串崎城跡 山口県下関市長府宮崎町地内串崎城跡発掘調査報告書 下関市埋蔵文化財調査報告書52・53・64・67・80

串崎城跡 山口県下関市長府宮崎町地内串崎城跡発掘調査報告書 下関市埋蔵文化財調査報告書52・53・64・67・80
編集・発行:下関市教育委員会
発行日:2004年3月
ページ数:27P+図面23P+図版22P
定価:3,400円(5%税込)
オススメ度:★★★☆☆
「串崎城は江戸時代のはじめ、長府毛利藩主毛利秀元が大内氏の家臣である長門守護代内藤氏によって築城された城を修築したものと言われています。秀元は入城後ほどなく、元和元年(1615)の一国一城令により城を自らの手で破却させられ、その後は再建することもなく現在に至りました。昭和61年、地元住民から串崎城再建の要望があり、翌昭和62年には長府観光協会からも城復元の要望書が提出されるなど、串崎城再建に対する地元の気運が高まりました。これを受け、下関市では昭和62年度から串崎城跡の文献等の史料調査や石垣や縄張りの現地踏査を開始し、平成2年度には天守台の発掘調査を実施しました。この間、下関市では検討を重ね串崎城再建を模索しましたが、最終的には天守の石垣の整備を行うにとどめ、城再建は見送ることになりました。その後、平成8年度からは公園整備に伴う事前調査として平成11年度まで調査を実施し、このたび、平成2年度以来6次にわたる調査の成果をまとめることができました。」

串崎城跡に関する発掘調査と文献調査をまとめた合冊です。付図は大判の現況図で遺構の様子がよくわかります。
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平成18年度鳴海城跡発掘調査報告書(藤和不動産株式会社マンション建築工事にかかる埋蔵文化財発掘調査)

平成18年度鳴海城跡発掘調査報告書(藤和不動産株式会社マンション建築工事にかかる埋蔵文化財発掘調査)
発行:藤和不動産株式会社
発行日:2006年9月
ページ数:36P(図版含む)
編集:株式会社パスコ
定価:非売品
オススメ度:★★★☆☆
書評:
「本報告書は、愛知県名古屋市緑区鳴海町字根古屋地内(22番2ほか)に所在する鳴海城跡の発掘調査報告書である。」
本書は鳴海城跡の第8次調査にあたる。本丸の内堀部に当たったことから堀に関する考察や、現在までの発掘調査の経緯も掲載されている。

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富山県上市町 弓庄城跡第2次緊急発掘調査概要

富山県上市町 弓庄城跡第2次緊急発掘調査概要
発行:上市町教育委員会
発行日:1982年3月31日
ページ数:12P+図面7P+図版8P
編集:上市町教育委員会、富山県埋蔵文化財センター
定価:非売品
オススメ度:★★★☆☆
書評:
「上市南部土地改良事業にともない、弓庄・舘城跡の保存が問題となり、そのための協議を重ねた結果、一部、発掘調査を含む現状保存の方法を採択しました。弓庄・舘城跡は、県内でも大きな中世の城跡の一つで、出土品も北陸を初めとして、各地から伝波したものや、遠くは、中国から渡来した陶器も含まれています。」
弓庄城跡の西側外郭部に関する発掘調査報告です。

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京都府遺跡調査概報 第43冊 宮津城跡第8次、荒堀遺跡ほか

京都府遺跡調査概報 第43冊 宮津城跡第8次、荒堀遺跡ほか
編者・発行:京都府埋蔵文化財調査研究センター
発行日:1991年3月22日
ページ数:79P+図版33P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「今回の調査は、宮津湾流域下水道ポンプ場建設工事に伴い、京都府土木建築部宮津湾流域下水道建設事務所の依頼を受けて行ったものである。調査地は、大膳橋から約80m西寄りの宮津市鶴賀地内に位置する。絵図によると宮津城本丸の北東に広がる三ノ丸の一角にあたると考えられ、武家屋敷に関連する遺構の存在が予想された。」

書評:
城郭関連では、上記の宮津城跡の第8次調査概要が収録されている。
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宮津城跡第2次発掘調査概要 宮津市文化財調査報告4

宮津城跡第2次発掘調査概要 宮津市文化財調査報告4
編者・発行:宮津市教育委員会
発行日:1981年3月31日
ページ数:35P+図版19P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「近世においては、城下町を中心に政治・経済・文化の展開がなされてきましたが、私達の街”丹後の宮津”においてもその例外ではなく、丹後地方の中心都市として発達してきました。その中にあって、シンボル的な意味をももつ城郭は特に興味深いものですが、宮津においては明治初年に破壊されて以来、日の目を見ることなく地下に埋れてしまったのであります。この度、関西電力株式会社宮津営業所社屋改築に伴い、宮津城跡の発掘調査を実施し、その城郭の一部をかいま見ることができました。その結果をこの報告書に収めここに報告するものです。」

