約4分で山上駅に到着する。

八幡山城

スタンプはその山上駅にある。スタンプの場所には認定証も

八幡山城

山上駅から八幡山城の郭をめぐるのに30分かからない。

八幡山城

西の丸

八幡山城

西の丸から北の丸へ向かうときは本丸石垣沿いを進む。樹木で隠れた部分も多い石垣だが、この西側部分は見やすい。

八幡山城

北の丸

八幡山城

本丸への階段途中に山門が建つ。両側に大きめの石が積まれている。スタンプはどこかこの辺りか?

八幡山城

本丸には日蓮宗村雲瑞龍寺門跡が建っている。

八幡山城

本丸からの眺めはいい。他に二の丸の展望台に城跡関連の資料が展示されている。

続日本100名城スタンプラリー 玄蕃尾城

玄蕃尾城

福井県と滋賀県の県境にある玄蕃尾城に行ってきました。
柳ヶ瀬トンネルの直前で左折して上ります。

玄蕃尾城

福井側の登城口に到着。本来はこの駐車場にスタンプがあるはずだったのですが・・・・
まだ冬期ということなのかありませんでした。スタンプは次回

玄蕃尾城

来たので登ります。

玄蕃尾城

途中、行市山砦との分岐に出る。

玄蕃尾城

この後、尾根に出ると一面の雪景色になった。

玄蕃尾城

案内板には、主郭と2つの馬出郭、3つの虎口郭があると書かれている。

玄蕃尾城

南虎口。雪に覆われていると写真に写したときに凸凹がわかりやすい。

玄蕃尾城

主郭

玄蕃尾城

主郭の隅に櫓台がある。

玄蕃尾城

こんな雪でも2人とすれ違った。
やはり寒いので出直したほうが良さそうだ。

高宮城 滋賀県の城館

高宮城

彦根市の高宮にあった高宮城。江戸時代には中山道の宿場町高宮宿として栄えた地である。

高宮城

平地城館で、石碑の建つ高宮小学校(左)や高宮幼稚園(右)の辺りにあったと伝えられている。

高宮城

高宮小学校の校庭にはかつて井戸があったという。

高宮城

学校敷地に沿って流れる五社川が城館の堀の名残らしい。

高宮城

高宮城を納めた高宮氏の菩提寺高宮寺

高宮城

境内に高宮氏歴代の墓所が残っている。

大津城 滋賀県の城館

大津城
大津市の京阪浜大津前の大津港駐車場の一角に「大津城跡」の石碑が立っています。
大津城
大津城は琵琶湖に面した平地に築造された水城で、関ヶ原合戦の前哨戦、大津城籠城戦でも有名な城です。その時の城主が浅井三姉妹の二女初の嫁いだ京極高次でした。
NHK大河「江 姫たちの戦国」でも描かれていたので、一般の方にも有名になったことでしょう。
大津城
浜大津駅までの歩道橋に上ると、琵琶湖を一望できます。海の港とは少し違いますね。
大津城
比叡山も見えますよ。もう少し晴れていれば・・・
大津城
この歩道橋の下、国道を含めて浜大津駅周辺が大津城の本丸があった場所です。
大津城
交差点を電車が行き交います。ちょうど「源氏物語」のラッピング電車が行きました。
後で知ったけど、ここを「けいおん!」のラッピング電車も走っているようです。
大津城
10分ほど歩いて大津市のアーケード街へ
日曜午前中にしては人がまばらな商店街です。今はどこの商店街も苦しいのだろうけど、あまりにも・・・
それとも日曜だから人が少なかったのか?
大津城
「大津百町館」、奥が明治の商人屋敷となっているところで、今日は時間がなかったので次回に。
大津城
入口の大津町の模型はしばらく眺めてきましたよ。
大津城
中に「大津百町おもしろ発見地図」(200円)という、現在の道路に、大津城の縄張りと城下町であった大津百町の町名が書かれた地図が売っていました。今はほとんど破壊されて面影の残っていない大津城を感じながら散策することができますよ。
大津城
アーケード街にある大津祭曳山展示館
大津城
その横(右が大津祭曳山展示館)の空地の奥に、大津城を唯一偲ぶことができる外堀の石垣が残っています。元々は建物があって、ここもやはり見えなかったのかもしれません。
大津城
堀の石垣なので、城内の石垣よりは積み方が少し雑かな?
大津城
左側は5メートルほど行って右に曲がっています。
大津城
右側はずっと続いているように見えますが、2メートル先からは積み方が変わっています。
大津城
この石垣の場所は先程のおもしろ発見地図によると、外堀の南東隅近くの内側の石垣ということになりますね。
他に大津城を偲ぶ場所もないですから、もっと見学しやすくしてもらいたいです。それと、この場所どこになるか最初わからなかったんですよ。案内看板もないですし、せめて大津城跡の石碑近くに立ててくれないでしょうか。
「講座 近江の姫たち」
今日の目的は、コラボしが21で開催された「講座 近江の姫たち」に参加することでした。
「講座 近江の姫たち」
定員200名のところ、130名ほど集まりました。昨年はNHK大河「江 姫たちの戦国」で大変盛り上がった湖北地区ですが、その時流に乗って地元の滋賀県教育委員会もこの歴史遺産を地元に深く浸透させようと、数多く探訪会を行って来ました。今日はその総まとめというところでした。
「講座 近江の姫たち」
先着100名にお土産がもらえるとあって、開場30分前に入りましたがその甲斐ありました。各探訪会で配布された資料の数々です。遠方からは足繁く通えませんからね。観音寺城探訪会だけは参加しましたので、これは2冊目になりました。
大津宿名物 走り井餅
帰りにはSAで東海道大津宿の名物「走り井餅」を買って来ました。

