丸岡藩砲台(丸岡藩台場) 福井県の城館

三国東尋坊近くの越前松原と呼ばれる景勝地に丸岡藩砲台があります。砲台というのは近世末に外国船の侵攻に備えて海岸を中心に造られた「台場」と言われている施設です。
丸岡藩砲台
整備から長い時間が経つのでしょう。史跡内に立てられた石碑は海風に煽られて傾いています。
丸岡藩砲台
入口には駐車場も完備されていますが、雨降る日曜日の朝にここを訪れる者はいません。
丸岡藩砲台
松原というだけあって松が多いようですが、砲台は海岸沿いの低い平地に作られていました。
丸岡藩砲台
東尋坊に近いこともあるのでしょう。岩がむき出しの崖地も所々にあり、
丸岡藩砲台
台場の材となる石材には事欠かないようです。ふと、海を眺めると・・・
丸岡藩砲台
最も遠くの石の上に、今も海を見守るように一匹の鵜が止まっています。
丸岡藩砲台
大砲は撤去されていますが、その台の保存状態は良いようです。台場一帯がこれほど良好に残り、当時を想像できる場所も少ないのではないでしょうか。
丸岡藩砲台
海側から見るとこういう感じですが、すべて石積みではなく、大砲を置いた場所の両側が石垣で、後は土塁となっています。
丸岡藩砲台
内側から海を狙うとこんな感じです。先程の鵜を狙い撃ちするとこうなります。内側のほうが石垣が重厚に積まれています。
丸岡藩砲台
よく見ると、積まれた石には「嘉永」の文字が刻まれたものもありますよ。ぜひ現地で確かめてください。

吉崎御坊 福井県の城館

芦原にある吉崎御坊に行ってきました。
吉崎御坊
ここは本願寺八世蓮如が北陸布教の足がかりとして拠点を置いた場所です。
吉崎御坊
本堂のあった場所は「吉崎御山」と呼ばれ、史跡として保存されています。
吉崎御坊
高台に築かれた御坊からの眺めはよく、海が近く、物資輸送にも適した土地だったことがわかります。
吉崎御坊
本光坊了顕の墓。文明六年(1474)の吉崎御坊炎上のとき殉教した方だそうです。
吉崎御坊
祐念坊霊空の墓。北大手口参道を守護した吉崎惣道場、吉崎御坊願慶寺の開祖の墓。
吉崎御坊
蓮如お手植えの松の木ですが、今は根本がわずかに残るのみです。
吉崎御坊
蓮如上人銅像。高村光雲の作だそうです。
吉崎御坊
御本堂跡。南に面し柱間五間の大きさだったそうだが、三度の火災で焼失した。
吉崎御坊
御腰掛石。御坊があった頃からあったもので、蓮如も腰掛けだろうと「吉崎山絵図」に書かれているそうです。
吉崎御坊
見玉尼公墓。蓮如の第四子(次女)でこの地で亡くなりました。
今日は時間がなく山上のみの見学だったので、次回は麓も散策してみたい。

一乗谷朝倉氏遺跡 城戸の外を歩く 福井県の城館

下城戸の石垣と上城戸の土塁の間は、朝倉氏とその家臣が居住した空間で、「城戸の内」と呼ばれていますが、シンポジウムでそろそろ城戸の外にも注目を!という話があったので早速散策をしてきました。
一乗谷朝倉氏遺跡
下城戸の外、刑場として使用されたと言われている「武者野」と呼ばれる地です。
一乗谷朝倉氏遺跡
傍らには見つかった石像が祀られていました。
一乗谷朝倉氏遺跡
この辺りに足羽川の湊があったとも言われています。
一乗谷朝倉氏遺跡
上城戸の外、御所と安養寺跡です。
一乗谷朝倉氏遺跡
安養寺は大きな寺院だったらしく、
一乗谷朝倉氏遺跡
足利義昭が将軍になる前に朝倉氏に匿われていたときに、安養寺に隣接して御所を構えたと言われています。石垣がわずかに残っています。
一乗谷朝倉氏遺跡
隣接する御所跡。
一乗谷朝倉氏遺跡
広大な遺構には何もありませんが
一乗谷朝倉氏遺跡
隣接する西側の山裾に入口らしきものが・・・
一乗谷朝倉氏遺跡
現在も林業の方が使用されるようで道が続いていますが、三段ほど落差のある砦跡のようです。
一乗谷朝倉氏遺跡
上城戸の西側の山裾にある盛源寺。現在の本堂裏の墓地は使用されているようでしたが、
一乗谷朝倉氏遺跡
本堂までの石段脇には見つかった石像が並べられ、
一乗谷朝倉氏遺跡
本堂の建つ平地には一際大きな石像が並んでいます。
一乗谷朝倉氏遺跡
一段高い本堂は街道の見張り台としてもちょうど良い高台に建てられています。
一乗谷朝倉氏遺跡
最後に城戸の内を散策。
夕方の城戸の内は人気も少なかったですが、ここは南陽寺跡庭園の下にある瓜割清水と呼ばれる湧き水です。暑い中でしたが、水はとても冷たかったですよ。
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 南陽寺庭園
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 湯殿跡庭園
一乗谷朝倉氏遺跡
特別名勝 朝倉館跡庭園
一乗谷にはもう一つ特別名勝の諏訪館跡庭園があり、全部で4つの特別名勝があります。城戸の外も見どころ一杯の一乗谷朝倉氏遺跡でした。