書評:
宮津城の発掘調査としては初期のものであるので、発掘現場の報告とは別に、宮津城の絵図なども図版として収録している。
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京都府遺跡調査報告書 第14冊 平山城跡・平山東城跡

京都府遺跡調査報告書 第14冊 平山城跡・平山東城跡
編者・発行:京都府埋蔵文化財調査研究センター
発行日:1990年12月26日
ページ数:56P+図版48P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「中世から近世の城郭の一つとして、歴史上にはほとんど知られていない綾部市七百石町の平山城・平山東城は、わずかに江戸時代に編纂された『丹波志』にその存在の痕跡が見られる程度でありました。近年、この地に近畿自動車道舞鶴線が計画されたため、事業に先立つ遺跡分布調査によって城跡の存在が知られるようになり、これこそが『丹波志』にいう城跡であるとの予想のもとに、財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センターが発掘調査を実施することになりました。本書は、この平山城跡・平良山東城跡の発掘調査報告書であります。本文中に詳しく記載されていますが、平山城跡では畝状竪堀群と呼ばれる巨大な防御施設があり、こういった遺構の調査は、全国的にみても珍しいものであります。」

書評:
巻頭カラー図版で発掘されたすばらしい畝状竪堀群の写真を見ること事ができます。
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将棋頭遺跡・須沢城址

将棋頭遺跡・須沢城址
編者・発行:白根町教育委員会
発行日:1989年3月1日
ページ数:(将棋頭)47P+図版6P+付図1枚(須沢城)10P+図版2P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「本町では『将棋頭』の形態や役割を明らかにするとともに、後世に永く伝えられることを目的として、発掘調査を実施しました。発掘調査によって確認された石堤は、現在整備され後世に永く伝えることができました。また、須沢城跡も古くから文献に表れますがその所在地も含めて、未解明な部分が余りにも多い城跡です。今回は耕作地との関係もあり、試堀調査的な発掘しか出来ませんでしたが、併せて実施した地中レーダー探査では城跡に伴う溝ではないかという反応も確認されました。」

書評:
武田信玄の偉業である信玄堤の一部、将棋頭の発掘調査報告書です。石垣研究で著名な北垣總一郎氏の論文が掲載されています。
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寺家新屋敷館跡

寺家新屋敷館跡
編者・発行:福野町教育委員会
発行日:1988年3月15日
ページ数:30P+図版14P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
書評:
「福野町におきまして、永年懸案になっていた寺家新屋敷地区都市計画事業が、昭和61年度より着工のはこびとなりました。当該地区には、町指定文化財の寺家新屋敷館跡があります。ここは南北朝時代に、越中国守護桃井直常の臣、田中権左ヱ門がいたと伝えられ、その後田中太郎兵衛という人が帰農して住みついたといわれています。今では土塁の一部を残すだけと考えられていたのですが、試堀調査の結果、堀が当時のまま埋れていることが判明しました。」
付論の「福野町の中世城館とその性格」では、安居城、前田館、野尻城、柴田屋館、三清館が紹介されている。

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萩城下町地図 -嘉永年間萩城下・侍屋敷と町-

萩城下町地図 -嘉永年間萩城下・侍屋敷と町-
発行:しらがね 白石書店
発行日:1969年8月初版、1972年9月改訂3版
ページ数:A1判折り込み絵図1枚
編集:萩郷土文化研究会
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
書評:
「本図は、財団法人熊谷美術館所蔵『萩城下絵図屏風』の複製図の印刷である。複製にあたっては、御家流書体を楷書に改め、肩書の長いものは略語を記し、また他家所蔵絵図、萩藩分限帳などを参照して二十数箇所にわたり修正したほかは、地形・彩色等は微細な点まで原図を忠実に再現した。」
萩城は雲に包まれるように描かれているが、城下は町割りははっきりと分かり、寺院地が赤色、町人地が彩色されるなど萩城下町の様子がよくわかる絵図である。

萩城跡外堀調査報告書 -萩城跡外堀文献調査報告・萩城跡外堀発掘調査報告-

萩城跡外堀調査報告書 -萩城跡外堀文献調査報告・萩城跡外堀発掘調査報告-
編者・発行:萩市教育委員会
発行日:1988年9月
ページ数:34P+図版36P
定価:不明
オススメ度:★★★☆☆
「外堀は、萩城三の丸と城下町とを区画し、当初は堀幅20間であったといわれておりますが、現在では堀幅は大きく狭められ、一部を除き旧状をうかがうことが難しい状態となっています。昭和60年度から、この外堀の東側に沿って歴史的地区環境整備街路事業計画が具体化してまいりましたと同時に、史跡としての外堀の整備の必要性に伴い、このたびの調査となった次第です。この報告書は、歴史的街路と史跡整備のための調査報告書であるとともに萩藩城下形成・発展の歴史を知る資料となったと考えております。」
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