金沢城いもり堀 鯉喉櫓台はさらに進む

今日は天候も良かったですが、シルバーウィークの反動でしょうか?金沢市内の人出はいまひとつでしたね。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
いもり堀の鯉喉櫓台工事は短期間で随分と進みました。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
南面の堀も形になってきましたよ。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
前面は歩道からはるかに高くなり、木枠からするとあと一段か二段でしょうか。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
歩道に接する石垣は・・・細かいですね。他とは違って趣がないです。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
背面の石垣も二段見えるようになりました。
金沢城いもり堀 鯉喉櫓台
積まれるのを待っていた石もなくなったグループも出始めました。すべての石がなくなるのも今しばらくですね。

金沢城 玉泉院丸に案内板が!

久しぶりに玉泉院丸の様子を見てきました。
金沢城 玉泉院丸
到着してみると、ん!
金沢城 玉泉院丸
新しく案内板が立てられていました。発掘調査中と書いてあるので、整備が始まったら替わるようですね。
金沢城 玉泉院丸
相変わらずシートがかかっていて状況が全くわかりません。
以前の記事はこちら

安土城 滋賀県の城館

安土城は現在公開中の映画「火天の城」の影響で大勢の観光客が詰め掛けています。
安土城
平成20年度に20年にも及ぶ発掘調査を終えたばかりですが、安土城の全貌はまだまだ謎のままです。
安土城
安土城考古博物館から見る方角(南側)が大手となります。
安土城
こちらは城下町から見る(西側)安土城です。
安土城
意外とこの「安土城址」の石碑は知られていない存在なのかもしれません。日本100名城スタンプラリーの図柄にも採用されているのですが・・・
安土城
昨年から入山が有料となり、総見寺に近い西側から登る道からは入山できなくなりました。残念です。

観音寺城 滋賀県の城館

今日は山頂に登ったわけではありませんが、周辺からみる観音寺城を紹介します。
観音寺城
こちらは麓の安土城考古博物館からみた観音寺山(観音寺城)です。観音寺城には考古博物館から登る道が2本、桑実寺から登る道、観音正寺から登る道があります。桑実寺から登る道のみ入山料300円かかります。
観音寺城
こちらは安土城下町のセミナリヨ址に整備されたセミナリヨ史跡公園から見た観音寺城です。
観音寺城
こちらは常浜港舟入跡や木村城跡のある常浜公園から見た観音寺城です。

木村城 滋賀県の城館

常浜公園の西端に位置する畑が木村城跡です。
木村城
安土町大字常楽寺には、中世から近世にかけて栄えた「常楽寺港」と呼ばれた港がありました。この常楽寺港の入り口付近に「木村」と呼ばれる小字名が残った畑があります。ここが木村城(館)跡の推定地で、佐々木六角氏の家臣であった木村氏の居館とされています。
木村城
現在館跡と伝えられる一角は畑地として残されていますが、周辺の水路の大部分が埋め立てられ、現在見られる石垣は後世に構築されたと推定されているので、遺構ではありません。
木村城
平成元年の発掘調査で、南北に伸びる溝状の遺構が検出され、館を区画する堀跡の一部と推定されています。伝承部分が多い木村城ですが、その実態は明らかにされていません。

連続講座「安土城四百三十年」 第三回 安土城をつくった男達

今日は講演会に参加するために安土城考古博物館に来ました。
連続講座「安土城四百三十年」 第三回 安土城をつくった男達
先週のシルバーウィーク中は映画「火天の城」の影響もあってか、開館当時を彷彿させるような込み具合だったようです。
連続講座「安土城四百三十年」 第三回 安土城をつくった男達
講演会は連続講座「安土城四百三十年」の第三回目です。前回までは日程が合わなかったので初参加となります。テーマは「安土城をつくった男達」で、今話題の岡部又右衛門や、狩野永徳、後藤平四郎、京のたい阿弥など安土城築城に関わった人々を紹介されました。
今回も100名を越える参加者がいて大盛況でした。
安土城考古博物館 秋季特別展「戦国の城 - 安土城への道」
1時間の講演のあと、現在開催中の秋季特別展「戦国の城 - 安土城への道」のギャラリートークがありました。今回の特別展では門外不出の城絵図の展示もあり、とても楽しめました。
連続講座「安土城四百三十年」 第三回 安土城をつくった男達
連続講座に参加すると、資料と修了証の他に、彦根の「しょうぶ屋」さんのご好意でキーホルダーがもらえました。毎回違う絵になるのかな?次回以降もできるだけ参加したいですね。
安土城考古博物館 秋季特別展「戦国の城 - 安土城への道」
展示会は前後期の入替制で、すべての展示を見ることはできません。連続講座第四回に参加すれば後期を見ることができます。実物を堪能した後は図録で楽しみます。