観音寺城を探検する2011

滋賀県文化財保護課主催の「観音寺城を探検する2011」に参加してきました。
観音寺城を探検する2011
今日はこの観音寺城に上ります。早めに安土入りし、なかなか行けていなかった考古博物館で図録を購入してから集合場所に向います。
観音寺城を探検する2011
集合場所は五個荘の「ぷらざ三方よし」です。ちょっと迷いましたが何とか辿り着きました。
観音寺城を探検する2011
やはり年配の方が多いですね。小さな子供連れの親子もいます。
これまで桑実寺口、石寺口、近江風土記の丘口は通ったことがありましたが、今回の川並口は初めてです。これで観音寺城の4つの登城口を制覇できます。
観音寺城を探検する2011
川並の町並みを通り、結神社の境内から登山道を上ります。
観音寺城を探検する2011
最終列でゆっくりと登り始めたけど、途中子供たちはやはり疲れたようでペースが落ちてきた。
観音寺城を探検する2011
八分ほど上ったところで休憩所があって、そこからの景色が絶景だった。今日はいい天気に恵まれて良かった!
観音寺城を探検する2011
まずは伝布施淡路丸から探検スタートです。
観音寺城を探検する2011
そこから大土塁に向かって、大見付、伝伊庭丸、伝馬場丸と通り、もうひとつの伝伊庭丸まで行きました。
観音寺城を探検する2011
この伝伊庭丸と隣りの伝三井丸は大土塁側に二重になった石垣が残っています。上を歩くだけでは気が付きませんね。
観音寺城を探検する2011
伝三井丸を出て、さらに伝馬淵丸(上から)、伝沢田丸を通り、
観音寺城を探検する2011
本丸に到着です。
観音寺城を探検する2011
さらに伝平井丸を通り、伝池田丸まで行ってここで昼食でした。ここが観音寺城で○○丸と付いた中では一番広い郭でしょうね。
観音寺城を探検する2011
そこから下に下り、巨石が並ぶ女郎岩
観音寺城を探検する2011
ここからは向かいの箕作山が眼下によく見えます。
観音寺城を探検する2011
さらに下りて、伝木村丸へ。ここから池田丸まで戻らなくてはいけなかったのが辛かった。
観音寺城を探検する2011
そして観音正寺で休憩です。
観音寺城を探検する2011
最後に伝目賀田丸に行きました。ここには井戸跡が残っています。石積みのある井戸でよく残ったなーという感じです。
帰り道は下りなので楽でしたが、雨が降って濡れていたら大変な行程でしたよ。そうでなくとも四時間以上の行程、足はガクガクです。