一乗谷城下町 西山光照寺跡 福井県の城館

シンポジウムに参加するため一乗谷朝倉氏遺跡資料館へやって来ました。昼休みに発掘調査の真っ最中だと紹介された西山光照寺跡へ。
西山光照寺跡
資料館から徒歩5分ほどのところの山裾に西山光照寺はありました。北の庄と呼ばれた現在の福井市や府中と呼ばれた武生市(越前市)から攻めて来たとすると、最初に見える障壁がこの西山光照寺となるそうです。寺院群が砦として利用されていたのでしょうね。
西山光照寺跡
すでに整備された東側に隣接する西側を今年度は木々をすべて伐採して発掘調査しています。
西山光照寺跡
発掘前にも地表から一部が現れていた「南無阿弥陀仏」と掘られた巨石もまるまる掘り起こされていました。
西山光照寺跡
トレンチが何本も掘られていて、地山を確認しているようです。
西山光照寺跡
先程の巨石が石垣のちょうど角に当たるようです。西側の巨石群ほどではないにしても、北側の石積みも大きな石が多いです。破壊されて地上1、2段ほどしか残っていませんが、往時はとても立派な石垣が続く壮観な風景だったのでしょうね。
西山光照寺跡
寺院跡の入口に枡形になる?のかな、凹んだ石積みがありました。
西山光照寺跡
発掘調査で見つかった石像が並んでいます。
西山光照寺跡
石柱は線路からは見えるけど、見学者には見えない場所に・・・?なぜ
西山光照寺跡
さて、西側はどう整備されるのか、楽しみです。

後瀬山城 福井県の城館

北陸道敦賀ICから舞鶴自動車道小浜西ICに向かう国道27号線、最後に通る後瀬山トンネルの上に後瀬山城はあります。今週末から小浜ICが開通しましたので、もう通る機会は減るでしょうが。
後瀬山城
今まで登り口がよくわからなかったのですが、東側の麓の愛宕神社鳥居から登ります。
後瀬山城
入口の案内板を見ると、本郭に愛宕神社本殿があるようです。
後瀬山城
1段上がると、末社が2社あり、
後瀬山城
その脇を登っていくようです。
後瀬山城
新しい案内板が立てられていますが、下のポストにパンフレットはありませんでした。残念・・・
後瀬山城
ずっと上のようですから、また次の機会にしましょう。

小浜城 福井県の城館

今年のNHK大河の影響で観光客が増えるとみた小浜市は、小浜城の臨時駐車場を準備しました。そこから徒歩3分、観光客は他に誰もいませんでしたけど。
小浜城
歩いて行くと畑の向こうに立派な石垣が見えてきます。
小浜城
石垣に隣接して建つ民家。異様な光景でもありますが、少しうらやましい。
小浜城
小浜城本丸の石垣は南側以外の三面が残されています。その南西隅石垣、階段が封鎖されていませんでしたので、登ってみます。
小浜城
民家と先に見える湾、小浜城が海に面した海城たる所以ですね。
小浜城
本丸は小濱神社の境内となっています。
小浜城
境内に案内板が立てられていますが、地元では初の嫁いだ京極氏より、江戸時代に入封してきた酒井氏のほうが大事にされているようです。
小浜城
本殿横に橋として利用された大石と城内の井戸が残されています。
小浜城
北西隅に残る天守台
小浜城
天守台にも上ることができます。天守台から東を臨めば、小天守台と先に湾が見えます。
小浜城
西を臨むと、民家の先に湾が見えます。
小浜城
本殿裏の北側から駐車場に戻ります。小浜城は石垣を間近に見ることができるのがいいですね。
小浜城
帰り道、若狭歴史民俗資料館で見たこの地の風習、色で塗られた地蔵を祀った祠を発見しました。