安土城下町を歩く

今日は安土城の城下を歩きました。前回の訪問時は安土駅の南側を歩きましたので、今回は北側を歩きます。
安土城下町を歩く
映画「火天の城」で安土町は随分と盛り上がっていました。
安土城下町を歩く
駅前では信長像が出迎えてくれます。
安土城下町を歩く
まずは駅前を西側に進み、「梅の川」に向かいました。
梅の川は、織田信長の家臣武田夕庵が、この水で茶を献上したところ、信長公はたいそう気に入り、茶会に好んで用いたと言われる水場です。
安土城下町を歩く
続いて、「北川湧き水」です。室町時代に常楽寺港として栄えたこの地区には湧き水が当時の姿で多く残っています。
安土城下町を歩く
湧き水の近くに常楽寺港の船着場址が残っています。
安土城下町を歩く
現在では湖岸からかなり内陸部となっていますが、常浜公園として葦茂る良い魚釣り場所となっているようです。
安土城下町を歩く
常浜公園から西の湖に向かう途中、道路上のマンホールが気に入りました。信長の旗印、永楽通宝ですね。
安土城下町を歩く
安土城の西側に広がる「西の湖」です。安土城築城当時は湖面が城の北側に大きく広がっていました。
安土城下町を歩く
安土城の西側に位置する「活津彦根神社」です。
安土城下町を歩く
現在の本殿は江戸時代前期のものです。
安土城下町を歩く
神社から東に進むと、朝鮮人下街道に至ります。安土城はすぐそこに見えます。
安土城下町を歩く
角に嘉永7年の法華塔が残っています。
安土城下町を歩く
百々橋を渡れば、安土城の百々橋口です。
安土城下町を歩く
下街道を戻ると、途中「新宮大社」がありました。
安土城下町を歩く
茅葺の美しい拝殿のある神社でしたが、敷地を取り囲む石垣の入り組み方が複雑で、砦かとも思える程でした。
安土城下町を歩く
さらに下街道を進み、少し外れた場所に「セミナリヨ址」がありました。南蛮寺のあった場所ですね。今はすっかり整備されて史跡公園となっています。
安土城下町を歩く
ここからは安土城が間近に見えます。
安土城下町を歩く
下街道は城下では何度も曲がります。この曲がり角では「常夜灯」が残っています。
安土城下町を歩く
石は一見して古さがわからないのが欠点ですね。
安土城下町を歩く
さらに進むと「活津彦根神社」の参道の入口がありました。ここから数百メートル先に先ほどの境内がありますが、下街道からまっすぐに参道が設けられていたことになります。
安土城下町を歩く
下街道からまっすぐ北に神社への参道、下街道は右に折れます、。
安土城下町を歩く
そこから50メートルほど南に神社の御旅所が残っています。
安土城下町を歩く
この角には「朝鮮人街道」の石碑が立っています。向こうの角を左に曲がれば安土駅です。

宮腰台場 石川県の城館

もう1箇所の金沢の台場は、大野からくり記念館のそばにある大野お台場公園にあります。
宮腰台場
公園の石碑の題字は、現石川県知事の谷本知事によるものです。
宮腰台場
公園内には港近くということで、藩政期の北前船を模したオブジェが作られています。
宮腰台場
どこに台場跡があるのかと探していましたが、公園内からは見えません。
宮腰台場
と思っていたら、外周部の歩道に作られていました。これでは生垣で公園内からは見えませんね。
宮腰台場
どこか短身で憎めない姿ですが、こんな大砲じゃ打てませんよね。
砲身の向けられた方角には海があったはずですが、開拓で海が少し遠くなってしまいました。

寺中台場 石川県の城館

城館とは呼べない・・・かもしれませんが、今日は台場跡に2箇所行ってきました。
寺中台場
まずは、寺中台場跡です。銭屋五兵衛記念館の横にある大野湊緑地公園内に復元されています。
寺中台場
全長80メートルのうち、17メートルが復元されていますが、台場なのに近くに海はありません。
寺中台場
寺中台場は、宮腰台場、畝田台場とともに、加賀藩が幕末の外国船警備のために築いたものです。
この台場は寺中神主(大野湊神社神主宅か?)の屋敷跡に築かれ、前面に堀をめぐらした内陸の台場です。外国艦隊の火力差を考慮して、上陸後の対応を図ったものと考えられています。
畝田台場はさらに大規模だったそうですが、現在はありません。
寺中台場
復元された台場の後ろから海側を望むと・・・・こんな感じです。雰囲気ないなー