敏満寺城 滋賀県の城館

名神多賀SA上り線(名古屋から京都方面)に隣接して、敏満寺城跡があります。
敏満寺城
多賀SAのある青龍山一山が敏満寺であったので、サービスエリアとなっている場所もその一部です。
敏満寺城
敏満寺は、青龍山を御神体として12~15世紀頃に繁栄した寺院で、当時は比叡山を凌ぐとも言われています。そのため、その勢力は戦国時代にあって無視されることなく、浅井長政や織田信長に幾度も攻められて焼失し、再建されることはありませんでした。
敏満寺城
サービスエリアから故宮神社に至る遊歩道沿いの発掘では、坊跡や井戸跡、鍛冶場跡、火葬墓跡が見つかり、
敏満寺城
一部土塁と思われる遺構もあります。
敏満寺城
10分ほど歩いて、故宮神社に到着しました。
敏満寺城
広い境内のようです。
敏満寺城
境内に旧敏満寺の古井戸と焼石塚が残っています。
敏満寺城
西側から入る大鳥居まで来ました。
敏満寺城
大鳥居を入ると急な階段が続いています。要害ですな。
敏満寺城
境内の一部に残る石垣は敏満寺のものか、神社のものか判断しづらいですが、立派な寺院だったのでしょう。
敏満寺城
社務所の庭園は名勝に指定されているそうですが・・・
敏満寺城
なんかどことなく荒れ果てている雰囲気があります。
敏満寺城
観音堂の横に
敏満寺城
石仏が並んでいます。
敏満寺城
拝殿と
敏満寺城
その後ろの本堂となります。
敏満寺城
拝殿前にあった神社パンフレットをいただいてきました。
敏満寺城
境内から見渡す景色はよい眺めです。こちらは安土方面。
敏満寺城
そして、彦根方面となります。右端が多賀SA下り線となります。

小谷城・大嶽城 滋賀県の城館

先月の続いて小谷城に登ってきました。前回は時間がなく、南側の峰を本丸までしか行けませんでしたが・・・
小谷城
今日は9時に小谷に乗り込んで、まだ一度も登ったことのない北峰から登ることにします。
小谷城
麓の清水神社鳥居から登ります。
小谷城
5分ほど登るとお社に出ました。舗装はここまで、この先は山道です。
山崎丸
山城らしい道を進むと、20分ほどでようやく山崎丸に出ました。
山崎丸
土塁や空堀など良好に残っています。写真ではあまりお伝えできないのが残念です。山城の楽しさを知った身には楽しくてしょうがない場所ですね。20分ほど歩きまわっていました。
山崎丸
まだまだ峰の序の口だけど、ここでもかなりの高さで、いい眺めです。
福寿丸
さらに登って20分ほどでしょうか。第2の砦、福寿丸に到着です。先の山崎丸もそうですが、この砦は浅井氏により築城されたものではなく、応援に来た朝倉氏により築城されたものです。ここで今日2組目の2人組とすれ違いました。しかし、その2人組は案内板を少し眺めただけで下の方に降りていきました。
福寿丸
しかし、福寿丸の魅力はこの案内板の奥です。勿体無いことを!
山崎丸以上の深い空堀や高い土塁がめぐっています。ここでも時間を忘れて数十分歩きまわっていました。
福寿丸
山崎丸より高所の福寿丸では、山本山城や賤ヶ岳の奥に、雪がおおった越前の峰々が続いています。
福寿丸
さらに登っていきますが、さすがに疲れてきました。麓から1時間ほど登ったところで、南峰全体が見えてきました。いつもは反対側からこちらを見ているんだよね。
左奥に伊吹山も今日はきれいに見えます。
小谷城
南北の峰に挟まれた清水道と城下が見えてきました。その先に虎御前山が見えます。この景色は南峰からは臨めませんね。
大嶽城
大嶽城がどこからか区別が付かなかったですが、最初の大きな郭の入口の内側には石積みがまばらですが残っていました。
大嶽城
登山道を外れて大きな竪堀や帯郭を見に行きました。春先は草が枯れてて縄張りが見やすいですが、枯れ葉が積もっていて斜面はとても厳しかった。
大嶽城
そうこうしながらも2時間ほどで山頂の大嶽城に到着しました。ここまですれ違ったのは5人。ここもまだ・・・・
大嶽城
と思ったら、大勢のご年配に一の郭は占拠されていました。今日、地元の歩こう会があったようです。
大嶽城
一の郭のまわりは先の砦とは違い土塁や空堀も規模が大きく、山城の醍醐味を感じることができます。
大嶽城
大嶽城のまわりは木々で覆われていて景色はよくないですが、北側の郭から丁野方面を望むことができました。眼下に丁野山、山本山城、竹生島が見えます。
やはり高いなー!
一仕切楽しみましたが、予定時間を大幅に超過してしまいました。南峰を下ります。下る途中、さらに多くのご年配とすれ違いました。みなさん元気だな。
岩尾
途中、岩尾という場所に出ました。
岩尾
ちょうど良い眺望所となっていて、南には伊吹山。
岩尾
眼下には小谷城の南峰を見下ろすことができます。この景色は疲れが癒えますね。
月所丸
大嶽城、月所丸、清水道、六坊の交差点まで降りてきました。ここから月所丸に進みます。途中狭い道もあり、邪魔になる木が切ってありましたが、足を踏み外せば急な斜面を転げ落ちるような危険な場所も。ご年配には無理ですね。
月所丸
この砦も朝倉氏の築城のようです。
月所丸
小さいながら畝状連続竪堀や連続する堀切など見所がたくさんありました。
月所丸
この先は越前に続くようです。朝倉氏の退却用街道らしいです。
いろいろなタイプの砦や郭があって楽しいですね。
山王丸
南峰も本丸までの間は前月は見ていないのですが、ゆっくり見ている時間はないのでさっと見てきました。と言いながら、誰も見に行かないような斜面の竪堀を見に降りたりしていたのですが、
ここは山王丸の大石垣です。現在小谷城で最も高い石垣ですが、往時は同規模の石垣がそこかしこにあったのでしょうね。
本丸
本丸前の石垣です。ここまで降りてくるとさすがに観光客が大勢来ています。さすがに注目スポットですが、山城なのにご年配を連れて回るのもどうかとは思います。同じことは天地人の坂戸城でも思いましたが。
桜馬場
今日の目的のひとつはこの桜馬場の桜でした。
桜馬場
が・・・一歩遅かった。昨日の風に吹かれたせいか葉桜です。
桜馬場
再び、桜馬場から見る琵琶湖の眺めです。観光客に蹴られて長政の石は違う場所に転がっていました。
さて、今日はここまで何枚かの景色をお見せしましたが、お気に入りはどこでしょうか?
小谷城
麓に降りてくると、桜が満開です。あと数日持ってくれれば、桜馬場も・・・
いやーこれは言わないことにします。春の小谷、楽しかったです。