敦賀城 福井県の城館

晴天の中、大谷吉継の敦賀城の遺構を探訪。大谷吉継で有名な敦賀城です。
敦賀城
敦賀西小学校の正門横に立つ敦賀城の案内碑です。平成9年に新たに立てられました。
敦賀城
3面の微妙な傾きの中、自分の映り込みを避けながら撮影するのは大変です。小学校の場所は絵図から三重の天守があった場所あたりだと推定されています。
敦賀城
そこから北に移動し、真願寺にやってきました。
敦賀城
寺の北を流れる闇加川。敦賀城の北限となる堀跡と言われています。
敦賀城
真願寺の境内に入ります。
敦賀城
境内の片隅に乾門と伝えられる礎石が野外展示されています。
敦賀城
最後に西に移動し、来迎寺まで行きました。駐車場と反対側が正門となりますが、寺門として移築されているのが、敦賀城の注文と伝わる門です。
敦賀城
部材を見ると、瓦や屋根裏など修築により新しくなっているものも見受けられますが、この戸の部分は古いようです。
敦賀城の遺構としては、南限と考えられる八幡神社の境内に表門の礎石が展示されているようです。

金ヶ崎城 福井県の城館

敦賀湾に面する山に構築された金ヶ崎城。朝倉氏と浅井氏に挟まれ、織田信長が這々の体で撤退した金ヶ崎の退き口で有名となりましたが、南北朝時代、新田義貞が陣を張った古くから北陸道の要所となった城です。
金ヶ崎城
しばらく続く石段を登って行くと、城の入口は金崎宮の境内地となっています。
金ヶ崎城
石段脇に新しく立てられた看板を見つけました。城跡というより公園の設備の説明板ですね。
金ヶ崎城
横には城跡の解説板が新しく立てられています。
金ヶ崎城
境内まで上がると、以前から立っている古い城跡の案内板が今も立っています。
金ヶ崎城
境内にはNHK大河ドラマ「功名が辻」のときに製作された金ヶ崎城と天筒山城の模型が今も展示されています。
金ヶ崎城
遊歩道の入口に立つ石碑。
金ヶ崎城
遊歩道の入口でもこれだけの高さ。
敦賀市街を眺めると、左手に天筒山を望むことができます。

桜の一乗谷へ 福井県の城館

春(を少し過ぎた)一乗谷へ。
一乗谷
入口にして一乗谷最大の見所とも言える下城戸です。
一乗谷
この巨石を積み上げた虎口が往時の城下町口を彷彿とさせるのですが、他の観光客にはあまり人気がないようですね。
一乗谷
ここに春が残っていました。
一乗谷
復元建物横の駐車場に着くと、夕方の時間帯でしたが県外車がたくさん停っていました。やはり福井では人気の観光地です。
一乗谷
さすがに館入口の桜は終わっています・・・
一乗谷
館跡の山裾がいつの大雨からだったか以降ずっとシートが掛けられているのだけど、いつ外れるのだろう。
一乗谷
ここも桜が残っていて絵になりますね。
一乗谷
2年前だったでしょうか、発掘調査説明会に参加した金工業者が住んだ地域も整備が終わりました。
一乗谷
「米津」という名称に決まったのですね。
一乗谷
一乗谷川沿いに桜が植樹されています。向こうに見えるのは土塁の残る上城戸です。小さな写真ではわかりにくいですね。
一乗谷
夕暮れまで目一杯楽しみ、遅い春に思わず出会った一乗谷でした。

丸岡城ライトアップ 福井県の城館

勝山左義長まつりの帰り、雪残る白山麓を迂回し、国道8号線経由で帰る途中、行きも脇を通過した丸岡城があまりにもきれいにライトアップされていたので寄ってみた。
丸岡城ライトアップ
土曜日の夜とはいえ、寒い中誰も丸岡城公園にはいませんでした。ということで、天守のライトアップ撮影をひとり堪能してきました。
丸岡城ライトアップ
現存12天守のひとつである丸岡城天守は木造です。規模は小さいですが、天守台とのバランスはなかなかのものです。
丸岡城ライトアップ
もう少し石垣にもライトアップされていれば嬉しいのですが。
丸岡城ライトアップ
でも、いい写真も撮れたのでなんか得した気分です。