「多賀17城発見報告」勉強会

多賀町立博物館で開催された「多賀17城発見報告」勉強会に参加してきました。
「多賀17城発見報告」勉強会
会場となったあけぼのパーク多賀には町立博物館のほかに、図書館と埋蔵文化財センターが入っています。
「多賀17城発見報告」勉強会
多賀町は日本で最も完全に近い「アケボノゾウ」の化石が出土したところで、見つかった1993年当時は大さわぎしたようですが、自分はまだ高校生になったばかりで全く知りませんでした。
「多賀17城発見報告」勉強会
昼休みに博物館に入ってみましたが、歴史は多賀大社が中心で、展示も少なく研究が進んでいない様子でした。
「多賀17城発見報告」勉強会
勉強会は多賀観光ボランティアの田畑氏の主催で、滋賀民俗学会理事の長谷川氏の講演という形式でしたが、地元の方が意外に少なく、地元の方の関心は多賀大社にあるようですね。
20名弱の参加者はこれでも主催者の想定以上であったようですが、せっかくのふるさと学習の機会ですので、やはり地元の方の関心がもっと欲しいです。
「多賀17城発見報告」勉強会
レジュメは手作りで2冊分。既知でない城跡らしきものが一つの町内に17も発見された経緯や発見の方法など、とても楽しくためになるひとときでした。
「多賀17城発見報告」勉強会
国道306号からあけぼのパークに向かう「北多賀」交差点から見える山並みですが、ここだけで、赤丸の各山頂部に城跡があるんですよ。スゴイ!
多賀大社
10時からの開始前に、近くの多賀大社に参拝しました。
多賀大社
全国に末社も数多くのもつ社にしては境内は思いのほかコンパクトです。
多賀大社
多賀大社と言えば、しゃもじ?なのかな。
多賀大社
参拝者は少なかったですが、初孫の安産祝?と思しき家族連れがいて微笑ましい光景でした。
多賀大社
境内には秀吉ゆかりの庭と書院があるということで見学してきました。庭は座視鑑賞式で、池には水が引かれていました。今の季節は木が枯れていてイマイチか?
多賀大社
しかし、書院の襖は金箔画ですばらしかったです。見学者は自分ひとりだったのでゆっくりと鑑賞しました。